平日の昼下がり、客入りの少ない時間帯に普段の営業で溜まった埃を叩いて落とす。そんな日常の一幕を過ごしていた金髪の若者、烏養繋心であったが、ふと自分に向けられる視線に気付く。
「フンフンフーン チャッチャラ……うわぁぁぁぁ!?!?」
鼻歌交じりに振り返ると、そこには入口から顔を覗かせる謎の男が。
「な、何してるっ?!」
「あっスミマセン、お客さんが居ないか確認を……」
「またコーチの話かよ」
「……はい」
謎の男の正体はここ最近しつこく話をしに来る烏野高校の現監督。毎度自分の意思は伝えているはずだが諦めるつもりは無いらしい。
「……俺は選手としてとくに才能があるわけじゃないけど今でもプレーするのが好きなんだ。町内にチームだって作ってるし、コーチなんてやったらムズムズしそうで嫌だ」
「それにあの体育館には行きたくない!」
「えっ、何か嫌な思い出でも?!」
「その逆だ! ……あの体育館とか部室が昔と変わらなくても、俺があの空間に戻ることは絶対にできない。あの限られた時間の独特な感じ、あの場所のあの時間にしかない空気みたいな……。あそこにもどってどんだけ近付いても、もうそこは俺のいた場所とは別モンなんだ」
「……ノスタルジーですかぁ」
「だからあの体育館が好きだから戻りたくない!」
「……」
今までは話していなかった、俺がコーチをやりたくない本当の理由の数々。彼だって学校教師だ、自分より年下のこんな話を聞けば無理に連れていこうとは思わないはずだ。
「……音駒高校が来るとしても?」
「?!」
「GW最終日、烏野と5年ぶりの練習試合です」
「な……んで、今」
「むこうは烏養監督と親交の深かった猫又監督が最近復帰されたようです、それを聞いて練習試合をお願いしてみたんです。烏養君たちの時代は1番音駒高校と交流が深かった時期じゃないですか?」
「……あぁ」
「……そういえば、7・8年前音駒でセッターだった方が今コーチをされてるようですよ」
「!」
思い出されるのは青春の1ページ、音駒のコーチをやっているのは恐らくあいつだろう。全国で会うという約束をついぞ果たす事無く、そのまま今の今まで1度も会っていない。
「7・8年前と言えばちょうど烏養君も現役の頃だから、もしかしたら顔見知りかもしれないですね?」
そろそろ俺も我慢の限界だ。
「……おい」
「?」
「煽ってんのかてめぇぇぇえ!!!」
「うわぁぁぁ!? すみませんすみません!」
「ふっざけんな! そんなあからさまに煽られてなァ! 俺が乗っかると思ってんのか練習何時からだオラァァァ!!」
「すみまーーーえっ?」
「あの音駒が来るっつーのにみっともない後輩見せてたまるか! 着替えてくるから待っとけ!」
「は、はい!」
この人は、なよなよした見た目に反してなかなか強かじゃねぇか。今回は煽りに乗ってやる、かーちゃん店番頼んだ。
「あっそうだ」
「?」
どうせ人数足らねぇだろう、町内チームで呼べるメンバー片っ端から声掛けておくか。
「ちわす!」
「あっ……ちわす」
「……先生ッスよね?」
「え、違うけど」
「……マジすか」
HRが終わった後直ぐに教室を出ようとしたものの、日直の仕事を思い出し職員室に寄っていたら思ったより時間がかかってしまった。
部活へと行く道すがら、こないだ会った先生らしき長身の男が体育館の方向を見ていたため挨拶をしたが、どうやら俺の勘違いだったらしい。
「あまりにも貫禄があったんで勘違いしてました、スミマセン」
「いいよいいよそんな謝らなくて、よくあることだし」
「……もしかして貴方がアサヒさんッスか?」
「!」
「部活、もう始まってる時間スけど。行かないんスか?」
「……俺は……」
やはりまだ踏ん切りがついていないらしい、少し俯いて言葉を選んでいるようだった。
「……迷ってるってことはまだバレーを嫌いになった訳じゃないんですよね」
「……」
「ま、とりあえず行きましょうよ。久しぶりに体育館行くのは気まずいかもッスけど、実際に行かないと話始まんないスから」
「……あぁ」
足取りは重いながらも、体育館に行く決心はついたらしい俺らは部室に向かい着替えを済ませる。なんだかずっと考え込んでいるようだったので、俺もあえて何も言わなかった。
しかし、実際に体育館の前に到着すると怖気付いてしまったのが、彼の足が止まった。
「……俺、今日はやっぱ」
「あっ! アサヒさんだっ!!!」
「?! げっ、またコイツ……」
「翔陽に目付けられてたんスね、アサヒさん」
彼の言葉は活力溢れる翔陽の声によって容易にかき消された。不味い奴に見つかったようで、続く言葉はどもっておりあまりよく聞こえない。
「なんだ遅刻かてめぇら?! ナメてんのかポジションどこだ!!」
「すみません遅れました! WSッス!」
「あっ、えっ、WS……」
「人足んねぇんだ、さっさとアップとってどっちかこっち入れ、すぐ!!」
「オーッス!」
「……」
体育館に入ると、何やら見慣れない人達が増えていた。それぞれ思い思いのトレーニングウェアを来ているあたり、外部の人間、恐らくOBなどだろうか。
「風見、今日は珍しく遅かったな」
「スミマセン、日直の仕事がちょっと長引いちゃいまして。そんでこの状況は一体」
「あの金髪の人が前烏養監督のお孫さんだ。音駒との練習試合に向けて監督が呼んでくれたコーチなんだ」
「つまり今日は顔合わせ兼実力を見ようって感じですか」
「その通りだ、風見はこっちのチームに入ってくれ」
「ウッス」
澤村さんに現状を聞き、何となく理解した。このメンバー分けの意図も恐らく想像通りだろう。
「あとはセッターか、俺やりてぇけど外から見てなきゃだしな……お前らの方からセッター1人貸してくれ」
「「!」」
この場合、本来なら1年である飛雄が行く場面になるのだろうが、強豪出身で実力は確かな天才セッターである飛雄、そしてそれとセットでなければ今のところシナジーが無い翔陽の存在。それらの影響によってどちらが相手チームに行くのか分からない。
「! スガさん?!」
しかし、意を決したように歩き始めたのは菅さんの方だった。
「……俺に譲るとかじゃないですよね。菅さんが退いて俺が繰り上げ、みたいなのゴメンですよ」
プライドの高い飛雄、なし崩しでなった正セッターに意味は無いと言わんばかりに食いかかる。
「……俺は、影山が入って来て正セッター争いしてやるって思う反面、どっかで……ほっとしてた気がする。セッターはチームの攻撃の軸で、1番頑丈じゃなくちゃいけない。でも俺はトスを上げることにビビってた」
「……」
「俺のトスでまたスパイカーが何度もブロックに捕まるのが怖くて、圧倒的な実力の影山の影に隠れて……安心してたんだ。……スパイクがブロックに捕まる瞬間を考えると、今も怖い。けど……」
バレーは誰か一人の責任になる場面というのは極端に少ない。ほとんどのプレーが繋がっており、その責任というものは常に分散されている。つまり、誰かが責任を感じているということは、その他のメンバーも同じようにその痛みを共有しているのだ。
それでも
「もう1回俺にトス上げさせてくれ 旭」
「!」
全て背負っていたエースという存在は、そんな仲間の声を本当の意味で聞いたような気がした。
「だから俺はこっちに入るよ影山、負けないからな」
「俺もッス」
その後素早くアップを済ませ、ゲームが開始される。形式上整列をし、挨拶を行う。
「アサヒさん来たな! な!」
「とりあえず、練習には引きずり出せたな」
「あぁ、本当にとりあえずな」
烏野高校
田中 月島 影山
澤村 日向 風見
烏野町内会+α
東峰 滝ノ上 内澤
菅原 森(西谷) 嶋田
夕さんとアサヒさんの間に未だ会話は無い。荒治療にはなるだろうが、このゲームで何かが変わるような気がしている。
ピーーーッ!
ナイッサー!!
「行け日向!」
ピッ ドッ!
「「?!」」
「「よっしゃあ!(うしっ!)」」
「うぉぉ?! 何だ?!」
「すんげぇ跳んだなオイ!!」
「すっげぇドンピシャなトス……」
「ーー……」
試合開始早々放たれた1年コンビの変人速攻に、初見の面々は思い思いの反応を見せる。外から見ていたコーチはよりソレをしっかり見ることができたことにより、コート内で感じた面子よりも困惑を深く感じでいた。
そのあまりの衝撃に、ニヨニヨとした表情を浮かべながらコーチの様子を伺っている監督には一切気付いていないようだ。
しかし、そんな状況でもエースの顔は優れない。まだ試合に集中しきれていないようだ。
「……早く見せて下さいよ、烏野のエース」
俺だって望んでいる、相手チームで一人佇んでいる男の復活を。