目が覚めたらテラで目の前に濁心スカジがいた   作:ぺとら

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※この作品に登場する理論、用語は全てガバガバです


第十四話

 

 

 

 

「あなたがケルシーかしら?」

「何故私の名を知っているのか、という問いかけは愚問だな」

 

ケルシーの無表情はチラリと俺を見て、それからすぐに眼前のスカジへと戻った。

感情が読めない目は何を考えているかまったく分からず、ちょっとビビって変な笑いが漏れた。こっわ。

 

「私はずっとあなたと話したかったの。星空から来たあの人があなたのことをたくさん教えてくれたのよ。あなたがいれば、私たちはもっと素晴らしい進化を果たせるわ」

 

スカジは()()()

 

そう、比喩抜きで、シャチでさえ浮かべないような喜色を全面に押し出した笑みを浮かべたのだ。

期待を隠しきれない子供のような、待ち受けたご褒美を目前にした少女のような。そんな屈託のない笑みは、流石の俺も初めて見た。

 

そして思った。

 

ケルシーの話、ちょっと盛り過ぎたかな、と。

 

 

「──まさか、シーボーンが人間のように感情を露わにするとは」

 

さしものケルシーも、少し驚いたようだ。

 

しかしその驚き方は、目を細めて眼光を鋭くし、露骨に警戒してみせる驚き方である。

そしてやっぱり俺の方を覗き見るもんだから、ビビり散らかす俺は何も言えない。緊張して引き攣った笑いが出た。

 

「あなたは、私の()()を紛い物だと思う?」

「一般に、感情を持たない生命体が人の感情の様式を模倣するのは、人を篭絡し、延いては捕食するための行動だ。荒野の裂獣の中には無邪気な仕草や負傷した姿を演じて野営する人間を絆し、油断した睡眠時に群れを呼び寄せて捕食を行う種もいる。しかしそれは、その種の裂獣の能力が他より劣り、人間を相手にしてなお狩りを行えない故に編み出された生存戦略に過ぎない。そして君たちの持つ能力は非常に強力かつ凶悪であり、その生存戦略にわざわざ感情を学習して模倣する必要は無い筈だ。或いは君たちが同種に引き入れたい対象が存在するのであれば、言葉を学ぶのと同様に感情の模倣を学習したと見なすことも出来るが……」

 

そこでケルシーは、再び俺を見た。

 

「今までに受けた報告、そして私が分析する限りの現状に則れば、君は何らかの方法を用いて感情を理解し、会得するに至ったと考えることも出来る」

 

うん。

 

うん。

 

「何やら難しい話をしているな」

ガッ((同意の声))

「(警告するかのような唸り声)」

 

 

ロドスの甲板に降り立った時、俺は感動だとか興奮だとかよりも先に、結構な不安と焦りを感じた。

 

なんせケルシーとドクター直々のお出迎えである。

さらに着いて早々にMon3trが俺の横に立ち、まさしく監視してきている。

 

試しに握手を求めようとしたら威嚇されて怖かった。

 

 

俺が連れてきた厄介極まりない存在を思えば、当然といえば当然の話である。

むしろどうしてシャチは俺たちの存在を許容し、あまつさえロドスへ連れてくることにしたのかと思うほどだ。そして更に、どうしてケルシーは俺たちの着艦を許したのだろう、とも思う。

 

ヘリポートに降り立ったのは良かったのだが、結局そこから動くことは出来ず、ケルシーとスカジが何やら会話を始め、俺はシーボーンを胸に抱きながら「いつでも殺せるぞ」という雰囲気を醸し出すMon3trにキリキリ胃を痛めていた。

 

ちなみにシャチは飛行装置の内壁を思いっきりぶっ壊したことで端っこの方でドクターに怒られている。私の給料から天引きがどうとか聞こえるな。

 

 

「君たちの主張は聞いている。その上で尋ねるが、君たちは我々ロドスに一体何を求めるつもりだ?」

「──ねぇ、ケルシー。あなたは進化論に造詣はあるかしら」

 

スカジは、その白い靴でロドスの床を叩く。

優雅に歩く彼女は、とても華麗にケルシーの質問を無視した。よくやるよ。

 

歩いて、歩いて──どこまで行くのかと思えば甲板の端まで行き、手摺にもたれかかって、地平線の彼方を眺めている。

いつからか、スカジはこういった無駄に思える行動が増えた。歌うだけでなく体を揺らしてみたり、浮いている時はくるくると回ったり。彼女はその行動に意味を見出しているのだろうか?

 

「一般にテラで知られる進化論以上のことは修めたと自負している。限りなく長い種の起源を辿れば原初の海に帰着し、しかしテラの生命体の殆どはその途上を隠匿して久しい。……それは、君たちの『進化』に関する質問だと見なしても良いのだろうか?」

「えぇ、えぇ。当然よケルシー。私たちは絶え間なく進化を続けるわ。その方向性に限りは無いの。でも、ただ可能性が無限なだけでは足りないのよ」

 

進化論か。

そういえばイベリアにいた時は、あんまりに暇を持て余してスカジに進化論の色々を説いたなぁ。

 

「(問いかけるような声)」

 

どんな? って……例えば自然発生説とか。

テラの生物、特に先民とかは明らかに作為的な進化をしてるから、俺の知っている進化説は通用しないだろうなあと思いつつ黎明期のトンチキな説も含めて暇つぶしがてらに喋り倒しただけなんだけど。

 

「私たちは進化し続けるわ。やがて海を埋めつくし、陸を飲み干し、星の核すら同化してしまうの。環境に適応し、不利を克服し、最も最適な形を選択し続ける。それが私たちの進化」

「適者生存では、不足だと?」

「そうよ」

 

なぜだかスカジが生き生きしているように思える。

俺みたいな形だけの知ったかぶりとは違って、真に学者であり歴史家であり研究者であるケルシーとの対話に感じるものがあるんだろうか。

 

そうだったらもうスカジの話し相手をしなくていいことが嬉しいような、ちょっと寂しいような。

 

「同胞の進化は限りなく受動的よ。例え能動的な進化能力を手に入れても、辿る道筋は自然淘汰に過ぎないわ。私たちは生存のために幾つかの『可能性』を経るけれど、終局に行きつけば収斂してひとつの形になるはずだもの」

「それならば、君たちは適応放散でも求めるというのか? 君たち以外の種を滅ぼした後に、そこにどのような意味が残る」

「あなたは知っているのでしょう、ケルシー。私たちの世界は星では終わらないわ。限りなく広い宇宙。遊星の向こう側。テラの制圧はあくまで過程に過ぎないの」

「机上の空論に過ぎないな。確かに偽りの天蓋は破られたが、その果てにあるものを誰が知っている? そこに無限の虚構だけが存在する可能性を否定できる者は、このテラを隈無く探し尽くしたとて決して現れることは無いだろう」

「そんなことは無いわ。だって、彼方から堕ちてきたあの人がいるんだもの」

 

あーやめやめ、俺を見るな!

ケルシーも俺を見るな! ドクターも!

 

そうだよな、空の偽装が破られたってことはフリストンも来てるんだよな。

俺はそんなに大した人間じゃないんだよ。気が付いたらテラにいただけなんだよ。誰か俺を助けてくれよ。

 

プルプル、ぼくわるいにんげんじゃないよ……

 

「……結論が見えないな」

「せっかくの対話よ。そう焦らないで、ケルシー」

 

見ろ、空はあんなにも綺麗じゃないか。

二つの月はいつだって俺たちを暖かく見守っている。

 

「なんで月が二つあるんだろうな。どちらかは監視衛星でしたと言われても驚かないが」

「(低い唸り声)」

グォー(ありうる)

 

テラの天文学者は空がぶっ壊れて大慌てだろうな。

アステシアは……ロドスにいるのかな? 元気にやっているのなら嬉しいな。欲を言えば会ってみたい。

 

「この世に存在する物質には限りがあって、たとえ核分裂が起ころうと総数は1グーゴルにも満たないらしいわ。そして私たちはきっと、原子という概念に対する干渉能力は持てないの。ならばその限りあるリソースを使い潰したとき、そこで私たちの進化は頭打ちになってしまうから」

「ならば君は、その限界の訪れを危惧していると?」

「そうよ。私たちが選択圧に基づいた進化を続け、やがて進化の余地が無くなったとき、私たちは来たる存在に対抗出来るのかしら?」

「……進化の終着点は死、とでも言いたいのか」

「待ち受けているのは自然死(アポトーシス)壊死(ネクローシス)、どちらかしら」

 

身を翻したスカジは、まるで舞うように、踊るようにステップを刻みながら、軽やかにケルシーの元へと歩む。

トントン、ロドス・アイランド号を踏みしめる音が響き、彼女の実在をこの上なく証明していた。

 

「──他者と同化するとき、私たちはその形態と性質を学習して『進化』するの」

 

海の怪物が怪物たる所以、世代を跨がないバカげたスピードでの超進化。

生き物が成長するように進化するのだから、やっぱり海の怪物の脅威ってのがヤバすぎるな。

 

そういえば俺も触手が生えてきたし操れるようになったけど、これもある種の進化なんだろうか。

 

「でも、『知識』は受け継がれない。あなたたち人間が、対話と伝承で脈々と受け継ぐとても大きな情報量のほとんどを、私たちは取り零してしまうわ」

 

そんなの、あまりに勿体ないでしょう?

そう言って、スカジはにっこりと笑った。というか、嗤った。

 

やっぱりあいつ人間じゃないな。愛想ってものを分かっていない。

笑うという行為は本来攻撃的なものでありーってほどではないが、すごく脅威的なものを感じてしまう。俺が愛想の良い笑い方っていうものを教えておくべきだったか……しかし必要かと問われると首を傾げざるを得ない……うーん。

 

というかどこで勿体ない精神なんて覚えたんだ?

 

ガァッ(お前じゃい)

「(責めるような声)」

 

やかましい。

 

 

「私たちは、一切の無駄も許さないわ。効率的に、考えうる限りの最適解を選びとって、真の意味で跳躍的進化を成し遂げる必要があるの」

「そして、それを成し遂げるには君の同胞たちの能力では些か不足であり、そのためにこうやって遠路はるばる陸地の人間を訪ねに来たということか」

「不足では無いわ、不可能よ」

 

 

ボケーッと二人の対話を聞いていたら、ふと足元にチョンチョンという感触。

何事かと足元を見ると、シーボーンが少し落ち着きのない様子で俺の足を叩いていた。

 

ガッ(来るぞ)

「来るって、何が」

 

 

「改めて聞こう、ファーストシーボーン。君は、我々ロドスに何を求めるつもりだ」

「──より効率的な進化。私たちが真に究極の一であるための、決して外すことは出来ない布石よ」

「そうか」

 

ケルシーは瞑目した。

重苦しい沈黙だけが場を流れ、緊張なんて知らないスカジだけが飄々としている。

 

 

そして、ゆっくりと口を開く。

 

「君のその思考が一体どのような経過を通して出力されたかということについては大いに疑問が残るが、それを差し置いても君の発言は些か以上に――」

 

 

なんだか嫌な予感がした。

触手の先っちょがぞわぞわするような、体の芯が竦むようイヤーなカンジ。

 

ケルシーじゃない。明らかに不調を訴える肉体は、直感で言い表すならば『天敵』の襲来を訴えているかのような。人類種の天敵が存在し得ない世界しか知らなかった俺にとっては未知の感覚で、だけど本能に従って触手を動かす。

 

出せる限りの触手を束ねて、振り絞れるだけの力を込めて保持する。

衝撃は、そう間を置かずにやってきた。

 

 

ギャリギャリギャリギャリ!!

 

 

恐ろしく心臓に悪い金属音が耳朶を打ち、飛び散る火花に小便チビりそうになった。

 

咄嗟にスカジの方を見遣れば──

 

 

「──まったく、急報を受けて駆け付けてみれば」

 

 

寸分違わず急所()を狙う鋭利な槍先を、平然とした顔でギリギリのところで躱している。

シーボーンのスカジに急所の概念があるのか不明だが、そんなの関係ありませんわ、首ごと持っていきますわって気概だけは十分に伝わってきた。

 

そして、俺の触手をガリガリと削る物騒極まりない丸鋸。

あなた出る作品間違えてません? ってレベルの凶悪さの武器、その持ち主。

 

 

「何をどうすれば、ロドス本艦に汚らわしい怪物が足を付けることになるんですの?」

「でも思っていたよりもなかなか面白いことになってそうよ、隊長」

 

 

グレイディーア。

エーギルが誇る技術執政官のひとり。アビサルハンターのヤバ女。

 

 

「見て、スカジは黙って眺めていたいみたい」

「……まったく。誰のために急いだのやら、分かったものではないですわね」

「まぁいいじゃないの。やることは変わらないわ」

 

 

ローレンティーナ(スペクター)

国を滅ぼすレベルの源石をぶち込まれても元気いっぱいのイカレ修道女モドキ。アビサルハンターのヤバ女。

 

 

「「──死になさい」」

 

 

やべー女とやべー女の襲来に、俺は頬が引き攣るのを抑えずにはいられなかった。

 

 

 

 

 




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