「ふぅ〜……一応、ひと段落ついたな……」
初日からの問題がとりあえず一つ片付いた事で、重くのしかかっていた肩の荷がおりた。
今年こそはと意気込んでいた最後の年。どんな一年が入部してくるのかワクワクしていたほんの数週間前には、まさかこんな事になるとは思ってもみなかっただろう。
「スガも田中も、なんか色々やってくれたんだろ?」
「エ゛っ?! いやっ、別になにも?!」
田中の不自然な動きや、スガの様子を見ればなんとなく分かる。見て見ぬふりをしていたが、隠すのが下手だった故直ぐに理解できる。
必要な事だったとはいえ、貴重な一年部員、それもかなりのポテンシャルを持った選手を部活から締め出したことで心労が凄かった。同期と後輩に感謝しつつ、今の幸運を噛み締める他ない。
「風見を含め、一年の調子も軽く見れたし。取り敢えず丸く収まってよかった……ありがとうな」
「……」
ポンッ
「?! なんだ、オイッ?!」
苦労人の肩に添えられる清水と菅の手。何だかんだお互いが支え合って、このチームは成り立っていた。
「おい日向! 休んだか?! 休んだな!? もっかい速攻の練習すんぞ! 感覚残ってるうちに!」
「おおっ!」
「風見! ボール出し頼む!」
「お、いいぜー」
「お前らもう動くのかよ?!」
もう十分過ぎるほど休憩した。セット間に比べればだいぶ長い時間経っている。身体はまだ冷えていないため、このまま動いても問題なさそうだ。
「どうせなら俺にもトス上げてくれよ」
「おう。風見とのコンビも速攻も、早く試合で試してぇな。練習試合とかねぇのかな……」
「確かに、そろそろ練習試合組みたいよな……でもーー」
「組めた!! 組めたよーー!!!」
ドタドタと慌ただしい音を立てて、一人の教師が体育館に入ってくる。
「練習試合!! 相手は県のベスト4、青葉城西高校!!」
「青城?!」
「どうやって組んだんだろ」
「誰?! 先生?!」
「知らねぇ!」
「このタイミングなら多分監督だろ」
皆が口々にそれぞれが思った事を口に出す。だが、こんな序盤から県ベスト4の高校と試合ができる。なんと幸運なことだろうか。
「おっ! 君らが問題の日向君と影山君か!」
「ブフッ」
「「ーー……おす」」
二人揃って問題児扱い、いや現に問題児なのだが、されているのを聞いて思わず吹き出してしまう。まだ入部したてだと言うのにこの印象は終わっている。
「今年からバレー部顧問になった武田一鉄です! バレーの経験は無いけど、技術面以外の所は全力で頑張るからよろしく!」
「「「オス!」」」
「いやぁ、練習試合のお願いに直接行ってたから全然体育館に顔出せなくて……」
「先生、青城なんて強い学校とどうやって!?」
「まさかまた土下座を……?!」
「してないしてない! 土下座得意だけどしてないよ、今回は!」
(また……今回は……)
手を振りながら澤村先輩の言葉を否定する監督。言葉の節々から情けなさを若干感じるも、さっき言った通り本当に全力で頼んできてくれたのだろう。バレー経験が無いとはいえ、ここまで精力的にサポートしてくれる監督が居るということは本当にありがたい。
「ただ……条件が二つあってね……」
「条件?」
「影山君をセッターとしてフルで出すこと、そして風見君もボジション不問で良いからフルで出すこと。この二つです」
「……な!」
影山はともかく、まさか俺にまで声がかかるとは。俺としては全く心当たりが無いのだが、何かしただろうか。
「なんスかそれら烏野自体には興味無いけどとりあえず影山と風見だけは警戒しときたいってことですか? なんスか舐めてんスか? ペロペロですか??」
「い、いや! そういう嫌な感じじゃなくてね、えーっと……」
「良いじゃないか、こんなチャンス滅多に無いだろ」
「良いんスか、スガさん?! 烏野の正セッターはスガさんじゃないスか!」
「俺は、日向と影山の攻撃が、4強相手にどのくらい通用するのか見てみたい」
「っ……!」
「……先生、詳細お願いします」
「……うん。えーっと、日程は急なんだけど日程は来週の火曜、短い時間だから一試合だけ、それからーー」
監督の話を聞きながら記憶の隅をつつく。
青城と言えば、北一の卒業生が纏まって入ると聞く。どこかでそんな名前を聞いた事があるような気がするのだが、あまり思い出せない。いや、何か面倒な事があったから記憶の奥底に封印しているのかもしれない。
「あっそうだ、風見君に先方から伝言がありました」
試合の詳細について話し終えると、監督は俺に向き直って声をかける。先程の答え合わせになるのだろうか。
「はやちゃん久しぶり、怪我は治ったかい。東京での借りは返させてもらうからよろしく。だそうです」
「ゲッ……」
この呼び方と怪我の事を知っているという事は、あの人か……。そういえば確かにあの人も北一だったっけな。
「なんだ風見、知り合いでも居るのか? ……それに怪我って」
「あーー……。俺宮城に来る前は東京の中学に居たんスよ。そこで北一出身の面倒な人に目をつけられちゃって……。膝の怪我してからこっちに引っ越してきたんですけど、今の今まで完全に忘れてました」
「そうなのか……って、膝怪我してたのかよお前?!」
「今は完治してリハビリも終わってるんで心配要らないっスよ」
「なら良いけどよ……」
きっと田中先輩は本気で俺の事を心配してくれているのだろう、ガラは悪くともやっぱり良い人だ。
「……それでは、今日はもう時間が来ているので解散にしたいと思います。皆さん、お疲れ様でした!」
おつかれした! シタ!!
「おい風見」
「おぉ、影山。どうした」
教室に忘れ物を置いてきてしまったため、他のメンバーと別れて少し遅れてしまった。その後、駐輪場から出ようとすると、出口で待ち構えていた影山に呼び止められる。
「……北一の先輩って誰のことなんだ?」
「まぁ予想はついてると思うが……徹君だよ」
「確か親戚が東京に住んでるらしくてな、中学の頃に地元のクラブチームで会ったんだよ。そん時によく知らんがえらい絡まれて、なんやかんやで今に至る」
「……お前、怪我してたからあの弱小校に居たのか」
「怪我で時期は早まったけど、元々こっちには親の転勤で引っ越す事は決まってたからな。それに、あの試合に出たのは翔陽にしつこく勧誘されて俺が折れた結果だ」
「そう、だったのか」
「何? あん時の事気にしてんの?」
「……そんなんじゃねェよ」
「なら良いけどよ」
影山だって一人の人間だ。何気なく吐いた言葉が相手を傷つけていたかもしれない、そんな不安に襲われれば誰だって気にするだろう。
「まぁ俺らはもうチームメイトだ、気ィ遣う必要はねぇよ。来週の火曜、どうせ徹君も出る事になんだろ。そんときは、俺らで徹君をぶっ飛ばせば良いだけだ」
過去に何があろうと、それはもう関係無い。何の因果か同じ高校でバレーをする事になった俺らは、チームとして三年間一緒にやっていく訳だ。
中学時代はそのチームを途中で抜ける事になってしまったが、次はそうはならない。先輩方との約束を果たし、そしてその先へ行くために、やれる事を全力でやろう。
「ぶっ飛ばすって……及川さんを殴るのか?」
「ちっげぇよ?! なんでそうなんだよ?!」
冗談なのか、ただのバカなのか。恐らく後者だろう。
そんな返事をする影山に突っ込みつつ下校していると、商店街の前でたむろしている他のメンバーと合流することとなる。
「お、影山戻ってきた。おかえりー」
「風見も居んじゃん、肉まん食うか?」
「マジすか! いただきます!」
蒸したての肉まんを口いっぱいに頬張ると、ふわふわの生地には旨みの詰まった餡がたっぷり入っており、部活終わりの空腹をこれでもかと言うほどに刺激してきた。
「影山、風見、それ食ったらちょっといい?」
「「? オス」」
肉まんに夢中になっていたところ、澤村先輩から呼び出しがかかる。
既に最後の一口になったそれを口の中に放り込むと、商店街の一角にある商店へと俺たちは入っていった。