薄幸の堕天使   作:怒雲

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異なる世界で。3

 

威嚇行為として大剣を振り回すアクル。

 

 

 

 

 

 しかし……それは逆効果だった。

 コロコッタというこの世界に在来する獣は、オウムの様に声真似が出来る。

 

 基本的に獲物の声真似をする事が多く、色々な生物の鳴き真似をするコロコッタがこの世界には存在する。

 

 

 

 このコロコッタは人の真似をした。

 

 

そうすると、あっちから獲物が来てくれると学習したのである。

 

つまり、頭の声が言った通り人間を好んで食べるという事である。

 

 食べなれているこのコロコッタは、叫びながら無造作に大剣を振り回しながら向かって来るアクルの動きに覚えがあった。

 

 

 パニックになった人間や、やけくそになった人間がよくやる動きのひとつだと……この獣は学習している。

 

 

 もしも、この獣に表情があれば笑っていたかもしれない。

 

 

 否……コロコッタは笑っていた。

 

 人間の笑顔は、獣が獲物に襲いかかる直前の牙を向いた表情に由来すると言われている。

 

 

 ならば、コロコッタは確かに笑っていただろう。

 

 牙を剥き出しながら、アクルを何時もの獲物と見定めたのだから。

 

 

 

 コロコッタは、アクルの動きを見ながら力を貯めて……それを爆発させた。

 

 

 丁度、アクルが大剣を右に大きく振りかぶり、左に切り返そうとしたその瞬間をきっちりと狙って。

 

 

「えっ……ぐっ……!?」

 

 また蹴られるのは嫌だと判断したのか、コロコッタのした攻撃は噛み付きでは無く頭突き……突進である。

 

 

 

 もろにくらったアクルの小柄な身体は、とてつもない勢いで吹き飛んで行く。

 

 数十メートルくらい飛んで、木にぶつかって止まった。

 

 

 

「あッ……がっ……!? ガッ、はっ……!!?」

 

 

 丁度アクルがぶつかった箇所は枝が適度に折れていて、アクルはそこに突き刺さる形になった。

 

 鳩尾の辺りから突き出す赤黒く染まった枝を見ながら、アクルは餌を求める金魚の様に口をパクつかせ、血ぶくを吹きながらなんども咳き込んだ。

 

 

 

 

「百舌鳥の早贄一丁上がりー!! つーかめっちゃ痛てぇ!!!」

 

 

 そして相変わらずの頭の声である。こんな状況でも平常運転だ。

 

 

「あー。あれだアンタ、すっげぇ無茶な事を言うけどさ、出来ればノーダメで勝って欲しいんだ、うん。

 まだ完全じゃあないとはいえ、同化しとるから我も痛いんよ。」

 

 

 更に頭の声は無茶な注文までするのであった。

 

 

「ぁ……ぐ……。」

 

 視界が霞む中、辛うじてアクルの目にはこっちに向かって歩いて来るコロコッタの姿が映る。

 

「おーい、あんたぁ……早く脱出しなせーよ。痛いし。

今のアンタなら、こんな状況も余裕やで!だからはよ!はよ!」

 

 しかし、突き刺さったままのアクルと、近付いて来る獣さん姿を前に……呑気な頭の声に、若干の焦りが見え始めていた。

 

「ぃ……た、ィよ……いたぃ……。

 グッ……げへッ、あ……ギィ……おかあ、さん……。」

 

 

 虚ろな目でアクルはぶつぶつと呟く。頭の中はぐちゃぐちゃで、ろくに思考できていない。

 

「ちょっ、アンタやばい。やばいって。ばいやーだって。

 危ないぜ? コロちゃん向かって来てるぜ? やべーって!トリップしてる場合じゃあないって!」

 

 

 頭の声も流石に本格的に焦り出す。それでも余裕がある様に見えるが、まぁ彼女なりにかなり焦っているのだろう。

 

「やべぇよやべぇよ……! ああ、こりゃあやばいぜ、めっちゃヤバい。どのくらいヤバいかっつーとマジヤバい」

 

 

 あたふたする頭の声。食われるのは嫌ざんす。

 

 

「アンタ、とりあえずまだ死ぬな? 死のうとしてたのは知ってるけど、まだ死ぬな?

 アンタが必要なんだって!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………!」

 

 その言葉に、ピクリと……アクルの左手がしなった。

 

 

「……───!?」

 

 

 コロコッタの動きが止まった。と、同時にアクルの左手が、あらぬ方向にねじ曲がり……自分を串刺しにしていた木の枝をへし折る。

 

 

 どちゃりと地面に落ちて、よろよろと起き上がりながら乱暴にまだ刺さっている枝を引き抜く。

 

 

「…………」

 

 

 コロコッタとアクルの視線が重なる。濁った虚ろな瞳。死人のようなのに、両の目はしっかりと敵を視る。

 

 

 対する獣は困惑していた。獲物だったはずだ。だが、今の少女からは得体の知れない何かを感じる。野生の本能が、逃げろと告げていた。

 

 

 だから、コロコッタは逃げようとした。アクルと目が合って、一秒にも満たない時間での決意。

 

 

 ……が、それでも遅かった。関わるべきではなかったのかもしれない。

 

 

 

 

 少女の、肥大化した黒い左腕の鉤爪により……その獣の強靭な身体は、バターの様に裂かれてしまった。

 

 

 

 

 雨が、勢いを失いパラパラとしたものに変わる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………───あゃ?」

 

 

 ぼんやりとしていたアクルは、キョトンとした顔をする。虚ろな目が瞬きを始めた。

 

 

 

 

「やったぜ。」

 

 

 頭の声が聞こえて、同時にコロコッタの無惨な亡骸がその目に映る。

 

 

「うん。チュートリアル的なのにしちゃあ苦戦したって感じだが、まぁとにかく良っしーだ!

 あ、でもアンタ、『ディアブロ』は出来るだけ使わない方がいいな! でもいきなりアレ使うなんて、我もービックリベックリよ!」

 

 

「でぃあ……?」

 

 

 ぼんやりとする。酷く、頭がふんわりと。

 

 

 

 夢見心地というか……とにかく、眠い。

 

 

 しっとりとした霧雨が、今の身体にはむしろ心地好く感じた。

 

 

「……我さん。」

 

「えっ。我さんって我の事だよな? そりゃあ名前じゃあーねぇぞぃ?

 ま、いいや。んで、なんだね?」

 

 

 いろいろと、聞きたい事があった。知りたい事が、あった。

 

 

 ここはどこなのか。なんでいきなり猛獣に襲われなくっちゃあいけないのか。貴女は何者なのか。自分は何をすればいいのか……。

 

 

 

 いろいろな疑問がぐちゃぐちゃな頭の中に浮かぶ中……。

「……なんでこんな怖い生き物が、『コロちゃん』なんて可愛いアダ名なんですか?」

 

 

 口から漏れたのは、一番どうでもいい疑問だった。

 

 

 その問い掛けを最後に……アクルは糸の切れた人形の様に、泥のベッドに倒れこむのだった…………。

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