俺、風見颯はバレーを愛している。
親の海外転勤に付き添い、幼い頃からアメリカで生活をしていた。小学生二年の頃に引っ越したが、最初は言葉の壁に悩む事になる。
知らない言語を話し、会話に入ることの出来ない俺は簡単に孤立した。必死に相手の言っていることを聞き取り、同級生の顔色を伺いながら過ごす。精神をすり減らし、学校に行くことも嫌いになった。
そんな俺を変えてくれたのがバレーボールだった。
ボールを持ってはいけない、地面に落としてもいけない、コンマ数秒という世界の中で戦況が目まぐるしく変わる。
良いプレーをすれば味方から褒められ、ミスをしたらお互いに励まし合う。言葉の壁など、そこには無かった。
そんなバレーボールに、俺は惹かれた。
ーーだが、ある日それは起こった。
「おい、颯?! 大丈夫か?!」
「うっ……ぐぅ……!!」
「おい、誰か! 早く担架持ってこい!」
中学一年の冬、東京での出来事だった。
帰国後、アメリカでプレーしていた経験を買われバレーの強豪中学に入学した。入部時からスタメンとして起用され、夏の大会でもフル出場し、見事チームの全国優勝に貢献した。安定したパフォーマンスを出せていた俺は、中学生ということもあり調子の浮き沈みの激しい他の選手より起用される場面が圧倒的に多かった。
来年には再度親が転勤するらしく、二年の夏がみんなとバレーをする事が出来る最後の大会になるだろう。残り少ない時間を無駄にしないため、自主練も含めかなりの時間をバレーボールに費やした。
自らも知らず知らずの内に疲労は蓄積されていく。
そんな中、他クラブとの練習試合中。乱れたトスに不安定な体勢でスパイクを打ち片足で着地した俺は、センターラインを超えてきた相手選手の足を踏んでしまいーーー
膝の関節がズレた。
今まで経験してこなかった激痛に膝から崩れ落ち、急いで医務室へと運ばれた。
前十字靭帯損傷
病院での検査の結果、そう告げられた。
不幸中の幸いか、軽度のものではあったため手術をすればまた選手として復活することは出来るそうだ。それでも、リハビリには相応の時間を要する。
来年の大会には間に合わないだろう。
「颯……」
「監督、今後の事……親と話してきます」
「……颯の意思を尊重するよ」
「ありがとうございます」
考えはすぐには纏まらない。
病院に迎えに来てくれた母は、俺が何かを考えている様子を見て、静かに迎えてくれた。
その日の夜、俺、親父と母さんの三人での家族会議。
「膝の話は母さんから聞いたよ。それで、颯はどうしたい?」
「……可能であれば、手術を受けさせて欲しい」
「それは決定事項だよ。何のために金を稼いでると思ってるんだ、子供のために決まってるだろう。俺が聞きたいのはそんな事じゃない」
「……ありがとう。……俺、バレーボール続けたい」
「……」
「もう今のメンバーとは大会には出られないけど、ここで諦めたくないんだ」
親父は黙って頷いた。
手術を受け、リハビリを繰り返す日々。俺が歩けるようになった時期を見計らったように、引越しの日はすぐにやってきた。
荷物を纏め終え車に乗り込もうとした時、何故か家の前に二人の人影が立っている。
別れが辛くなるのは分かっていたので、監督にしか引越しの日を伝えていなかったはずなのに。引退して地元の高校に入学する予定の三年の先輩、同じチームでセッターをやっていた二年の先輩がそこに立っていた。
「おい、颯。何黙って行こうとしてんだよ」
「……ちょっと、クロ。いきなり喧嘩腰はダメだよ」
引越しの日を黙っていた事に対して大変ご立腹な様子。元々の目つきの悪さも相まって、まるで不良のような雰囲気を醸し出している。
「見送りくらい……させろよな」
目をうるませながら思いを伝える先輩。それを見て思わず目頭が熱くなる。こうなることが嫌だから伝えてなかったんだよ、という気持ちが湧いたが仕方がない。
彼らには、改めて自分の決意を伝えておこう。
「俺、バレー続けますから」
「っ!」
「今度会う時は、宮城と東京の代表同士としてです」
「颯……」
「お二人とも、首を洗って待っていて下さい」
「……ククっ、本当にお前は生意気な一年だなぁ!」
「僕らも、レベル上げて待ってるよ」
「っ、はい!」
三人で拳を突き合わせ、再会を誓う。
それぞれ学年は違えども、心は同じだ。
最高の
ーーーー
と言うのが、俺が宮城に引っ越してきた理由だ。
「なぁなぁ!」
あれからリハビリも順調に進み、中学三年の春。
「なぁってば!」
高校は自分の実力を試すため、あえて強豪校の白鳥沢は選ばず、烏野高校を受験することに決めた。
「おい、颯! 聞こえてんだろ!」
どうせなら県内一位の強者をぶっ飛ばした上で、あの人たちに会いに行きたい。
ーー牛島若利、あのスパイカーを超えて。
「おーーーい!!!」
「うるっせぇな翔陽!! 聞こえとるわ!!」
「うおぉっ?! お前が返事しないのが悪いんだろ?!」
「これからのこと考えてたんだよ、邪魔すんな!」
「理不尽過ぎるだろお前?!」
チビの癖によく跳ぶコイツは、俺がバレーをやっていたと知ってからこうやって毎日付き纏うようになった。
「今日こそ入部して貰うぞ、颯!」
もう恒例のようになってきたこの誘い文句。会ってから一日一回は言われているのではないだろうか。その度に断っているのだが諦める気配は無い。二週間を過ぎた辺りで仕方なく折れた俺は、今の状態で入部は無理だが代わりに練習は付き合うという条件の元承諾したのだ。
苦節一年、雨の日も風の日も、アイツは諦めることなく俺に入部をせがんできた。それだけ懇願されて無視できるほど、俺の心は強くなかったようだ。
それに、楽しそうにバレーをするアイツを見ていると、こっちも我慢出来なくなってしまう。
これまでは大事をとってリハビリに専念してきたが、医者から膝の完治を通告されてからもう一ヶ月が経った。
……まぁ、そろそろ高校バレーに向けて試合に出ておくのも悪くないかもな。
「……しゃーねぇな、最後の夏の大会くらいは出てやるよ」
「また、駄目かぁ……。でも俺は諦めん、次こそは……って」
「えぇぇぇぇぇえ?!?!」
「何だよ、やっぱやめるか?」
「いやいや、やるけども?! 俺の想いがついに届いたか?!」
「単純に怪我が完治したからだ」
「あっそうなのか! おめでとうっ!」
「おう」
長いことかかったリハビリも終わった。
ーーようやくバレーボールが出来る。
「それじゃあ颯、早速体育館に行こうぜ!」
「今日は女バレ休みらしいからネット使えそうだな」
「マジか! ラッキー!」
教師に怒られることも厭わず、全力で廊下を駆けていく。
「翔陽!」
「ん? なんだ?」
「ありがとな」
「……颯が感謝するとか、なんか気持ちわり」
「お前以外には常日頃から感謝しとるわ」
「んだとぉ?!」
「ほら行くぞー」
「あっ、コラ待て颯!! さっきのはどういう意味だコノヤロー!!!」
俺はバレーボールを愛している。
どんな事があろうともこれは変わらない。自分を変えてくれた、友達との絆を繋いでくれた。
まだ知らぬ強者との出会いが、俺を待っている。