払いのけて転がったネズミをわき目に、アクルは慌て起き上る。
その掌がスパークし、再びミョルニールを握る頃……ネズミはすでにアクルに向けて飛び掛かっていた。
「ひっ……ぎゃあっ!」
口の周りが氷付いていた為に、噛まれる事はなかったものの、アクルはもろに突進をくらって地面を転がる。
「……ッ、もう、やめて……!」
ネズミは、地面に口元を押し付けたり、ガンガンと叩いたり、爪で引っ掻いたりしている。
その前にもう一撃攻撃しようと駆け出そうとして──アクルの足は止まった。
もう、その口元を覆った氷は砕けたらしく、大きな口を開けて、ニタリと笑った。
表情のあるネズミの姿……それが不気味で、アクルは一歩、二歩と思わず後退る。
「や、やだっ、来ないで……お願い、もう、来ないで……」
「チュヒャ、チュヒャ、チュヒャヒャ!マオウサマ、マオウサマ~……ヒトクチ、モッド、モッドォォオ!!」
「ひっ───いやぁぁっ!!!」
再び大口を開けて、涎を撒き散らしながら飛び掛かって来たネズミに対し……アクルは直ぐ様ミョルニールを斜めに振り降ろした。
恐怖と、痛みから逃れたいその攻撃には今度こそ手加減は一切無い。
普段は、相手を殺したくないというアクルの意思により、ミョルニールの威力はだいぶ抑えられているが……今回は、本気全力全開のミョルニール。それは、かなり高圧の電流を纏っている。
ネズミは、血ヘドを撒き散らしながら地面に叩き付けられ、身体中から煙りを噴き出し黒焦げになった。即死である。
「あ……はっ!はっ!ひ、ひぅっ……うっ!」
吐き気が込み上げて来る。殺してしまったのだ。言葉を話す相手を。意志疎通が出来る相手を───。
「大丈夫だアクルたん。アイツは言葉は話すが意志疎通出来る様な相手じゃあ無い。
喋るだけの獣だ、セフセフ。」
そんなアクルの気持ちを察してか……魔王は即座にそんなフォローをいれる。
「……はっ、はっ、はっ……そう、でしょうか?」
何時もの魔王の声色に、アクルは少しだけ冷静になる。
それと、魔王の言い分に少し分かるところがあった。なんというか……今までに出会った魔族らと比べて、あいつはなんか、おかしかった。
…………まぁ。だからといって、気分が晴れる訳では無いのだが。
そうだとアクルは、倒れている男性に駆け寄ると……彼は既に死んでいた。
背中や足等が、大きく齧られた痕。ここまで逃げて来て、あのネズミは追って来たのだろうか?
アクルは口元を押さえながら立ち上がり、よろよろと後退る。あたしの、せい……?
背中が民家にぶつかり、足が止まる。吐き気が止まらない。
「あ、あたしのせい……だよね、これ……。」
「んなこたねーよ。」
アクルの言葉を、魔王はなんでもないような声色で即答で否定する。
「でも……!」
「でももへちまもねーべ。仮に誰かのせいだってんなら、まぎれも無く悪いのは我だろうしな。だから、アクルたんは気にしなくていいんだよグリーンだよ。」
「…………」
「我がアクルたんを無理矢理連れて来なきゃこんな事ならんかったし、保護頼んだのはメリーだっけ?だし、少なくともアクルたんは巻き込まれただけや。我の都合にな。メリーの奴の意図は解らんからなんともだけど、とにかく!一撃悪いのは我だから!」
「………魔王さん」
ありがとうと一言、クスリとアクルは笑った。無理矢理笑った。勇気を絞り出す為に。
仏様に両手を合わせて──
そして、また駆け出す。
このネズミの魔族がまだいるならば、かなりの大惨事になっているだろうと予感し、覚悟しながら。
しかし……とアクルは思う。改めて、何度か魔族を見て来たがあのネズミはなんとも異質だった。
基本的に魔族は、獣っぽいが人間ベースという感じだ。顔がまんま二足歩行の獣という感じの奴もいたが、なんというか……見た感じ、シルエットというか、骨格は人間っぽいと思うのだ。
二足歩行だし理性的な感じだし、話そうと思えばちゃんと会話に応じてくれるだろう。
だが、先程の奴はどうだ。見た目は大きいだけの、四足歩行のドブネズミだ。
言葉こそ発するが、理性の様なものをほとんど感じ無い。
それに、魔族はちゃんと衣服は身につけているが、ネズミはそんなの着けていなかった。ますます、喋るだけのネズミだ。
なんとなくだが……『魔族』というよりは、『魔物』……そんな印象を受けた。
「……さて、アクルたん。やっぱ、行くのやめた方がいーかもしらんぜ。」
「え……?」
走る速度を緩めながら、アクルはキョトンとした顔をする。
「さっきのは魔族の中でもかなりアレな一族、鼠族だ。」
はぁ、と呟くアクルに対し……魔王は淡々と説明を始めた。
「わりと気のいい奴らなんだが、食欲が凄くてな。常軌を逸するくらいに。
……二十歳。そんくらいに近付くにつれて、その貪欲な食欲をおさえきれなくなって行くんだ。理性を掻き消すくらいに。」
そこで、魔王は一度言葉を切り……溜め息混じりにまた続ける。
「で、同胞には迷惑かけたくないから、こうやって人間の所に襲撃するんだわ。
特攻というか、無理心中というか……まぁ、うん。」
「…………」
「……で、鼠族にはまとめ役がいるんだ。長がな。そいつは強いから、大体は魔星十二支になる事が多いな。そして、代々名前は『喰鼠(くうそ)』だ。特攻の際にいる確率は……まぁ、五分の一くらいかな?少なくとも毎回いる訳じゃあない。いる訳じゃあないんだが……」
「……それって。」
アクルの顔から、サッと血の気が引いていく。
「ああ、アクルたんと我がいる五区のこの街にピンポイント。この前に魔族にも襲われてる……つまり、ほぼ確実に、いる。」
「魔星十二支の一人───喰鼠は、来てる。」