蒼い空と碧い海。どこまでも続く水平線。
人生で初めての船旅。ゆらゆらと揺られて。
「はふぅ……」
青い空、白い雲。……その日はまさに、絶好の船出日和であった。
何事も無く出港した木製の大きな客船の甲板で、柵にもたれかかり、魔王少女 樋山アクルはのんびりとした溜め息。優し潮風に煽られ、黒い艶やかなみつあみが揺れている。
「平和だなぁ」
魔王も思わず呟いた。聴こえる波の音と、船の進む音。
産まれて初めて、こんなにも間近で見る船上からの碧い海原に、アクルは感動を覚えて見惚れている。
ああ、世界とはやはり綺麗だ。
「これからクッソ汚いと噂の五区に行くんだけどな。」
空気の読めない魔王の発言に、アクルはちょっぴりへこむ。
「あー……。」
アクルは少しうめき声みたいなのをあげてから、柵によりいっそうもたれかかった。
「今だけそっとしといて下さい。」
安心な気分のままで。ああ、一生この船上で暮らしたい。
「……ま、そだな。アクルたん何時も頑張ってるし、休まないとなー」
その発言に、アクルはちょっぴりくすぐったそうに微笑む。そう言って貰えるのは、嬉しいものだ。
頑張ってると認められるのは、嬉しいのだ。
「お姉さん?」
ぽやーっとしていると、ふと聞き覚えのある声。
振り反ると……最近、見た姿。
モコモコした白いニット帽的な物を頭に被り、雪国から来ました的な白い衣装。
髪も白く、ふわふわした感じのまさにまさしく美少年。人形の様に整った顔と真っ白な肌と青い瞳。
「あ……メリーさん?」
名前を呼ばれて、少年メリーはニッコリと微笑む。
「やぁ、お姉さん。無事だったんだね。ほら、結構凄い火事だっただろう?
……それにしても凄かったよねぇ。十二聖護士様もだけど、炎が集まって、矢みたいに空に飛んでってさ。アレはなんだったんだろうね?」
メリーに問われて、アクルは物凄く目を泳がせた。
「さ、さぁ……あた、しにゃあなんの事だかさっぱりですぇ……」
「アクルたんぇ……怪しさ満点じゃあないか……。」
そんなアクルの様子に、メリーは口元に片手をやりながら、クスクスと可笑しそうに笑う。
「ああ、そうだ。お腹空かない?良かったら、お昼一緒にどう?」
「あ、えっと、そうですね……」
ナンパかな?魔王は思う。
アクルは少し考えて……いる間にメリーに押されて、成すがままに流れるままに歩き出す。
「アクルたんぇ……どんだけ押しに弱いんだ……」
簡単に流されて行く我等がアクルたんの姿に、魔王は若干呆れ気味に呟いた。
メリーと一緒に、歩く分には広い程度の船内通路を食堂に向け歩くアクル。
豪華客船……という感じでは無いが、なかなかしっかりと造られている船だ。
「そう言えば、お姉さんはどこまで向かう予定なの?」
「あ、えっとえと、あたしですか? えっと、五区です」
「アクルたんは『あ』と『えっと』とかが多いなぁ……」
まぁ、あんまり他人と話しをする機会とかなかったろうし、仕方ないかな。
「…………五区?お姉さん、そんな危険地帯に用があるの?」
ああ、やっぱり危険な場所なのかとアクルは思う。正直、行きたい訳では無い。
「まぁ、いろいろ事情はあるだろうし、詳しくは聞かないけどね。」
「あはは……あ、えと、メリーさんはどうするんですか?」
「私かい?私は用事が済んだから、一区に帰るんだよ。」
これでも実はお偉いさんなんだと笑うメリーを見ながら、アクルは道中で出会った少女、エリダヌスの会話を思い出す。
エリスという名前の、背が低いという十二聖護士。
「……メリーさんって、実は十二聖護士とかだったりします?」
「私がかい? 違うよ、一区(うち)の聖護士、エリスは女性だよ。私はれっきとした男さ。」
まぁ、と呟き……メリーは少し意味ありげに笑う。
「よく間違われるけどね?」
へぇ、とだけ……アクルは呟いた。
やがて、食堂に着いたアクルは……丸テーブルの前でちょこんと座っていた。
正直、特別食べたい物も無かったのでメリー任せである。
「とりあえず、私一押しのを選んでおいたよ」
そう言って笑うメリーに相槌をうって、アクルは辺りをキョロキョロと、田舎者アピールでもするかのように見渡す。
同じ様なテーブルを囲んで、お客さんの姿はさほど多くない。
まぁ、外を出歩けば結構な頻度で猛獣と遭遇するような世界だ。元いた世界と違って、気軽に旅行とかは無いのだろう。船の料金も結構高いみたいだし。
ちなみに、アクルは船代は払っていない。何故なら、ピスケラからチケットを貰っていたからだ。
船乗りに見せると、特に手続きも無くすんなりと、中々に良い感じの個室を貸して貰えた。十二聖護士は偉大である。
やがて、料理が運ばれて来た。
どんなのかと思えば、いつぞや見たワームの蒲焼きであった。
ピスケラに襲われたあの記憶がフラッシュバックする……。