「……ッ!」
魔王少女、樋山アクルは、草原の中一匹の野犬と戦っていた。
数メートル後ろには、簡素な馬車と何人かの人。
そして無数の野犬が地べたに転がり、赤黒い彩りを地面に添えている。
……アクルが一人で殺った訳ではなく、馬車の護衛をしていた青年が殺ったのである。
この草原の街道を通っている際に、アクルは馬車と、それを襲う野犬の群れと遭遇した。
短剣を持った青年が恐ろしく強く、加勢する必要もないかなーとか思っていたが、流石に数が多く、青年自体は無傷だが犠牲者が出そうになったので、アクルは割って入る事にしたのである。
もちろん、アクルとしてはそこまで乗り気では無い。
争い事は嫌いだし、魔王だとバレてしまうリスクもある。
しかし……ここで、助けられるだけの力を持ちながらも指をくわえて見ているだけでしたとあっては、自分に親切にしてくれた人達に何だか会わす顔が無い様な、そんな気分になったのである。
故に、アクルは加勢したのだ。
ふぅー……っとアクルは息を吐いて、静かに野犬を見据える。大丈夫、こいつらの相手は初めてじゃあない。
銀色の鍔無き大剣、クラス・ソラスを構えながら、アクルは目を細める。
自分がいた世界がどうだったかは解らないが、この野犬達は基本的に足か、喉を狙って来る。
速いが、今のアクルには驚異と言える速度では無いし、来る箇所さえアタリが着けば凌ぐのは容易い。
……とはいえ緊張する。 殺したく無いし、痛いのは嫌だ。加えて、傷を負い再生するところを見られる訳には行かない。
「よーし! 頑張るアクルたんの為に、魔王さん応援歌を唄っちゃうぞーっ!」
ごめんなさい魔王さん、気が散るから黙ってて。
「あっれはー だれっだー だれっだー だれっだー
あっれはー アクール アクールたーん! アクールたーん!」
そして始まるこのリサイタルである。
とりあえず、なにかの替え歌なのは解った。
「裏切り者のー 名を受けてー
全てーを捨ててー たたかうーおとめー!
魔王パワーは再生力!クラウソラスで剣を出し! ん~ふんふん……えっと。ミョールニールは電気ハンマー!えっと、あとは……」
しかもこの雑さである。最後なんてもう酷いもんだ。
なんにせよ、魔王の力を身に付けた、正義のヒーロー樋山アクルは野犬に向けて踏み込み、大剣を軽く振る。野犬の足を払う様に、軽く横薙ぎに。
野犬はそれを跳んで避けるが、それは避けるだけの行動では無い。
跳ぶ方向はアクルに向けてだ。回避と攻撃を兼ね備えた行動。少女の喉に向けて野犬の牙が迫る。
が、アクルはそう来る事は知っていた。何度かやられた事があるからだ。喉笛を噛み千切られるのは痛かったし、呼吸も出来なくなるのは苦しかったものである。
すかさずアクルは、振り切っていない為に余裕のある両手を握り、大剣を下方から上方に振り上げる。まるで、魚を釣り上げる様な動作であった。
返しの刃は野犬の胸から頭までを真っ二つにしながら、アクルが大剣を振り上げた衝撃で上空に回転しながら飛んで行く。
「出たーっ! アクルたんの必殺、『血輪車(ブラッディー・ホイール)』だーっ!」
そして変な技名を付けられた。血を撒き散らしながら回転し飛ぶ様が、赤い車輪のようだからとそんな技名を着けたらしい。
「……これ、必殺技って言えるんですかね?」
ちょっと苦笑まじりにアクルが呟くと、言える言える、と魔王は笑う。
「度重なる野犬との戦いで編み出した技じゃんね。
足払って攻撃誘い、そっから逃げ場の無い空中にいる野犬に斬り上げ攻撃!」
魔王の人外染みたスピードがあってこそ成せる技である。
「はぁ……」
「ん? もしかしてアクルたん、自分で名前付けたかった?」
「いえ、そういう訳じゃあないですけど……」
「ちなみにアクルたんならなんて名付ける?」
「え? そうですね……えと、『必殺・野犬殺し』とか……?」
「おたく渋いねぇ……!」
そんな会話をしていると、青年がにこやかに歩いて来る。傷ひとつどころか、返り血ひとつ浴びていない。
「はぁーい!助かったわ。貴女、可愛いのにやるわね?」
青髪ロン毛の青年から、まるで女性の様な口調が飛び出しアクルは驚き目を丸くした。男だよね?この人。
とはいえ、驚いたものの不思議と気持ち悪さは感じ無い。なんとなく上品な雰囲気と小綺麗な容姿故か。
「私一人なら、流石に犠牲者出るかもしれなかったわ。ありがとね?」
そう言って微笑む背の高い青年を見上げながら、はぁ、とアクルは呟く。
「私はリザドよ。貴女は、なんてお名前かしら?」
「あ、えっと、アクルです」
そう、アクルちゃんねと、リザドは片手をアクルに伸ばす。
「はい。それ、お礼よ?」
何も無い手のひらから、手品の様に六花を模した青い髪飾りが現れる。
それをまじまじと眺めた後、アクルは髪飾りと青年……リザドを交互に眺めた。
「え? ……あ、でも、あの、その……」
「いーからいーから!貴女可愛い顔してるんだから、お洒落くらいしなさいな?」
遠慮する少女に対し、リザドは押し強く手渡す。
結構いい物だが、実際に助かったのだから受け取ってくれねば立つ瀬が無いのだ。
「え……えっ? え、か、かわ……?」
可愛いと面と向かって言われて、目をパチクリするアクルたん。
そして言葉の意味を理解すると同時に、その顔は耳まで真っ赤に染まった。男の人に……というか誰かに、そんな事を言われる事なんてなかった。
「かっ……可愛くなんて、ないです……」
そう言って、外套のフードをすっぽりとかぶって顔を隠すアクル。
………解ってるんですよ?ただのお世辞で社交辞令って……。
そんなアクルに対し、リザドは思うわず、ぷっ、と軽く吹き出す。
「……クスクス、あはは!ああ、ごめんなさい? 本当に、可愛いわね貴女」
そう言って上品に微笑みながら、髪飾りを再び手渡され、アクルはおずおずとそれを受け取る。
「それじゃあね? 道中、お気をつけて。ちゃんとお洒落しなさいよー!」
素材がいいんだから勿体無いわと笑って、リザドは背を向けて去って行く。
「おねぇちゃん、ありがとー!」
馬車から一人、可愛らしい男の子が顔を出して、アクルに向けて手を振っていた。
対するアクルは、少しぎこちなく笑って手を振り返した。
ウィンクと投げキッスを最後に、リザドもまた馬車と共に遠くへと。
それを見送って……街を目指して歩くのだった。