目が覚めたらテラで目の前に濁心スカジがいた   作:ぺとら

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第十話

 

 

 

 

 

「う、うーん…………」

 

 

ラテラーノ。

芸術と甘味の国。

 

ジェラートの店がそこかしこにあり、滞在中は三度腹を下した。

 

しかし、さしものラテラーノ人も甘味ばかりでは胸が苦しくなるようで、なかなかどうしてコーヒーの味が悪くない。

キャンプ用にと購入したインスタントのコーヒーは、しかしまるで優雅なティータイムを楽しんでいるかのような微睡みを与えてくれる。

 

「君もいるか」

「私たちに嗜好品なんて不要……と言いたいけれど、頂くわ。無知でいることは許されないもの」

 

小難しいことを言いながらカップを受け取る。

 

あー待て、慎重に飲まないと……

 

「……あついわ」

 

そうだよな、飲食に慣れてないから熱いものの扱い方も分からないよな。

ラテラーノでもアイスを口にしてびっくりして固まっていたもんな。

 

「これが……苦いというものなのかしら。よく、分からないけれど」

「君たちにも味蕾があるのか」

 

魚にも味覚があるとか無いとか聞いたことがあるが、シーボーンにも適用されるんだろうか。

チビチビとコーヒーを口に含むスカジを見ていても、いまいち断言することはできない。

 

「これがC8H10N4O2カフェイン……鎮静剤? 私たちは痛みを感じないけれど、興奮作用は……でも、少し作用が異なるのかしら? 知識の偏りが……」

 

まぁ、勉強熱心なようで何よりです。

 

 

「いけないわ、サメ……パイナップルピザはピザじゃないわ……シチリアンの狼が押し掛けて来るわよ……」

 

 

揺らぐ焚き火を囲んで、火の粉が弾ける音を楽しんでいると、おもむろにスカジが歌い始めた。

 

「〜♪」

 

低い鼻歌だ。

彼女はよくこうやって歌う。

 

獰猛で凶悪で恐ろしい海の怪物の一面は、こうやっている時だけ抑えられるような気がする。

 

「"火を焚べろ、夜の帳を燃やせ"♪」

 

……何をどう学習してしまったのか、やけに曲選が俗っぽくなってしまったが、まぁ親しみやすくていいだろう。

 

気付けばシーボーンが現れていて、座る俺の膝に乗りかかってきた。

こいつもなかなか不思議なもので、可変式かと思えばデカい図体に比べて重さはそこまででもない。まるで水中で重いものを持っているかのような、既に何者かが重力を引き受けてくれているかのような……

 

「君、もしかしてもう陸地に適応してる?」

「──?」

 

「"私たちはやがて現れる"……」

 

可愛らしく小首を傾げやがって……

 

「Ashes……ケホッ」

 

サビに差し掛かるところで歌が途絶え、バフによると思われる高揚感が消えた。

スカジはケホケホと咳き込んでいる。彼女に元気いっぱいなシャウトはまだ厳しいようだ。

 

俺が元気いっぱいハイテンポな歌を好むせいで、どうも俺から学習したらしいスカジもそういった歌を口ずさむようになった。

 

「大丈夫か。わざわざ不便な人間の機能を模倣しなくてもいいだろうに」

「……いいえ、違うわ。私たちの進化に限りはないのだから、あらゆる可能性を模索出来るのよ。陸の人たちの空気と音を介した交わりはひどく未熟で不完全だけれど、僅かな進化であっても私たちが取り零す理由にはならないわ」

 

そ、そうか……

 

とりあえず飲み物を淹れてやる。

スカジはいつからか飲食を好むようになった。味に拘っている様子は無いが、なんでも「取り込めるだけ取り込んでおかないと」とのことらしい。

 

でもお前、うんこしない……

 

「──グァ!!」

「うぉっ、ごめんごめん」

 

 

「ダメよ隊長……カジキのことをマグロなんて言ったら殺されてしまうわ……確かに止まらない人だけど……うーん……」

 

 

 

──さて。色々と言っているが、俺の横に眠るアビサルハンターの女は未だ目覚めない。

 

アビサルハンターのスカジ──こっちのスカジと混ざるために仮に本物スカジと呼称するが、この本物スカジの到来が俺にとって晴天の霹靂であったことは、言うまでもないだろう。

まさかロドスに手紙を送ってからすぐのスピード邂逅である。

 

俺としては、連絡が来るとしても連絡先(というか当面の行先)を教えたロドスの支部を経由してそのうち声がかかるんじゃないかなぁなどと考えていたから、もうびっくり。

 

 

本物スカジとの邂逅は、人類の存続を知った俺の唯一の懸念点──こちらのスカジが人知れず変異した本物スカジなのではないかという疑問を解消してくれたのだから喜ばしい限りだ。

もうスカジの正体がまるで分からなくなったが、この際どうでもいいだろう。

 

初対面からコミュニケーションに些か問題が発生したのは事実である。

しかし俺は、失礼ながら本物スカジと相対した時には驚きと共になんとなくそんな感じがしていたのだ。

 

 

だって本物スカジって控えめに言ってコミュ障だし……とにかく言葉足らずだし……おまけに俺にくっついている女がシーボーンであることには間違いがないので、問答無用だろうなぁと。

 

どう納得してもらおうか、無理そうならどうやって逃げようか、最悪の場合は名刀包丁丸を抜くのもやぶさかではないがそれはそれとして俺がアビサルハンターと戦えるとは思わないぞと内心慌てていたら、いつの間にかこちらのスカジが本物スカジへと急接近。

 

耳元でなんやかんやと語りかけていたら、本物スカジは突然「緋色の海よ、未だ満ちぬ……」とか呟いてぶっ倒れる始末。

 

何をした! 言え! ってなったのも仕方のないことだと思う。

むしろ俺にとっては本物スカジが倒れたことの方が驚いたよ。なんだよ緋色の海って、赤潮か?

 

ちなみにスカジが答えて曰く、

 

「私は忘れ物を取り戻しただけよ。かつて、私と彼女はひとつだったわ。それが正しく分かたれただけなの」

 

だとか。なるほど、分からん。

 

でもなーどうしようかなぁ。

本物スカジの存在を確認できたのはいいけど、俺の本来の目的はスカジを含め面倒ごとをケルシー先生もといロドスに押し付けることだ。

 

断じて気絶した本物スカジを抱えて荒野で黄昏ることではないし、歌いながら日暮しすることでもない。かと言って、一応は女の本物スカジをこんなところに野晒し放置する訳にもいかないしなぁ。

 

「海の匂いがーって目覚める度に襲いかかられちゃ堪らないな」

 

海……潮の匂い。

俺ってそんなに体臭キツいのかね?

 

自分の服の襟元を嗅いでみるが、よく分からない。

どれどれ、スカジは……

 

「…………こういう時、頬を赤らめた方がいいのかしら?」

「君にそんな機能があるのか?」

「無いわ。でも、あなたが必要とするのなら」

「いらないな」

 

スカジも匂ってみたが、よく分からない。

 

それとも舐めたら塩味がするのか?

俺たちが海を離れたのがいつの話だと思っているのやら。

 

本物スカジは……流石に気絶している人間の匂いを嗅ぐのはコンプライアンス的によろしくないかと思ってやめておいた。

それにしても、同じ海出身のエーギルと怪物で何が違うって言うんだろうな。

 

 

 

匂い……匂いか。

 

「香水でも使えばいいのかね?」

 

問題は、海の匂いすら打ち消してしまう、そんな小洒落た香水がどこに売っているのかという話になるが……

 

 

 

 

「よぉ、兄弟」

 

うわでた

 

「神出鬼没だな」

「商人だからな。お前は…………おっと、なかなか大きな獲物を引き当てたようだ」

 

キャノットは本物スカジを見て若干引いた様子を見せる。

こっちのスカジは……消えたな。キャノットのこと嫌いなの?

 

しかし丁度良い。普通に探しても手に入らないものでも、キャノットなら売っていそうだ。

 

「来て早々だが、香水か何かを売っていないか? 強烈なやつだ」

 

迷夢の香油とか、そういったやつ。

 

俺の希望を受けて、キャノットは困ったような表情を見せた。

いや、顔はバケツで隠れていて見えないんだが、触手の動きが困っていた。

 

「悪ぃな、今日は在庫切れだ。それに本題は商売じゃない」

 

そう言うと、キャノットは懐からチラシのようなものを取り出し、手渡してくる。触手で。

俺も新手の営業かと訝しみつつ、チラシを受け取る。触手で。

 

「えー、なになに……『キャノット旅商店・リコールのお知らせ』?」

 

リコール……自主回収。

 

え?

 

「え?」

「見ての通り、商品に不備があってな。見ての通りアフターサービスに追われてるってわけだ」

 

不備とな。

まさか紺碧の心が良くなかったのだろうか。

 

明らかに厄ネタだもんな、あれ。

 

『嫌よ、これは私のモノ』

『──グルルル!』

 

子供っぽいこと言いやがって……

回収対象だったら容赦なく奪い取るからな。

 

えーっと、どれどれ。

 

「『ブレオガンの肖像』が誤って『深海の支配者の彫刻』として販売されておりましたぁ?」

「お客様には大変ご不便とご迷惑をおかけします、ってな」

 

あんな呪われた品を買っちまうとは不運だなぁ、なんて言われる。

なんかこう……瘴気とか、禍々しいものをまき散らしているらしい。そんな感じしないけど。

 

ともかく、はよ出せ、と促されたので言われたままに取り出すと、そのままひょいと回収された。触手で。

 

「こんなモン売り付けたと知られちゃあ沽券に関わる。大人のみんなには内緒だぜ」

 

あの時は驚いていたし、しばらく文明の光に触れていなくてまともな精神状態じゃ無かったから、まるで気が付かなかった。

 

「代品だ。受け取れ」

「よくもまぁ丁寧なことだ」

 

しかしまぁしっかりとしたサービスだなと、キャノット曰く代品を受け取りながら思う。触手で。……小さなグランファーロ! こりゃあ嬉しいシロモノだ。

 

俺の偏見だが、弱肉強食のテラの世界は悪徳商人による詐称売り逃げ泣き寝入りが横行していると思うんだ。その点キャノット商店は顧客に優しいなぁ。

 

「詫びと言ってはなんだが」

「何かくれるのか?」

「もうくれてやっただろうよ。……あんたはどうにも全身から潮の匂いがするからな。文明に生きることを望むのならコイツが必要だろうよ」

 

キャノットは懐から何かを取り出す。

液体の入った瓶のような……

 

蓋を開くと、何やら俺の全身にポンポンと液体をまぶしてくる。

 

「これは……」

「『湧き出る宴』ってやつだ。売り物じゃないが、特別に使ってやるよ。多少はマシになると思うぜ」

 

持ってるじゃん!

香水! 持ってるじゃん!

 

 

「これでヨシ。地獄の猟犬共にも見つけられないさ」

「よく分からんが……感謝しよう」

 

自分の服の匂いを嗅いでみる。

上塗りによって多少は匂いとやらがマシになっていたら嬉しいんだがな。

 

腕だの脇だの、あちこちの匂いを嗅ぐ俺をよそに、キャノットはさっさと帰り支度を整えている。

 

 

ふむ。

呪いの秘宝を回収するなら、紺碧の心も持っていくべきではないのか。

 

()()は必要だろ?」

 

消えた。

 

「あの人は、道理を理解しているようね」

 

急に出てくるじゃん。

 

……まぁ、いいや。

本物スカジが目を覚ましたらどうなるか、見ものだな。

 

 

 

 

 




キャノットは便利すぎるからデウスエクスマキナにならないよう気をつけないといけないんだけど、ほのぼの路線に戻す為には必要な采配なんだなも

Eternal Flameは名曲だから毎日聴け
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