「おーい翔陽」
「……っ!」
翌日の早朝、こっそり一人で登校しようとしていた日向をを見つけ、風見が声をかける。
「黙って行くなんて水くせぇじゃんかよ」
「……颯は土曜のゲーム出ないんだろ?」
「俺もお前らと一緒のチームで出ることになったんだよ」
「マジか!」
日向は影山とのコンビに不安を感じていたため、風見の参加というイベントは彼にとってとても嬉しいものであった。
「影山がお前にトス上げなかったら、俺が代わりに上げてやろうか?」
「いや、それは大丈夫! ぜってぇアイツにトス上げさせてやるから、颯は手出しすんな!」
「……分かってんじゃねぇか」
「早く行くぞ! 時間無くなるって!」
そう、土曜のゲームは勝つだけではダメなのだ。あくまで個人の実力で周りを従えさせ、試合を勝ってきた影山にとって今回の条件はかなり厳しいものだろう。
突っぱねる影山と、それを振り向かせようとしている日向。日向がこの状況を打破しない限り、まともな試合にはならない。
「……まぁ、何とかなんべ」
悩んでいても仕方がない、あとは当人たちの問題だ。思考を早朝の澄んだ空気で洗い流し、高校に向けてチャリを走らせる。
「ふぁ〜…………眠み……」
想定外の早朝連を終え授業に出る。いつもよりだいぶ早く起きたため、授業中はひたすらに睡魔と戦っていた。何とか居眠りすること無くやり過ごすことが出来たものの、体が睡眠時間を欲しているのは確かだ。
「部活までまだ時間あるし、一眠りすっか……うぉ」
ガタッ
「ひィィ!! ごめんなさい!! ごめんなさい!!」
顔を伏せて寝ようとした時に誰かが机に躓いたようで、小さな衝撃と共に濁流のような謝罪が流れてきた。
「いや、気にして無いから、そんな謝らなくてもーー」
「本当にごめんなさい!! 私めとんだ無礼を……!! 今ここで指詰めさせて頂きやす!!」
「おい待て待て! 高校の教室でケジメつける奴がどこに居ンだよ!? てかこんな事で詰めてたら指何本あったって足らねぇだろ!?」
いきなり物騒な事を言い出す同級生に驚き、先程までの眠気は一瞬にして吹き飛んだ。
どうやら同じクラスの女子だったらしい。確か名前は……。
「谷地さんだったよね。そんな謝らなくていいから、いやほんとに」
「うぅ……あぁ……」
できるだけ彼女を怯えさせないように話しかけたつもりだったが、どうやら上手くいかなかったらしい。完全に腰を抜かしてしまったようでその場にうずくまっている。
生まれつきお世辞にも目付きがいいとは言えない俺だが、そこまでされると流石に傷つく。だが、今は落ち込んでいる場合では無い。目付きの悪い男子生徒が、か弱い女子生徒を半泣きにしている。傍から見たらイジメでは済まないだろう。
「怖がらせちまったかな、悪かったよ。別に怒ってるわけじゃないんだ、この目付きは生まれつきだから」
「そっ、そうなんだ」
「それじゃ、そろそろ部活の時間だから。俺行くわ」
「うっ、うん」
ようやく彼女が正気を取り戻した事を確認すると、そそくさとその場を後にする。あそこまで怖がられてしまったらもう今後関わることはあまり無いだろう。
「……また今度謝っとくか」
それでも、高校生活は始まったばかりだ。これから1年間クラスも変わることは無い。出来るだけクラスメイトとは仲良くしておきたいため、今後の対応を考えなくてはならない。
彼の悩みが絶えることはしばらく無さそうだ。
体育館に向かい歩みを進めていると、何やら大きな荷物を持った女子生徒が廊下を歩いていた。見たところ先輩だろうか、バレー部と書かれたダンボールを抱える彼女はだいぶ歩き辛そうだ。
「チワス、先輩バレー部に用ですか?」
「……君は?」
「一年の風見ッス。それ、体育館に持ってくんスよね。俺バレー部なんで手伝いますよ」
「君が風見君か。……そう、じゃあお願いしようかな」
大きなダンボールを受け取ると、先程まで少ししか見えていなかった彼女の顔が顕になる。メガネを掛けたその下には泣きぼくろを持ち、綺麗な黒髪を流している先輩だった。
「私、バレー部マネージャー三年の清水潔子。よろしくね」
「よろしくお願いします。にしても清水先輩、美人さんっスね」
「……田中?」
「田中先輩がどうかしたんすか?」
「……ううん、何でもない。後で嫌でも分かると思うから」
「?」
何故そこで田中先輩の名前が出てくるのだろうか。あまり要領の得ない彼女の返事を聞きながら、体育館に向かって二人で歩き出す。
「澤村から話は聞いてる。バレー上手いんだって?」
「小さい頃からやってましたからね。ただ中学の時膝をやっちゃって、ちょっとその間のブランクはありますけど今は大丈夫ッス」
「そう、期待してる」
「……ウッス」
清水先輩の声から、ただならぬ何かを感じた。
彼女ら三年は、高校でバレーが出来る最後の年。そこにかけている情熱もひとしおだろう。
先輩達の想いを無駄にしないよう、俺も頑張らなくては。
「チワーッス!」
「おー来たか」
「なっ!? がざみ゛ぃ! テメェ、潔子さんと並んで入ってくるとはどういう了見だゴラァ?!」
「ほらね」
「あー……そういう」
体育館に入って早々、ブチ切れた田中先輩に詰められる。
それを何とか宥めつつ辺りを見渡すと、そこには見知らぬ顔が何人か立っていた。
先日会わなかった先輩も居るだろうが、恐らく同期も何人か混じっていそうだ。
「風見、紹介するよ。この二人が今日入部することになった月島と山口だ」
「よろしくお願いしまぁーす」
「よろしく!」
「おう! よろしくな!」
テンション低めで身長が高い方が月島、テンションが高く別に身長も低くは無いほうが山口。よし、覚えた。
「……」
「……何かな?」
ついまじまじと見てしまった俺に、月島は笑顔を貼り付けたまま表情を変えずに答える。
「身長いくつ?」
「……188だよ」
「でっけぇ! 190近いじゃねぇか」
「ツッキーは身長だけじゃ無いんだからな?!」
「山口うるさい」
俺の反応が気に入らなかったのか、山口が反論するもそれを月島が制止する。この二人は友達なのだろう、出会ったばかりにしてはやり取りがスムーズ過ぎる。
「悪い悪い、そういう意味じゃねんだ。俺は風見颯、同期としてこれからよろしく頼むぜ」
「よろしくぅー」
「よろしく!」
「……にしても大事なのかな、この部活」
先輩達に聞こえないよう小声でこちらに話しかける月島。
「何がだ?」
「人数も少ないし、まともな監督は居ないし。なんなら噂の王様ともう一人の一年が喧嘩して締め出されてるらしいじゃん」
「まぁ、あれはアイツらの自業自得だしな」
「……ほんと、面倒臭い。勘弁して欲しいよ」
「そろそろ練習始めるぞ!」
「……アーッス!」
一瞬見せた月島の暗い表情とセリフに少し引っかかったが、今突っかかって行っても仕方がない。澤村先輩の掛け声に返事をすると、ネットを建てるために用具質へと走る俺らだった。