トスを呼ぶのが怖くなった
約1か月前、県大会での出来事だった。
烏野高校の対戦相手は、高い身長と組織的なブロックにより強固な守備力を持つ伊達工。そんな相手に序盤はシーソーゲームの接戦を繰り広げていたが、点を重ねる毎に自分のスパイクがブロックにかかるようになる。
もう何本ブロックされたか分からない。何度打っても弾き返され、その度に西谷にカバーしてもらう。それでも、あいつらは俺に文句一つ言うことなくボールを集めてくれた。
しかし、先に俺の心が折れてしまったのだ。
伊達工のマッチポイント、最後のトスを呼ぶことなく、試合は終わった。
「クソッ!……ブロックフォロー、全然できなかった……」
「ーー……!?」
試合を終え、烏野の体育館に戻った後、俺はどんな罵倒も甘んじて受け入れる覚悟をしていた。それなのに、第一声は自分への戒めの言葉だった。
「なんで俺を責めない?! 俺のせいで負けたんだろうが! お前がいくら拾ったって、スパイク決まんなきゃ意味無いんだよ!!」
「旭!!」
「……意味無いってなんですか」
思わず口から出た言葉は、もう飲み込むことは出来ない。
「じゃあなんで最後トス呼ばなかったんですか、打てる体制でしたよね」
「……俺に上げたってどうせ決めらんねーよ」
「打ってみなきゃ分かんねぇだろうが!! 次は決まるかもしれないじゃねーか!!」
バキィッ!
西谷に詰められ後ずさる際に何かを踏み抜くも、目の前にいる男の剣幕に口を噤む。
「俺はリベロだ! 守備の要でチームの要だ!!……けど、俺に点は稼げない……。……俺は攻撃が出来ない、でもどんなにスパイクが決まなくたって責めるつもりなんか微塵もねぇ」
「だけど、勝手に諦めんのは許さねぇよ」
真正面からその言葉をぶつけられ、俺は何も言い返すことができなかった。当たり前だ、なぜなら西谷の言っていることは一言一句間違っていないのだから。
そして俺は、西谷から逃げた。
数日後、部活に顔を出さなかった俺に西谷は会いに来た。そんな西谷に向かって、俺の口から出てくるのは思ってもいない言葉ばかり。ヒートアップしたタイミングで運悪く教頭に出くわし、一定期間の自宅謹慎と部活参加禁止を言い渡されたのは後から知ったことだ。
『あんたはまたスパイク決めたいと思わないのかよ!!』
去り際に聞いたそのセリフは、ずっと耳に残っていた。
「ナイス日向!」
「日向次サーブ」
俺がぼーっとしていても試合は進んでいく、うじうじしている時間なんて無い。俺に声を掛けてくれた1年のプレーを見てようやく決心が着いたーーいや、思い出した。
「…………思うよ」
「?」
「何回ブロックにぶつかっても、もう1回打ちたいと思うよ」
「……それなら良いです、それが聞ければ十分です」
「日向ナイッサー!」
カッ
「スマン! カバー頼む!」
翔陽の打ったサーブは、ネットに当たり軌道を変え、レシーブを大きく乱す。
「オーライ! そこのロン毛の兄ちゃん、ラスト頼む!」
高い二段トスがレフト側へと上がり、九段のアサヒさんが助走に入る。普段とは違った緊張感が互いのコートに充満する。
「止めんぞ!」
「命令しないでくんない?」
「言われなくても手は抜かねぇよ!」
ドンッ! ドガガッ!
長身が躍動する。しかし未だ迷いがあるのか、そこまでの迫力は無い。放たれたスパイクは俺と月島の手に当たり、床に向かって直角に落ちる。
(重?! そんな雰囲気無かったろ?!)
普段なら確実にブロックポイントになっていたであろう完璧なドシャット、それでも俺は忘れていなかった。
相手チームには、あの夕さんが居るということを。
トンッ
「うぉぉ! 上がった!?」
「ナイスフォロー!!」
ボールと床の間に手のひらを滑り込ませ、すんでのところでボールは息を吹き返した。
「もう1回! トスを呼んでくれ、エース!!!」
ブロックの勢いを殺さず、そのままレシーブされたことによりボールは高く上がる。
菅さんの性格なら恐らく迷うだろう、今のアサヒさんにトスを上げていいのか、1度ライトに振った方がいいのか。そんなこと考える必要は無いというのに。
「もう一回!! 決まるまで!!」
「ドSだねぇ〜王様」
「あ゛?!」
「お前ら喧嘩すんな、来んぞ」
「嶋田さ」
「菅ァーーーッ!!!!」
恐らくバックアタックを上げようとしていたであろう菅さんの選択肢は今決定した。
エースが呼んでいる。
それ以外に必要なものなどない。
「旭!!」
フワッ
ネットから少し離れた、高めのオープントス。入部してから日が浅い俺でも、このトスに込められた血のにじむような努力と信頼、そんなものが感じられた気がした。
「君たち向こうのチームに肩入れしてんの?悪いけどまた止めるよ?」
「当然だ、手なんか抜いたらなんの意味もねぇよ」
「同感」
グワッ
先程とはまるで違う、自信に満ち溢れた表情をしている。俺はそんな気迫に押されぬよう必死にブロックの手を残した。
それでも感じてしまったのだ、これは決まるやつだ、と。
ガガッ!!!
力強く叩きつけられたボールは影山と月島のブロックを弾き飛ばし、ほぼ勢いを殺さずコートの床へと着弾した。
「……やっぱやべぇな、エースってのは」
仲間の期待やプレッシャーを一身に背負い、その一球一球に全てを込める。エースという存在はかくも素晴らしい。
「おい飛雄」
「あ?」
「翔陽の後は、俺だかんな」
「……おう」
こんな面白いメンバーが居る烏野に来ることが出来て、俺は本当にラッキーだな。
「ナイッサー!」
「田中さん!」
「! わりぃ、カバー!」
キュッ
フッ ドパッ!!
「「?!」」
少し乱れたサーブレシーブでも、影山にとっては関係ない。高ささえあれば何処にでもトスを持っていく。アタックライン付近からの超高速クイック、これを初めて見る先輩や相手チーム、そしてコーチは何が起こったのか分からないようだった。
「ウォイ!? 今なんでそこに跳んでたちんちくりん!!」
「?! ど、どこにいてもトスが来るから……です」
「なんなんだお前ら、変人か?!」
「「変人?」」
「なんで」
「知るかよ」
「お前ら常識ってもんが無いもんな」
どこに跳んでもトスが来ることを不思議に思わない翔陽に、これくらい上げて当然と考えている飛雄。コーチの困惑はこの二人には一切伝わっていないようだった。
「チャンスボール!」
「! 翔陽、前!」
「くっ」
相手がチャンスボールで返してくる際、ネットの白帯に当たり前へとボールが落ちる。何とか反応した翔陽だったが、ボールはエンドライン近くまで飛んでいってしまう。
「田中さん!」
「風見頼んだ!」
ボッ!
田中さんからの二段トス、少し短いものの高さはある。このまま無理やり打ち込めば決まるかもしれないが、せっかく来たチャンスを無駄にする訳には行かない。
バンッ!
相手のブロックにぶち当て、リバウンドを貰う。
「風見!」
高く上がったボールをワンタッチ目で飛雄がセットアップ、青城戦で見せたツーアタックだ。
「オラァ!!」
ドガガッ!!
ノーブロックで叩きつけられたスパイクは、コートの空白へと吸い込まれるように突き刺さる。
「何だ今の狙ってやったのか?!」
「ちょっと飛雄と練習してたんですよね」
「おいおいマジかよ……!!」
その後も一進一退の攻防が続く。「圧倒的天才」と「積み上げてきた信頼」という対称的な2人のセッター、その両方が実力を遺憾無く発揮し、完成度の高いゲームを作り上げていた。
1セット目を町内会チームが取り、2セット目が始まった直後。事件は起きた。
「日向?!」
「おい翔陽!? ボサっとすんな!!」
「えっ」
バガァァァン!!
「?! ばっ……」
「うわぁぁあ!!!」
「ぎゃぁぁぁ!!」
日向!!
エース旭さんのスパイクをモロに顔面で受け止めた翔陽。あまりの衝撃にこいつ死んだのではと思ったのだが、うめき声が聞こえて来たことで生存確認はできた。
「大丈夫か?!」
「あっ生きてる」
「ごめんなァァァ」
「いやどう考えてもボケッとしてたこいつが悪いでしょ」
「それに関しては同感だ」
「おいコラ、なに試合中にボケェーっとしてんだ」
「あ、うー、あー……」
「……俺は知ってるぞ」
「?!」
「エースはかっこいいけど自分の1番の武器が囮なんて地味でカッコ悪い、自分も東峰さんみたいにタッパとパワーがあればエースに慣れるのに」
「そっ、そんなこと思ってない! くも、無い……けど」
飛雄の容赦ない口撃に、翔陽の言葉尻はどんどんと下がっていく。
「……エースがいるって分かってから、興味とか憧れの他に、
〝嫉妬〟してたろ。余計なこと考えてんじゃねぇよ」
「……羨ましくて、何が悪いんだ……」
「あ?」
「もともとでっかいお前になんか絶対わかんないんだよ!!」
翔陽は、自分の背が小さい事を悔やむことは思いのほか少ない。それでも、後ろ向きな気持ちが全く無いなんてことは無いのだ。
飛雄によって、改めてその気持ちが浮き彫りになる。
「おい」
「こらーバレー部、そろそろ終了の時間だぞーそろそろ片付け」
「すみません、この試合が終わるまで……」
「でも時間が」
「僕が責任もって閉めますので!! 終わったらちゃんと見回りもしておきますので!!」
「じゃぁ……」
下校時間が近いのに未だ明かりが消えない体育館に見回りの先生がやってきた。それをなんとか監督が丸め込み、少しの猶予を貰うことが出来たようだ。
「先生すみません、ありがとうございます」
「タケちゃんかっけぇ!」
「よし! じゃあ続き始めよう!」
澤村さんの号令で全員がコートへと戻っていく。先生の乱入により飛雄と翔陽のいざこざは収まらず、若干のしこりを残したまま再開することとなった。
会話の行間を開けるか開けないかで迷ってますがどっちの方が良さげですかね。セリフが短いとごちゃっとして誰が喋ってるのか見づらくなりそうな予感はしています。試行錯誤しながらちょうどいい感じにやりたいと思います。