解らないけれど……今は少しでも憩いの時を。
暗い。真っ暗だとアクルは思った。そして冷たい。
もう、目を開けたくないなと心底思う。現実なんて見たく無いのだ。
このまま暗くていい。冷たくていい。
次に感じたのは浮遊感。運ばれている?
指先にすら力が入らないから抵抗なんて出来ない。なすがまま。
目を開けたらどんな現実が待っているのだろう? 怖い、恐いよ……。
拷問されてしまうのだろうか。今まで味わった痛みよりも苦しい痛みを。
嫌だよ……あたしが何をしたって言うのだろうか。あたしが産まれた事は、こんな目に会わなきゃ行けないくらい悪い事だったと言うのだろうか。
……勝手だよ、産まれたい訳じゃあ無かったのに。
もう、嫌だ。嫌なんだ。
「────……………」
気付けば、柔らかな何かに包まれていた。この感触は、布団とベッドだ。
目を閉じたまま、アクルは身体中を確認する。特に拘束されている訳では無い。
……頑張れば、逃げられそう?
薄目を開けて様子を見ると、自分よりは歳上であろう、長いボサボサした銀の髪を持つ少女が……木製の椅子に座って鼻唄混じりに本を読んでいた。
「……………」
黒い、魔法使いを連想させるローブを身に纏った、銀髪のつり目気味な少女。白い素肌と、銀の瞳。
「お、アクルたん気付いたかい?」
魔王のあっけらかんとしたハスキーボイスが頭に響く。
「よー解らんが、アイツとその一味がアンタを助けてくれたんよ。」
「…………」
しばし、眺めていると少女はアクルに気付いたらしく、笑った。
「あらっ、おはよう。起きたのねっ。大丈夫っ? どこか、痛いところはないかしらっ?」
「……あ。」
なんとなく特徴的な喋り方には聞き覚えがあった。
確か、十二区にいた時に……港町までの街道で出会った少女、エリダヌスと同じ様な、語尾をやや強調したような口調。
確か、一区訛りと言っただろうか。
「ちょっと待っててねっ? みんなを呼んで来るわよっ!」
そう言って、少女は忙しなく出て行ってしまった。
「…………」
アクルは起き上がろうとしたが、やめてボフッ、とベッドに仰向けになった。眠そうに木造の天井を眺める。部屋は明るく、窓からは優しいそよ風とが流れて来ており、青空が見えた。
「いやぁ、アクルたんはなんやかんやで強運だな!圧倒的豪運!幸運の女神様かなんかついてるでこれ!」
「……悪霊に好かれてるだけじゃあないですかね。」
なんというか、確かに運良く生還しているが……その前にだいぶ酷い目にあっているのだ。
これを、幸運の女神が着いていると思えない。本当に悪霊が憑いてるんじゃあないだろうか。
「アクルぇ……とりあえず、喜ぼうず!」
「……まぁ、そうですね。」
アクルは呟き、少しだけ目を閉じる。まだ、続くのか。
何時まで続くのだろうか? 雨降る森の中で、眠る様に死ねたらどれだけ楽だっただろうか。
……よくないなと、アクルは思う。こういう考えはよくない。
別にいつ死んだって構わないが、魔王は自分を必要と言ってくれているのだ。この世界で唯一。
だから、それに応えたい。でも、この辛い日々。流石に挫けそうだ。元々挫け気味に生きていたが……。
あれこれネガティブに考えていたところで、扉が開いた。
「わっはっは! 起きたか!」
入って来たのは、熊の様な巨漢であった。アクルの第一印象は、力士である。
体格もおすもうさんという感じだし、黒い髪で髷を結った髪型をしているし。
「具合はどうですかな?」
その後ろから、痩身長身の中年男性が現れた。ボサボサの長めの黒髪と、何より長い鼻に目が行く。
更にその後ろには、白いフリルが沢山着いた黒いドレスを身に纏う、可愛らしい黒髪サイドテールの少女がニコニコしている。
「連れてきたわよっ!」
最後に、先程の銀髪少女。なんというか、黒髪率が高い中、彼女の姿は少し浮いている。
それから自己紹介が始まった。
「ふむふむ、あのデブが、ベアル。
あの鼻が長い、老けたサイボーグ002だかヒースマだかウソップだかみたいなおっさんが、キーレース。
あのゴスロリ雌餓鬼が、リュエン。
んで、最初に見た銀髪銀目で、自動人形(オート・マータ)と戦ってそうな女が、ラビィだそうだ。」
酷い説明である。ネタが解らない人にはまるで伝わらないだろう辺りがかなり酷い。
「えと……」
アクルは、四人を眺めながらペコリと頭を下げた。
「えっと、そのあの……助けて頂いてありがとうございました。」
「わっはっは! 気にするな!」
巨漢の男、ベアルは腕を組みながら豪快に笑って見せた。すると、その隣の鼻長の男性、キーレースは穏やかに笑いながら続ける。
「なに、こちらとしては依頼で助けただけの事。君が気にする必要は無いのだよ。
……君が、アクルで間違いは無いかな?」
自分の名を知っている事に、アクルは僅かに驚いて見せる。
「メリーという男を知っていよう? 君を助けてやって欲しいと依頼されてね。故に、感謝なら彼にするといい。」
「メリーさんが……?」
またまたアクルは小首を傾げた。何故、メリーさんが?
なんというか……いろいろと謎である。ちょっと知り合っただけの自分に、そこまでする義理があるのだろうか。
というか、どうやって連絡したのだろうか。魔法とやらでも上手く使ったのだろうか。
アクルの疑問をよそに、キーレースという男性は丁寧かつ紳士的にいろいろ説明してくれた。
先程言った通り、メリーに依頼されたのでしばらく匿ってくれるという事。
人に追われる立場であり、故あって魔族にも狙われている事を知っているが、詳しく事情を聞く気は無いという事。
とりあえず、この部屋は自由に使っていいとの事。外に出たい場合、今いる四人の誰かに言って欲しいとの事。
護衛を頼まれている以上、何かあったら問題だそうである。治安が良いとはいえここは五区。
少女が一人で出歩けば何をされるか解らない。
それを聞いて、アクルは昨日の事を思い出す。あの変態二人組の事をだ。
ああいうのがいるかもしれないと思うと、あまり外に出たいとは思えない。
「アクルたん、ヒッキーニートになるつもりかい?」
魔王が聞いてきた。それは嫌だなぁ、とアクルは思った。思ったが……。
だからと言って、外は危ないのだ。出たくなる訳が無い。