「はぁ……やれやれだわー。」
蒼い満月が照らす中……一人、魔族の少女が愚痴をこぼした。
狐色の髪と、ふさふさの尻尾。まだ幼さ残る顔立ちをした、赤い着物を身に纏う狐耳の少女。
矢狐(やこ)という名の彼女は、細い目を更に細めてタメ息を吐き出す。
…………嫌な役目をもらったものだ。
本来、何人かの仲間で魔王の捜索にここまで来ていた。
ただ、どうにも魔王は人間の街に入ってしまったらしい。
一部隊が交戦し、人間の乱入があって確保に失敗。鎌鼬が討ち死にし霊狐(れいこ)は行方不明。
同じ狐の魔族である彼女は、やたら死ににくい異能力をもっているので大丈夫だろうとは思う。
しかし鎌鼬……こんな形で別れるとは。別に、特別親しい間柄でもなかったのだけれど。
まぁ、なんにせよ。空鹿から報告は聞いたし、街に入られては手も出せない。保護されてしまったみたいだからだ。
人間の眼もあるし、一度帰ろうとした矢先……矢狐は出会ってしまったのだ。
「………よう。そろそろ着くか?」
…………同じく、魔王を狙ってここに来ていた男──魔星十二支が一人、喰鼠(くうそ)と。
鼠色のボサボサの髪と、耳と尻尾。
同じような、灰色の胴着に身を包む小柄な体躯。
…………ただ、爛々と光るその眼が、矢狐には恐ろしかった。
「………ええ、もうすぐですよー。よく分かりましたねー。」
「ちゅひゃひゃ、そりゃあな……もう、匂うからな。」
「………臭う、ですかー?」
ああ、と一言……喰鼠はニタリと笑った。
振り返った矢狐は、その表情に背筋をゾワゾワさせる。
「……大量の、肉の匂いだ。……なァ、お前らも感じるだろ?」
周囲の草木が、ざわつく。先程から感じる、むせ返るような獣の臭いが更に濃くなったように思う。。
暗闇に浮かぶのは、赤く光る目だ。眼、瞳、眸……ガサガサと音がなり、聞こえる息遣いは興奮している事が伺える。
帰りたい。矢狐は思う。っていうかこれ、帰れるかしらー?
そんな心配もしてしまう。だって、コイツら『鼠族』だ。
これからこいつらのカーニバルが始まるのだ。居合わせてしまえば、命はないだろう。
ゴクリと喉の奥で音が鳴る。無惨に食い散らされる自分の姿が脳裏に浮かんだ。
「…………おい」
肩を軽く叩かれ、矢狐はビクリと身体を跳ねさせた。
叩かれた肩を触りながら、ホッと一息。ああ、良かったわー。左手ねー。
「ちゅひゃひゃ……そう心配すんなよ……俺達は、まだ仲間なんだからよォ……」
だから、我慢しろよと喰鼠は振り返り、闇に浮かぶ赤色達を見た。
「ワカってまスよ喰鼠サマー」
「ダイジョーブ!そのオジョーサン、マダナカマ!ナカマ!」
「だからタベナイ!!!」
周囲から聞こえる声に、矢狐は引き吊った笑みを浮かべる。
とりあえず、案内が終わったら、絶対に、全力で、死力を尽くしてこの場を去ろう。
お家帰ってー。お風呂入ってー。
「………視えたな」
再び、喰鼠は口角を吊り上げて、矢狐にその目を向けた。
「ご苦労さん。助かったぜ、矢狐。……ありがとよ。
そら、てめぇらは俺達とは違うんだ。邪魔だから、さっさと消えなァ」
「そうダゼェー!」
「さっサと消えナー!」
「国へ帰るンだなー!お前ニモ家族がいるダロー!」
「お気遣いどうもー、言われなくても消えるわよー!」
全力で離れるべく駆け出して───矢狐は、一度止まって振り返る。
「…………ばいばい、喰鼠様ー」
一言、別れを告げて………矢狐は全力疾走でその場を離れて行った。
「………ちゅひゃひゃ。ああ、アバヨ。」
あんな事を言う為に、わざわざ立ち止まったのか。……ビビってたくせに。
わずかに浮かんだ苦笑は───すぐに狂喜えと変わった。
「………───さぁ、てめぇら待たせたな!我慢させちまって悪かった!時間だぜェ!!!」
ドッと、辺りに狂喜の歓声が沸き起こった。
「ヤッター!!!」
「食ってイイノカ!」
「いた、イタ、イタダキマース!!!」
ぞろぞろと現れたのは……大型犬サイズのドブネズミの群れだった。そんな見た目の、魔族達。
歓喜の雄叫びをあげながら街へと向かうその声は、暴風のようだった。
そんな様子を見下ろしながら───魔星十二支、喰鼠は残忍に嘲う。
蒼い月が赤く染まるまで──後、わずかであった。
さぁ、始めよう。後ろの道は食い尽くした。もう無い。
さぁ、始めよう。だから退路は無い。進むしか無い。最初からそのつもりだったろう?
さぁ、始めよう。レミングの伝説にある様な集団自殺なんかよりも派手に。
さぁ、始めよう。喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ食らえ食らえ食らえ食らえ食らえ食らえくらえくらえくらえくらえくらえクラエクラエクラエクラエクラエクラエ!!!
ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!
───さぁ、カーニバルの始まりだ!