薄幸の堕天使   作:怒雲

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狂人

 

 

 

 

 

 剥き出しの地面の一本道。上り坂の山道を、アクルは歩いていた。

 

 

 両端で生い茂る木々は、八区や十二区に比べると間隔が狭く、視界は少し悪い。

 

 

 まぁ、それでも走り回れそうな感じではあるが、獣の接近に気付きにくそうで、やだなぁ……とアクルは思った。

 

「あや……?」

 

 

 ふと、その足が止まる。歩いている道の先で、人がうずくまるのが見えた。

 

 

 どうしたんだろうと、慌てて駆け出し、その人に近付くアクル。

 

対し、魔王がぼやくように言う。

 

 

「関わらんほうがいいかもしれんぜぃ?」

 

 

 それを聞いて足を止めるが……やっぱり気になって駆け出す。魔王は、それ以上は特になにも言わない。

 

 

 本当に困っている可能性があると思ってだ。

 

 

ここに来るまでに、いろいろ親切にしてもらった。

 

だから、こういう時になにもしないと、良くないと思う。

 

………それに、善行を積み重ねていけば、もしかしたら。

 

 

 

 

 

 

「あ、あの……えっと、だ、大丈夫ですか……?」

 

 

 青年であった。黒髪の青年。少し痩せた、黒い半袖の服と長ズボンの青年。

 

 腰には、剣を一本差している。護身様だろうし、珍しくは無い。と思う。

 

 

 

「う、うぅ……大丈夫じゃ、ない……」

 

 

「ま、街まで行きますか……? あたし、背負えますよ……?」

 

 

 青年に近寄り、屈んで心配そうにその顔を近付けるアクル。今の自分なら、男性一人背負うくらい大丈夫だろう。

 

 

「あ……街まで、いく必要は無い……よ。今から、やるから……。」

 

「え……?」

 

 何をと聞こうとしたが、言葉にならなかった。喉に焼ける様な熱さを感じる。

 

 

 

 

「ぁ……? ひ……?」

 

 血飛沫が視界に映り、思わず喉を押さえると、その手にベットリと赤黒い血液が付着する。

 

 

 息が苦しく、吸い込む度に痛みと共に喉から、ヒュー、と音をたてて出ていく。

 

 

 

 

 

………………なにが、起きたの?あたしは、なにを、されたの?なんで───

 

 

「あ、は……あははぁ、獲物発見だよぉ……!」

 

 

「ひっ……!?」

 

 

 青年が笑い、ハッとアクルは彼を見て───その目を見て、アクルは怯んだ。人殺しの目だ。

 

そしてそれは、プリキュオンお嬢様や、ピスケラ達と違う。明らかに、違う。

 

 

 

「うげっ、流石は五区だぜ」

 

 

 魔王が呟く。多分、こいつは人を殺すのが大好きなタイプの人間だ。快楽殺人鬼の類だろう。

 

 

 思わずアクルは後退る。ふとその腕に視線が行くと、何やら赤い虫刺されの様なものがいくつか見えた。

 

 

「オマケに麻薬中毒者と来たもんだ」

 

 

 珍しく不快そうにぼやく魔王。しかし、アクルは頭の中が真っ白になる。

 

 

 ただの女子中学生であるアクルから見たら、麻薬中毒者の快楽殺人鬼とか、ハードルが高過ぎる相手である。

 

 

 死を覚悟し、殺す覚悟を持つ戦士達や、生きる為に襲い来る猛獣達とはまた違った空気。

 

 

 それは、アクルの精神(こころ)を蝕む。

 

 

「あれ……?」

 

 

 青年が、アクルを見て不思議そうな顔をした。

 

「なんで喉治ってるの……?綺麗に斬ったはずなのに。」

 

「え……? あっ……!」

 

 

 思わず喉を隠すアクル。まずい、見られてしまった。

 

 

 青年は、声を上げて狂ったように笑い出す。いや、まぁ狂ったようにというか、実際に狂ってるのだろうが。

 

 

「なにそれ……?ねぇ、なにそれ?

 それならアレじゃん。斬りたい放題じゃん。君の体、切り刻み放題じゃん。」

 

 

 ニタァ、と笑いながら……青年の口からはよだれ。目からは涙。

 

 

「嬉しいなぁ……! 何度も斬れるなんて嬉しいなぁ……!

 あはは! 愛してあげるよぉ。何度でも何度でも、切るよ斬るよ伐るよKillよ!

 あひひひきひへへへふはひゃひゃひゃひゃ!!!」

 

 背筋に悪寒が走り、表情が凍り付く。

 

 アクルはきっと、初めて知った。言葉は交わせても、意志疎通をはかれそうに無い人間がいるという事を。

 

 

「いっひゃあ!」

 

「ひっ!」

 

 

 走ってくる青年を見て、怯えて背を向け逃げるアクル。こんな奴とは関わり合いになんてなりたくない。

 

再生を見られてしまったが、知るもんか。幸い、魔王という事はバレてなさそうだ。

 

 

「逃ぃがぁすかぁよぉ!」

 

 

 ズボンから短剣を引き抜き、鞘を抜いて投合。

「ぎゃっ!」

 

 

 それは見事足に突き刺さり、アクルは坂道を転がった。

 

 

「あひひきゃはふへへふひひひぃ!!!」

 

 

 青年は、立ち上がろうとするアクルに近付き、爆笑しながらその剣を振り上げめちゃくちゃに降り下ろした!

 

 

「ぎゃっ! ぎゃあっ! 痛っ……あぎぃ!?」

 

血飛沫が舞う。雑に振られた剣は、身体を切り、または青アザを作る。

 

「ちょっ……アクルたん! 反撃反撃!」

 

 

 思っている以上に怯えているアクルに、魔王が思わず声を荒げると、アクルはハッと見開き手を振る。

 

 

 その手に握るは、氷雨の刀、村雨丸。

 

 

「──────ッ!?」

 

 

 突然現れた武器に驚きながらも、青年は後ろに飛んで攻撃を避けた。

 

獣のような反応であった。

 

 

「ハッ……!ハッ……!ハッ……!」

 

心臓が五月蝿い。目がぐるぐるする。怖い、怖い、怖い!

 

 

「こ、来ないで! 来ないでぇ!」

 

 

 周囲にいくつかの水球が現れて、それをアクルは撒き散らす。

 

 ピスケラの真似をして使う魔術だが、威力はまるでないらしく……青年は水をかけられただけといった感じだ。

 

 そもそも青年にすら行かずに、いくつかは、あさっての方向に。いくつかはアクルの足下に落ちて地面を濡らし、大きな泥を作っただけである。

 

 

「アクルたんぇ……それ実戦レベルじゃなかとよぉ……」

 

 

「こんなに濡らすなんて、酷いなぁ……! 酷いなぁ……!

 悪い子にはお仕置きしなくちゃあねぇ!? 斬らないといけないよねぇ!? ねぇ!?」

 

 

「ひっ……ひぅぅ……。」

 

「悪いのはお前の頭とでも言ってやれ!」

 

 

 余裕綽々の魔王と違い、恐怖とおぞ気を感じながらアクルは一歩後退って、刀を銀光の大剣、クラウ・ソラスに切り替える。

 

 

 青年は、特に気にせずにアクルに向かって再び駆け出した。

 

 

「…………─────ッ!」

 

 

 アクルは大きく大剣を振りかぶった。狙いはもちろん青年!……では無い。

 

 

 先程の水球で、濡れた地面である。アクルくらいならすっぽり隠れてしまえそうなくらい広い大剣の面が、水に濡れた泥を掬い上げ、アクルはそれを青年の顔目掛けて放った。

 

 

 ……そう。以前、プリキュオンが闘鶏(トウケイ)にやった戦法である。しっかりと観ていたのだ。

 

 

 

「わぶぇっ……!」

 

 

 顔に泥を被り、青年がよろめくより早くアクルは地面を蹴っていた。

 

 青年に恐怖しながらも、アクルは大剣の面を青年に押し当てる。そして、銀光の大剣は姿を変えた。

 

 

 形はハンマー。金の装飾が成された黒い大槌、雷神の大槌ミョルニールだ。

 

 

「ぎひぇえっ!!?」

 

 

 電流を纏うハンマーを押し付けられて、感電した青年の口から悲鳴が上がるのを聞いたアクルは、慌ててミョルニールを引き離す。

 

 

「……ッ!?」

 

 アクルは少し後退しながら青年を見ると、青年は白目を向きながらその場に崩れ落ちた。

 

 

「あ……」

 

 

 そろりと青年に近付くと、背中が動いているのが見えた。呼吸をしているのだ。

 

 アクルは安堵の息を吐いた。こんなイカれた殺人鬼であっても、人殺しはしたくない。

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