目が覚めたらテラで目の前に濁心スカジがいた   作:ぺとら

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ちなみに濁スカは濁スカでグレイディーアといろいろお話してましたが尺の都合で全カットです


第十六話

 

 

 

 

白い砂浜。青い空。

穏やかな風が木々を揺らし、凪いだ波は浜辺に押し寄せ、返し、再び押し寄せ、また戻る。

 

海だ。

 

穏やかな海。

リゾート地のごとき美しい景色、穏やかな様相。

 

「シエスタかドッソレスかな?」

 

テラの海にそんなものがあるわけないじゃないか、ハハハ!

 

 

――現実と夢想を、海に溶かし込んで

 

 

ポチャン、遠くの海面でイルカのような生物が跳ねる。

 

浜辺を行き交うカニがいる。満潮を待つゴカイがいる。優雅に泳ぐ亀がいる。隠れ潜むウミヘビがいる。ウミウシが蠢き、ヒトデが歩き、魚が自在に飛び回っている。見ろ、ウネウネとした触手が何本も何本も生えてきて、青い海を埋め尽くしてしまった。

 

命だ。

全ての命がそこにいる。

 

クラゲが空を泳いでいる。サンゴが宇宙を埋め尽くしている。

星間を渡り歩いているのは……クジラか? クジラがすべてを埋め尽くして、何もかもを呑み込んでしまったようだ。

 

 

ポチャン、跳ねた水が顔にかかり、強烈な塩の味に顔が歪む。

 

 

――認識を広く拡張するの

 

 

気が付くと、空に浮かんでいた。

 

足元を見れば遥か彼方に地上が見えて、雲を掴めるほどの高さに思わず震えが走る。

 

「高いところは苦手だ」

 

重力に引かれる。

 

魂に重りでも結ばれたかのように強い力で足が引っ張られ、急速に低下する高度に血の気が引いた。咄嗟に手を振り回すと、何もない空中で、しかし俺の手は何か形を持たないものを掻いたような気がした。

 

手を振り回すと、ふわりと体が浮き上がる。

 

それだけではまた沈んでしまうから、もう一度強く空気を掻くと、今度はもっと浮かび上がる。

さらにもう一度、今度は足も使って空気を蹴り出すと、誰かに押されているかのように力強く泳ぐことができる。

 

泳げる。泳げた。何もない空を、まるで水の中にいるかのように、自由に泳ぐことができた。

 

息継ぎなんていらない。休息なんて必要ない。

海は俺たちの故郷で、帰るべき家で、いつもそばにある安息の場所だから。

 

楽しいな。泳ぐのはとても楽しい。

俺は自由だ。不便なことなんてなんにもない。

 

空気も陸地も、宇宙さえも海になってしまえば、俺たちはどこへだって旅立てる。

 

 

――全ての命が海からやって来たわ

 

 

……なんか、違うな。

 

いやこう、何が違うのか、と言われるなんとも言い難いんだけど。

 

まるで、回らない寿司屋で板前にハンバーグ握りを出されたかのような。

水族館のお土産コーナーに、海鮮が山盛りで陳列されているかのような。

 

俺たちは水中を泳ぐことができる。俺たちは陸地を泳ぐことができる。俺たちは空中を泳ぐことができる。俺たちは宇宙だって泳ぐことができる。

だって俺たちの起源は海にあって、俺たちの中には常に海の血潮が流れていて、そして海は撹拌して、世界のすべてが海になったのだから。

 

知ってるけど、うーん……うん。

 

 

――だから、『神』は全てに遍在するのよ

 

 

やっぱりおかしいわ、これ。

 

 

 

「おい、スカジ」

 

触手で拍を打つ。

偉い人曰く、音を出す行為は転じて自身の覇気を放つ行為であり、まやかしを解く効果があるとかないとか。

 

ダメで元々、最悪は頬を頑張って抓り続けようと思ったが、想定よりも簡単に世界が戻る。

 

「――やっぱり、あなたはこの星の海に属さないのね」

 

ロドスだ。

ロドス・アイランド号の甲板。

 

先ほどまで俺たちがいた場所。今も俺たちが立っている場所。

赤い服を着たスカジは変わらずそこに立っていて、突如吹いた風に帽子を押さえて呑気な抵抗をしている。

 

時間の断絶なんてなかった。今までずっと、ここにいる。

 

「……治ってる」

 

腕を見る。

カジキのあんちきしょうに容赦なく持っていかれた右腕は、今も元気いっぱいに健在だ。

 

スプラッタ映画もかくやみたいな状態になっていたのだが、服まで揃って元通り。

 

「心配しないで、肉体の欠損なんて障害にはなりえないわ。私たちにはもう個としての枠組みなんて必要ないのよ。例えそこにいなくても、だけど何処にでもいるのだから」

 

デスヨネー。

どうせなんかしたんだろうなとは思ってました。

 

……ところでシュレディンガーの猫ってご存知で……あっそうですか、俺から聞いたと……そういえば暇つぶしに話した記憶が……

 

「……余計なことだったかしら?」

「まさか。よくやってくれたよ、ありがとう」

「ええ。あなたは言うべきだと思ったのね」

 

何を言っているのか分からないが、俺が無事なのだからそれでいい。

 

ところで下手人はどこだろうか。

おもむろにスカジから目線を外し、周囲を見渡してみる。

 

「えぇ……」

 

酷い有様だ。

 

スペクターとグレイディーア、この二人は立ち尽くしたまま、動かない。

正確には痙攣するかのように時折身震いするんだけど、なにか意思を持った動作はすることができず、結果として立ち尽くしている。

 

……目を限界まで見開いて、少し呻き声が聞こえるな。

精神病患者のような様子は、少なくとも彼女らが正常ではないことを教えてくれる。

 

ちょっと引いた。

 

「………………ぐっ、まさか、これほど……とはッ!」

 

ケルシーは、二人よりはマシな様子。

でもやっぱり苦しそうで、おまけにこちらを見据えて睨み付けてくるからめちゃくちゃ怖い。

 

そういえば、Mon3trはどうしたんだろうか。ケルシー専用ALS〇Kのあのドラゴンモドキは、こんな時は嬉々として暴れそうだけど。

 

グォォアアアア(なにするものぞぉ!)!」

「(苦悶の咆哮)」

 

…………シーボーンが絡みついて拘束していた。見なかったことにしよう。

 

お前いつの間にそんなに大きくなったんだよ。ドラゴンモドキ二体の絡みって誰得なんだよ。というかお前めちゃくちゃ強くない?

 

言いたいことは色々あったが、グッと噛み殺して我慢した。

確実に収拾がつかなくなるからだ。

 

 

そういえば、シャチは……ドクターと一緒に端っこの方で座ってやがる。

あの二人もケルシーやアビサルハンター二人のように硬直しているようだが、その目は「はよしろ」って訴えてきていた。

 

他人事だと思いやがって。

 

もしかしてお前こうなるって分かって止めなかったのか? そうなのか? そうなんだな?

「私も喰らったんだからさ……」みたいな顔しやがって、俺は全てお見通しなんだからな。殴られないと分からないってそういうことかよチクショウ!

 

 

……とりあえず。

 

「何をどうしたらこうなるんだ?」

「彼らにも『海』を見せてあげただけよ」

 

聞くところによると、かつてシャチにやったことと同じことをやったらしい。

 

あの人たちには何が見えてるの?

聞きたかったが、明らかに藪蛇なのでそっとしておくことにした。

 

だってお前、あのアビサルハンターが口から涎をダラダラ垂らしながら悶えてるんだぜ。そのうち血涙を流し始めてもおかしくない様子だぜ。俺は関わりたくないね。

 

「この場にいる人たちにしか祝詞(のりと)は届けていないわ。無差別な進化は行き止まりにぶつかるものでしょう?」

「………………うん、そうだな」

 

 

あぁ、俺の平和的解決の未来が……

 

やっぱり海の連中って厄ネタだな、間違いない。

 

 

「いったい、何を、学んだ?」

 

ゆっくりと息を整えつつ、ケルシーが言葉を紡ぐ。

息も絶え絶えだという様子なのに、よくやるよ。年寄りにあまり無茶をさせてはならないって教わらなかったのか?

 

「君が現状に至るまでに辿った進化は、まさしく君の言う跳躍的進化に他ならない。私やイベリア、そしてエーギルが握る情報……そして世界各地に眠る巨獣の存在。君はそのどれもから著しく逸脱していることを、君自身は認識出来ていないのか? 一体何を知り、どのような進化を辿れば、それほどまでに特異的な変異が発生するというのだ? 君の存在……そしてロドスへの来訪は、あまりにも時期尚早過ぎる」

 

息苦しそうに喘ぎながら、それでもケルシーは言い切った。すごいなこの人。

 

「君は知識を求めていると言ったな。しかしながら君は、既に一定以上の知識を得ているように思えてならない。人の意識を渡り歩く認識災害の概念など、かのガリアの最盛期にすら禁忌の代物だとみなされ、地中深くから掘り起こされたそれを時の権力者はひとつも余すことなく封印してしまったというのに。……極めて業腹ではあるが、君が現在の方向性で進化を続けるのならば、我々人類は近く敗北を喫するだろう。しかしまた、君が見せたものは……あれはなんだ? 私は何を……海、赤い海だ……いや、違う、そうだ。忘れるな」

 

君が得る必要がある知識が、今更この世界にあるとは思えない。

ケルシーは、そう締めくくった。

 

うん。……うん。

 

 

 

何言ってんのこの人?

 

 

滅ぼされる? 敗北する?

何を変なこと言ってるんだろうこの人。

 

やっぱり災害続き戦争続きのテラに長生きしすぎて疲れ果ててるんじゃない? それかINTが高すぎて連続でSANチェック失敗しちゃったのかな?

 

誰か彼女を休ませてやってほしい。

繰り返すが、俺は何も戦争をしに来たわけではないのだ。むしろスカジを押し付けに来たのであって……えっ、スカジはもしかして人類滅ぼしたかったりするの?

 

「言ったでしょう、彼らは鍵足りうるの。どうして便利な道具を壊すのかしら」

 

ほっ、一安心。

 

ならば厄介かつ凶暴なアビサルハンターが無力化された今、ケルシーに本来の話を伝えて保護してもらいたいんだが……ケルシー、なんか虚ろにブツブツと呟いてるな。どうしよう……

 

 

「見せられるモノをすべて押し付けたでしょう、もう一人の私」

 

よっこいせ、と未だ動けないのであろうドクターを肩に抱え、シャチがこちらへやって来た。もう回復したらしい。さすがはパワー系だ。

 

「情報量の暴力は単純な攻撃よりも厄介なものよ。覚えておきなさい」

「分かったわ、もう一人の私」

「……その呼び方も、いまいち気に入らないわね」

 

コツン、シャチがスカジの頭を小突き、スカジの頭がユラユラと揺れた。

 

そしてそのままケルシーの元へ歩み寄る。

 

「なに寝惚けているのかしら。起きなさい、ケルシー」

「ガフッ」

 

パコンと景気の良い音。割と遠慮なくケルシーの頭をぶっ叩くもんだからびっくりした。

それからスペクターとグレイディーアの元へと歩き、同様にゴスン、バキン。気持ちケルシーよりも強い力ではたかれた様子の二人は、そのまま地に伏せる。

 

スカジは……ふらふらとケルシーの元まで歩み寄り、その耳元に向かって何やら囁き始めた。

 

「ケルシー、ケルシー。……あなたたちは、偽の真空の観測を成したことがあるかしら」

「…………無いな。かねてよりこの世界の宇宙の観測データは極めて曖昧かつ信憑性に欠けるものであり、私が知る限り、理論という形で予測が成されたのみに留まる」

「なら、神の粒子は?」

「……なぜ君がその名、そしてその存在を知っているかはともかく、かつて、我々はその偉業を成したことがある。古い時代……今では遥か彼方の、太古の話だが……」

 

真空崩壊。あるいは、もっと細を穿って素粒子論。

かつて俺がスカジに語ったうろ覚えの話。俺なんかではとても扱いきれないスケールの大きな話。

 

それを、スカジは嬉しそうに語る。

 

「私たちがどれだけ進化を重ねようと、決してそこまでの知的領域に至ることはないわ。だってこれは、種族とか進化を超えた、もっと超然とした決まりごとだから」

「君たちは、我々にそれを求めると? しかし、現在のテラの技術力は未だ未熟だ。そしてさらに言えば、源石にまつわる問題が解決しなければ、君たちが求める水準まで到達することは決してないだろう。君たちは、きっと満足しない」

「心配しないで、ケルシー。私は待つわ。そして、共にいる。あなたたち人類の発展は、障害さえなければ決して止まらないものだと、知っているから」

 

あの人は、私にすべてを教えてくれたわ。

 

そう言ってスカジが俺の方を見て、遅れてケルシーも俺を見る。

こっち見んな、二人で完結させてろ。そう言いたかったが、スカジはもちろん見るからに消耗したケルシーにさえ暴言を吐くことができない。

 

 

見ろ、空に虹が掛かっている。キレイだ……荒んだテラの大地にも、虹は現れる。

虹……虹6 ……レインボーシックス……そういえば俺みたいに唐突にこの世界に放り出された人たちがいたな。特殊部隊だけど。

 

「君は……」

「なぁ、ケルシー」

 

初めて、俺はケルシーとまっすぐ目を合わせた。

ケルシーは分かりやすい脅威であるシーボーンのスカジに対して最大限の警戒を払っていたようだから、スカジよりも俺に注目を向けたのもまた、初めてだったのかもしれない。

 

だって俺は凡人だからな。

凡人は凡人らしく、すみっコで大人しくしているのがいいさ。

 

割とテラに適応して逞しく生きてるらしい例の4人組のように、とまで言わないけれど、俺もこの世界を生きていけたらいいな。

 

「レインボー部隊は、元気にしてるかな?」

 

俺の問いかけに対し、ケルシーは静かに、そして何かを諦めたかのように小さく笑った。呟くように言う。

 

「外乱は、君か」

 

なんのことかなぁ?

 

グァッ(よく言うよ)!」

 

いつの間にかMon3trを解放したシーボーンが、皮肉げに鳴いた。

 

 

 

 

 




一方通行の鍵付き扉、そして専用の鍵。ひとたび扉を通ってしまえば……
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