広い心と深い憎しみ。
鍛えた技は殺す為。磨いた武は護る為。
その矛先を向けるのは────
巨大な水の塊が、物凄い速度で迫って来た。獣より速く動ける様になったアクルでも、避けきれない程の速度と大きさ!
次の瞬間に感じたのは物凄い衝撃だ。以前、パイアと呼ばれる馬鹿でかい猪の突撃をくらった事があったが、あんなものは比較にならない程の衝撃。
……不思議と、痛みは思った程でも無かった。
「……な、にが……」
起きたの? 倒れていたアクルは、よろよろと身を起こす。体は無傷だ。
だが辺りには、血や腕や、臓物が飛び散っており……目の前には、隕石でも落ちたかのようなクレーター。
「なん、ですか……ソレ……」
頭上を見て、アクルの顔は絶望一色だ。
先程の水の塊が、ピスケラの頭上に三つくらいある。
地形がいくらか変わる様な破壊力。ああいうのって、いわゆる必殺技的なもので、連発とかは出来ないものなのではないのかとアクルは思う。
……少なくともこれは、十二聖護士、『ピスケラ・アルレーシャ』にとっては大技には入らない、という事なのである。
成程、大した再生力だ。流石魔王。
無言で、あのダメージからもう回復しているアクルを見てピスケラは思う。
まぁ、再生能力にも限界はあるらしい。なら、限界まで攻撃するだけさ。
ピスケラが、上げた片手をまた振り下ろす。
「や、やめ────ッ」
迫り来る巨大な水球。逃げ場は無い。
……えらくゆっくりである。何もかもがゆっくりだ。アクルには、そう感じた。
ふと気がつけば、アクルは無意識に右手を水球に向けて伸ばしていた。すると───
「なん……だと……?」
ピスケラの表情に驚愕の色が浮かぶ。巨大な水球は、アクルの目前で止まっていた。
「…………え?」
アクル自身も、驚いてその大きな目を見開く。これは……。
「抜けば玉散る氷雨の刃」
水球が逆巻き、やがて縮み、アクルの右手に握られる。
そしてそれは刃になった。アクルがよく知る、日本刀の様な姿に変わる。
「村雨丸(むらさめまる)……だぜ。そいつの名前は。
そいつがある限り、水はあんたの敵じゃあなくなるんだぜぃ」
他の水球も飛んで来たが、物凄い速度で飛んで来たにも関わらず、アクルはちょっと水をかけられた程度の感覚が残り……水球達は姿を消して行った。
「村雨丸……」
刀を握り直し、峰に返す。
これなら、勝てるかもしれないとアクルは駆け出した。少なくとも、水の魔法はもう効かないらしい。
「……ん、それでもいいか。多分、逃げ切れないしな。今回はワームとかもいねーし。
……だが。」
「……ちょっ、なんて奴だい!」
魔法……オーシャン・メテオーラをまともにくらい、どう見ても即死していたにも関わらず、再生し無傷で立ち上がったのには驚いたが、それはまぁ、解っていた。
だが……これは。
「チッ……!」
浮かぶ小さな水球達が、刃となってアクルに襲い掛かる。
だが、アクルにはまったく効果を成さない。ダイヤモンドさえも真っ二つに切り裂くウォーター・カッターも、今のアクルには水浴び程度である。
「……アタイ得意の水術は効かないってか」
苦々しい表情でピスケラは呟く。
…………でもね、やりようはあるんだよ!
ピスケラは手のひらで水球を作り出し、迫り来るアクルの……前方の地面に投げ付ける。
「水は防げても、そっちはどうだい!?」
地面に直撃し、散弾の様に土やら石がアクルに襲い掛かる。
「あっ……! ぐっ……!」
体にいくつかの穴を開けながら吹き飛び転がるアクル。
これなら近付けばなんとかと思っていたが……近付く事すら、出来ない。
それでもどうにか近付かないと勝負にならないので、なんとか起き上がるアクル。しかし………結果的に、近付く事は出来なかったが。
「え……?」
ピスケラの姿が近付いて来る。どうやら、あっちから来たらしい。
「あ……! やぁ!」
村雨丸の峰を、ピスケラに向けて全力で振ると。
「……ナメてんのかい?」
峰を片手で止められた。そのまま刀を握られ、物凄い力で引っ張られ──。
「─────ッ!!!?」
呼吸が出来ない。物凄い力で繰り出されたピスケラの拳によるボディー・ブロー。
それは、先程の宙に浮かんだ海球を凌ぐ衝撃だった。
「──ッ! ───ッ!? ────ガッ、ハッ……!?」
口からは色々な物が飛び出す。胃液だけで無く、まるでミキサーにかけられたような臓器まで。
すかさず放たれたアッパーにより、アクルの視界は真っ暗になり、少しの間、思考が止まる。
「……………!?」
何が起こったのか解らないが、ピスケラが少し驚いた顔をしているのが見えた直後、蹴られて大きく吹き飛んだ。やはりこれも、巨大水球以上のダメージだ。
「あっ……ぐっ……!?」
ドチャリと、嫌な音が背後から聞こえてアクルは振り返る。
「えっ……!?」
生首だ。頭が落ちていた。自分の顔だ。
先程のアッパーをくらった際に飛んで行ったらしい。
顎が砕けて、地面に落ちた衝撃で半分潰れた自分の顔。目玉が飛び出し脳が飛び出し醜い顔。
「あ……あぁ…………」
……冷静になれ。なんて、無理だろう。こんな状況でそうあれる程に、樋山 アクルという少女は強く無い。
頭が真っ白になって行く。
「ちっくしょ、やっぱ無理か……!」
魔王が呟くが、アクルには今は届いていない。
十二聖護士……。あいつらは、武器術、魔術……ありとあらゆる技を最大限に発揮する為に、まずは体術を己が限界まで極めてやがるからな……!
しかしなんて強さだと魔王は思う。流石、人間辞めました軍団。
「や、やだ……来ないで……」
近付いて来るピスケラを見て、顔面蒼白でアクルは首を横に振りながら懇願する。
「い、いやだ……痛いのは、いや……なの! お願い、助けて、お願い……お願い……もういやぁ……!」
涙がボロボロ溢れだす。無理もないだろう。少女の心は、とっくに折れていた。
「─────ッ」
ピスケラの足が、止まる。泣きじゃくる少女を見て、困った様に頭を掻いた。
……なんだいこりゃあ。アタイは悪者かい? いや、こいつ魔王だろ? 再生するわ、アタイの水術は効かないわ、とんでもない奴さね?
なのに、なんだってんだい。やめとくれよ、そういう作戦かい? 精神攻撃かい?
一応記しておくが、彼女ことピスケラ・アルレーシャだって悪人では無いし、他者をいたぶり楽しむ様なサディスティックな趣味も持ち合わせていない。
故に、ここまで命乞いされるとくるものがある。
アクルの見た目の幼さも相まって、効果は抜群だ!!
「あー…………」
そういや、あの子を助けようとしてくれてたっけね。こいつ。いや、でも魔王だろ?なにか、目的があったはずだろ……。
……あー、一撃で死んでくれりゃあ、苦しみを与えず殺れるんだがねぇ、こいつ後どのくらい再生するんだい? 話によると、無制限に再生するわけじゃあ無いはずだろ?
「……あんた、なんなんだい」
「…………っ」
怯えた眼で見上げる少女に、ピスケラはタメ息。
「魔族なんじゃ、ないのかい?」
「え……い、いえ、あたし、人間で……」
「……………成程、ね」
なんとなく、人間の気配を感じたと、報告書には書いてたような気がするねとピスケラは思う。
……いや、でも、こいつは魔王。魔族の、王で……。
そっと、頭に残る傷痕をピスケラは撫でた。
そんな葛藤をしているピスケラだったが、ふと妙な感じに振り返り……即座にその顔色が変わった。
「な……にぃ!?」
街の方がおかしい。何やら、煙がモクモクと上がっているのだ。火事かい、こりゃあ。
「クッ……!?」
今だ泣きじゃくる少女を見て、いや、これでいいかとピスケラは思う。口実が出来たじゃあないか。
「魔王!」
「ひぃっ!?」
怯える少女に対し頭を掻いて、ピスケラは街を指差す。
「火事が起きた。アタイは消火活動に向かう。
でも逃げんなよ? アタイ、終わったら疲れて寝て、しかも忘れるかもしれないけど逃げんなよ?」
……──我ながら、クソ甘いこったね!
明らかに、「逃げていいよ!」 と言わんばかりの捨て台詞を吐いて……ピスケラはとんでも無い速度で街に向けて走り出し、アクルはそれをポカーンと口を開け見送るのだった。