「ホラ王様! そろそろ本気出した方がいいんじゃない?」
澤村先輩に見透かされているような感覚に陥った影山。そんな彼をここぞとばかりに煽る月島。
「何なんだお前! 昨日から突っかかりやがって! 王様のトスってなんだ!!」
「君、影山が何で〝王様〟って呼ばれてるか知らないの?」
そう、巷では影山のプレイスキルの高さに畏怖して付けられたあだ名だと思われている場合が多いが、真相はそうでは無いのだ。実際試合をした際にも感じた違和感は、こっそり見に行った県大会決勝で確信へと変わった。
速さを追い求める影山のトスに対して、チームメイトが遂に着いて行けなくなったのだ。
トスを上げた先に、誰も居ない。ただのコンビミスならそれで良かった。だが、意図的に無視されたそのボールが弾む音は、活気溢れる体育館の中で嫌に鮮明に聞こえたのを覚えている。結局その後影山はベンチに下げられ、試合にも敗北した。
自分の理想とチームメイトの動きの乖離から生まれた自己中心的なプレー。
それが影山飛雄が〝王様〟と呼ばれる由縁だった。
「てめぇ……さっきからうっせぇんだよ」
「田中」
「……」
度重なる煽りに田中先輩が我慢の限界に達し、月島に向かって行った所を澤村先輩が静止する。
「……あぁ、そうだ。トスを上げた先に誰も居ないっつうのは」
これは影山自身の問題であり、こいつが自分で乗り越えなくてはならない問題の一つだ。今のままでは烏野でプレーしたとしても、中学の二の舞になるだけだ。
「心底怖ぇよ」
「えっ、でもそれって中学の話でしょ?」
だからこそ何度でも言おう。
バレーとは、チームスポーツである。
自分一人で乗り越えられない壁は、仲間と共に乗り越える。
「おれにはちゃんとトス上がるから、別に関係ない」
「今はどうやってお前をぶち抜くかだけが問題だ!」
翔陽のあまりに真っ直ぐな言葉に、今まで暗い雰囲気を漂わせていた者全員が呆気に取られ、そして笑みをこぼす。
特に励まそうというつもりはない、ただ事実を思った通り言っただけなのだが、今の影山にはこれ以上無いほどありがたい言葉だっただろう。
「そういうこったな、俺らが勝ってお前がセッターをやる。そんで俺らにトスを上げる。今考えるべきは過去の事じゃねぇよ」
「っ……」
翔陽に心を動かされたという事実にまだ納得はしていないようだが、先程よりかは幾分かマシな顔つきになった。
あともう一押し、何かきっかけがあれば。
「ーーそういう、いかにも〝純粋で真っ直ぐ〟みたいなカンジ、イラッとする」
こちらの空気の変化を感じ取ったのか、もう取り繕わなくなった月島が不機嫌な様を顕にする。
「気合いで身長差は埋まらない、努力で全部なんとでもなると思ったら大間違いだよ」
……どうやら、月島側にも何かあるらしいな。
「オーライッ!!」
相手チームのサーブからゲームが再開する。
セッターへと綺麗に弧を描きサーブレシーブが返る。Aパスということもあり、両サイドどちらでも上げることが出来るだろう。
先程の言葉があったとはいえ、今のところ決定率が高いのは田中先輩だ。影山ならきっとーー
キュッ
「って、翔陽?!」
「影山!!」
クイックよりも早いタイミング。
気付けば翔陽は空中に跳んでいた。
「居るぞ!!!」
「っ!」
ビッ!
「ふぐっ!」
かすっ
僅か0.1秒にも満たない思考時間で、影山が選択したのは翔陽への高速トス。もはや反射で上げたのだろう、矢のように放たれたトスは寸分の狂いも無く翔陽の目の前に上がる。田中先輩へ上げようとしていたトスを、無理やり身体を捻り翔陽へと持って行った。どれだけの練習とセンスがあれば、あれだけの事ができるのだろうか。
そして、ギリギリ指先で触れることの出来たボールは、力無く、だが確実に相手コートへと落ちていた。
「あっぶねぇ……空振るトコだった……」
「お前いきなり何をーー」
「でもちゃんとボール来た!!」
「っ!」
目の前で起きた奇跡に興奮が冷めない。影山のトラウマを、翔陽はたった一球で覆してしまったのだから。
「中学の事なんか知らねぇ! 俺にとってはどんなトスだってありがたぁぁあいトスなんだ!! 俺はどこにだって跳ぶらどんなボールだって打つ!! だから、」
「俺にトス、持ってこい!!」
本当にコイツは、眩しいな。
「おいお前ら、クイック使えんのか?!」
「クイック??」
「今みたいな早い攻撃だよ!!」
「いや、影山はともかく、翔陽はオープントスしか打った事無いですよ」
「でも今やったろ?! それにアイツ、中学ん時素人セッターがミスったトス打ったろ! あれは何だったんだよ!」
「あ、それどうやったか覚えてないです」
「〜っ!」
「まぁ今のところ、コイツは全部感覚派スからね」
今もあの時も、翔陽は考えてスパイクを打っていた訳では無い。ただトスが上がったから、上がると思ったからそこに跳んでいるのだ。持ち前の反射神経と運動能力でそれが出来てしまうのが恐ろしい。
「……合わせたこともないのに、速攻なんてまだ無理だろ」
「?! なんだお前変! そんな弱気なの気持ち悪い変!」
「……うっせーな」
翔陽の手助けがあっても、まだ影山はあと一歩が踏み出せない。
「〝王様〟らしくないんじゃな〜い?」
「今ぶち抜いてやるから待ってろっ!!」
「まぁーた、そんなムキになっちゃってさぁ。なんでもガムシャラにやればいいってモンじゃないデショ」
「人には、向き不向きがあるんだからさ」
「だからって、諦めるのが正しいのか?」
「……何?」
「今翔陽がお前を打ち抜け無かったとしても、それが諦める理由になるのかっつってんだよ」
「……確かに、中学の時も……今も、俺は跳んでも跳んでもブロックに止められてばっかだ……。だけど、〝小さな巨人〟を見て、あんな風になりたいって思っちゃったんだよ」
「だから、不利とか不向きとか関係ない。この身体で戦って、勝って、勝って……」
「もっといっぱいコートに居たい!」
「ーー……!」
「……だから、その方法が無いんデショ。精神論で身長差が埋まんの? リベロになるならハナシは別だけど」
悔しいが、月島の言っていることもまた事実だ。低身長という圧倒的なハンデを抱える翔陽は、そこだけ見れば他の選手より劣っていると言わざるを得ない。
キュッ
「……スパイカーの道を切り開く……」
だが、事実が何だ。
そんなこと、翔陽はずっと前から知っている。
それでも、歩みを止めることは無い。
「その為のセッターだ」
同じくバレーに魅入られた者として、この二人の出会いは、何か運命のようなものを感じる他無かった。
亀更新の極みですがこれからも頑張ります。