既に素手になったベアルを見ながら、カリブディーは少しばかり目を丸くした。
ついでにアクルも目を丸くした。わざわざ、不利になる行為をする意味が分からない。あの武器は実は飾りなのだろうか?
「おいおい、いいのかよ?」
「わっはっは!儂は素手でも強いからのう!問題なしよ!」
「へへ……スゲー自信だぜ。流石はベアルってところだな。」
そんな会話をしているのを聞いて、ベアルさんって有名なのかなとアクルは思う。なんか、凄い人らしい。
……でも、大丈夫だろうか? 小さな胸の上で握り拳を作りながら、アクルは様子を見守った。
カリブディーが、地面を蹴って物凄い速度で急接近。
対するベアルは山の如く、どっしりと構えて迎え撃つ!
それから……壮絶な殴り合いが始まった。
カリブディーの動きは、アクルの見た感じだとボクシングの様である。
ベアルの大振りな拳を避けつつ、的確に打撃を与えている。
その拳の速さたるや、猛獣のスピードを捉え、反撃を可能とする様になったアクルでも全てを捉えきれない。
鍛えられたその刃がねのような肉体から放たれるパンチの威力を、アクルは想像したくない。
対するベアルは……まったくのノーガードだった。防がない。
あんなに鋭い拳をくらって、鈍い音をたてているのに、まるで決定打になっていない。重戦車のようだ。
スピードとテクニックで勝るカリブディーだが、徐々に押されて行き……ついにベアルの大振りの拳が、その顔に直撃した。
「ゴフッ……!」
大きくよろめいたカリブディーに、強烈なボディーブロー。そして、激烈な大きく弧を描く右フックが決まり、カリブディーは大きく吹き飛ばされて地面を転がった。
「ガハァッ……! ……ハッ、ハッ………!」
「わっはっは! どんなもんじゃーい! これがベアルの力よ! わっはっは!」
豪快に笑うベアルの隣、ラビィは軽く息を吐きながら呟く。
「まぁ、ベアルの頭は、生半可な槍なら槍の方が折れるくらい頑丈だから、当然よっ!」
そんなミュータントなのかとアクルは思う。なんというか、凄まじい。
刃物に勝つ肉体なんてわけが分からない。十二聖護士とかもそうなのだろうか。
ちなみに、他の賊達は既に、ラビィの人形とリュエンにより戦闘不能にされていた。
「へっ……へへ、やるじゃあねぇか……流石、だな……。」
「わっはっは! お主こそ中々よ!」
夕日の中、何故か固く握手を交わす二人を、アクルは少し小首を傾げながら眺める。
「ふむ、思ったより時間がかかりましたな。」
キーレースが一歩前に出て、リュエンにその鼻の長い顔を向けた。
「先に帰って休むといい。後は、任せよ。」
「ん。そうするよー。」
リュエンは軽く顔の血を拭いながら、アクルとラビィの方に体を向けて、帰ろっかと笑った。
帰路につきつつ、結局あの賊達は……というか親玉は、何がしたかったのかとアクルは思う。いやまぁ、強奪だろうけれど。
「さぁて、帰ろ帰ろ~。」
呑気な調子でリュエンは歩く。
ちなみに、プーパイスの姿は無い。どうやら、どさくさ紛れで逃げた様である。
「……………」
二人の後ろをとぼとぼ歩きながら、アクルは思う。この人達は、凄く強いと。
……親切にはしてくれている。だが、それは依頼であり、なにより自分を魔王と知らないからだ。
もし魔王と知ったら、どうするのだろうか?
「……どうしたの? 浮かない顔だね。」
振り返り、リュエンはあっけらかんとした笑顔でアクルに尋ねた。怖かったかい? と。
アクルが小さく頷くと、そっか、とだけ言った。
そっけないが、その目には温かなものを感じる。
……いつまで、続くのだろうか。いつまで、続けられるのだろうか。いつまで、続けていいのだろうか。
アクルは夕焼けの空を見上げながら、少しだけ目を閉じた。
……………願ってみてもいいだろうか? 魔王と隠さなくてもいい日が来る事を。そんな相手が現れる事を────。