ラビィが去ってから……アクルは落ち着かない様子で部屋をうろうろしていた。
加勢に行きたいが、怖い。戦うのも、魔王とバレてしまうのも。
「まぁ、バレたら洒落にならんしなぁ。」
うんうんと魔王が呟き、そうなんだよねとアクルは思う。あの人達に嫌われたくない。心からそう、思うが……。
その足は、玄関に向かう。
「……行くのか?」
魔王の声が頭に響く。その声色は、止めようかどうか迷っている感じであった。
アクルは、こくりと頷く。だって……。
「………これ、襲撃って……多分、魔族ですよね?」
ポツリと、呟く。よく分からないけど、多分、そう。そんな気がするのだ。
「……あたしを狙っての事かだと思いますし、それに……加勢したら、あたしが危険じゃあないって解ってくれるかも……。」
「……んー。おけ、我は止めないぜ。」
とりあえず、魔王はアクルの意思を尊重する。多分、アクルたんは意外と頑固でこういう時は何を言っても行くと思う。
ワームの時も逃げる様子なかったし、アルケスの時も魔王カミングアウトするし、馬車が野犬に襲われてる時も、ピスケラの時も……アクルたんは、そういうとこある。
黒い外套を羽織り、黒い艶やかなみつあみをなびかせ、アクルは銀の月が見下ろす暗い街中を走り出した。
夜の街中……そういえば、こうやって出歩くのは初めてかなとアクルは思う。
昼と夜ではずいぶんと印象が違って見える。周囲の民家からは人の気配を感じない。避難したのだろうか?
考えてみると、この周辺は驚くほど活気が無い。案外、この街の家は……半分近くが空き家なのかもしれない。
「……あ、この方向であってるんでしょうか?」
「ちょっ! アクルたん、なんの根拠もなく走ってたんかい!」
魔王は笑いながらも、そうさな、と呟く。
「おけおけ、合ってるよぃ。その調子でよかとよー。」
ホッと一息、それならいいやとアクルは走り続ける。しかし、この街は広い。人の数のわりには無駄に広い。
街灯の灯りのおかげで、思ったよりは明るい。
……そういえば、あれって何が光ってるんだろうかと思うが、まぁいいやと思う。魔法が科学の代わりをしているのだから、つまりはそういう事だろう。
アクルが、街中の曲がり角を曲がった際に、その大きな眼が少し遠くの方で倒れている人影を捉える。
「あ……!」
大変だと、思わず駆け寄ろうとした……その時である。
「アンタ……魔王サマ?」
その言葉が背後から聞こえて、背筋を冷たいものが走った。
鼠の鳴き声かと、最初は思う。テレビで見た事がある程度だが、チューチュー、というよりは、ギィギィというか……なんというか、その鼠の鳴き声が、人の言の葉を紡いだ……そんな印象を受ける『声』が……。
「…………ッ!」
アクルの右手から電光が走り、握られる金の細工がなされた黒いハンマー、ミョルニール。
「やっパリ……魔王サマだァ~……」
二階建ての民家の壁に、そいつはいた。張り付いている大型犬サイズのドブネズミ……というのがアクルの印象だ。
まぁ、ドブネズミは壁に張り付いたりはしないのだが。
「チュヒャヒャヒャヒャァッ! いたダきマース!!」
民家の壁に穴があき、ネズミがアクルに飛び掛かる。
「ひっ……!」
アクルはネズミに向けて、ミョルニールを振った。
「グギャッ!」
ミョルニールの一撃が当たり、感電しながらネズミはぶっ飛んで民家に突っ込んで行き、そのまま壁が崩壊して瓦礫と舞い上がる埃により姿が見えなくなった。
「……………っ」
肉を叩いた気持ち悪い感触が手に伝わり、アクルは顔をしかめる。
……生きているだろうかと、アクルが穴の空いた無人の民家に無防備に近寄って行くと……。
「バカ、浅いに決まってんだろ! あんだけ手加減しといて……!」
魔王が言い終える前に、光りの無い闇の中から赤い光りが浮かび、飛び掛かってきた。ネズミが、アクルの身体に。
「わっ……!」
いきなり、結構な重量に飛び掛かられて、アクルの身体が大きくよろける。
だっこする様な姿勢になり、がさついた毛皮の感触を手で感じた直後。
「ぎゃっ……!」
右の首筋……鎖骨の辺りに激痛が走る。肉を噛む音と、骨が砕ける音がよく聞こえた。
「チュッヒャア! ンマーイ! ボオォォォーノッッ!!!」
よろよろと後ろに倒れて、アクルはミョルニールを手放してしまう。
離れた位置でハンマーは電光を発して夜闇の中へと消えた。
「いっ……いやっ!いやっ!離れて!」
押し倒された状態になり、アクルは何とかネズミを払い除けようとするも、ネズミは重く、かなりパワーがあり払い除ける事が出来ない。
「いっ……!ぎゃっ……!」
肩や、胸元や喉を食い千切られ、アクルは短い悲鳴を上げながらも、どうにかどけようと必死にもがく。
だがそれは、無駄な抵抗となり……ネズミにより顔をかじられてしまう。
「……───ッ!」
顔が再生しきる前に、ネズミはもう一口とばかりに顔をアクルに近付ける。
肉を貪る、生臭い唾液がポタポタと顔にかかる。痛い、怖い、嫌……!
「ひっ───あっ!」
アクルは、思い付いた様に黒い七分丈のズボンに片手を突っ込み、一枚のカードを取り出す。
アメリオンから貰った、自衛用の術具カード。
氷の模様がかかれたソレをネズミの口にいれて、『発!』と一声あげる。
すると、ネズミの口が氷り付いた。
「……! ……!!?」
アクルを咬もうとしても、氷った口ではアクルをかじる事が出来ない。
ネズミが動揺しているその隙を上手くつき、アクルはネズミをどうにか払い除ける。