薄幸の堕天使   作:怒雲

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五区。遥か昔は流刑地であったと言われる場所。

そこで育つ魔性の植物は麻薬となり、表では行えない実験等が行われる場所。

無法の大地。



五区編
五区


 

 

 

 カランカランと音が鳴り、『雑貨屋・百合の花商店』に一人の男性が入って来た。

 

 

 黒い、ややボサボサした男性にしては少し長めの髪と黒いTシャツの様な長袖の上着と黒い長ズボンといった感じの服装。

 

 絶対的に、黒い衣装とは裏腹に肌は白く、綺麗なものである。

 

 

 顔立ちもまた端正だが、赤い目はかなり鋭く吊り上がっており、凶悪そうな印象を与える。

 

 ズリズリと、何かを引きずる音と、鎖の音。左手に鎖を握り、その鎖は何やら大きな物体を縛っている様だ。

 

 

 

 それは、巨大なミイラの手の様な物だった。男性は、中々背が高い部類だが、そのミイラの手は彼よりも大きいくらいである。

 

 

 彼の名はスネルフ。『鬼遣いスネルフ』と言えば、この五区では中々有名人である。

 

 

 何せ、十二聖護士にすら匹敵すると噂される程に強いのだ。この五区には腕自慢は多いが、彼程となるとどの程度だろうか。

 

 

 スネルフは、その赤く。蛇の様な瞳孔を持つ眼を店内に向ける。

 

 木製の建物内は、それほど広くは無い。左右に大きな棚があり、片方には怪しげな小物が。片方には、大きな奇妙な物体から禍々しい武器まで盛り沢山である。

 

 

「うぇっえっえっえっえぇ~……いらっひゃいまひぇ~……待ってまひたよぉ、スネルフくぅん……」

 

 

 奥にはカウンターと、奇妙な笑い声と喋り方をする女性が一人。

 

 背は高くもなく低くもなく。顔立ちは幼くも見えたし、妖しげな雰囲気から妙齢な女性の様な空気も醸し出している。

 

 服装は、まさに魔女といった風貌だ。黒い絵の具をぶちまけた様なローブと尖り帽子。帽子には、ちょこんと添えられた白い百合の花が、彼女の黒い雰囲気を強調し、また白い百合もその白さを強調している。

 

 

 長い髪は、光り射さぬ深海の様にどす黒く、肌は死人の様に蒼白く、目は様々な色の絵の具を混ぜ合わせた様な不快な色に濁っていた。

 

 

 彼女……『フルールド・ブラックサレナ』はスネルフとは違った意味で有名人である。

 

 というか、五区だけで有名なスネルフと違い、彼女は国から危険人物として見なされている。

 

 

 人の身であるはずなのに、五百年ほど生きている……この世界唯一の、正真正銘の魔女。それが彼女なのだ。

 

 

 

「いゃあ、丁度良かったれしゅよぉ、スネルフ君が暇でぇ……この依頼はスネルフ君くらい強くないと、キツイれひゅからねぇ……うぇっえっえっえっえっ」

 

 

 スネルフを見てるのか見て無いのか今一解りにくい、微妙な目線で笑いながら、フルールドは独り言を呟く様に言の葉を紡ぎながら、身体をメトロノームの様に揺らす。

 

 

 スネルフは、そんなフルールドに対し特に何かを言うでもなく、無造作にミイラの手に似た物体……術具、『鬼の御手』を店内に放る。

 

 

「不調がある。直せ。」

 

 

 ドスの効いた声で、短くそれだけを言った。そして、奇妙な小物が立ち並ぶ棚を見て物色を始める。

 

 

「えぇ、えぇもちろんでしゅよォ……。」

 

 

 カウンターから出てきて、鬼の御手を引き摺り持って行くフルールドに対し、物色したままスネルフは尋ねる。

 

 

「で?依頼はなんだ?」

 

 

 その発言に、頭をゆらゆら揺らしながらフルールドはケラケラと笑う。

 

 

「簡潔に言いますよぉ~……護衛でしゅ~。うひっ。」

 

「護衛、ね……。誰のだ? コロナの野郎じゃあねぇよな」

 

 ニンマリと笑いながら、違いますねぇ、とフルールドは謳う様に言う。

 

 

「護衛の対象はぁ。ズバリィィィィィ~~~『魔王』ですぅ。」

 

「…………あ?」

 

 流石のスネルフも、物色をやめてフルールドにその赤く鋭い眼光を向けた。

 

 

「魔王、だと……?」

 

珍しく困惑を全面に出すスネルフの姿に、フルールドはウヒウヒと奇っ怪に笑いながら変わらず身体を揺らしている。

 

「魔族の王の事だよな、そいつは」

 

「うえっえっえっ、他に何かありましたっけぇ? 魔王なんて存在がぁ……他にぃ……いっひっひ。」

 

 スネルフは顔をしかめながら、再び物色を開始する。

 

 

 

「うひひ、まぁどうれひゅかスネルフ君。紅茶でも?

 あ、こっちは私のでしゅよー。あげまひぇんよー。」

 

 二つの紅茶がコトリとカウンターに置かれる。一つはいたって普通の紅茶。もう一つは、血の様に赤黒い、ゴポゴポと沸騰する妖しげな飲み物。

まぁ、確かに紅いお茶かもしれない。

 

 

「………ああ。」

 

 

 スネルフはズカズカと歩き、紅茶を手に取り口に運びながら、壁に背を預ける。

 

 

「とりあえず、いくつか聞きたい事があるが……」

 

 

 そこまで言った辺りで、バターン!と勢い良く扉が開き、現れるのは新たな来客者。

 

 

「ふ、フルールドちゃん! ハァー! ハァー!」

 

 

 息を荒げながら、入って来たのは黒い髪を七三に別けたガリガリな男であった。黒いよれよれのスーツと、どの入った眼鏡の男である。

 

「チッ!……ああ、いらっしゃいまへ~……ちわーっす。」

 

 

 盛大に舌打ちをした直後、何時も通りのニヤニヤ顔で応対を始めるフルールドを見ながら、スネルフは軽く溜め息をついて紅茶をすする。

 

 

「助けてくれ! 例の奴らに追われてるんだ! もうダメかもしれない……」

 ミ・アミーゴでは無い。

 

 

「ああ、そうれひゅかぁ~……でも私ぃ~。今忙しいんでひゅよぉ。」

 

 

 クッキーをサクサク食べながら頬杖をつくその姿は、とっても忙しそうである。

 

とても今から仕事をする態度ではないくらいの忙しそうさであった。

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