あれから二日間。闘鶏は森の中をさ迷い魔王アクルを探していた。
アテがある訳でもなく、ぶらぶらしていたのである。食料は、森をうろついていれば木の実やら獣やら鳥やらがいるのでさほど困らない。
しかし、探せども見付かる気がしなかったので、そろそろ集落帰るかなー……とか思っていた辺りで彼は街道に出た。
特に何も思わず、横断しようとしたところで馬車が近付いて来るのが見えて、人間の馬車か。派手だな、お偉いさんって奴か。そんな事を考えて、襲ってくれって言ってるみたいだなと、せせら笑う。
お偉いさんが死ねば、人間側には痛手だし殺ろうかと考えるが、同時に面倒臭いし見逃してやるかと思い至ったところで、馬車が止まる。
すると中から、いかにも貴族な格好をした小柄な少女が現れた。
どこからともなく得物を取り出し、殺る気が溢れる眼をしながらこちらに歩いて来るのを見て、闘鶏は溜め息を吐いた。
見逃してやろうと思ってんのによ、馬鹿な餓鬼が。
プリキュオンは、ぬかるんだ地面を歩きながら鶏顔の魔族の前に立つ。
すると、簡素な衣服の魔族……闘鶏はわざとらしく溜め息をついた後、プリキュオンを見据えて嘴(くちばし)を開く。
「んだよ。見逃してやるから消えろよ餓鬼」
その発言に、プリキュオンの眉が少しピクッとした。
……のも束の間。冷たい顔のままに淡々と彼女は尋ねる。
「こんなところで、何してますの?」
「うるせぇよ。オレ様の勝手だろ」
「まぁ、人間の領土で随分と不遜ですこと。
……それはそうと、ここいらでワームが大量発生しましたわ。お前か、お前の仲間の仕業ですわね?」
わざわざこんな所をうろついている以上、無関係では無いだろう。
案の定、闘鶏はバツが悪そうな態度をとってから。
「シラネーよ。さっさ消えろニンゲン」
不機嫌そうにそう告げる。
それを聞いたプリキュオンは……ニッコリと笑った。
「正直にお答えして下さいましたら、見逃して差し上げてもよろしくてよ?」
意趣返しである。見逃す気はさらさら無い。どうせ口を割らないだろうし、逃げるなど自尊心が許さないだろう。
仮に目の前の魔族が喋ったとしても、嘘か真か解らないし……どのみち殺すつもりだ。
なんにせよ、闘鶏はその言葉を挑発と受け取り……ギラリとその目には殺気が宿った。
「あーあ……死んだぞテメェ?」
そう言って、闘鶏は矛を構え。
「それはお前でしてよ」
プリキュオンは、薙刀に似た武器……クーゼを、右斜めに振り下ろさんとする構えをした。
遠目に見ながら、対峙する二人の緊張感が伝わり……自然とアクルは背筋をピン、と伸ばした。
「始まるな」 と魔王。
「さて、バイチキとお嬢様……どっちが強いかね?」
相変わらず緊張感の無い魔王は、アクルの名付けた『バイオレンス・チキンヘッド』というアダ名が気に入ったらしい。さらに略してバイチキと、変なあだ名を着けていた。
そんなお馬鹿な魔王と違い、アクルはゴクリと固唾を飲む。
鼓動が早くなる。なのに、世界が静かに感じた。
自然の環境音がよく聞こえる。騒がしいくらいに。
……なのに、妙に静かに感じた。こんなにも、木々の風に揺れる音が聴こえるのに、だ。
体が冷たくなる。瞬きすら出来ない。ああ、とアクルは本当の意味で理解した。
あの二人の、どちらかが、今から死ぬんだな、と。
先に動いたのは、闘鶏の方だ。構えてから時間にしてほんの数秒程である。
アクルには、数十分くらいは止まっているように感じた。
「オラァッ!!」
地面を蹴り跳ばし、物凄い速度で矛を構えて突進する闘鶏。アクルが今まで見た中でも、かなりの速度だ。魔王の力が無ければ、ロクに見る事も出来なかっただろう。
対するプリキュオンは、臆した様子なく冷静に、クーゼを振る。軌道は、闘鶏を向かわず下の方。
薙刀より幅が広いクーゼが、ぬかるんだ地面の泥を掬い上げ……闘鶏の顔面に。
「グオッ!?」
闘鶏の動きがぐらつき怯み、プリキュオンは泥水を浴びせ振り切った体勢から、筋肉のバネを使い石突(槍等の武器の、刃の着いてる方の逆部分)で鳩尾を突く。
「ガハッ………!」
大きくよろける闘鶏。しかし、彼は武器を決して手放す事無く。よろよろと鳩尾を押さえながら後退。
プリキュオンはすかさず追撃として、クーゼを横に薙ぐと、闘鶏はしゃがんで避けてのけた。が、武器を振り回した勢いを乗せた廻し蹴りを右こめかみのあたりに喰らって、泥の中を転がる。
……それでも得物を手放す事なく立ち上がろうとした所で……後頭部にプリキュオンの踵落とし。
遠目に見るアクルには、何かが飛び散ったのが見えたが何か解らない。
魔王には解った。嘴だろう。闘鶏の嘴が地面に当たり、砕け散ったのだ。
ビクビクと痙攣しながらも尚、武器を手放さない魔族の首を……プリキュオンのクーゼは、一刀で両断した。
「…………」
プリキュオンは、落ちて飛んだ生首と、噴水の様に吹き出す鮮血を静かに見据え、周囲に神経を研ぎ澄ます。
……他に魔族は、いない。この男も確実に死んだ。
「……────ふぅ……」
息を吐き、曇り空を仰ぎ少し目を閉じる。生の実感が体を満たし、緊張の糸がしなやかにほどけていくのを感じた。
強気な性格のプリキュオン。だが、だからといって別に怖く無い訳では無い。
殺し合いだ。彼女とて、死ぬのは怖いし痛いのは恐い。
それでも彼女は、その恐怖に立ち向かう勇気を持っている。
カチカチと少し奥歯を鳴らした後、また深呼吸。……彼女は、闘鶏の亡骸に視線を向けた。
「……死してなお、武器を手放さず……か。
名前くらい聞いておくべきでしたわね」
そして、名乗ってやるべきでしたわ。
プリキュオンは、首の無い亡骸と生首を掴み、街道からそれた森の中に丁寧に寝かせて……少し目を伏せて……それから、馬車に向け歩き出すのだった。