「それじゃあ今から練習試合のポジションを発表する」
後日、体育館にて練習前に集合が掛けられた。小さなホワイトボードを携えた主将が、全員の前で一人一人呼んでいく。
WS 風見 MB 日向 WS 澤村
S 影山 MB 月島 WS 田中
「オーダーはこれで行こうと思う」
「?!」
「影山と日向はセットで使いたいし、月島は烏野では数少ない長身選手だ、風見と一緒に青城相手にどこまで戦えるか見たい」
まぁ概ね前回話し合った通りになった。今回は対戦相手からの要望もあり自動的にスタメンへと固定されたが、スタメンで出るということの重みを自分では理解しているつもりだ。次こそは正式に起用されてやるという意気込みを胸に周りの反応を伺う。
「ていうか、デカさが重要なMBに日向スか?!」
「MBって……ノッポヤロー月島と同じポジション?!」
「ちょっ、ちょっとポジションおさらいしていい?!」
「それなら俺が説明しますよ」
バレーボールのハウツー本という、なんとも言えない表紙の書籍を取り出してページを捲る監督。ページを探すのに手間取っていたらしい彼に助け舟を出す。
「セッターはスパイクを打つためのトスを上げ、攻撃を組み立てる言わば司令塔。攻撃の中核を担うウイングスパイカーは攻守のバランスがとれたオールラウンダーが担当する場合が多いです。そしてミドルブロッカーはその名の通りブロックで相手の攻撃を阻むことが仕事、攻撃面では主に速攻で得点し、囮として敵のブロックを引きつける役割を持ってるんスよ」
なるべく一般的な内容を話したが、伝わっているだろうか。
「ざっとこんな感じスけど」
「はい! とても分かりやすくて助かりましたよ風見君!」
「後は守備専門のリベロや攻撃に特化したオポジットなんかもありますけど、そこはまぁおいおい」
「良いか日向、お前は最強の〝囮〟だ!」
「最強の囮?! おおぉ!! おおぉ?! おぉぉ……」
最強と言う単語に目を輝かせた翔陽であったが、よくよくその言葉を反芻するとピンと来なさにだんだんテンションが下がっていく。
「な、なんかパッとしねぇ……」
「速攻でガンガン点を稼いで敵ブロックの注意をお前に向けさせれば、他のスパイカーも活きて来る!」
「……あっ!」
「月島みたいなでかいヤツが何人もお前の動きにアホみたいに引っかかったら……気持ちいいだろ!」
「うぉぉ!! イイ、それイイ!!」
「確かに翔陽と影山の速攻は、相手ブロッカーからしたら意識せざるを得ないだろうな」
影山の超人的な精度で放たれるトスは、多少サーブレシーブが乱れた程度では揺るがないだろう。それに加えてブロックを避けてどこまでも走れる日向。こんな攻撃が機能したならば、サイドに振られる平行トスにブロックが追いつくことなど夢のまた夢である。
だから試合経験の少ない翔陽には、気負わずにこないだの四体四のような空気感で挑んでもらえれば幸いなんだがーー
「逆に、お前が機能しなきゃ他の攻撃も総崩れになると思え」
「……あっ」
「?!?!」
「ちょっと! あんまプレッシャーかけんなよ!」
浮かれていたのもつかの間、総崩れという言葉に顔色を悪くする翔陽。ホントこいつ感情表現が激しいな。ほらもう総崩れという単語を何度も繰り返し吐いては自分で自分にプレッシャーをかけてやがる。
「まぁ攻撃は良いとして、ブロック面では皆さん心配が残る所スよね」
「そうだぜ風見、いくら高く跳べても元々の身長が高い奴に比べたらブロックの最高到達点に届くまでの時間が違いすぎる。その分ブロックの完成も遅れちまうだろ」
「翔陽に意識させるのは相手のスパイクを止めることじゃなくて〝触る〟ことっス。コイツの反射神経を活かして敵の攻撃に触りつつ、勢いを弱めてカウンターに繋げるって話っスね」
「そんないきなりうまいこといくか?!」
「いかないだろうな!」
「?」
俺の話した内容はあくまでも理想論だ。田中先輩の意見はもっとも、というか完全に正しい。俺もそこまで上手くいくとは考えていないし、ブロックの経験が皆無な翔陽がやれと言われてすぐやれるとは思えない。
それでもーー
「上手くいくか確証は無いし、相手チームに馬鹿にされたりするかもなぁ。でも、やってみれば何かしら分かることがあるよ! 〝練習〟試合なんだしさ!」
「……オス」
何事も初めてはある。前例がない、やった事が無い、出来る確証が無いからと言って、それを諦める理由にはならない。
歩みを止めた時点で、成長も止まる。
少なくとも今は日和る時期では無い。新たな仲間と、どんなバレーができるのか、今の俺はそれに対するワクワクでいっぱいなんだ。
「だからまぁ翔陽、取り敢えず自信持ってやってみーー」
「おお、俺頑張る! 高校で初めて6人でやる試合だし! いっぱい点取って、囮もやって! サーブも! ブロックも! クイックも!!」
「お、おい落ち着けって」
「全部っ……!!」
ボンッ
「?! 翔陽?! おい大丈夫か?!」
「ゼンブ……ゼンブ……」
「……こりゃダメっぽいな、……南無」
「風見、勝手に殺すな?! おいっ、誰か! 日向がショートしたぞ!!」
主将の慌てる声を聞きながら、俺の意識は既に練習試合へと向いていた。
中学と高校ではネットの高さも、技術力も大きく違っている。どんな高校が、どんな選手が待ち受けているのか。そう考えただけでも胸が踊る。
「なぁ翔陽、お前の腕は四本もあんのか?」
「な、なんだよ颯。そんなわけ無いダロ」
「ならその下半身に履こうとしてる上着はどう説明すんだよ」
「?!」
月曜の放課後、練習試合を明日に控えているというのに、翔陽のプレッシャーは留まることを知らないようだ。あれから何度か声をかけたものの緩和される様子は無い。
「何度も言ってるがよ、そんな緊張すんなって。適度な緊張は良いがそこまで来るとデメリットしか産まねぇぞ」
「しょうがないじゃんかよ! 高校初めての試合が、俺のせいで全部台無しになるかもれないんだぞ?!」
「翔陽一人が崩れたところでそんなことにはなんねぇよ。俺も先輩方も居るんだから心配すんなって。いざとなったら控えも居る」
「! それはヤだ! 選ばれたからにはコートに長く居たい!」
「ワガママか! だったら替えられないようその緊張をーー」
「か、替えられる……! 上手くいかなかったら直ぐに下げられる、それは嫌だ……、カエラレル……カエラレル……」
「お前なぁ……」
もう今となっては何を言っても逆効果だろう。実際に試合になったら気持ちが切り替わることを祈るしかない。
ドンッ
「あらら、ごめ〜ん。小さくて見えなかった〜」
「……あ、うん。」
「「?!」」
いつもなら食ってかかって行きそうな月島も煽りも、今の翔陽には受け取る事すら出来ないらしい。フラフラと部室を後にする翔陽の背中を追いかける。
「おい、翔陽。帰ろうとしてるとこ悪いが、そのジャージ田中先輩のだぞ」
「?!」
日向! ソレ俺のジャージ!!
何やってんのよ田中!!
下着のまま部室を飛び出した先輩は、他部活の女子に叫ばれ絶望の表情を浮かべていた。
もはやカオスと呼んでもおかしくないような空間に取り残された俺は、駐輪場へと向かう道を見ながら、もう何も考えないようにしていた。
「……大丈夫スか、田中先輩」
「……替えの運動着持って来てて良かったわ」
その翌日の火曜、練習試合当日。青城へと向かうバスの中、緊張がピークに達した翔陽は田中先輩のジャージの上へリバース。見事ゲロジャージを錬成した翔陽を気遣って、途中休憩を挟んでいた。
酸っぱい空気の換気のため、バスを降りた全員がこう思っていたことだろう。
(あれ、なんか、想像以上に……やばい……?!)