「スミマセ〜ン」
「向こうには〝影山と風見を出せ〟と言っていてこっちは正セッターじゃないなんて頭が上がらんだろが!」
「あはは……」
ヘラヘラとやってきた徹さんにあちらの監督はたいそうご立腹の様子。当人と言えば、ギャラリーの女子生徒からの黄色い声援に笑顔を返している。
「影山くん、あの優男は誰ですか? ボクとても不愉快です」
「〝及川さん〟……超攻撃的セッターでスパイクもチームでトップクラスだと思います、サーブもブロックもあの人を見て学びました」
「試合の組み立ても上手いですし、何よりも味方を活かすのが上手い人っスね」
「「あと性格が悪い」」
影山との共通認識は正しいようで、思わず声をハモらせてしまう。本当にいい性格をしているのだ。まぁ相手を欺くという面においては、その性格が大いに役に立っているのは否めない。
「性格はともかく、相当な実力者っスね」
「……けど、今は試合に集中。最終セット絶対取りましょう。田中さん威嚇やめて!」
とにかくお前はアップとってこい! いつもより念入りにだぞ!!
はぁ〜〜〜い
監督に言われ、体育館の使われていない片面へと向かう徹さん。去り際に彼と視線が交錯したのは俺だけではないだろう。間違いなく最終セットの何処かで参加する事になるはずだ。
下準備としては上々だな。
キュッ 前前!
ナイスカバー!
「オラァ!!」
ドガッ
レフトレフト!!
バヂィ!
遅れてやってきた脅威というイレギュラーがあったものの、その存在はまだ試合には出ていない。2セット目の勢いそのまま、烏野高校は順調に得点を積み上げていく。
「調子に乗るな!」
ドパッ!
ガッ
「ドンマイ月島!」
23-20
試合も終盤、金田一の速攻を弾いてしまう月島。ボジショニングは決して悪くないのだが、如何せん体勢が悪い。この試合だけで見れば返球率はかなり悪いだろう。
「月島、ディグの時ーー」
ピーーッ!
選手交代!
「……何?」
「いや、今はそれどころじゃ無いっぽいな」
軽く助言でもと思ったが、それを遮るように選手交代が発表される。相手のWSと入れ替わり入ってきたのは、正セッターの徹さん。セッターとの交代では無い。
ピーーッ!
ナイッサー!
考えられる可能性としてツーセッターが挙げられるが、今回は違うようだ。ビッグサーバーの徹さんは、自分のサーブだけでこの試合を終わらせるつもりなのではないか。ボールを受け取ってゆっくりとエンドラインを超えて、数歩。振り返った彼は、ボールを持った手で月島を指さしている。
(あ、まずい)
ピッ キュッ キュッ キュッ
ドッ
ゴッ ガガッ!
時すでに遅し、徹さんの打ち出したスパイクサーブは寸分違わず月島の方向へ。強烈なドライブ回転と勢いを持ったボールは、レシーブが不得意な月島の腕から大きく弾かれ二階の観客席へと飛んで行った。
「うん、やっぱり。途中見てたけど五番と六番の君、レシーブ苦手でしょ?」
「うっ!」
23-21
図星を突かれた両名は明らかに顔色を悪くする。
「じゃあ、もう一本ね」
キュッ キュッ!
ドギュ!!
ゴッガッ!!
「……くそっ」
23-22
たった一人のサーブで、この試合自体が試合が大きく傾こうとしている。普段他人を見下しているような態度が多い月島だが、今は苦々しい表情を隠すことすら出来ていない。そんな様子を見かねた翔陽は、徹さんに向かって声を上げる。
「おいっ! コラ大王様! 俺も狙え! 取ってやる!」
「みっともないから喚くなよ」
「なんだとっ?!」
「バレーボールはなぁ、ネットの〝こっち側〟に居る全員、もれなく味方なんだぞ!!」
田中先輩から授かった名言を、そっくりそのまま月島に向けて使う翔陽。
つい先程の受け売りとはいえ、まったくもってその通りだ。リベロが居ない今、レシーブが不得意な月島をカバーするのは俺らの仕事だ。
「全体的に後ろに下がって、月島はサイドに寄れ」
「ハイ」
レシーブが得意な澤村先輩と俺が守備範囲を広めに取りつつ、月島をサイドライン際へと寄せる。これで月島が取る確率は低くなる上、狙われたとしてもド正面以外はありえないだろう。
「……よし、来い!」
ピッ!
キュッ キュッ
「へぇ……でもさ、一人じゃ全部はーー」
「守れないよ!!」
ダキュッ!
「! 月島!」
ダッ!
「っ!」
「ナイス月島!!」
コートのライン際に立っていた月島をピンポイントで狙ってきたサーブは、狙い通り正面へと飛んでいく。しかし、辛うじて上がったレシーブは力無く相手コートへと帰っていく。チャンスボールを綺麗に返し、相手チームの切り返しが来る。
(まじぃな、何としても切りたいって時に今の前衛は一番高さが無いローテ。……何か起こせ翔陽!!)
バチィィ!!
「!!! ナイスワンチィ!」
キュッ ブワッ!
ドゴッ ダンッ!!
そんな俺の思いが通じたのか、完全に振り切られたと思った相手のブロード攻撃にすんでのところで追いついた翔陽。切り返しから今度はこちらのブロード攻撃、ブロックの居ないフリーの状態で放たれたスパイクは徹さんの横へと見事に着弾した。
「ナイス翔陽!!」
「セットポイントだ、ここ一本取り切るぞ!!」
24-22
バチッ!
「ワンチ!!」
「カバー!」
「ンにゃろ!!」
ラストワンプレイ、あれをやるなら今がベストだ。田中さんのサーブを軽く乱した相手チーム。ライトへと上がった二段トスは、俺と翔陽のブロックのギャップに当たり後ろへと弾かれ、田中先輩が片手で何とか拾った。
「影山ァ!!」
「! 風見ッ!」
キュッ キュッ ドンッ
二段トスは上がった、それもかなりの精度で。このままブロックを抜けば得点になるかもしれないが、どうせならこのデカいだけのブロック、使わせて貰おう。
ドッ パァン!
「もう一本!!」
「オー」
「オーライッ!!」
「?!」
俺の意図に気付いていたらしい影山。ブロックにわざと当てリバウンドを貰った所で、先程耳打ちした通りにファーストタッチを影山自らが取りに行く。
「何が……」
「オイブロック! レフトだ!!」
「?!」
相手チームは、徹さんを除いた全員がイレギュラーな動きをした影山へ釘付けになっていた。そんな中ギリギリで気付いた徹さんだったが、彼は今後衛にいる。ブロックに参加することは出来ず声を出すことしか出来ない。
ビッ!
キュッ ドンッ!
「もう、一本ッ!!」
ドッゴッッ!!!
ファーストタッチからそのまま平行気味にレフトへと運ばれたトスは、ノーブロックで開け放たれた相手コートのアタックライン手前付近に深々と突き刺さった。
何が起こったのか分からないという顔をしているのは、相手ブロッカー陣だけでは無い。徹さんと視線が交わると、彼はこちらを憎たらしく睨んでいたが、その口元は大きくニヤけている。
自分で確認することは出来ないが、恐らく俺も同じような顔をしているのだろうと思った。
ピーーーッ!!
25-23
試合終了 セットカウント2-1
烏野高校 勝利
「整列!!」
アザーッシタ!!
「おい風見! 何だよ、最後のアレ?!」
「いやあ、何か出来そうな気がしたんで」
「だからってスグ試すか普通!!」
「目の前に面白そうなモンぶら下げられて、俺は我慢出来ねぇっスから!」
「おい、色々と聞きたいのは分かるが集合してからにしろよ」
「「ウッス!」」
予想通り最後の攻撃について田中先輩から詰められる。相手の意表を突くツーアタック。普通なら二番目に触るセッターがやる行動だが、他ならぬ徹さん相手だからこそこれを思いついたのだ。
中学の頃に見せられたスパイクをするツーアタック。あれからずっと練習していたので、今日この場面で成長を見せることが出来て俺はひたすらにホクホクしていた。
「集合!」
オネガイシァーッス!!
先生、何か講評とか
「あっそっそうか!」
体育会系の流れに慣れていない監督だったが、おぼつかないながらも口を開く。
「えーっと、僕はまだバレーに関して素人だけど……何か、何か凄いことが起こってるんだってことは分かったよ!」
??
抽象的な内容に、全員が不思議そうな顔を浮かべるも、監督は気にせずに話を続ける。
「……新年度になって、凄い一年が入ってきて、でも一筋縄では行かなくて……だけど、今はバラバラだけど、ちゃんと力を合わせたら何か凄いことになるって言っていた澤村君の言葉が、今日分かった気がする。バラバラだったらなんてことない、一人と一人が、出会うことで化学反応を起こす」
監督の言うことは間違いない。俺も翔陽に出会ったからこそ、今ここに居る。
「今、この瞬間も何処かで世界を変えるような出会いが生まれていて、それは遠い遠い国のどこかかもしれないし、地球の裏側かもしれない。もしかしたら……東の小さな島国の、北の片田舎の、ごく普通の高校の、ごく普通のバレーボール部かもしれない。そんな出会いがここで……烏野であったんだと思った」
上手く言いたいことが纏まらないのか、必死に言葉を繋げている監督。
「大袈裟とかデタラメとか言われるかもしれない、でも信じないよりはずっといい。根拠なんか無いけど、きっと、これから、君らは強く、大きくなるんだな」
……
代理の監督故、講評をするのは無理があるだろうと思っていたが、想像以上に面白い話が聞けて俺は満足だ。この言葉を聞いてどう思ったのかと横目に翔陽達を見たが、恐らく何もわかっていなさそうに首を傾げるソイツが居た。
挙句の果て影山と顔を合わせると、二人してポカンとした顔を隠そうともしない。
「ご、ごめん! ちょっとポエミーだった?! 引いた?!」
「いやいやいや、そんなこと無いです!」
リアクションが少ない俺らを見て我を取り戻したのか、自分の言葉を思い返して監督は顔を赤くしている。なんかホントすみません。
「あざス!」
アザーーッス!!
監督に対して、最初は頼りない印象を持った俺だったが、大人として、一人の人間として尊敬できる部分や見習わないといけない部分が垣間見えたような気がした。