そこは一区のとある街。件の少年、メリーはそこにいた。
いや、彼は『少年』と呼べる年では無いのだが。
見た目は子供。しかし、大人なのである。
ふぅ、と白い息を吐きながら、まるで絵本の様な木製の家が立ち並ぶ家等からもれる淡い光の中、暗い、舗装された道を歩く。
今はまだ、本来ならば日が射す時間といえるのだが……暗い。この一区は、極端に太陽が昇る時間が短いのだ。
精々、一、二時間程度なものであり……一日中、陽が昇らないなんてことも珍しくない。
メリーの足は、ゆっくりと大きな建物に向かう。立派な時計台を構える建物。
この区を代表する、大きな図書館だ。
この一区はとても寒く、人々は外に出たがらない為に、娯楽と呼べるのは少ない。もっともポピュラーなのが、本である。
一区人は本好きが多く、また物書きも多いのである。そして、一区には多数の本が集まる。
今現在、メリーが目指している図書館は、その中でも一番大きな図書館だ。
この国全ての本が。知恵が集まる場所とも呼ばれている。
一区に観光に来た人間が、主に目指す場所である。もっとも、この世界は気楽に旅行出来るものでも無いし、こんなに寒くて本くらいしか無い街にはあまり他区から来る旅人はいないのだが。
だが、メリーはこの街を気に入っている。景色が綺麗なのだ。
色とりどりの、僅かに発光する果実を実らせた街路樹を見ながら、メリーは少し微笑む。
「おや、この時期に珍しいな。」
思わずメリーは呟いた。雪が降って来たからだ。
それ自体は珍しくもなんとも無い。雪なんて、一年中降っているからだ。
なら何が珍しいかと言うと、雪の色だ。
詳しい事情は解っていないが、希に降るのだ。ほんのりと青い雪が。淡く光る、ほんのりと青い雪が。
ブルー・スノー。この一区名物の自然現象である。
それはそれは、大変幻想的で、美しいものだった。
やって来た事を祝福されているようで、メリーは少しだけ微笑む。
青い雪が顔に触れると、青い雪は溶けて、透明な液体に変わる。ブルー・スノーは、溶けてしまうとただの液体になってしまうのである。
大きな門までたどり着いて、メリーは足を止めた。閉まっていたからだ。
まぁ、仕方ないなと少し屈み、メリーは跳び上がり、軽いジャンプで門を飛び越える。
着地をすると、視界に人影が映りそちらに視線を向けて、微笑んだ。メリーにとっては、見知った顔。
「やぁ、イグル。お疲れ様。」
イグルと呼ばれた背の高い青年は、ニコリとした笑みを、その整った顔に浮かべた。
「これはこれは。よく帰還なされました。」
丁寧に頭を下げる緑髪の青年、イグルを見ながら、メリーは数歩ほど歩み寄りながら尋ねる。
「エリスはいるかい?」
「ええ、勿論。」
親しげに笑ったまま、イグルは背を向けて歩き出し、メリーはその後を追う。
「今回は、結構重要な話しがあってね。いてくれて良かったよ。」
まぁ、あらかじめ連絡はしてあるんだけどね。
通路を通り、やがて応接間まで案内された。
赤っぽい絨毯の上にあるソファーに座って、メリーは差し出された紅茶を口に運ぶ。
部屋から出て行くイグルを眺めながら、さて、とメリーはあれこれと思案を始めた。
少ししてから、ドアが開きエリスが現れる。
自分と瓜二つの顔をした少女……に見えるが、そんな年では無い。
「やぁ、エリス聖護士。待ちかねたよ。」
メリーが笑いながら言うと、この一区の十二聖護士……エリス・メサルティムは、人形の様に整った、人間味の無い顔を皮肉気に歪めた。
「そういうのは良いわよっ。要件は?」
ぶっきらぼうにそんな事を言いながら、彼女は小柄な体をメリーの向かいのソファーに預け、ワイングラスをふたつ取り出す。
一つは自分に、もう一つをメリーに差し出しながら、赤ワインをグラスに注いだ。
上質なワインが注がれていく様を見届けながら、メリーは、そうだね、と一言……真剣な眼差しをエリスに向けて。
「魔王に会ったよ。」
そう、短く告げた。