「ヤッホー! 今日も来たよー!」
「おお~、ピスケラちゃん、いらっしゃい!」
街中の小さな路地裏。アクルが来たのは、そこにある小さな店だった。ちなみに、女の子は父親が迎えに来た為に別れた。
「ほらほら、こっちさ」
促されるままに着いていくアクル。木造の店内には、丸い木のテーブルが六つほど。
アクルはその中のひとつの席に、ちょこんと座る。太っちょの中年男性が、水を置いてくれたので、アクルはそれを飲む。
「さて、何を食うかねぇ……ん。なぁ、特に食べたいモン無いならアタイのオススメでいいかい?えーと、アクルだったっけ?」
「あ、はい……あ、アクル、です」
「ん。改めてだね、アタイはピスケラ・アルレーシャさ。よろしくね」
「は、はい………」
「……。なーに緊張してんだい?」
ケラケラと笑うピスケラに、えっと、とアクルはしどろもどろだ。なんとなく、ピスケラのグイグイとした性格は苦手である。どうにも慣れない。
……悪い人では無いという事は、解っているのだが。
対するピスケラは、さて、とアクルを眺める。
悪い子ではなさそうに見える。ただ……あまり目を合わそうとしないし、言葉に対して妙にしどろもどろ。
………やっぱ、不審だ。ただ、強そうには見えない。
見えないが……だが。
互いにいろいろ考えている間に、料理は運ばれて来た。
「わぁ……」
アクルの見た料理の感想。それは、鰻丼(うなどん)である。それはまさに鰻丼であった。ご飯までちゃんとある。
思ってた以上に知っている、和食的なのが出てきてアクルは驚いた。鰻丼は食べた事が無いので、食べてみたかった。
タレの匂いが香ばしい。お腹がすいてなくてもすくというものである。
「ありがとうございますピスケラさんっ。えっと、これ鰻丼?……ですよね?」
「うなどん? いや、違うよこいつは」
そこで区切って、なんだと思うとイタズラに笑うピスケラ。
んー、とアクルは鰻丼擬きを見る。確かに、色合いとかは似てるが何か違う気がした。
というか、結構違う。切身がこう……まぁ、アクルは写真とかでしか鰻を見た事がないのだが。
魔王も、鰻丼は旨そうだったな~とか言っている。
「そいつぁあ、『ワームの蒲焼き』さ」
「わ、わむぅ……!?」
「そいつは柱の男だ。ワームな?ワーム」
彼は風になったのだ……。
「わ、ワームってあの……そのぅ……」
「ん。八区で最近大量発生したんだよ。ま、全部駆逐されたけどね。
お陰様で、ワームの肉が其処らに出回ってんのさ。この街は八区に近くて助かったよ、お裾分けが来たって訳さ」
そう言って、豪快に笑うピスケラと違い、アクルは顔面蒼白だ。ワームとの死闘や、そこで出会った二人の十二聖護士、『ワイルド・ガンマン』と『ブラック・マッスル』の姿がフラッシュバックする。その後に出会った『イケメン・バード』の姿もだ。
「そういや、アンタも八区から来たんだったっけね?」
「あ、いえそのぅ……あはは」
パクパクとアクルはワームの蒲焼きを食べる。この区には、箸という文化があるらしい。しかし、今のアクルにそれを突っ込む余裕はない。
「ウメーウメー!」
魔王は大喜びだが、アクルは今一味が解らないくらい動揺していた。
なんだろうか、この妙な気分は。どうにも悪い。良くないのだ。
そしてピスケスは、明らかに動揺しているアクルを見ながら、おいおいと思う。
弱いだけなら仕方ない。復活したてらしいし。
しかし、だ……なんかこう、あからさま過ぎるというか……やっぱ違うか?いや、でも……。
「えと、えと……あ、ありがとうございましたっ。あたし、もう行きますね?」
食べ終えたアクルは、席を立つ。そして頭をペコペコさせた。
「ん? なんだい、もう行くのかい?」
なんというか、明らかに逃げようとしてる様子を見ながら、そうだとピスケラは思う。
「ま、もうちょっと付き合いなよ。この街は初めてだろ? 見せたいものがあるんだ」
飯奢ってやったんだ、それくらい良いだろとカラカラ笑うピスケラ。
彼女は勘定を済ませてから、にこやかに戻って来る。
「あぅ……」
なんとなく逆らいきれずに、アクルはピスケラに着いて行く。
ふらふらと着いてくと、何やら門番と話し、街の外まで出て行く。
「あや……?」
「ほら、早くしな。日が落ちちまう、間に合わなくなっちまうよ」
そう言って笑う無邪気なピスケラの笑顔に、ついつい着いてくアクル。やがて、外の草原の斜面を登り、頂上まで着くと、ピスケラが指をさす。
「……わぁ」
そこに視線をやると、赤く染まる街と川。夕焼けの世界。
「あっはっは、どうだい? 綺麗だろ?アタイの穴場なんだよ、ここ」
満足そうに笑うピスケラに、うなずくアクル。
キラキラした表情で夕焼けに目を奪われる少女に、間違ってたらごめんよと、ピスケラは呟いた。
「………ッ」
「……ッ、うげ!」
魔王が何やら妙な声をあげて、同時にアクルは腕にチクッとした痛みを感じた。
見ると、腕に小さな……本当に小さな切り傷。そして、その傷口はすぐに再生していく。
それを見て、ハッとアクルはピスケラの方を見た。今のを見られたらと心配して───その周囲に、シャボン玉に似た水の球が宙に浮かんでいる事に気付く。
「アンタも、こんな景色の中で死ねるなら満足だろ? なぁ、魔王」
まさかとは思ったが。本当に現れるなんてねとピスケラは思う。
なにかの間違いかと思ったが……今のを見れば、間違いなさそうだ。
「…………え?」
表情が凍り付く。体温が下がる。血の気が引く。
そう、とアクルはピスケラの目を見て────
「ひっ……」
目があって、思わず小さな悲鳴。あの目だ。
ピスケラの目には先程までの温かなものは無い。冷酷な、人殺しのような目をしていた。
「な、な、な……なんの、ことですか……?」
思わず後退るアクルに、とぼけても無駄さとピスケラは言う。
「さっき、ね。こうやってね……」
すると、彼女の前方に小さな水玉が……アクルの方に飛ぶ。
「……ッ!?」
右腕をほんのちょっと掠めて、浮かぶ赤い血……だが、それはすぐに『再生』する。
「あ……? あ……?」
じゃあ、つまり。さっきの切り傷は……
「……そういう訳だ、魔王?
言い訳出来ないだろ? つーわけで、アンタはここで始末させてもらうよ。
この十二聖護士が一人、『ピスケラ・アルレーシャ』がねぇ!!」
彼女の怒号と共に、ピスケラの頭上に巨大な水の塊が現れる。
「えっ……いや、ちょ……それは洒落にならんでしょ……。つーか、え? 人間共は魔王放置キャンペーン実施中じゃあなかったの?」
……使えねー魔王である。つまりこいつは、右も左も解らないアクルをよそに、完全に油断していたのである。
アクルは、青ざめた表情で巨大な水の塊を見上げていた。