夜。樋山アクルは、ぼんやりとしながら波の音に耳を傾けていた。
船室から見える、空を眺める。僅かに朱さを残す濃い藍色の空。
そこに、ノックの音が転がって……扉を開くと、そこにはお人形さんの様に整った顔をした少年の姿。
歳のわりにかなり小柄なアクルよりもさらに小さなその少年は、アクルを見上げてニッコリと笑う。
「やぁ、お姉さん。さっきぶりだね」
「あ、メリーさん、どうもです」
相変わらず白いモコモコした防寒着姿の少年を見ながら、暑くないのだろうかとアクルは思う。
思うだけ。口には出さない。
「お手柄だったねぇ、はい。これ報償金だよー」
「あ……えっと、わざわざどうもです」
お金を受け取るアクルを見上げながら、メリーはニコニコと笑う。
「いやぁ、私としても助かったんだよ。お姉さんがあそこにいてくれて本当に助かった。
……お礼も兼ねて、夕食でもどうだい? 奢らせてよ」
「え?あ、え、え?あ、いえ、その、お昼も御馳走になりましたし……。今、お金も貰いましたし……」
「ああ、あれはほら。お姉さん、ワーム苦手っぽかったからお詫びだよー。今回は、お手柄分さ」
そこまで言って、メリーはアクルの枝のように細い腕を軽く掴む。
「……お姉さんはもっと、食べた方が良いと思うしね?そういうわけで、行こっか」
そして押されて流されて……アクルは昼間の食堂に。
「やりよるなこのナンパ小僧」
等と呟く魔王。それはそれとして、出されるちょっと高そうな料理。
「はい、お姉さん」
なんとなーくオサレな料理をまじまじと眺めていると……差し出されたワイングラス。赤い液体。
「………え?お酒、ですか?」
「うん?……うん、見ての通りねー。赤ワインは苦手だったかい?」
「あ、いえ……あの、未成年ですよね?お互いに?」
「…………ミセーネン?」
メリーは、少し目を丸くして小首を傾げた。
その様子に、ああ、とアクルは思う。この世界だと、そういうのないのか。
「……下戸って意味……じゃあなさそうだね」
「あ、いえ、大丈夫です。なんでもないです、いただきます」
軽く頭を下げて、アクルはワイングラスに注がれた液体を軽く揺らしてみる。
「アクルたん、お酒は初めてかな?ゆっくり呑むんやでー」
魔王に言われて心の中で返事し……口に運ぶ。
………渋いというか、苦いというか?今まで飲んだ事のない独特の味と、その中にある確かなブドウの味と、鼻腔を突き抜ける香り。
でも、不思議と苦手ではないなとアクルは思う。なんだか頭がふわっとなって、心地好い。
「……お姉さん、お酒を呑むの初めてかい?珍しいね~」
「えっ、えーと、まぁ、はい……その、えと……」
「お姉さんの……お姉さんは、家柄とかで、大きくなるまでお酒は禁止だったりしたのかな?」
「えーと………」
アクルは少し考える。異世界から来たからとか言っても大丈夫だろうか?
………いや、普通に信じてもらえなさそう。そう考えて、アクルは口を開く。
「えっと……まぁ、そんな感じ、です。今は、大丈夫です」
「そっか。なら良かったよ」
ニコニコと笑いながら答える内心、メリーは少し面白がっていた。
へぇ、そうなんだ。年齢制限とかあるんだね。面白い情報だ。
「あ、あの……」
「うん?」
膝の上で軽く握り拳を作りながら、気になったので尋ねてみる。
「あのっ。あたし、世間知らずで……お酒って、小さくても呑んでいいんですかね?」
ふむ、とメリーはアクルの顔を眺める。ほんのり顔が赤い。
……呑みなれてないし、もう酔いがまわってるのかな?
そんな事を考えながら、そうだねー、とメリーは微笑む。
「……私達の世界だと、十二になるまでは呑まない方がいいよーって言われるね。でも、あってないようなもんかな」
「そうなんですかー」
頭がぽやぽやしているアクルは、納得して頷いた。
ちなみに魔王は、飯ウメー!酒ウメー!とか騒いでいる。
再び、アクルはワイングラスを揺らす。なんだか、大人になった気分。
「………えへへー。美味しいです~」
「あはは、気に入って頂けてなによりだよ。……私も足りないし、もう一本開けようかな?」
楽しそうなアクルを眺めて、メリーは純粋に笑った。
そんなこんなで……アクル的には、とても楽しい夜の一時を過ごす事が出来たのであった。