アクルは、防壁の周りを回っていた。
入り口の門は避難した人だかりと、兵士の目があり中に入るのは困難である。今のアクルには、この防壁を飛び越える事が出来る程の跳躍力は無い。
「よし、逃げようず!」
魔王が言って、流石にどうしようも無いと判断し、渋々引き返そうとしたアクルの耳に、誰かの……少年の様な声が聞こえた気がして振り返ると。
「あや?」
壁の一部が、ポッカリと穴を開けていた。
「えっ。なにあれ」
思わず魔王が呟く。どう見ても人為的だろあれ。どうなっとんねん。
「えっ、えっ、行くのアクルたん?」
罠かなんかにしか見えねぇんだけどという魔王の意見をよそに、アクルはそこに向かって歩いて行く。
いや、誰がなんの為の罠だよって話では確かにあるけどさ……なんっつーか、都合良すぎるじゃん?
穴を抜けて、焼けた街が眼前に広がり、アクルはゴクリと息を呑む。
「ん……」
そこで、雨が降っている事に気付いて空を見るが、雲は無い。
遠くを見ると、大きな水球が浮かび上がり、弾けているのが見えた。
「……あれは、ピスケラさん……?」
「んだんだ。間違いねーだよ。アクルたん、あそこには絶対行かない様にな?」
アクルはコクコクと頷いた後、右手を開く。水が現れ逆巻き、やがて日本刀の形を為した。
「えっと、これで水とか操ったり出来ませんか?」
無力化は出来たけど、無理かな? と思っていると。
「出来るよん。」
と、あっさりと肯定の声。
「ただ、魔法の類いは感覚が大事だから教えるのは難しいなぁ……。とりま、イメージが大事だぜぃ」
イメージ、と呟きアクルは目を閉じる。思い描くは、ピスケラの魔法。
すると、周囲からは野球ボール程の水が現れた。
「あ、出来た、出来ました!」
「おぉ、アクルたん筋がいいねぇ~。 よーす! 消火活動で消化試合だ~!」
アクルが水の刀、村雨丸を振ると、水球達が前方に飛んで行った。
チマチマやってるアクルよりも、ピスケラの魔法によって街はどんどん鎮火されていく。
「……本当に、来る意味無かったですね」
苦笑気味にアクルが呟き、だから言ったじゃんねと魔王が笑う。
「あのニンゲンモドキ共は化け物だからな。こんくらいは余裕よ」
成る程と呟き、引き返そうかなと思ったアクルの耳に、女の子の泣き声が聞こえた。
「ん……この声って……」
確か、ピスケラさんと会う前に出会った指輪の女の子……。
「……───っ!」
慌ててアクルがそっちに行くと、広い大通りで座り込んで泣いている、金のショートカットな、件の女の子を発見してアクルは急いで駆け寄った。
「だ、大丈夫ですか……!?」
「……………あ」
アクルに気付いて、女の子は両目いっぱいに涙を溜めて、その華奢な体にしがみつく。
「だ、大丈夫ですよ。もう大丈夫ですよ」
来て良かったなと思いながら、アクルは女の子を背負い立ち上がる。
「それじゃあ、街の外まで行きましょう」
そう言って歩き出して。
「……なにやってんだいアンタ」
今さっきまで聞いていて、そして今、物凄く聞きたくない声が背後から聞こえた。
流れる冷や汗と、激しくなる心臓の鼓動。
「アーアー、キコエナーイ。アクルたん、我らは何も聞いていない。いいね?」
「アッハイ。」
聞かなかった事にして、アクルは一歩踏み出す。
「おい。なにシカトしようとしてんだい」
「あ、ピスケラおねえちゃんだー!」
アクルの背中で女の子がはしゃぎ、アクルはゆっ…………くりと振り返ると、そこにはピスケラ・アルレーシャの姿が当たり前の様にある。
「……ピ、ピスケラ、さん……」
「ああ、サマカ。無事で良かったよ」
ピスケラは、とりあえず背負われている女の子の頭を撫でて……そしてアクルに白目を向ける。
「ひっ」
「逃げろって言ったろアタイは……いや、言っては無いかそういや。
いや、でも逃げるだろ普通、なにやってんだい。バカかアンタは。つーか、アタイがバカみたいじゃあないか」
「ひぅぅ……。」
泣きそうになっているアクルと、怒っているピスケラを交互に見ながら、背負われている女の子、サマカはキョトンとしながらも、ピスケラを見た。
「ピスケラおねえちゃん、アクルおねえちゃんを怒らないであげて。アクルおねえちゃんは、わたしを助けにきてくれたの。」
それを聞いたピスケラは、少しムッとした後に呆れた様な溜め息を盛大に吐き出す。
「やれやれ……。まぁ、でもその件は感謝するよ。ありがとね、アクル」
そう言って、ピスケラは笑った。笑ってくれた。