薄幸の堕天使   作:怒雲

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「ピスケラさん……」

 

 

 困った奴だとばかりに笑うピスケラ。そんな彼女の表情を見て、アクルは少しなんとも言えない顔をする。

 

 

「さ、アンタもさっさと逃げな」

 

 

 見逃してやるからという言葉を隠しつつ、ピスケラは……そう言ってアクルの頭をポンポンと軽く優しく叩いた。

 

 

「ああ、あとサマカの面倒はアタイが見とくよ。その方が安全さね」

 

 

 確かに聖護士と一緒なら、あたしなんかと居るよりは安全だなと思ったアクルは、背中を向けて、ピスケラはサマカを両手で優しく掴み上げだっこする形になる。

 

 

「ピスケラさん……その、ありがとうございました」

 

ぺこりと頭を下げるアクルを見て、律儀な奴だとピスケラは苦笑を浮かべて口を開く。

 

 

「……なぁに、気に───」

 

 

 気にするな。そう告げようとした言葉は、次に聞こえた爆音に掻き消された。

 

 

「わっ…………!」

 

 

 ほぼほぼ鎮火していたのだが、また少し遠くの方で火の手があがっている。

 

 

「……チッ。どっか変なとこに引火したかねぇ……」

 

 

 眉を軽く吊り上げ、ピスケラは苦々しげに呟く。

 

 

 

「あ…………」

 

 盛る紅蓮の焔と、沸き立つ黒煙をその大きな目に映しながら、アクルは左手で右腕を握る。

 

暗い空が、また赤い。夕日とは違う、嫌な色。

 

 

「……やれやれ、やっぱりサマカを安全なとこまで頼んでいいかい?」

 

 

 困った様に振り返ったピスケラ。が、その顔に疑問の色が浮かんだ。

 

 

 

「……その、弓はなんだい?」

 

 

 アクルの手には、いつの間にか弓が握られている。赤い、金の装飾が施された大きな弓。

 

「え? あ……?」

 

 

 ピスケラに問われて、アクルは握っていた物が刀から弓に変化している事に気が付いた。

 

 

「紅き、火の神より授かりし大弓。 ───そいつの名前は、『チャンドラ・ダヌス』だぜ」

 

「…………」

 

 

 ぼんやりと大弓を見て、アクルは再び炎を見た。

 

 

 

 

 

 ────頭に、映像が過る。イメージが沸き上がる。それは、記憶の欠片。

 

 

 魔王達の記憶の欠片が、アクルに力を貸していた。

 

 

 左手に弓を持ち直し、右手を開き、念じる。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 物凄い、『力』を感じてピスケラは思わず後方に飛ぶ。彼女の、聖護士としての経験が、そうさせた。危険だと本能が叫んだのだ。

 

 

 熱を感じ、頭上を見ると空を走る炎。行き先はアクルの……魔王の右手。

 

 

 目を見開いて眺める。今、起きているこの光景を。

 

 

 やがて、大規模の炎は全てアクルの右手に集まった。濃縮された、『焔の矢』を握り締めて、少女は空に向ける。

 

 

「……射けぇ!」

 

 

 掛け声と共に、放たれる焔の矢が、暗い夜空を切り裂き赤い光りの道を作り出す。

 

 

 

「なんて……『力』だい……」

 

 

 呆然とピスケラは呟く。これが、『魔王』の力。圧倒的だ。肌が、ぞわりとする。

 

 

 もし、彼女が。目の前の少女が、この力を自在に操り、自分に向けられたら勝てるだろうか? 万全でも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ッ!」

 

 

 見逃そうと思った甘さを呪った。やはり、ここで始末しておくべきだ。危険なんてもんじゃあ無い。

 

でたらめな再生能力だけでもとんでもないというのに。多分、今見た力すら片鱗でしかないだろう。

 

 

 拳を握り、アクルに鋭い眼光を向けるピスケラ。

 

 

「………………────」

 

 

 魔王の少女は、空を見ていた。すぐ近くの殺気にまるで気付いておらず、安心しきった顔。危険が去ったと、安堵の……ピスケラから見て、実に、間の抜けた様な表情。

 

 

「………………あー、やれやれだよ。まったく」

 

 

 苦笑が浮かぶ。一瞬にしめ、毒気が抜かれた。

 

 

そして、やっぱりダメだねとピスケラは自分の甘さを呪う。自分に、目前の少女は殺せない。

 

 

「わぁ……」

 

 すぐ近くで見ていた、サマカは目を見開いて、パッとアクルに向けて駆け出し、しがみつく。

 

 

「おねえちゃんすごーい!」

 

「わぷぅ!」

 

 

 勢いよく飛び付かれて、尻餅ついてしまった間抜けな少女の姿に、ピスケラはまた苦笑を浮かべる。たく、別人みたいじゃあないか。

 

 

「……三日くらい、かね。」

 

「え?」

 

 

 キョトンとアクルはピスケラを見上げる。

 

「三日くらい、面倒見てやるよ。──お礼ってやつさ」

 

 

 いまだキョトンとするアクルをよそに、ピスケラは周囲を見渡す。

 

 

「アタイはこの街が好きでね。借りは返すって事さ。ま、ゆっくり羽を休めるんだねぇ」

 

 

「ピスケラさん……ありがとう、ございます」

 

 

 そう言って、なんの警戒も無く無邪気に笑う少女に、ピスケラはまたまた苦笑する。そして、まるで一人相撲さねと、純粋に笑ったのであった。

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