「────ッ!」
厄介だな、とリュエンは刀を振りながら思う。このネズミ共は厄介だ。
かなりのパワーとスピードを持つが……これはリュエンにとっては、さして問題では無い。
『リュエンから見れば』スピードは大したことは無い。故に、当たらなければパワーは意味を成さない。
問題はしぶとさだ。このネズミ君達は、本当にしつこい。
ちょっと斬りつけてやる程度じゃ怯まない。
それくらいならいいのだが……こいつらは、足を一本斬ろうが、仮に全部斬っても怯まないだろう。向かって来る。
怪我が浅ければ当然、深くても当然、致命傷でもまだ生きてさえいれば向かって来る。そう、例えば、目の前にいるコイツだ。
「チュッビャアァッ!」
頭を縦に真っ二つにしてやったのに、まだ生きている。しかも向かって来る。致命傷だろ、ていうか普通は即死だろ、さっさと死ねよ。
そのネズミの突進を避けると、そのままネズミは地面を転がり足をバタバタさせる。まだ生きてるのには驚きだが、流石にもう死ぬだろう。っていうか死ねいい加減に。
「……………ふぅ。」
ラビィの人形達が守る様に囲んでくれたので、リュエンは一息つく。流石に疲れる。
周囲を見渡すと、まるで疲れた様子なくカリブディーが大暴れしている。
凄い体力だと感嘆する。まぁ、素手の彼の攻撃では、ほとんど即死はしてくれないのでじり貧なのだが、そこは他の自警団らが上手くとどめを刺してくれる。
………まぁ、拳の一撃で頭蓋の砕けた音や、内臓が破裂したのか血反吐を撒き散らしたりしてるんだけど、コイツらはそれで即死しないのである。
「…………」
ベアルの方を向くと、こっちは全く心配がいらない。
「わっはっはー!」
クレセント・アックスと呼ばれる長柄の斧を、軽々とぶん回すベアル。
ネズミ達はそれに巻き込まれ、潰れたり真っ二つになったりと、大惨事である。
ちなみに、普通に噛み付かれたりしているが……カリブディー同様、まるで効いていない。
同じ人間か疑わしくなるレベルである。こいつら、あの防壁を食い破って来たみたいなんだけどね……。いったい彼らの身体は何合金で出来てるんだろうか。
「……さて、休憩終了!」
再び刀を握り直してリュエンは風の様に走り出す。
すぐ横を、どこかにいるキーレースの矢が飛び、ネズミの眉間をぶち抜いた。
「オラオラオラァ!」
ネズミを殴り散らしながら、カリブディーはリュエンの近くまで行き笑う。
「よう!休憩は終了かい?」
「サボり続ける訳にもいかないからねー。まったく、カリブディーの体力が羨ましいよ」
「はっはっは!ま、オレ様は強いからな!」
そう言って、離れた場所でネズミらを巻き込みながらクレセント・アックスを振り回すベアルを見る。
まるで暴風とか台風みたいな光景に、そうだとカリブディーは口角を吊り上げた。
凶悪にも見えて少年にも見える何時もの笑み。不思議と魅力的で、だから慕う部下も沢山いたのだろうなとリュエンは思う。
カリブディーは、一匹のネズミの尻尾を掴んだ。そして───
「ウラウラウラァー!!!」
なんと、そのまま振り回した。武器として扱い出したのである。
「ひゃっほー!こりゃいいなオイ!」
尻尾が千切れて飛んで行くネズミを見て、また一匹。また一匹と、ネズミ達を武器へと変えるカリブディー。
そんな姿に苦笑しつつ、リュエンは他の仲間達をフォローするべく駆け出した。
大暴れのカリブディー。しばらくして、ふと彼は自分が孤立している事に気付く。仲間達は、離れた場所だ。
このままだと流石に危ないかもな?とも思うが……
まぁ……戦場で死ぬなら死ぬで別にいいし、何より今はかなり楽しい状況である。
ここまでいろいろ気にせず大暴れ出来る機会というのは、結構ないものである。
だが、一応戻るかなと踵を返そうとしたその時だ。その男が現れたのは。
崩れた壁から這い出る他のネズミ達と共にそいつは現れる。
ボサボサで、男にしては長めのダークグレーの髪と、灰色の胴着の衣服。鼠の耳と尾を持つ青年。
細身で小柄ではある。だが、得体の知れない何かがそいつにはあった。明らかに、まともな存在では無いという迫力が……。
「……………」
その眼がこちらに向いた時………ゾワリと悪寒が背中を走った。やばい。
こいつは………やばい。
「へっ……へへっ!」
だが、カリブディーは笑った。ああ、オレは今日ここで死ぬんだなと悟る。目の前にいる魔族に、少したりとも勝てる気がしなかった。
「……ちゅひゃひゃ、やるじゃねぇかニンゲン。
俺の仲間を一人でこんだけ殺るとはよ……」
青年が笑う。狂気と狂喜を孕んだその声は、並の者ならそれだけで戦意を損なうだろう。
だが……五区の悪タレ、カリブディーは怯まない。むしろ、彼は笑った。愉快そうに。
五区での生き方なんて、多少強くなればわりと簡単である。ただ、少し退屈になる。
暴れる事が好きであり、危険な事に首を突っ込むのが楽しかった。
そして、行き着いた先がコイツ。鼠の王。
五区の領主……『コロナ=ボレリアス=アポロソルン』にそのうち挑むのもいいかと考えていたが、その日はもう来ないだろう。だが、まぁいい。もういい。
「お褒めにあずかり光栄だねぇ、ネズミの王様?
オレはカリブディー。良ければ、名前を教えて頂けるかい?」
冗談めかした口調でそんな事を言うカリブディーを見て、青年はちょっぴり意外そうにしてから、気を良くしたように笑った。
「喰鼠(くうそ)だ。 ……魔星十二支が一人、喰鼠。」
「魔星、十二支───!?」
おいおい、とカリブディーは思う。素晴らしい相手じゃあないか。生涯最期の相手に相応しい。勿体無いくらいの大物だ。
「へへ!なら遠慮なんざいらねぇなぁ、喰鼠様よォ!」
「……ああ、いらねぇぜ。来いよ。」
ニヤリと笑いながら……喰鼠は右手をゆらりと垂らしながら……ゆったりと歩き出す。
闇夜の街に、静かな足音が鳴り響く……。
「ドラァッ!!」
渾身の力を込めて、カリブディーは間合いを詰めて右ストレートを喰鼠の顔面に向けて放つ。
「…………」
喰鼠は、うっすらと笑みを浮かべたまま……右手を開き、カリブディーの拳に向ける。
「…………───ッ!?」
止められる……と思った。思ったが違う。振り抜けた……?衝撃はほとんどなく、何かに触れた感触もほんの一瞬。
刹那───激痛を感じた。右腕から。視線をやると、右手の拳から肘までがなくなっていた。
鮮血が、荒れ狂うように辺りに飛び散っている。
「……ひゃひゃ。」
喰鼠が、笑った。声をあげて。
「ヂュヒャヒャッ!いいねぇ、美味いぜお前!ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ!」
カリブディーの耳に聞こえた咀嚼の音……それは、喰鼠の右手から聞こえた。右手に喰われた?
だが知ったこっちゃねぇ!口角を吊り上げてカリブディーは直ぐ様左手を振りかぶる。腕はもう一本あるんだよ!なくなりゃ蹴りだ!!!
だが、遅い。既に相手は、攻撃の姿勢に入っていた。
喰鼠が振った、打ち上げる様な尻尾の一撃が、カリブディーの腹に直撃する。
「───ガハッッ!!!?」
身体が空中に舞い上がり、口からは大量の血が吐き出される。
それは、内臓が破裂した証拠。ああ、こりゃ死んだわ。
もう、まったく力が入らない……薄れ行く意識の中、カリブディーは宙に浮いたまま。落ちるまでの僅かな時間に最後の力を振り絞った。
最後の最期で、アンタ程の漢と戦えて良かったぜ……悔いはない。そんな思いを込めて、口角を吊り上げて笑い、喰鼠に向けて親指を立て、サムズアップ。
それを見た喰鼠は、少しだけ目を見開き───返礼として、同じように口角を吊り上げて笑ってみせた。
どちゃりと、肉の塊が地面に落ちる音が闇夜に響く。
「ちゅひゃひゃ……結構、楽しめたぜカリブディー。」
力なく息絶えて横たわるカリブディーに、即座にネズミ達が群がっていく。
喰鼠はそれを、少し名残惜しそうに眺めた後……じゃあなと一言、喧騒の聞こえる方に向け歩き出した。
後には、暗闇の中に肉と骨を噛み散らす音が辺りに響いて…………やがてその音も、消えた。