「ひっ、ひぃっ……!」
アクルは、必死になってネズミ達から逃げていた。プラン通りではあるが、計画通りじゃなくても逃げただろうなと思えるくらい必死に。
後ろを見ると、狂った様に追い掛けて来るネズミの群れ。
チューチューチューチュー!チューチューチューチュー!
「チュッヒャア! 魔王サマー! 食わセテぇ!」
「チュチュッヒャア! 先っちょダけ! 先っチョだけデいいカラ!」
「チュッヒャッヒャア! 美味しソー!」
「チューッヒャヒャヒャヒャヒャア! い、いただきマース!」
「ひっ、ひーっ!」
「いやぁ、アクルたん、モテモテでんなぁ……羨ましくはねぇけど。」
闇夜から迫り来る、好き勝手叫ぶネズミ君達。だんだんと、距離が詰まって来ている。
だと言うのに、魔王はこんな時でも冗談を忘れない。
このままだと追い付かれてしまうと、アクルは内心焦る。あの数に群がられると、相当痛いだろう。苦しいだろう。
「…………ッ!」
アクルの右手を水球が逆巻き、抜けば玉散る氷雨の刀、村雨丸が握られた。
そしてアクルの周囲を、ふわふわと水球が浮いて、眼前に飛んで地面を軽く濡らした。
「ん……なにすんだ? ヘンタイ殺人鬼との戦いでやった、プリキュオン殺法か? あの数相手じゃ駄目か。
最初の魔族戦でやったみたいに、ミュルニール感電作戦? 水溜まり出来てねーし、無理じゃね?」
魔王の言葉に対し、どっちでもないですとアクルはズボンのポケットに手を突っ込み、カードを取り出す。
「えと、氷、凍りマーク……!」
アクルは、氷雪の描かれたカードをしっとり濡れた足下に何枚か落としながら、走り続ける。
「あ、あぅ……! えと、えと……発ッ!」
アクルの言葉に反応し、濡れた地面は凍り付いた。
「チュッヒャア!? すべるー!」
「チューッヒャヒャヒャヒャヒャア!? ツルツルー!」
「チュチュッヒャア!? 滑らかー!」
「チュヒャヒャア!? 寒いギャグ言っタのだレダー!?
寒いし滑ルゼー!」
……背後から随分と愉快な声が響き渡り、アクルは足を止めずに振り返ると、つるつると滑り、転倒したり民家に突撃したり、仲間にぶつかるネズミ達。なんというか、楽しそうでちょっと微笑ましさを感じる気がする光景だ。
が、やはり気のせいだった。口元を血で真っ赤に染めてたり、血をだらだら流してたり、腹から腸が飛び出してるあの連中からは、微笑ましさなんか感じない。
少なくとも、追い掛けられているアクルからは感じるはずがない。
数匹、上手く滑らずにこちらに接近して来るのを、アクルは月光に照らされる影と、足音で感じとり……
「ミョル……ニール!」
村雨丸から、雷神のハンマー、ミョルニールに切り替えた。
ハンマーを握り締め、アクルは前方に跳んだ。側転気味に跳ぶ。巨大ハンマーを振りかぶりながら。
そして、地面を殴った。殴った反動で、アクルは更に前方に跳びつつ、砕けた地面がネズミ達に襲いかかる。
アクルはなんとか地面に着地はするも、体制を崩してしまうが無理矢理に体を動かし、なんとか勢いそのままに走る。
「え……なにそれ、スタイリッシュ。」
魔王は驚愕していた。最近の鎌鼬ら魔族戦で使用した、ゴルフスウィング攻撃の発展版である。
あれは立ち止まりながら使用していたが、この改良型なら逃げながら攻撃出来るのだ。まさに、アクルらしい技である。
ちなみに、今しがた思い付き、実行に移したという。
「……アクルたんって結構、戦いのセンスあるよね。ただの女子中学生には出来んと思うよ。」
戦いのセンスというよりは、逃げ足のセンスだろうとアクルは思う。思うだけ。口に出す余裕は無かった。
しかしいつまで逃げ続ければいいだろうかと思っていたアクルの目前に、小柄な人影が見えた。
誰だろう? と思ったが、自然に足が止まる。
なんで? と思う間もなく襲い来る寒気と悪寒。アクルの中の、本能の自分が警鐘を鳴らしていた。気を付けろと。『ソイツ』は『ヤバい』と。
身体中が震える。呼吸が荒くなる。この心臓を握られたかのようなプレッシャーは、似ている。この感じ、似ている。
あの日に会った魔族に───魔星十二支の一人、天鵬(イケメン・バード)に……。
いや、このおぞましい空気は、それ以上だ。
見た目は青年。というより、少年にも見える。灰色な髪をボサボサのロン毛にした。
ネズミの耳と尻尾。灰色の胴着を身に付けた男。
「よぉ……魔王様。今宵の月は綺麗だねぇ。」
一歩、また一歩とソイツが近付いて来るのを、アクルは奥歯を鳴らしながら後退る。背後からはネズミの群れが迫っているが、そっちの方が幾分かはマシかもしれないと思った。
というか、マシだ。だから、思わず立ち止まってしまったのだ。