睨まれていた。
それはもう、穴が開くんじゃねぇかってぐらい睨まれていた。
無言で。
口をへの字に固めた彼女は、眼光で俺を殺そうとしていた。
「ふむ……」
手持ち無沙汰なのでコーヒーを淹れる。
でもよく考えたらさっき飲んだばかりなのでいらない。
「いるか?」
「いらないわ」
ばっさり一刀両断。
つれないねぇ。コーヒーが余ってしまった。
「私がもらうわ」
……ますます視線が鋭くなる。
そりゃまぁ、自分そっくりの誰かさんがのんびりコーヒーを飲んでいたらそうもなるか。
無言の美人は苦手なんだよな。なんせ圧が強すぎる、呑気に歌っているぐらいがちょうど良い。
「それで、本物スカジ」
「その呼び方は嫌いね」
「……ならば、シャチと」
「どうして私のコードネームを知っているかについては、後で聞くわ」
怖いな。
本物スカジ──じゃなくて、シャチは、焚き火を囲む俺たちから二間ほど離れた場所で、油断なく座っている。
俺は詳しいんだ、あれは何かあった時には即座に臨戦態勢に移行できる姿勢だ。剣まですぐ抜けるように傍に控えている。
迂闊なことを喋ればすぐさま剣が飛んでくるんだろうなー。
しかし、むしろこうやって警戒されるだけで済んでいることを幸運に思うべきなのかもしれない。
最初は問答無用って感じだったからな。
キャノット印の香水が効いてくれたのだろうか。
「困惑しているようだな」
火を薪でかき混ぜながら、そう言う。
「……あなたは」
「うん?」
そういえばラテラーノで買ったマシュマロがあったな。焼いて食うか。
シーボーンが出てきた。
え、なに? 糖の生物機能を学習する?
そんなこと言って甘味が気に入っただけじゃないのか、コイツ。
「あなたたちは、とても微かになったけれど、それでもまだ僅かに海の匂いがするわ。でも、同時に陸の乾いた匂いもするの。どうして?」
「どうして、と言われてもな」
シャチまで抽象的な発言をしやがる。
海の出身はどいつもこいつも電波発言をしなけりゃならない定めでもあるのか?
ペッローなら分かるのかな。
ドーベルマン先生、私気になりますっ!
「あら……あなたはもう知っているはずよ。だって、あなたは私だもの」
「……………………海と陸が融合し、全てはひとつに。遍く種族すら超越した、新たな進化の道」
「そうよ。あなたにも見えるのね」
コーヒーをチビチビと飲むスカジがそう言い、何も飲んでいないのにめちゃくちゃ苦い顔をしたスカジがそう答える。
同じ顔、同じ声の美女ふたりが言葉を交わす様子はなかなか面白いな。
双子のようだが、見事に区別がつくのも愉快だ。しかめっ面の方がシャチ、悠然としてる方がスカジ。
「そう……すべてはひとつ。元からひとつなら、海も陸も、あらゆるしがらみが必要なくなるでしょう?」
「…………進化の過程で、海という括りすら捨て去ったとでも言うの?」
「進化とは種の変化よ。それが私たちの理念に適うのならば、私たちはそう変異するわ」
炙ったマシュマロをシーボーンに食わせつつ、何やら小難しい話をしている二人のスカジを眺める。
そういえば最近、シーボーンかスカジが近くにいると空間の湿度がほどよくなることに気付いた。
じめっとするほどではないし、からっとするほどでもない。多くの生き物にとってほどよい感じだ。
こりゃ手放せない。
「神を気取っているつもりかしら? 自分たちの繁栄と生存しか気にしない海の怪物が、ご大層なことね」
「私たちの生存には、それが最適なの。そう思ったから、そう判断したから、私はここにいるわ。そして、進化を重ねるの」
「…………あなた、海の怪物に何を吹き込んだの?」
ええい、俺を見るな!
二人だけで共有している世界観に俺を巻き込むな!
そう言ってやりたいが、悲しいかな俺は美人に弱いのだ。
そう哀れむなシーボーンや、食い殺すぞ。
……あっスカジの方へ逃げやがった。
「あなたは……人間に見えるわ。間違っても怪物じゃない」
「そうだな。俺の自認は人間さ」
「ならどうして? 私たちにとって、奴らは言葉も通じない化け物じゃない」
「だが、進化した。そしてこれからも、同様だろうな」
……面倒になってきたな。
元より俺はあまり細かいことを考えるのは苦手なんだ。
おまけにココ最近はスカジが不思議生物と化してきて思考を放棄しているので、シャチとの問答もいまいち頭に入ってこない。
──抜くか! 伝家の宝刀、ケルシーを!
「故にこそ、俺はロドスに行くよ。俺たちの進化の行く末は、君たちに委ねてみたい」
「ロドス……海の怪物を従えるあなたは、ロドスなら答えを導けると思うのかしら」
「俺はケルシーに一定の信を置いていてな。いつかロドスは鉱石病の問題を解決し、海の課題を乗り越え、そして宇宙へ目を向けるだろうよ」
半ば投げやりじみた俺の言葉を受けて、シャチはひとつ溜息を吐いた。
疲れたかのようにぐったりと脱力し、そのまま地べたに座り込んでしまう。
「……ずっと、夢を見ていたわ」
ポツポツと、呟くように喋りだした。
「人々は手をつなぎ、円を描くようにくるくると回っていたの。人と獣、陸と海、大地と宇宙……どんな不幸も存在しない世界」
コーヒーを頂戴、と言われたから大人しく注ぐ。
マシュマロも、と要望されたのでいそいそと用意する。焼いて、と言われてそそくさと火を通す。
近付くのはなんか怖いので触手に乗せて差し出した。
「でもそれは、泡沫の微睡みよ。ただ一つの種族が他を皆殺しにして、星を制圧しただけに過ぎない」
……あっ。
スカジがシャチの後ろに出てきてマシュマロを摘まんでる。
「その中心にいたのは私だった。それが何より嫌だったし、恐れていたの。……なのに、いつの間にか私はその輪から外されていたわ」
「私たちは二つに分かたれたの。私がそう望んだから」
「らしいわね。そして、あなたは海の怪物という軛を解いて進化しようとしている」
盗み食いしようとしたスカジはシャチに撃退され、物言いたげに浮いている。
そんな様子を見て、シャチはもう一度バカでかい溜息を吐いた。
「アビサルハンターは海の怪物を殺すことしか能がないのよ。……あまり、面倒なことを考えさせないでちょうだい」
ヤケ飲みするかのようにカップを呷ると、強く地面に叩き付ける。
もう一杯と言われたので大人しく従っておく。アビサルハンターって酒やカフェインにも耐性があるんだろうか。確か酒は飲んでいた気がするけど。
というかスチール製のコップに手形が付いてるんだが……地面も陥没してるし……
「そこの……えっと、もう一人の私の手綱、手放さないことね」
えっと……つまり、どういうことだ? 教えてシーボーン!
「
ふむ。
シャチはアビサルハンターなので海の怪物を殺そうとしていたが、我々は海の怪物を超えてより強大なモノへと進化している途上であると。なのでキャノット印の消毒を受けた我々はシャチの怪物センサーに微妙に引っかからなくなり、おまけにスカジとシャチは元々が同一であるために感応してしまい、殺し合う気にならないと。そもそもシャチの精神に打ち込まれた『楔』はもはや我々への敵対意識すら認めないだろう、と。
なるほどな。……我々?
と、とりあえず、シャチの脅威は小さくなったということだろうか。
「ケルシーに会いたいなら、そうしなさい。そして、彼女にもう一人の私が描いた世界を伝えるといいわ」
言い切ったスカジは2杯目の熱々コーヒーを一切躊躇せずに飲み干した。
【物理強度】██は伊達じゃないな。
「あぁ、そうだ」
忘れ物があった。
懐をまさぐり、目当ての物を掴む。
俺の手にピッタリなサイズ感のそれは、かつて俺が拾い、そして勝手に包丁丸などと名付けた、恐らくはアビサルハンターの武器の欠片。
よく使い込み、布を巻いて俺用にカスタマイズしてはいるが、その輝きはまるで鈍ることはない。
「それは……」
「君のかつての同僚のものだろう」
恐魚を捌いたりシーボーンを捌いたりと割と好き放題に使っていた包丁だが、やはり持つべき人に渡し、あるべきところに返されるべきだろうと思う。
手渡した瞬間に触れた手は、どこぞの怪物と同じようにひんやりとしていて、しかし確かな暖かみがあった。
「ことが済んだら、ロドスでもエーギルでも弔ってやれ」
きっと、この槍の持ち主もかつての戦いで散った勇士だと思うから。
「……海の怪物は、死んだ仲間を弔う文化なんて無いわ」
こともあろうに刀身を素手で鷲掴みにしたシャチは、それを懐に仕舞う。
それ、俺がやった時には手が血塗れになってエライことになったはずなんだがなぁ……
「あなたは、やっぱり人間なのね」
うーん……こう、口を噤んでしんみりしていると、スカジもシャチも絶世の美女だ。
「どうしていなくなってしまった人を惜しむのかしら? やがて、誰もが一つの理に集うのに」
「あー……社会性故にしがらみの多い人間は、死によって面倒な縛りから解放されるからな。生者はそれを羨みつつ、解放を祝していつかの再会を誓うんだ。それが弔辞だよ」
「『死は救いである』というものかしら? でも、死は悲しいものだと聞いたわ。人を殺すのも良くないって」
「探求は生者にのみ許された特権だよ。だから短い寿命の人間は死よりも生に拘る。君はどうだ?」
「探求……それは大事ね。とても大事だわ」
うーん、ヨシ!
しかしまぁ、しんみりとしてしまった。
シャチは疲れた様子を隠さないし、俺もなんだか知恵熱が出そうだ。
スカジは……シーボーンともどもいつも通りだな。まぁいいや。
頭を冷まそう。
「ジェラートでも食べようか」
実はラテラーノで買っておいたものを保存していたのだ。
目の前の男が同僚を害して武器を奪い取ったという考えには至らないようですね
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