薄幸の堕天使   作:怒雲

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「だ、だれ……ですか……?」

 

闇夜に浮かぶ、うっすらと笑みを浮かべた青年にアクルは問いかける。問いかけるが………

 

 

 

 

 

 解る。解ってしまう。こいつだ。コイツが魔王さんが言ってた、魔星十二支の一人……喰鼠(くうそ)だ。

 

 

「ちゅひゃひゃっ! ……喰鼠。魔星十二支が一人、喰鼠だ……」

 

 

 ニタァ、と笑う喰鼠を見て、皮膚が粟立つ総毛立つ。ああ……嗚呼、やはりだ。十二支。勝てる気がしない。

 

 

 スッ……と喰鼠が右手を出して構えて、アクルが一歩後退り……それから、じりじりと横にアクルは移動する。少しでも、ネズミの群れから離れるために。喰鼠の脇を通って逃げる為に。

 その際に、一匹追い付いた鼠がアクルに飛び付いて噛み付いて──ほぼ同時に、喰鼠が動いた。

 

 

「ぎゃっ!いたっ!いたい!」

 

背中から首筋を噛み付かれたアクルがもがいて───それが幸を成した。攻撃のために伸ばした喰鼠の右手が、背中のネズミに触れたのだ。

 

「ヂュヴッ!?」

 

 背中が抉られた。ネズミの背中の肉が、ゴッソリと。

 

 

「え……?」

 

 ぼとりと落ちたネズミをアクルは見るまるで喰われたかの様な傷痕だ。

 

それからアクルは喰鼠に視線を移した。誤ったといえ、仲間に致命傷を与えたというのに……彼は笑っている。

 

「ちゅひゃひゃっ、おいおい、このオレの前に飛び出すんじゃあねぇよ……。しょうがねぇ奴だ。」

 

 

 そう言って、喰鼠は背骨まで抉られ、動けなくなっている仲間に右手を伸ばした。

 

 ばっくんばりばりむしゃむしゃごっくんと、ネズミは右手に食い尽くされてしまう。

 

なんで。そんな言葉が頭に浮かぶが、声が出ない。

 

「チュッヒャア! 喰鼠サマー!」

 

 ぞろぞろとネズミの群れが追い付いて来て、ハッとアクルは正気に戻る。そして無数のネズミ達を見て、青ざめた。

 だが、ネズミ達は今のところ、アクルを襲うつもりは無いらしく……その眼を爛々と光らせ喰鼠を見て───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「共食イは有リデありマすかー!?」

 

 

 

 

 

 ……今、なんと言ったのだろうか?アクルは思う。

 

 とも、ぐい…………?

 

 

「ちゅひゃひゃっ!」

 

 

 喰鼠は笑う。高らかに。楽しそうに愉しそうに嘲う。

 

 

「言っただろオメェら!『本能の赴くままにヤれ』ってな!

 今宵はもう我慢しなくていいんだぜ! ひゃっひゃっひゃっ!」

 

 

 

 

 …………………。

 

 

 

 ネズミ達から上がる歓喜の雄叫び。

 

 

 すかさず仲間に襲いかかるネズミ。地面や民家を食べ始めるネズミ。追い付いて来た、自警団達に飛び掛かるネズミ。リーダーであろう喰鼠に向けて牙を向くネズミ。

 

 

 

 

 

 

 …………理解出来なかった。

 

 

「なん……なんですか……こいつら……」

 

今までに見た魔族達は……多くはないが、そんなに仲が悪そうには見えなかった。

 

 

少なくとも、こんな狂った真似はしないと思う。

 

 

やっぱり、異質だ。なんなんだ、こいつら。

 

 

 わなわな震えていたアクルは、足に痛みを感じる。足を噛み付かれたらしい。

 

 

 恍惚とした表情でアクルの足を食らうネズミ。

 

 

「ひっ……やっ、いやぁ!!」

 

 

 すかさずアクルは、雷のハンマーでネズミを殴り飛ばした。

 

 

 血を吐き、感電しながら絶命し飛んで行くネズミ。

 

 

 他のネズミ達は、共食いが一番お気に召したのか、結構共食いしてる奴らが多かった。後から来た自警団達も困惑している。

 

 アクルも困惑している。頭がどうにかなりそうだ。

 

「さぁて……行くぜ、魔王様!」

 

 喰鼠が残忍な笑みを浮かべ、アクルに詰め寄り右手を振る。

 

「ぎゃっ!」

 

 咄嗟に避けようとしたが、先程ネズミに足を食われて尻餅ついた体勢であり、避ける事は出来なかった。

 

 

 ……というより、速すぎて対応できるものでも無く、アクルは鼻から上を右手に『喰われて』しまった。

 

「ひゃひゃ……ちゅひゃひゃっ! いいね! これが魔王の血肉か!」

 

 余程お気に召したのだろう。喰鼠は高らかに笑う。

 

 

「ひっ……ひぃ! やだ、やだ、やだぁ!」

 

 

 アクルは半泣きで起き上がり、一心不乱に雷のハンマーを喰鼠に向けて振る。

 

 対する喰鼠は、ニタニタと笑ったまま片手でミョルニールの一撃を止めた、

 

 

 

「───ッ!!!」

 

 直感で解る。ミョルニールが直撃した衝撃と、電撃が喰われている事を。

 

 

「ちゅひゃひゃっ! そらっ!」

 

 

 右手でミョルニールを止めたまま、喰鼠は反撃として尻尾での一撃。それは、アクルの柔らかな腹に直撃する。

 

 

「ごふっ……! げぅ……!」

 

 口から内臓を吹き出しながら、アクルは吹き飛ぶ。民家に直撃し、突き破る。

 

 余程の威力だったのだろう。アクルが叩き付けられた民家は、崩れてしまった。

 

 

 それでもアクルの勢いは止まらない。一列程、多数の民家を崩して、いくつかめの建物の中でようやくアクルは止まった。

 

 

 

「……………───ッ!けほっ!けほっ!」

 

 

 舞い上がる埃と喉に絡んだ血や内臓等で咳き込みながら……アクルは痛みがいまだに残る体を叱咤し、瓦礫をどかしながら立ち上がる。逃げなくては。早く、逃げなくてはと。

 

 かなり凶悪な一撃だったが、十二区の十二聖護士、ピスケラ・アルレーシャのボディーブローの方が、多分ダメージは上だ。吹き飛んだ分、威力が殺されたのだろうか?

 

 

 もっとも、今はそんな事はどうだっていい。重要な事じゃないと立ち上がる。もしかしたら、喰鼠はピスケラより弱いかもしれない。

 

しかし、だ。仮にそうだとしてだからなんなのか。ピスケラに惨敗した自分が、それよりかはちょっと弱いかも?な存在に勝てるはずがない。

 

彼女より喰鼠が弱かったとして、自分が強くなるわけではないのだ。

 

 

 

起き上がって周囲を見渡すと……どうやらそこはお店の中のようだった。

 

 飲食店という印象を受けるアクルに、魔王が酒場だなと説明してくれた。

 

 

「さぁ、アクルたん逃げるぜ! このままじゃ、酒場が墓場になっちまう! HAHAHA!」

 

「……それは、冗談のつもりですか?」

 

「アクルたん、スーパードライ。酒場だけに!」

 

「……………」

 

 

 流石に呆れた。呆れたが、まぁ、絶望的な緊張感が少しばかり緩くなった。

 

 

 

 とりあえず、アクルは銀光の大剣、クラウ・ソラスを片手に持つ。店内は暗いので、明かりが欲しかったのだ。

 

「ん……」

 

 

 アクルは、右手の方向にあるカウンターに頭を向けた。棚の上に、大量の酒が並べてある。

 

「……………」

 

 

 アクルはそちらに向けて歩き、酒瓶を手に持つ。

 

「なにしてん?アクルた、こんな時に。アル中の波動にでも目覚めたん?」

 

 魔王が尋ねるが、アクルは無視して酒瓶を投げた。離れた場所で割れて、中から酒が飛び出す。

 

「ファ!? アクルたん、突然の非行!?」

 

 

 魔王が驚くのを無視して、アクルは、ごめんなさい、ごめんなさい、とどんどん棚の酒を割って行く。

 

 

 そして、自分が入って来たであろう穴の空いた壁と逆の方向の壁に、ハンマーで殴って破壊し穴をあけつつ酒びだしの店内に炎のマークが描かれたカードをばら蒔いた。

 

 

「どうしたんだアクルたん、悪い宇宙人に、『これから毎日家を焼こうぜ!』とでも言われたのか!?」

 

 

 意図は察してるくせに騒ぐ魔王を尻目に、アクルは背後を見る。

 

 

 すると、遠くからとんでも無い速度で喰鼠が向かって来るのを感じてギョッとした。

 

「発ッ!」

 

 炎のカードが暴炎を発して店が燃え上がる。護身用にしては、随分と火力が高く……周囲の建物も巻き込んで燃え上がらせた。

 

 

 走ってその場から離れながら、酒をまかなくても良かったかもしれないなとアクルは思う。

 

冷静に考えて、アクル的にはお酒は燃えるイメージで割ってみたのだが……ワインとか、そういうのは本当に燃えるだろうか?今更ながら、無駄な行為をした気がした。

 

 

 まぁ、そんな事を考えていても仕方ない……アクルは逃げる為に走り──そして、足を止める事無く振り返って見た。アイツはどうなっただろう?

 

流石にこの炎なら迂回なりなんなりしないとだろうし……もしかしたら、炎で大怪我してたりしないかな?

 

そんな思いで振り返って……クルはギョッとした。

 

 

 喰鼠は、燃え上がる店内から普通に出て来る途中であった。こちらに向けて歩きながら、炎の中でアクルを見ながら笑ってる。

 

 

「えっ、えっ……!?」

 

嘘。その光景に、アクルは思う呟く。

 

「ほ、炎の温度にたんぱく質は耐えられるんですか……!?」

 

「バッカ、アクルたん! ここは剣と魔法のファンタジー世界だぜ!

 それを言うと、天鵬(イケメン・バード)なんて空飛べないし、異能力なんて存在しないんやで!

 この世界には魔法が存在するし、ドラゴンとかもいるし、カエルを殴れば『メメタァ!』って音がするんだよォ!」

 

 

 カエルを殴ってそんな音が鳴るのは、波紋パワーがある奇妙な冒険の世界だけである。

 

なんにせよ──アクルの立てた作戦は、相手が規格外過ぎて失敗に終わってしまった。アイツは酸素とか大丈夫なの!?とかアクルは思っている。

 

しかし……もうひとつ。アクルには手があるのだった。

 

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