薄幸の堕天使   作:怒雲

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五区の悪タレ、カリブディーの奮戦

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ッ!」

 

 厄介だな、とリュエンは刀を振りながら思う。このネズミ共は厄介だ。

 

 

 かなりのパワーとスピードを持つが……これはリュエンにとっては、さして問題では無い。

 

 『リュエンから見れば』スピードは大したことは無い。故に、当たらなければパワーは意味を成さない。

 

 問題はしぶとさだ。このネズミ君達は、本当にしつこい。

 

 ちょっと斬りつけてやる程度じゃ怯まない。

 それくらいならいいのだが……こいつらは、足を一本斬ろうが、仮に全部斬っても怯まないだろう。向かって来る。

 

 

 怪我が浅ければ当然、深くても当然、致命傷でもまだ生きてさえいれば向かって来る。そう、例えば、目の前にいるコイツだ。

 

 

「チュッビャアァッ!」

 

 

 頭を縦に真っ二つにしてやったのに、まだ生きている。しかも向かって来る。致命傷だろ、ていうか普通は即死だろ、さっさと死ねよ。

 

 

 そのネズミの突進を避けると、そのままネズミは地面を転がり足をバタバタさせる。まだ生きてるのには驚きだが、流石にもう死ぬだろう。っていうか死ねいい加減に。

 

「……………ふぅ。」

 

 

 ラビィの人形達が守る様に囲んでくれたので、リュエンは一息つく。流石に疲れる。

 

 

 周囲を見渡すと、まるで疲れた様子なくカリブディーが大暴れしている。

 

 

 凄い体力だと感嘆する。まぁ、素手の彼の攻撃では、ほとんど即死はしてくれないのでじり貧なのだが、そこは他の自警団らが上手くとどめを刺してくれる。

 

 

………まぁ、拳の一撃で頭蓋の砕けた音や、内臓が破裂したのか血反吐を撒き散らしたりしてるんだけど、コイツらはそれで即死しないのである。

 

 

 

 

「…………」

 

 

 ベアルの方を向くと、こっちは全く心配がいらない。

 

 

「わっはっはー!」

 

 

 クレセント・アックスと呼ばれる長柄の斧を、軽々とぶん回すベアル。

 

 ネズミ達はそれに巻き込まれ、潰れたり真っ二つになったりと、大惨事である。

 

 

 ちなみに、普通に噛み付かれたりしているが……カリブディー同様、まるで効いていない。

 

 同じ人間か疑わしくなるレベルである。こいつら、あの防壁を食い破って来たみたいなんだけどね……。いったい彼らの身体は何合金で出来てるんだろうか。

 

 

「……さて、休憩終了!」

 

 

 再び刀を握り直してリュエンは風の様に走り出す。

 

 すぐ横を、どこかにいるキーレースの矢が飛び、ネズミの眉間をぶち抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

「オラオラオラァ!」

 

ネズミを殴り散らしながら、カリブディーはリュエンの近くまで行き笑う。

 

 

「よう!休憩は終了かい?」

 

「サボり続ける訳にもいかないからねー。まったく、カリブディーの体力が羨ましいよ」

 

「はっはっは!ま、オレ様は強いからな!」

 

 

そう言って、離れた場所でネズミらを巻き込みながらクレセント・アックスを振り回すベアルを見る。

 

 

まるで暴風とか台風みたいな光景に、そうだとカリブディーは口角を吊り上げた。

 

凶悪にも見えて少年にも見える何時もの笑み。不思議と魅力的で、だから慕う部下も沢山いたのだろうなとリュエンは思う。

 

 

 

カリブディーは、一匹のネズミの尻尾を掴んだ。そして───

 

 

 

「ウラウラウラァー!!!」

 

なんと、そのまま振り回した。武器として扱い出したのである。

 

 

「ひゃっほー!こりゃいいなオイ!」

 

尻尾が千切れて飛んで行くネズミを見て、また一匹。また一匹と、ネズミ達を武器へと変えるカリブディー。

 

そんな姿に苦笑しつつ、リュエンは他の仲間達をフォローするべく駆け出した。

 

 

 

 

 

大暴れのカリブディー。しばらくして、ふと彼は自分が孤立している事に気付く。仲間達は、離れた場所だ。

 

このままだと流石に危ないかもな?とも思うが……

 

 

 まぁ……戦場で死ぬなら死ぬで別にいいし、何より今はかなり楽しい状況である。

 

ここまでいろいろ気にせず大暴れ出来る機会というのは、結構ないものである。

 

 

 だが、一応戻るかなと踵を返そうとしたその時だ。その男が現れたのは。

 

 

 崩れた壁から這い出る他のネズミ達と共にそいつは現れる。

 

 ボサボサで、男にしては長めのダークグレーの髪と、灰色の胴着の衣服。鼠の耳と尾を持つ青年。

 

 細身で小柄ではある。だが、得体の知れない何かがそいつにはあった。明らかに、まともな存在では無いという迫力が……。

 

 

「……………」

 

その眼がこちらに向いた時………ゾワリと悪寒が背中を走った。やばい。

 

 

こいつは………やばい。

 

 

「へっ……へへっ!」

 

 

 だが、カリブディーは笑った。ああ、オレは今日ここで死ぬんだなと悟る。目の前にいる魔族に、少したりとも勝てる気がしなかった。

 

 

「……ちゅひゃひゃ、やるじゃねぇかニンゲン。

 俺の仲間を一人でこんだけ殺るとはよ……」

 

 青年が笑う。狂気と狂喜を孕んだその声は、並の者ならそれだけで戦意を損なうだろう。

 

 

 だが……五区の悪タレ、カリブディーは怯まない。むしろ、彼は笑った。愉快そうに。

 

 

 

 五区での生き方なんて、多少強くなればわりと簡単である。ただ、少し退屈になる。

 

 暴れる事が好きであり、危険な事に首を突っ込むのが楽しかった。

 

 

 そして、行き着いた先がコイツ。鼠の王。

 

 

 五区の領主……『コロナ=ボレリアス=アポロソルン』にそのうち挑むのもいいかと考えていたが、その日はもう来ないだろう。だが、まぁいい。もういい。

 

 

「お褒めにあずかり光栄だねぇ、ネズミの王様?

 オレはカリブディー。良ければ、名前を教えて頂けるかい?」

 

 

 冗談めかした口調でそんな事を言うカリブディーを見て、青年はちょっぴり意外そうにしてから、気を良くしたように笑った。

 

「喰鼠(くうそ)だ。 ……魔星十二支が一人、喰鼠。」

 

「魔星、十二支───!?」

 

 

 おいおい、とカリブディーは思う。素晴らしい相手じゃあないか。生涯最期の相手に相応しい。勿体無いくらいの大物だ。

 

 

「へへ!なら遠慮なんざいらねぇなぁ、喰鼠様よォ!」

 

「……ああ、いらねぇぜ。来いよ。」

 

 

 ニヤリと笑いながら……喰鼠は右手をゆらりと垂らしながら……ゆったりと歩き出す。

 

 闇夜の街に、静かな足音が鳴り響く……。

 

 

「ドラァッ!!」

 

 

 渾身の力を込めて、カリブディーは間合いを詰めて右ストレートを喰鼠の顔面に向けて放つ。

 

 

「…………」

 

 喰鼠は、うっすらと笑みを浮かべたまま……右手を開き、カリブディーの拳に向ける。

 

 

「…………───ッ!?」

 

 

 止められる……と思った。思ったが違う。振り抜けた……?衝撃はほとんどなく、何かに触れた感触もほんの一瞬。

 

 

 

 

 刹那───激痛を感じた。右腕から。視線をやると、右手の拳から肘までがなくなっていた。

 

鮮血が、荒れ狂うように辺りに飛び散っている。

 

 

「……ひゃひゃ。」

 

 喰鼠が、笑った。声をあげて。

 

「ヂュヒャヒャッ!いいねぇ、美味いぜお前!ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!」

 

 

 カリブディーの耳に聞こえた咀嚼の音……それは、喰鼠の右手から聞こえた。右手に喰われた?

 

 

 だが知ったこっちゃねぇ!口角を吊り上げてカリブディーは直ぐ様左手を振りかぶる。腕はもう一本あるんだよ!なくなりゃ蹴りだ!!!

 

 

 だが、遅い。既に相手は、攻撃の姿勢に入っていた。

 

 

喰鼠が振った、打ち上げる様な尻尾の一撃が、カリブディーの腹に直撃する。

 

 

「───ガハッッ!!!?」

 

 

 身体が空中に舞い上がり、口からは大量の血が吐き出される。

 

それは、内臓が破裂した証拠。ああ、こりゃ死んだわ。

 

 

 

もう、まったく力が入らない……薄れ行く意識の中、カリブディーは宙に浮いたまま。落ちるまでの僅かな時間に最後の力を振り絞った。

 

 

 

最後の最期で、アンタ程の漢と戦えて良かったぜ……悔いはない。そんな思いを込めて、口角を吊り上げて笑い、喰鼠に向けて親指を立て、サムズアップ。

 

それを見た喰鼠は、少しだけ目を見開き───返礼として、同じように口角を吊り上げて笑ってみせた。

 

 

 

 

 

どちゃりと、肉の塊が地面に落ちる音が闇夜に響く。

 

 

「ちゅひゃひゃ……結構、楽しめたぜカリブディー。」

 

 

 力なく息絶えて横たわるカリブディーに、即座にネズミ達が群がっていく。

 

 喰鼠はそれを、少し名残惜しそうに眺めた後……じゃあなと一言、喧騒の聞こえる方に向け歩き出した。

 

 

 

 後には、暗闇の中に肉と骨を噛み散らす音が辺りに響いて…………やがてその音も、消えた。

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