薄幸の堕天使   作:怒雲

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 辿り着くは異なる世界。常識の通じぬ地と、常識が無さそうな誰かさん。


 訳が解らないままに走り出すあたしの物語り。

 今はまだ、なにも解らないまま……。


異なる世界で。

 

 

 

 

 

「……───グッ!」

 

 

背中から地面に落下した衝撃で、アクルの呼吸が止まる。

 

泥だらけの地面を、アクルはもがき苦しむ。それはさながら、殺虫剤をかけられた芋虫のようだ。

 

 

「あっ……ぐっ……! ────ッ! アッ、ハァッ、ハァッ……。」

 

ようやく落ち着いてきた辺りで、アクルは自分が泥まみれである事と、ずぶ濡れになっている事に気付く。痛いくらいの大雨が身体を打ち付けている事も。

 

 

「……あ、れ?」

 

 

おかしい。だって、さっきまで晴れていた。

周囲は、半径二十五メートルくらい草木が殆ど生えていない。が、それ以降は木々が生い茂り囲んでいる。どうやら森の中だか山の中らしい。ジャングルという感じはしない。

 

 

辺りに、自分が飛び降りた筈の崖もなく、アクルはますます混乱する。

雨のせいで薄暗いが、時間は多分まだ昼頃であろう。さっきまでは夕刻だったはずなのに。

 

 

「な、なんで……?」

 

 

アクルの口からは、当然の疑問がもれた。

 

 

「うっし、成功したな。流石は我だぜ。ひゃっほぅ!」

 

不意に、さっきの無駄にテンションたけぇハスキーボイスが聞こえてアクルは頭を押さえる。

 

「え……? だ、だれ……ですか? どこに……?」

 

アクルは……キョロキョロと周囲を見回した。さっきのどす黒い球体の様な何かを探すが、それらしいものは見当たらない。

 

 

「ここにいるぞ!」

 

「……ッ」

 

 

 それはなんというか……喩えるならば、頭の中から直接聞こえてくる様な……。

 

「ふっふっふ……今まさにアンタは、『こいつ……頭の中に直接……!』って、ところだろ?」

 

 ドン!ピシャリさんだぜ!と頭から聞こえて、アクルはますます混乱し困惑していく。

 

 

 このハスキーボイスの無意味で疲れるテンションと、付き合いきれないくらいの緊張感の無さもあっての事である。

 

 

「お、お化け……?」

 

 

 とり憑かれたのだろうかとアクルは思って、おずおずと尋ねてみる。

 

 

 

「いや、ちげーよ。あ、いやでも似たよーなもんかもな?ていうか確かに幽霊みたいなもんか。肉体なくて魂だけなんだし」

 

 頭の中から聞こえる声の、暢気な空気はアクルから緊張感を抜きとって行く。おかげで、思ったよりアクルは冷静でいられた。

 

「そ、それであの……。」

 

「んうぃ?なにかね?言ってみなさい」

 

 

 お前は何様だと問いただしたくなるくらい偉そうな頭の声に、アクルはおずおずと質問を投げ掛ける。

 

 

「えと、あたしは体を乗っ取られたりするんでしょうか?」

 

 

 同化とかなんとか言ってるしこのお化けさん。まぁ、死に方が少し変わるだけだし、それはそれでいいかなーとかアクルは思う。こんな身体で良ければ、むしろあげたいくらいだ。

 

 

 

 

 

 ただ、苦しいのは嫌だなぁ。

 

 

「いや、別にそーいう訳じゃあねーから安心しる。」

 

「はぁ……。」

 

 

 どうやら違うらしい。

 

「でも……あたしにとり憑いてるんですよね……?」

 

「おう、なんかすっげぇ人聞き悪く聞こえるな。まぁ、あながち間違ってもねーけど同化だ同化。マジレスすると同化。まだ完全じゃあないけどな。」

 

「はぁ……」

 

 よく解らない為に、アクルは生返事で切り返す。

 

 

「とりあえず寒いから雨宿りしよーぜ!」

 

 そういえば、どしゃ降りでびしょ濡れだと気付く。

 

 

 

 木々の生い茂る方に歩きながら、しかし、ここは何処なんだろうかとアクルは思う。もしや夢の中とか思うが、何かそんな感じではない。

 とりあえず解る事は、森の真ん中。絶賛、遭難中という状況だろう。

 

 

 そんなよく解らない上に危なそうな状況にも関わらず、意外に冷静な自分にアクルは少し驚く。

 

 頭が今の現実に追い付いていないのだろうか? 感覚が麻痺している気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい! 誰かいるのかー?」

 

 

 

 

 

 

 

 死ぬつもりだったし、今もまだそのつもりだがこの分だと衰弱死かなぁ、苦しそうだから嫌だなぁ、何て事を考えていたアクルの耳に、その声は響いた。

 

 

「人の、声……?」

 

 

 男性の声が、今まさに向かっている森の中から聞こえてくる。人の良さそうな声だ。

 

 

「あ、あの……!」

 

 

「うはっ、返事すんなし。」

 

 

 頭の声に言われて、何故?とアクルは首を傾げる。

 

 

「おーい! 誰かいるのかー?」

 

 

 さっきと同じテンポの声がまた森の中から聞こえた。

 

「おーい! 誰かいるのかー?」

 

「……?」

 

 

 変だ。アクルは思う。何か……何か、変だ。

 

「おーい! 誰かいるのかー?」

 

「おーい! 誰かいるのかー?」

 

 

 

 

 

 全く同じ単語を、全く同じような口調で続けるソレが違和感の正体だろうか?

 

 

 さらに、近付いて来るその足音は重く……人間のそれとは違って聞こえる。

 

 

「えっ……え?」

 

 なに、この足音? アクルは両手を軽く握って、その小さな胸に当て、腰を引きながら数歩くらい後退る……その際、石につまずきこけそうになるが、なんとか踏みとどまった。

 

「おー……こりゃあ完全にバレたなぁ。」

 

 

 頭の声が呑気な口調で言って、アクルは何にバレたんですかと少し震える声で尋ねる。

 

 

 

 

「コロちゃん。」

 

 

 

 

 

 その名前にアクルはキョトンとした。随分と可愛らしい名前である。

 

「コロッケ大好きちょんまげロボットでもなければ、やったねタエちゃん! でもねーぞー。」

 

おい馬鹿、やめろ。

 

 

 

 しかし、そんな頭の中の声はアクルには届いていない。

 森の奥から姿を現したその『コロちゃん』を見て血の気が引いていたからである。

 

 

 

 大きなライオン……というのが、アクルの印象である。

 

 ハイエナのような顔をして蜥蜴というか、蛇みたいな尻尾を持つ雄のライオンと言った見た目である。

 もっとも、ライオンより二まわりくらい大きいが。

 

「正式な名前は『コロコッタ』

 んで、我はコロちゃんって呼んでるんだ。」

 

 

 頭の声はすっげぇどうでもいい事をぬかしよる。

 アクルにとって、こいつの名前がコロコッタであるという事はまだしも、渾名はコロちゃんであると言われても、それがどうしたとしか言い様がない。

 

 しかも多分、コロちゃんと呼んでるのは頭の声だけっぽい。

 

 

「おー……こいつ、アンタ喰う気まんまんだぜ。いや、むしろまんまんまんだぜ。

 まぁ、人間の声真似してたし……この辺で人間食ってブイブイ言わせてんやろなぁ」

 

 

 頭の声は、相変わらず緊張感を小指の甘皮程も感じさせない声色でそう言った。まったくいい御身分である。

 とても軽い口調でする説明では無いだろう。

 

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