キュッ! パンッ
「にしてもお前ほんとよく跳ぶよな」
「何だよ急に。それより、もう膝治ったんだろ? 颯のスパイク見せてくれよ!」
「ばーか、今日いきなり出来るわけねぇだろ。徐々に慣らしてかないと中一の頃の二の舞になるわ」
「でも俺にトスばっか上げててつまんなくないのか?」
「これも練習だよ。スパイカーだからって攻撃するだけが仕事じゃねぇんだ。ブロックも、トスも、レシーブも全部やる。俺はバレーボールの全部が好きだからな」
「うへぇ。俺はスパイクが一番楽しい!」
「お前はまずそのお粗末なレシーブをどうにかしろ」
スパイクが打ちたいという翔陽の希望に合わせて、俺はいつもトスを上げていた。
俺は、バレーの全部がやりたい。
バレーというスポーツはポジション事に別れていて、それぞれの役割が存在する。それでも、攻撃面の行動が制限されるリベロ以外は、基本的には自由だ。
後衛に下がったとしてもアタックラインを踏み越えなければスパイクを打てる。スパイカーにトスを供給するセッターだったとしても、攻撃をしてはいけないというルールは無い。
その逆も然り、スパイカーがトスを上げてはいけないなんてこともない。九×九メートルのコート内に、暇を持て余す人間は存在しないのだ。
「ほら翔陽、対人すんぞ」
「おー! やるやる!」
隣のコートではバスケ部が走り回っている。それとは対照的に、俺らは二人で静かにパスを続けるのだった。
ーーーー
「エアーサロンパスのにおいっ……!」
「やっぱり、俺の居場所は体育館だなって実感するわ」
「翔ちゃんは分かるけど、はやっちまでそんな感じになんのね」
「お上りさんかよ」
「やっと出られた大会なんだ……! 出るからには……勝つぞ……!」
「……タダで負けるつもりはねぇよ」
「え゛っ?! この即席素人チームで勝つつもりなの……?!」
今年入ってきた一年と他の部活から引っ張ってきた友人も含め、ギリギリ六人という急増チームで挑むこの大会。
周りの誰もが勝てるとは思っていなかっただろうが、俺と翔陽だけは違った。
どんな試合だろうが、最初から負けるつもりで挑むことは無い。
ガンガン!北一! ガンガン!北一!
翔陽が他の部員たちと話しながら緊張を解していると、アリーナ席から相手校の応援が聞こえてくる。
「……ほう、あいつが」
俺らより少し遅れて入場してくる北川第一中、タッパも俺と同じくらいか。強豪校ならではの自信に満ちた入場だ。
その中でも一際目を引くのが、コート上の王様と呼ばれる影山飛雄だ。
抜群のトスワークを筆頭に、全ての能力が高水準で保たれている選手。だが、本人はコート上の王様という名前が気に入っていないらしい。それを発した奴を見つけるや否や射殺すような目で睨みつけている。
一体どんなプレーをするのだろうかと目で追っていると、隣にいたはずの翔陽がいつの間にか消えていた。
「おい、イズミン! 翔陽どこ行った」
「あ、翔ちゃんならう○こしに便所行ったよ」
「……あいつ緊張すると腹下す癖いつ治るんだよ。悪ぃけどイズミン、翔陽の様子見てきてくれねぇか?」
「世話が焼けるんだから……」
溜息を吐きながら北一に視線を戻すと、そこに影山の姿は無かった。
(まぁ、試合が始まれば嫌でも分かるか)
そう自分を無理やり納得させた俺は、もう一人の助っ人であるコージーに頼んでアップをする。
アップが終わり、公式練習が始まったところでようやく翔陽が帰ってきた。
「翔陽、便所にどんだけ時間かかってんだよ」
「スマン! ちょっとセンセンフコクしてきた」
「……お前そんな難しい言葉知ってたんだな」
「あまりにも失礼じゃないですか?!」
タイミング遅せぇよ!!
そんな俺らの会話を遮るのは件の奴だった。
「速攻はもっと早く入ってこいっつってんだろ!!」
「……悪い」
試合前のアップであんな言い方をしたら士気がダダ下がりになるだろうに、何をやっているんだアイツは。
「恐ぇー……上手くてもアイツと一緒のチームはヤダな……」
隣のイズミンもビビりながらそう評した。ほーら監督に呼び出されて注意されてんじゃねぇか。
(……コート上の王様、ね)
わずか数分の出来事だったが、アイツがそう呼ばれている、そしてそれを嫌っている意味が分かった気がした。
ピーーーッ! 整列ッ!
おねがいしあーーっス!!
北川第一 対 雪ヶ丘
試合開始
「い゛っ!」
相手チームのサーブはそこまで勢いは無いが、初心者にとっては難しい事は確かだ。いきなり狙われたコージーが辛うじてレシーブをする。
それでもコートの中央にボールが上がる。二段トスなど死ぬほど練習した、高さがあればアタックライン付近なら全部ナイスレシーブだ。
「ブロック三枚! 翔陽一発カマせ!」
フワッ
キュッキュッ グンッ
その時、影山飛雄は笑っていた。
先程身長について言及した際に言われた《俺はとべる》という台詞。それがハッタリじゃないと分かってワクワクした。
タダのチビじゃない。
(クロス……いやこの体勢は)
「ストレート側締めるぞっ」
グッ ガ、ガンッ!!
正面のチビから放たれたスパイクは、俺の右手に当たり相手コートへと直角に帰って行った。
「ドンマイ翔陽、ありゃ相手が悪ぃ」
「ーー……」
「……翔陽?」
「ご、ゴメン! 次は決めるから!」
(技術の無い奴は入るスペースの多いクロスに偏りがちだが、コイツはいきなりストレート狙ってきやがった)
それに、俺が締めていたのはストレートギリギリ。つまりそこまでセッターがしっかりとトスを伸ばしていたのだ。一番の跳躍力にも驚かされたが、二番の基礎力の高さが異常だ。
(対面で王様抜いたら盛り上がると思ったけど、流石に一発目はきちぃか……)
今までまともなトスを打って来なかった翔陽はストレートの打ち方を知らなかった。だから俺がそれを教えた時に目をキラキラとさせて練習していた光景が今でも思い出せる。
中学レベルのブロックなら、わかっていてもストレートが甘くなりがちだ。いきなりストレート打ちを見せておけば軽い牽制にはなると思ったのだが、今回は裏目に出てしまった。
他のメンバーがレシーブをして、俺が翔陽の元へ運びスパイクを打たせるという作戦。
それを見て相手はトスが上げられるのは俺だけであると気付いたらしい。
「ちっ、オーライ」
前に落とすサーブでセッターを狙う。ネット際を狙ったサーブは威力を殺さなければ打てないため分かってしまえば取りやすくはあるのだが、いかんせん今のチームにとってはそれだけで辛いものがある。
「イズミン! ライトッ!」
「はやっち!!」
ファーストタッチを終えた俺は、素早くアタックラインまで下がるとトスを要求する。相手のセッターのような背面トスである必要は無い。
ーー今はただ、高く上げてくれれば良い。
ボッ
不格好な音を出しながらも、綺麗な放物線を描いてコートの左側にボールが飛ぶ。
若干短いが、問題は無い。
キュッキュッ ダンッ!
斜めに入る助走から、跳躍と同時に大きく体を開く。相手ブロッカーはクロス側へと完全に意識が向いていた。だが一人だけ、俺の意図に気付いた奴が居た。
「っ?! ライト! ストレート締めろ!」
(だが、遅せぇよ)
ズドンッ!!
向いていた方向と逆に肩を入れ、思いっきり振り下ろす。三枚ブロックだと言うのにガラ空きになっていたストレート側を綺麗に抜いたスパイクは相手コートに突き刺さり、ワンバンした後アリーナへと飛び込んで行った。
なんだアイツ?!
おい見たかよアレ!
雪ヶ丘中? 知らねぇよ誰だよ?!
「すっげぇ! 颯、あんなスパイク打てたのかよ!」
「今のは相手が引っかかってくれたからな、マグレだよ」
「恐ッ、うちのチームバケモン二人も居るじゃん」
盛り上がるアリーナと自チーム、それとは対照的に相手チームは唖然としていた。
(まぁそう何本も打たせてくれねぇだろうな)
ラッキーパンチは何度も当たらない。俺の予想通り、それを機にサーブで狙われる事は無くなった。
流石に強豪中学なだけあって修正は早いようだ。レシーブが乱れチャンスボールを返す時も、俺の方には返さず他のやつを狙うようになった。
「翔陽!」
グイッ ガガンッ!
「くっ……!」
まだ経験も浅く、今までブロッカーと対峙することも無かった翔陽にとって、強豪の壁は高く、厚かった。
25-10
1セット目、北川第一が先取
23-8
そして続く2セット目も、かなりの劣勢を強いられていた。
あれから俺の攻撃の機会は無いし、翔陽のスパイクはことごとくブロックの壁に阻まれる。持ち前のスタミナで跳び続けてはいるが、あまりにも実力が違い過ぎた。
「うぐっ!」
「翔陽! カバー!」
ダッダッダッ、ズサーーーッ! ガンッ!
「くっ、ドンマイ!」
24-8
翔陽が拾うと信じて全力で駆け寄ったが、ほんの少し届かず下手クソなフライングを経て壁に激突して行った。
「あのっ……レシーブミス…すみません」
「大丈夫、おめぇは良くやってるよ」
「俺の方こそゴメン! 次は取る!」
「あっ……あのっ!」
気まずそうに一年が俺らに問いかける。
「け、怪我とかしちゃったらアレだし……正直、勝てる相手でも無いのに、なんでそこまで……」
「えっ?! えーっと、えぇ〜? ちょっとよく分かんけど」
「はァ……あのなぁ」
「でも……」
「「まだ負けてないよ(ねぇぞ)?」」
「ーーっ!」
どんなにチームが劣勢でも、どんなに難しいボールでも、まだボールにコートが落ちていない。ボールを追う理由などそれだけで十分だ。
「ほらほらサーブ来んぞ、構えろお前ら」
「っ! はいっ!」
崖っぷちの点差、そんなの知っている。まだ、負けていない。最後の最後まで食らいつく。
サーブレシーブは翔陽、低く弾かれたボールは俺には届かない場所へ飛ぶ。
「コージー!」
「コンニャロッ!」
サッカー部の足技が光り、何とかネット付近にボールが上がった。
「翔ちゃん!」
「翔陽! ブロック二枚!」
ドガガッ!
「ワンタッチ!」
「カバー!」
ブロックの先に当たったスパイクは、エンドラインを超えて飛んでいく。
拾われるか微妙なボールだったが、相手の後衛が追うのを諦めたためそれはあっさりと地に落ちた。
24-9
「うぉぉぉ!!! 翔ちゃん、ナイス!!!」
「決まった! 決まったぞ!」
「あぁ、ナイスキー! 翔陽」
あいつに! 点を! 獲られたんだよ!!
相手チームは何やら揉めているらしい。大方最後のボールを本気で追わなかったことについてだろう。
試合中にも関わらずブチ切れている。
(……なるほどね)
自チームのサーブ、後衛に下がったコージーがサーブを打ち、相手はそれを難なくレシーブ。
ドカッ! ボッ!
「ちぃっ! イズミン、任せた!」
不揃いなブロックを抜けてきたスパイクを何とかレシーブするも、俺の体勢は崩れてしまった。これではトスはもちろん、攻撃に参加する事は出来ない。
後はアイツらに任せるしかない。
「分かった! 翔ちゃん! 頼んーー」
崖っぷちの一点、イズミンが上げたトスは手から滑り、翔陽の待っていたレフトとは反対の方向へ飛ぶ。
「カバーー! ……っ!」
俺は間に合わない、何とか繋いでくれと思った矢先。視界の端に捉えたオレンジは、一瞬でコートを横切った。
横幅めいっぱいに移動し、結果的にブロードのような攻撃になったため、相手のブロッカーは追いついていない。
影山が辛うじて反応し、他の選手を追い抜いてブロックの手を出すも、届かない。
ゴッ!!! ドシッ! ガシャーーーン!!
ライン際にボールが落ち、無理に打ちに行った翔陽はパイプ椅子に突っ込んで行った。
「翔ちゃん?! 」
(受身は取ってたし、怪我は無いだろ)
そう判断した俺は、視線を審判へと移す。翔陽も直ぐに起き上がり審判を見る。
ーーアウト
無情にも、翔陽決死のスパイクはギリギリラインを割っていた。
25-9
北川第一 勝利
呆然とする翔陽だったが、今は声をかけるべきでは無いな。人生初の公式戦、やっとの思いでたどり着いた部としての試合だったが、現実は厳しいものだ。
それでも最後まで戦い抜いた。結果はどうであれ、これは確実に翔陽にとっての糧となる。まだ先は長いんだ。
ーーしかし
「お前は三年間、何をやってたんだ?!」
「ーーっ!!」
「…………はァ?」
ネットを挟んで、そんな事を言い出す影山。
分かっている。こちらの事情など相手は知らない。どんな経緯でこの運動センスを持て余しているのかなど、想像もしていないだろう。
そう頭では理解していても、俺は抑えられなかった。
「おい、テメェ……今なんつった」
「お前もだ! それだけの実力を持ちながら、何故お前はそんな場所に居る?!」
「……」
奴の矛先は俺にも向けられていたようで、もう怒りを通り越して呆れてしまった。冷静じゃない今のコイツと話しても、何の意味も無いだろう。
ただこれだけは言わせてもらう。
「……お前、つまんねぇ奴だな」
「っ?!」
総試合時間、僅か31分。獲得セット数、0。
日向翔陽にとって、中学 最初で最後の公式戦が終わった。
「しょうがないって、相手全国候補だったらしいじゃん。運が悪かったんだよ。……あっ」
無言の空気を何とか取り持とうと、コージーが必死に翔陽へ声をかけている。すると、視線の先にちょうど北川第一の選手たちが歩いていた。
「相手が実力がどうであれ、結果は勝つか負けるかのどっちかだ」
「負けたら……もうコートには立てない」
「?! 翔ちゃん?!」
人混みの中から影山を見つけ、翔陽は一目散に駆け寄った。
「お前が! コートに君臨する〝王様〟なら!!」
「そいつを倒して……おれが一番長くコートに立ってやる!!」
「コートに残るのは強いやつだけだ……勝ち残りたかったら、強くなってみろよ」
「あとお前!!」
「んぁ? 俺か?」
「俺の事をつまらないって言ったこと、後悔させてやる」
あいつなりに俺の言葉を考えたらしい。先程のような余裕の無さは見えなかった。
「……まぁ、せいぜい楽しみにしとくわ」
それを聞いて満足したのか、影山は踵を返して帰って行った。
性格に難アリだが、実力は確かだ。恐らく奴は青葉城西か白鳥沢辺りに行くだろう。
その時は俺が直々にぶっ飛ばしてやる。
ーーーー
時は流れ、高校一年の春。
近所に住んでいた翔陽とチャリを走らせ、一山超えて30分。
宮城県立烏野高等学校に入学した。
「来たぞ! 烏野!」
「翔陽、あんまはしゃぐなって」
「これがはしゃがずに居られるか! こっからいっぱい練習して、あの王様に絶対リベンジしてやる!!」
「……まぁそれは同感だな」
ーーーと、思っていたのに、
「「なんで居る?!」」
「っ?!」
烏野高校 第二体育館 部活動開始25分前
直前までリベンジを誓っていた相手である、影山飛雄その人がそこに立っていた。