アクルは、全速力で森の中をダッシュしていた。絶賛逃亡中である。
上手く包囲されていたものの、再生力を駆使して無理矢理突破したのだが……。
「────ッ」
耳に聞こえるのは三人分の足音。振り切れそうに無い、徐々に詰められている。
少し考えた後、アクルは右手を少し開く。雷光がほとばしり、その手には黒い、金の装飾がなされた雷神の槌、ミョルニールが握られる。
「……───えやっ!」
振り返り様に、アクルはミョルニールを振った。
それは、槌での直接攻撃を狙ったもの。……では無い。
狙いは、またもや地面。ゴルフスウィングの様な軌道で、地面を狙う。
「うおっ!?」
「ヌッ……!?」
地面が抉れて、まるで炸裂弾の様に土や小石等が魔族に襲いかかる。
以前、ピスケラにやられた技である。彼女は、水球を地面にぶち当てる事でそれを成したが……アクルにそんな威力の水球は作れなかったので、雷神のハンマーで代用したのである。
アクルの作戦は功を成し、二人の魔族に命中した。
大きくよろめいて転ける鎌鼬と、怯む伸熊。
あれ、とアクルは思う。…………一人、いない?
「ぎゃっ!?」
後頭部に鋭い痛みと衝撃を感じ、アクルは大きく前によろめき、倒れそうになる。
なるが、なんとか踏み止まり、ハンマーを握り振り回しながら振り返る。
「おっと……っ」
大槌の起動が虚空に弧を描く。チャラそうな鹿角の青年、空鹿には当たらなかったのだ。
「あぇっ……!?」
アクルの表情に驚きの色が浮かんだ。避けられたから、というのも勿論だが。
宙に浮いていたのだ。空鹿とかいう青年は、空を飛んでいる。
「武空術……だと……!?」
なんか魔王が驚いているが、普通に異能力じゃないんですかとアクルは思う。
というか、そういうのに詳しい魔王さんはなんでさっきからそんなに驚いてるんだろう。さっきの伸びる腕も空飛ぶのも珍しい異能力なんだろうか。
宙を浮遊する空鹿を見ながら、どうしようと思う。空にいる相手に攻撃する手段がない。
赤い弓、チャンドラダヌスは、今のアクルには周囲に炎がないと使えないのである。
「……ちょっと、危なかったな」
実は避けるのはわりとギリギリだったらしい空鹿が、静かにぼやく。そして、ゆっくりと地に足を着けた。
チラリと視線をやると、伸熊は無事であるが、鎌鼬は多少のダメージが見られる。
だが、無事そうではある事にホッとて……それから予備動作でどんな攻撃してくるか解れよなと内心小さく毒づく。空鹿は、アクルがハンマー持った時点で予測出来ていたらしい。
「ひゃっほぅ! 流石オレ達の空鹿だぜぇ!」
一撃当てただけで大喜びの鎌鼬に、空鹿は内心イラッとするが、まぁ何時もの事ではある。
「こ、このっ!」
とりあえずアクルは、地上に降りてきた空鹿の手や足を狙ってミョルニールを振り回すが、上手く避けられ当たらない。
「……───ッ!」
が、アクルが物凄く速く、空鹿はわりとキツい。
後退しながら木に背中をぶつけた空鹿を見て、もらったとばかりにミョルニールを振るが、またもや虚空を切る。
「あえ……?」
消えた。なんと、空鹿が消えたのだ。
「……あっぶね。」
先程背にしていたはずの木の後ろから空鹿が現れ、アクルはギョッとする。いつの間に……。
「ん……いや、あれは瞬間移動だな、ワープだ。
こいつの能力は、『空を自在に行き来する』能力っぽいぜ。」
魔王の読み通りである。空中浮遊から小規模な範囲での瞬間移動を可能とする異能力、『空間交遊歩行(フライング・ヒューマノイド)』がこの青年、空鹿の能力である。
「そ、そんなぁ……」
じゃあ、攻撃する度に瞬間移動されて当たらないという事じゃないかとアクルは思うが。
「いや、アイツはポーカーフェイス気取ってるけど、疲れてる。燃費悪りぃんだあの能力。」
魔王の分析を聞いて、それならばと更に攻撃しようと思ったアクルだが、出来なかった。
その耳が空を切る音を捉え、アクルは無意識に右手の方向に飛ぶ。
先程までアクルがいた空間を、伸びた熊の腕が通過した。
「む、むぅ……」
攻撃を避けられた隻眼の熊男、伸熊は伸びた手を戻しながら唸る。
「さ、さ、さ、流石は、ま、ま……魔王、様。おお、お、お、おは、やい……。」
称賛の言葉を述べる彼の脇を通り過ぎ。
「おらおらおらぁ!」
矛を片手に迫り来る鎌鼬を大きな目で捉え、アクルはハンマーを両手に身構える。
「せりゃっ!」
「くぅ……!?」
矛と尻尾の大鎌による波状攻撃。アクルから見て、然程速い訳でも無いが、それでもかなりキツい。
遠くで伸熊が動くのが見えたので、大きく後ろに飛ぶ。アクルの目前を、太い熊の腕が通過して、それを潜り抜け迫る鎌鼬に迎撃しよとするが。
「あぐっ……!」
脇腹をバールの様な物で殴られ、アクルの体勢が崩れる。空鹿の仕業だ。
「オラァッ!」
鎌鼬の雄叫びと共に放たれた矛による突きが、アクルの心臓をぶち抜き、ぎゃっ、と短い悲鳴と共に血飛沫が宙を舞う。
「────ッ!」
奥歯を噛みながら、アクルは胸に突き刺さる矛を両手で握り、へし折った。
「うげっ!?」
鎌鼬の口から驚きの声が上がり、折れた矛を凝視。
アクルは、折れた矛先を手に掴み胸から引っこ抜き、それを伸熊に向かってぶん投げた。
「ぬぅ!?」
と怯む伸熊を横目に、再びゴルフスウィングの要領でミョルニールで地面を殴る。
察知した空鹿は空に逃げてしまったが、アクルは気にせず伸熊に向け駆け出した。
「やぁっ!」
掛け声と共に放たれるハンマーでの一撃を見て、伸熊は後退。空振り。
そして直後、アクルは地面を転がる。鎌鼬の尻尾の鎌により、足を斬られたのだ。
「ぎゃあっ……!」
空から落下してきた空鹿に背中を踏まれ、口から悲鳴と吐血。
もがきながらも、空鹿の足を掴もうとするがまたもや避けられてしまう。
「くっそ、やっぱり強いな」
思わず魔王がぼやく。アクルが想像以上に頑張っているが、それでもキツいもんはキツい。
「うぅ……やっぱり、ダメです……」
「アクルたん、諦めるな! 勝つんだ!」
「さ、三人がかりに勝てる訳ないじゃないですか……!」
「馬鹿野郎お前! 我は勝つぞお前!」
そりゃ天下無双な魔王なら勝てるだろうが、アクルには荷が重いだろう。
「……流石は魔王の力だねぇ。」
あれだけやったのに、何やらぶつぶつと呟きながら立ち上がって来る少女を見ながら、空鹿は顔をしかめる。
長期戦は嫌なんだよなぁ……。
「やぁ、やってるかい。」
思案している空鹿の耳に、女の声が響く。
視線をやると女の姿。和風な着物を身に付けた、狐耳の魔族。
「おお、霊狐(レイコ)! おせぇぞ遅刻だぞバカ!」
鎌鼬が歓声と罵声を同時に上げて、アクルは青ざめる。ただでさえキツい状況なのに、御一人様ご来店である。