やがて街の中央。真っ二つに裂くかの様な大きな川。アクルはそこに着いていた。
もうそろそろ日が落ちるだろうかという時間である。夕日が見たいなー、と呑気なアクルに魔王は何とも言えない頼もしさを感じている。
坂道になった原っぱと、先には川と……。
「あや……?」
ポツンと一人、タオルの様な布を一枚抱えながら、体育座りをしている金髪の女の子が一人。
親も近くにおらず、じーっと川とにらめっこ。
「…………」
少し考えてから、アクルは女の子に近付く。
「ん。どーすんの? 誘拐でもすんの?
いよっ! 魔王!」
「……いや、なんでそんな発想なんですか……」
アクルは呆れた様に呟いて、「困ってるかもしれないじゃあないですか」 と一言。
「いや、アンタ程は困った状況では無いと思うぞ」
確かに、人間にも魔族にも狙われる立場にあるアクル並に困った状況に置かれてる者は多くはないだろう。
「まぁ、なんっていうか、あれですよ……」
アクルは呟き、ちょっと前の出来事を思い出す。
野犬に襲われた馬車。助けた時のみんなの反応。
「……地道かもしれないですけど、こうやって人助けをしていれば、皆あたしを危険な奴じゃあ無いって、解ってくれるかもしれないですし……」
成る程な、と魔王は呟く。
「ほう、いい作戦だ……ぐっどらっくとぅーゆー」
アクルたん、しっかり考えてたんやなーと感心する魔王。
そんな魔王と対照的に、アクルは苦笑い。
……なんか。汚いなぁ、あたしって。
そんな事を考えながら……川岸に座る、十歳にならないくらい女の子の近くまで来て、アクルは隣にちょこんと座って。
「ひゃ、ひゃの! どーかしまひてゃかっ!?」
「ウハッ!アクルたんテラ不審者!バロシ!」
コミュ症パワーを全開にしながら噛み噛みで喋るアクル。
女の子は、そんなアクルをじーっと見上げて、川に視線を戻した。
「……落とし物、したの」
「落とし物、れすか」
まだ噛むアクルは、同じように川に視線を移す。
二十五メートルのプールの倍以上は余裕で離れた向こう岸。川底は見えない。街の端から端まで流れる広大な川。
「えと、何を落としちゃったんですか?」
「指輪……」
アクルは再び川を見る。広く、深く、雄大な川である。
「あ、無理無理。こりゃ無理ッスわ。お疲れーッス! うぇーい!」
早速、匙を投げる魔王。アクルも、流石にこれはどうしょうもないなと思ったところで……。
「……ママの、形見の指輪なの」
「お母さんの……」
そしてアクルは、スッ、と立ち上がって……その大きな目に決意の光を宿し川に向ける。
黒い外套を脱いで、吹く風に黒いみつあみが揺れた。
「あ、アクルたん……? ま、まさか……まさかア────ッ!?」
「あたし、探してみます……!」
そう言って微笑むアクルを、女の子らキョトンと見上げた。
そして、その小さな可愛らしいお口を開いて。
「おねぇちゃんも、探してくれるの?」
「はいっ! ───おねぇちゃん、も?」
………誰か他に、探している──?
不思議そうにアクルが呟いたその瞬間、バシャッ、と川から何かが飛び出して来た。
「わっ……!?」
驚いて後方に数歩下がりながら、アクル飛び出して来た何かに視線を向けて。
──────人魚?
そう、思った。キラキラ光る太陽の光りを反射する水飛沫、逆光で見えない人影。美しい、絵の様な光景だった。
「ぷっはー! まったく、水の中は気持ちいいねーっ!」
人魚……という事はなく、普通に人間の女性だった。濃い金色の長い髪の女性。ややクセの強そうに見える、サラサラでは無い髪。
この区の人達同様、アクルから見れば茶色いタオルを胸と腰に巻いただけの様な服装である。
「おねぇちゃん!」
「はい、見付かったよ。あの悪ガキ共にゃあゲンコツじゃたりないね」
イタズラ小僧のような笑みを浮かべながら、女性は女の子に指輪を手渡し。
「…………────ん???」
アクルに気付いて、その青い目を向けた。
「………………ッ」
勝ち気なその顔に、アクルは少し苦手意識。更に、その頭を見て少し驚く。
傷だ。右目の上、額より上の頭部の辺りに、抉られた様な傷痕。
「ピスケラおねぇちゃん! ありがとー!」
女の子はピョンピョン飛び跳ねながら、ピスケラというらしい女性に先程まで抱えていた茶色いタオルみたいな布を手渡すと、あんがと、とそれを受け取り頭に巻いた。
傷痕を隠して、前髪を後ろに流して。
「………………」
少し、不審そうにアクルを眺める。
「おねぇちゃん、おねぇちゃん。あのね?」
そんなピスケラだが、スカートを軽く引っ張られてアクルから視線だけを一度外した。
「ん? おう、なんだい?」
「このおねぇちゃんも、探そうとしてくれたんだよっ!」
それを聞いて、ピスケラと呼ばれるその女性は意外そうな顔をしてアクルを眺めた。
それから改めて川を見る。こんな、一見するとなんの力も無さそうな女の子が、この川から探し物をしようとしたってわけかい。
「へぇ~……物好きだねぇ、アンタ………魔術の心得でもあんのかい?」
「はぇ!? あ、いぇ、そのあの。」
「アクルたんは不審者だなァ……」
ピスケラは黒髪みつあみの少女を見ながら、まさかねぇ、と呟く。弱そう的な事が書いてたが、弱そうなんてレベルじゃないぞ。
そんな怪訝そうな視線に居心地の悪さを感じ……アクルは両手を胸に当て、後退って。
「えっと……何か、解決したみたいですし、あたし行きますねっ。それじゃあっ!」
「おう、噛まずに言えるじゃあまいか。」
ゲラゲラ笑う魔王の言葉を無視して、身を翻して逃げようとするアクル。
そんな彼女の、枯れ枝の様に細い腕を、待ちな。とピスケラが優しく掴んだ。
「アンタ、旅の者だろ? どっから来たんだい?」
「えっ……あ、八区から……」
「…………へぇ、八区ねぇ」
黒髪の八区人は珍しいねぇ。いないわけじゃあないけど。……魔王が現れたのも八区だったねぇ。
「そりゃ、結構長旅だねぇ。 どうだい? この子に親切にしてくれたんだ、飯でも奢ってやるよ」
「マジで!?ヤタ──!!」
ピスケラの提案に、魔王様大歓喜である。味覚も共有している為に、焼いただけの肉は飽きていたのだ。
あの眼鏡女、塩くらいいれときゃいいのによ。とか思っている。何様だ。
「魔王様さ!」
「…………?」
急に魔王が何か言ったが、現在進行形で手を引かれるアクルは気にしている余裕はない。
断るのが苦手な押しの弱い少女は、そのまま流されるままにホイホイついて行くのだった。