目が覚めたらテラで目の前に濁心スカジがいた   作:ぺとら

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第十三話

 

 

 

 

「…………まったく、天災ってやつは」

 

ゼーハーと、露骨に疲労を顕にする男は独りごちた。

 

「こんなものが各地で頻発して、よく人類が滅びていないものだ……むしろ、定住可能と言えない環境でよくぞここまで……」

 

やはり何者かの作為が……などと訳の分からないことを呟く男は、席に横になり、全身を脱力させて寝転んでいた。

 

「いいかスカジ……ナイルの氾濫を糧にしたかの古代エジプト文明とて、それは定期的かつ豊穣の益が極めて大きかったからに過ぎない。テラにおける天災は技術発展の万障だ」

「陸の人たちが源石に適応しない限り、進化は無いということかしら」

 

そして、例のシーボーンは無遠慮に寝転がる男の頭の横に座り、何をしているつもりなのやら、不器用な手つきで男の頭を撫でているように見える。

 

「天災、源石。やっぱりクソだな、やはり化石燃料に限る。……おっと」

 

機体が揺れて足元が大きく傾き、強い慣性に引っ張られる。

寝転がる男は踏ん張ったようだが、シーボーンは慣性を知らないのか不思議そうな顔をしてそのまま椅子から離れ落ち、そして落下する前に男が触手で捕獲した。

 

「泳げないと不便そうだな」

「そうね。……あなたたちの慣習にならうと、ありがとうと言うべきかしら」

「言うに越したことはない。しかし、君がそうすべきと思えばの話だ」

 

そしてまた元の位置へと戻り、繰り返し。

 

おそらくまともな『距離感』というものを知らないのであろうシーボーンは男との距離が極めて近く、まるでつがいの生き物でも眺めているかのようだ。

そして何よりもタチが悪いのは、シーボーンの姿が自分そっくりであるから、見ていてどうも奇妙な気分になってしまうことだ、とスカジ(シャチ)は隠そうともしない溜息をひとつ。

 

あまり深く考えることを好まないスカジにとって、トントン拍子であれよあれよと進んだ状況は非常に悩ましく、控えめに言って頭痛の種になりかねないものだ。

 

 

──スカジはその出自からして、このファーストシーボーンとは非常に感応性が高い。

 

それ故にテラが辿りうる未来を夢という形で『受信』することが幾度とあったし、かのサルヴィエントやグランファーロ、そして狂人号を経て、その未来がより具体的に視えるようになっていた。

 

元がひとつ。ひとつの体にふたつの命。

あるいは、ふたつの体とふたつの命をこねくり回して、ひとつの命に。

 

 

だからこそ、スカジはシーボーンが叩きつけてきたものを鮮明に理解してしまったのだ。

 

このファーストシーボーンはまさしく『進化』しようとしている。

種の枠組みを超え、自身で来たるものを選び取り──それは、いつかケルシーが危惧した『能動的な進化』なのだろうか。

 

本来なら、ある種の縛りすら解いて覚醒し、更に強大になろうとするシーボーンを、アビサルハンターのスカジは命に代えても殺さねばならない。それがスカジの使命であるから。

 

 

そうしないのは、何故だろう?

 

 

「うぅ……防塵マスクでも買っていれば良かった」

 

 

「……こんな男が、本当に特異点たり得るのかしら?」

 

正体不明の男との遭遇は、シーボーンに予期しない変調をもたらしたらしい。

 

それは、新たな進化の方向性。

無作為な繁殖に与えられた指向性。

 

一体何をどうしたら、あのまさしく怪物然としたシーボーンが相利共生の概念を理解するのだろうか。スカジにはとても想像できないが、この男はどのようにしてかシーボーンに共存の価値を認めさせ、進化させようとしているようだ。

 

 

海の怪物は感情を持たない。

ファーストシーボーンは感情を知りつつある。

海の怪物は無造作に陸を犯す。

ファーストシーボーンは陸を利用することを学んだ。

 

 

もはやスカジの手には負えないのだ。

それは、半分ぐらいは自分自身であるシーボーンを害することへの心理的な抵抗でもあったし、『海』に属する存在の意識を渡り歩き致命的な汚染を撒き散らす凶悪な能力に匙を投げたということでもあった。

 

精神攻撃みたいな回りくどいものは苦手だ。

ケルシーとかグレイディーアとか、その辺の偉い人に任せるのが一番はやい。

 

それがスカジの総意であり、渋々ながらも同乗を許している理由にほかならない。

 

 

 

天災をおおよそ一般人には真似のできない強引な方法で突破したのち、奇妙な一行は無事にロドスの飛行装置に搭乗することに成功していた。

 

無論、予定を大幅に短縮しての現着に驚かれ、取った方法に怒られたことは言うまでもない。

ちなみにパイロットからのジャッジは「スカジが悪い」だった。

 

せっかく天災トランスポーターを雇ってもらったというのに、あまりに対源石意識に欠けるスカジが天災のことをすっかり忘れていたのだからさもありなん。

 

ちなみに男のバイクは最後の最後に飛んできた隕石に直撃して大破し、泣く泣く置き去りにされた。

 

 

「ロドス、やはりロドスだ。天災は良くない。源石め……」

「そうね。ならば、やがて来たるその日までに飲み干してしまいましょう」

 

……もしかして、天災に巻き込まれたことがトラウマになっているのだろうか?

男の言葉の節々には、自然災害に対する強い畏怖があるように思える。自然災害なんかよりよっぽど恐ろしい存在が、すぐ横にいるというのに。

 

シーボーンは災害なんて恐れない。なぜなら海の怪物が災害そのものであるから。

だからこそ、妙に人間くさい反応を見せる男のことがよく分からなくなる。そして、男の様子に『理解』を示すシーボーンのことも。

 

 

「天災は危機(源石)脆弱性(先民)の衝突事故などと、よくもまぁ言えるものだ……」

「あなたは、陸の人たちを欠陥だと思うのかしら?」

「まさか、バグは源石だよ。むしろ源石こそが……スカジ、君たちはパッチノートになり得るかな」

「違うわ。彼らが私たちを修正するのよ」

「そうか、そうか。……そうだな、それが良い」

 

 

「ねぇ」

 

しかし、スカジにはひとつだけどうしても許容できないことがあった。

こうしてシーボーンと得体の知れない男と同席しつつも、どうにも引っかかり、物申しておきたいことが。

 

「『スカジ』は、私なのだけれど」

 

男は、シーボーンを『スカジ』と呼ぶ。そしてスカジのことは、代名詞のようにシャチと呼ぶ。

アビサルハンターとしての誇りがあるから、『シャチ』という名前(コードネーム)に文句があるわけではない。

 

しかしまた、目の前で他人が自分の名前で呼ばれるというものはなかなか不愉快だ。

 

「……ふむ」

 

男は不思議そうな顔をして、それから思案顔を見せる。

一方、相変わらず何を考えているのか分からないシーボーンは、スカジと同じ顔、同じ声で囀った。

 

「そう思い悩まないで、もう一人の私。私たちは個体であり群体なのだから、呼び名にはそれ以上の意味は無いのよ」

「知らないわよ。スカジという名前は私のもの」

 

そもそも、名前に頓着しないと語るシーボーンが『スカジ』と名乗るものだろうか?

それよりはむしろ、この男がそう呼び始めたと考えた方が……しかしスカジには男との面識がない。スカジのことを知っていた様子の男は、どこでその名を知り、どうやってシーボーンと出会い、どうしてスカジと呼ぶに至ったのか。

 

疑念は尽きず、そしてよく考えるとこのシーボーンには個体名があったではないかと思い至る。

 

Ishar-mla(イシャームラ)はあなたの名前じゃないの?」

「それは違うわ、もう一人の私。私は私たちからの進化を目指してそれを切り離したの。やがてそれも私とひとつになって、昇華されるけれど」

 

「──ガ!」

 

足元に突如シーボーン然とした怪物が現れたものだから、スカジは咄嗟に飛行装置の内壁を削りながら剣を振り抜いた。

警告音が鳴り響き、操縦席からパイロットの怒声が響き、そして抗議するかのような鳴き声が聞こえてからようやく冷静に戻る。

 

 

すぐに理解した。

 

()()こそが、ファーストシーボーン。

スカジの姿を依代にしたものとは違う、極めて原始的な本来の姿。

 

 

シーボーンを目にした瞬間に殺意モリモリで剣を抜けるほどに冴え渡るアビサルハンターとしての勘が健在であることに安堵しつつ、割と全力の一撃をいとも容易く回避し、そしてなんでもないかのように鳴くシーボーンに得体の知れない感情を抱く。

 

「……待ちなさい、切り離した? 自分自身を?」

「そうよ。だってそれは軛になってしまうから」

「ありえないわ……海の怪物だとしても、自意識を持つシーボーンが自己を捨てるなんて。自己存在の証明を捨て去ると同義よ」

存在証明(アイデンティティ)? それなら問題ないわ。この人が私を規定してくれる。この人が私の名前を呼んでくれるから」

「自我を、他者を用いて補完しているの?」

「社会性動物は、他者からの認識を通して自己を作るのでしょう?」

「それは自他の区別によるものよ。あなたのそれは、他者の認識に自身全てを委ねた──」

 

電の如く煌めく思考をもって、スカジは天啓のような理解を得た。

 

「おーヨシヨシ、怖かったなぁ」

「グァー」

「恐るるに足らず? ふむ、言うではないか」

 

この男だ。

 

何らかの原因で希薄になったシーボーンを、この男が塗り替えた。

男の意思、人格、嗜好……そういったものを基準にシーボーンが再構築されて、新たな形になった。

 

男がシーボーンのことを『スカジ』と呼ぶから、シーボーンはこの姿をとる。

仮にIshar-mlaと呼ばれたなら、その姿が優先されて進化していたであろうことは想像に難くない。

 

「こう思えば良い。君たちは双子、あるいは他人の空似だ。そして偶然同じ名前を持つ。難しくないだろう?」

「そんな詭弁で私を納得させられるとは思わないことね」

 

困ったなぁ、などと聞き分けのない子供を見るかのような目をするのが、スカジにとっては無性に腹ただしい。

 

「そんなに怯えないで、もう一人の私。私はあなたからあなた自身を取り上げようだなんて思わないわ。ただ、傍にいるだけ」

「怯えてないわよ」

 

自分と同じ顔、同じ声で、幼子をあやすかのような声音で囁くシーボーンがどうにも鬱陶しい。

 

 

このままではストレスでどうにかなってしまいそうだ。

 

スカジは、この飛行装置がさっさとロドスに到着してしまうことを切に願った。

 

 

 

 

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