「ま、ぞく……っ」
身体中を戦慄が駆け巡る。
フラッシュバックする、あの森の中での記憶。
打ち付ける雨の痛さと、自分を痛め付ける存在。
両肩を抱いて、ぶるぶると震える小さな肩に───優しい温もりが触れた。
「大丈夫ですわ」
アクルの両肩を優しくその手で掴み、プリキュオンは優しく微笑んだ。
「…………此方を見ていますが、襲って来る気は無さそうです」
馬をひく従者がそう言って、プリキュオンは、ふむ、と一言。
「民衆が歩く天下の街道を、魔族に我が物顔されるのはよろしくありませんわ」
そう言いながら、プリキュオンは窓から両端の森を見る。
……木々の動きから察するに、伏兵はおりませんわね。
「お嬢様」
「お前達は万が一の為に待機なさい。
……客人には指一本触れさせぬよう」
ハッ! と返事をする従者に微笑んで。
「それじゃあ、片付けてきますわ」
先程までと同じ様な穏やかな口調で、プリキュオンは扉を開き外に出た。
アクルは……息を呑んでそれを見ていた。お嬢様に声をかけたかったが、どんな言葉をかければいいのか解らなかったし、解っても多分、無理だった。
……目を、見てしまったからだ。あの日、十二聖護士や魔星十二支が自分に向けて見せたあの眼。
…………人殺しの、目。
扉を出たプリキュオンは、右手を右に突き出した。
すると、トプン、と……まるで水に手を突っ込んだ様な音がした。
よくよく見ると、プリキュオンの肘から先が消えていて、消えている箇所からは水に手を突っ込んだかの様な波紋が広がっている。
やがて、水の中にある物を引き摺り出す様に右手を引くと、消えていた右手と共に長柄の得物が姿を現す。
薙刀、というのがアクルの最初の印象だ。だが、それは薙刀では無い。
刃の部分が明らかに違っている。薙刀程のリーチは無いが、幅は厚く……これまた見事な金の装飾が施されている。
刃には、アクルの見た感じ狛犬をあしらった様な彫り物。
「おお、召喚術だ。あの武器は『クーゼ』だな、すげー」
召喚術、クーゼ、とアクルが復唱すると、魔王が説明を開始する。
「んー、召喚術はまぁ、空間収納術というか……ま、詳しい話しは後にするぞぃ。ちょいと長くなるしな。
クーゼってのは宮廷の門番とかが持ってるような、スゲーいい武器だ。あのお嬢様、結構いい御身分かもなぁ」
はぁ、と一言……アクルはこっそり窓から顔を出して、ひっ、と息を呑みすぐに引っ込める。
「ん。ありゃあこの前に会った魔族の、確か闘け───
「ば、バイオレンス・チキンヘッドさんです……!」
小声で呟くアクルのウィスパー・ボイスは、幸い従者二人には聞こえなかった。彼らも、外に出ていたからだろう。
「えっ……ちょっ、なんぞ?」
魔王は、アクルの口から出た謎の単語に軽く困惑するのだった。
「バイオレンス……! チキン……! ヘッド……!」
しかし困惑もほんの数秒。ツボに入ったらしい魔王は大爆笑だ。
そんな魔王とは対照的にアクルはというと、あわわ、と顔面蒼白である。酷い目に合わされたのだから仕方がないだろう。
丁度さっき思い出していた恐ろしい相手が、すぐそこにいるのだ。怖くないはずがない。
従者二人は、アクルを見てやんわりと微笑む。安心して下さいと、その目は語っていた。
「一応言っておくけど、アイツの名は闘鶏(トウケイ)な?」
アクルは、そんな事お構い無しにぶるぶる震えている。奴の名前になど興味が無いらしい。仕方ないね。
「まぁ、アレだ。アクルたんの気持ちは解るが、戦いは見といた方がいいな。今後の為に。
……ぬっちゃけ、殺し合いになるし、アクルたんに見て欲しい訳じゃあねぇけど、見ない訳にはいかないと思うんだ。すまんね。」
はぁ、と呟き、おそるおそるアクルは顔を出す。
「そうそう、それでおけ。 その調子で、見とけよ見とけよー」
魔王に促されるままに、アクルは対峙する二人を眺めた。