タグの「転生」の十割ココ
ザザーン。
波が砕ける。
ザザーン。
もう一度、波が砕ける。
黒々とした海水が意思を持ったかのようにうねって、陸地に泡沫を叩きつけている。
ザザーン。ザザーン。
黒光りする水は星空を写さない。
今はただ、その場から進むことも、退くこともなく、揺れる波がやってくるだけ。
ザザーン。
やがて、波の一つに乗って、暗い世界に銀色の異物が送り届けられる。
アビサルハンター。
深海に抗う者。
『神』を殺した女。
名を、シャチ――あるいは、スカジと呼んだ。
海はモノを言わない。
しかしその水は、傷付いた女を優しく抱き、彼女を乾いた陸地へと送り届ける。
ご丁寧に大剣まで揃えて意識のないスカジを浜に押し上げてから、また波は行ったり来たりを繰り返す作業に戻った。
スカジは、満身創痍だった。
かろうじて五体満足であるのは、アビサルハンターの中でも特筆すべき秀でた身体能力が成せる技か。しかし、それでも全身は傷だらけで今も赤い血が滴り、開いてはいけない穴が開き、死んではいないことが驚かれるほどである。
『神』殺し。
スカジが、そしてアビサルハンターが成し遂げた、大いなる偉業。
ほぼすべてのアビサルハンターを犠牲にして至った極地。その代価は、数少ない生き残りにして、事をなした張本人の身体を病魔がごとく蝕むのだ。
波が打ち付け、スカジの身を叩く。
波が打ち付け、スカジの頬を濡らす。
早く起きろと、疾く目覚めろと、海が囁く。
「…………ぁ」
ピクリ、白い指が跳ねる。
痙攣のような不規則な動きで、しかしスカジの体は、とある意思を持って動いた。
ただし、その意思とは、
「…………」
もぞもぞと藻掻くスカジの体の内側には、『神』がいる。
それは奇しくも、スカジ達が命をかけて殺したものと同じ。
もとよりアビサルハンターとは、仇敵である怪物どもの力を利用した集団に過ぎない。
そして怪物どもの『神』が亡き今、次代のそれはスカジの身にこそ宿った。宿ってしまった。
――Ishar-mla
アビサルハンターは、その身に宿る海の怪物の力を使えば使うほど、その力に呑まれるリスクは増していく。
ましてや今のスカジは総力を振り絞り、かつ満身創痍だ。
『神』の死に伴い目覚めたソレは、スカジの覚醒を待たない。
しかしその意思は、目覚めた瞬間にかつてない危機感に襲われていた。
なんせスカジの体は満身創痍である。
アビサルハンターとしての、生物として極まった自己治癒能力が致命に限りなく等しい負傷に対してかろうじて釣り合っているだけで、いつ生命活動が停止してもおかしくはない。
それは困る。
海の怪物たるソレにとって、個体の死は重要ではない。
本能として軸に据えられるものは繁殖と浸潤の理念であり、そのために個体の上下はなく、歪なピラミッドが形作られている。
それはそれとして、ソレはこんなところでくたばりたくはない。
故に藻掻く。
機械じみた、およそ既存の生命に当てはまらない思考を火花が散るほど巡らせ、生存の道筋を辿る。
そして海は、その声に応えた。
「──」
軋むような鳴き声。
波の隙間からぬるりと現れたのは、蛸のような姿をした一匹の生命体。
エーギルからは恐魚と呼ばれる、海の怪物のひとつだ。
ソレは、安堵した。
これで
たとえそれが言語すら介さない低脳の下位個体だとしても、同胞に『進化』を促すことができる。
ソレは呼びかけた。
優しく、我が子を諭すように呼びかけ、恐魚を傍に寄らせた。
「────!」
倒れ伏し、未だ目を覚まさないアビサルハンターにとって、恐魚などキルスコアにも乗らない有象無象の雑魚に過ぎなかった。
その細腕にかかれば、素手でも十を超える肉片に引き裂かれ、容易く殺すことが出来る命に過ぎない。
しかし、今は違う。
恐魚はスカジの元へ這いずり、鋭い嘴で肉に噛み付き──
「──???」
あんまりに硬かったもので、驚いたかのように蠢く。
大の男の肉体でさえ容易く噛み砕く咬合力は、しかし物理強度██を突破することは敵わなかったようだ。
戸惑う恐魚を、なおもソレは優しく導いた。
『捕食』するのにわざわざ攻撃する必要が無いときもある。
例えば、今のスカジは全身が傷だらけだ。見えてはいけない肉が露出し、滴る血が大地を染めている。
血を飲め。
大いなる意思はその血に宿る。
アビサルハンターの体に流れる悼ましい青ざめた血は、それだけで並ならぬ力なのだ。
その声なき囁きに誘われて、恐魚は流れる血を啜る。
いつの間にやら生命の危機に打ち勝ったスカジの驚異的な自己治癒機能が着々と傷を治していく中、溢れる血を飲み、『神』はちっぽけな恐魚と同化していく。
「────!!!!」
突然、恐魚が身を捩って悶え始めた。
触手を無闇矢鱈に振り回し、狂ったように暴れ始める。
あまりに強力な『神』の血は、所詮は下位個体に過ぎない恐魚にとっては身に余る。
ビキビキと筋繊維が収縮と弛緩を繰り返し、金属音のような苦悶の鳴き声だけが響く。
ソレにとって、元より分の悪い賭けだった。
シーボーンですらない恐魚に『神』を継ぐ能力を期待するなど、明らかに無理があることである。
それでも偶然そこにいたからやってみた。
ダメでもともと。
同胞が進化を果たせるのならばそれでよし。スカジが回復し、やがてソレが目覚めるのならばそれも良し。仮に『神』の意思が途絶えようと、同胞がいる限りは何も問題は無い。
──やがて、一匹の恐魚は波に攫われ、海の何処かへと消え去った。
しばらくすると、致命傷を自力で治した一人のアビサルハンターが剣を携えて立ち上がり、
『神』の力に耐えかねた恐魚は海の片隅で力尽きて藻屑に成り果て、イベリアの片隅の岩場に流れ着き、人知れず消えるはずだった。
本来ならば。
「食い物ォ!!」
誰もいないはずの海辺に、一人の男が現れた。
その男は息も絶え絶えな恐魚を見つけるや否や、凄まじい勢いで飛び付き、そして
血に飢えた獣のような、人を喰らう恐魚のような、あるいはそれらを凌駕するほどに本能的で暴力的な様相で、男は恐魚の触手に齧り付いて肉を千切り、血を啜っている。
本来ならば男を軽く捻り潰せるであろう恐魚は、しかし全身にかかった負荷でまともに動くことも出来ず、ただ『捕食』されている。
──ひとつ、男の素性について説明しよう。
男は転生者である。
前後の脈絡すらよく分からないうちに転生し、気が付けば人っ子一人いない、無機質な海辺にいた。
当然のように男は戸惑い、しかし文明の光を求めて歩き出す。
海辺を辿っていけばどこかに人がいるはずだ、という根拠も何もない考えに頼って。
一日目。
ひたすら歩き続けた男は、棒のようになった足を揉みながら、空を眺めた。
月が二つあるのを見て、星が男の知るそれとまるで異なっているのを見て、方角すら分からないことに絶望した。
二日目。
少しだけ海から離れて陸地の様子を伺った男は、まるで人の手が入っていない荒廃した大地に絶望し、全てを見なかったことにして再び海に沿って歩き始めた。
三日目。
ここまで飲まず食わずである。流石に耐え難い渇きに喘いだ男は、堪らず海水に口を付け、その塩分に悶絶した。これでは水分補給すら出来やしない。一度は心が折れた男だが、その日に雨が降り、辛うじて命を繋ぐ。
四日目。
岩場に手頃な洞窟を見つけた男は、そこを一時の拠点とした。漂着していた筒のようなものと衣服を組み合わせて簡易的な浄水器を作って雨水を貯め、海に潜って浅瀬から海藻を摘んできて食み、流木を見つけてきてどうにかこうにか火を起こす。
男には多少のサバイバルの心得があった。
五日目。
水の不足、海藻では満たされない飢え、そして人の痕跡が見つからない孤独感がひたすら男を苛む。
六日目。
まともに眠れない日々が続く中、人と食料と水を求めて歩む男は悪霊の如き様相を晒していた。
七日目。
浜辺で見つけた蛸のような生物を見て、男は何かに駆られるように飛び出した。
本来ここで消えるはずだった恐魚の命は男の血肉となり、取り込まれる。
その内に吸収し、持て余していた『神』の血と共に。
「…………ガ、グフッ」
やがて、男は跪く。
岩肌で四つん這いになり、突然ゲーゲーと胃の内にあるものを吐き出す。
消化されなかった海藻がビチャビチャと弾けた。
食い破った触手を吐き出し、胃液も吐き出し、掠れた声と涎のみが垂れるだけになっても吐き続けた。
やがて、倒れ伏す。
空腹、渇き、疲労。
男はもはや限界だったのだ。
いつか、男は目覚めるだろう。
しかし極度の疲労の上に重なった恐魚の摂取による衝撃は、男にそれまでの記憶を失わせるには十分なものであった。
偶然は二つ。
食事という形で取り込んだ血が、たまたま──あるいは必然として、転生者の男に適応して馴染んだこと。恐魚の肉が吐き出されたことによって、異化するはずだった男の意思が保たれたこと。
こうして出来上がった『神を取り込んだ異界の男』は、やがて恐魚を取り込み、シーボーンを取り込み、それを余すことなく『神』の養分にした。
『神』が育つ。
『神』が学ぶ。
『神』が適応する。
『神』が進化する。
本体より速く、本体より先鋭に。
『神』は取り零した自身の欠片を回収し、育まれたものに従って進化する。
誰も知らない男の転生特典は、『対話』すること。
言葉を解する知的生命体が相手なら、あらゆる言葉の壁を無視して意図を伝え、会話することが出来る。
無理解は許さない。無視もまた許さない。
半ば強制的に男の意思が叩きつけられ、相手の常識も本能も何もかもをぶち破って、本来の意味とはかけ離れた強引な『対話』が為されるのだ。
それがたとえ、人と異なる価値観を宿す、海の怪物であったとしても。
そして『神』は、与えられた環境において、飛躍的な進化を果たす。
やがて、男は自身に宿った青ざめた血を、『濁心』と呼んだ。
結局これどういうことだったのリスト
Q.濁心スカジは何だったの?
A.漂流してたスカジから剥離したシーボーン成分を流浪の転生者がうっかり取り込んじゃった末に生えてきた奴
Q.濁心スカジは何をして何のために主人公にくつっいていたの?
A.ご都合主義で主人公を取り込めず、おまけに吸収された側なのであくまで主人公に従属していた。ミギー的な。主人公が海の怪物を食らって間接的に強化され、元の力を取り戻して行ったが同時に主人公にいらん知識をあれこれ吹き込まれた。紺碧の心を取り戻して完全体になったが、同時に主人公(人間)を介していた為に人間の感情まで理解してしまい(テキスト参照)、うっかり欲望が生まれて優先順位が出来ちゃった。グリード的な。
Q.キャノットはどこで紺碧の心を拾ったの?
A.ファーストシーボーンは主人公に食われた時に一度死んだ。なのでそこら辺の浜辺でそれを拾った後、親切なおr……キャノット様が臭いを辿ってお届けしてくれたんじゃねぇのか? ハハハ、ご都合主義ってやつだ。細かいことは気にするもんじゃないぜ、兄弟。
Q.何のためにロドスに行ったの?
A.主人公はロドスに保護してもらいたい一心。濁心スカジはロドスで人類のあらゆる知見を得て、更なる進化の可能性を探りたい。ちなみに濁心スカジの人類ならびにロドスへの認識は主人公の偏見とにわかフィルターを経ている。
Q.ロドスはなんで受け入れたの?
A.正確には受け入れたと言うより居座られた。主人公のいらん入れ知恵と強制的なコミュニケーション能力の横領で某赤い鳥みたいな能力を身につけた濁心スカジは凶悪だし下手に野に放つことも出来ないので、向こうが協力的な内は監視対象という形になった。誤解のないように言っておくと濁心スカジはあらゆる知識を絞り尽くしたと判断したらロドスとかテラの全てを飲み込んで進化を始めるし、ロドスもヤバシーボーンを殺す方法を見つけたら躊躇いなく実行しようとしている。主人公は泣く。
Q.最後の海の怪物との〜ってくだりはなに?
A.おそらく海の怪物はミヅキやスカジなどいくつかの可能性の中からもっとも優れた個体を進化の方向性として選ぶ、と筆者は考えた。というかそう設定した。なので濁心スカジはあらゆる同胞たちを取り込んで種の進化の方向を強制的に定めたい。自身の強化にもなるし。そして海の怪物を滅ぼしたいロドスやエーギルとしても、濁心スカジの存在を除けば異論は無いので濁心スカジが戦線に赴き、片っ端から殲滅して同化することに合意した。『対話』能力で合意させられた。あくまで主体の主人公から濁心スカジが離れられないため、濁心スカジが海に行くなら主人公も過酷な戦場へ行かねばならないのだ。ぶっちゃけた話をするとオチのタイトル回収のためです。
Q.主人公は海の怪物の危険性を認識してるのになんでこんなに楽観的なの?
A.ここまで来て未だに現実味が追いついてきてないのと濁心スカジとの融合で割と価値観が怪物側に傾いてるからです。濁心スカジが世界を飲み干したら驚くし嘆くし悲しむけどそのうち割り切ります。頑張れロドス! 宇宙に進出して共存の道を掴み取れ!
Q.ほのぼのかこれ??
A.誰も死んでないし死ぬ予定も無いのでほのぼの! ヨシ!(現場フェリーン)
Q.これどういうこと?
A.ご都合主義です。もしくは広げた風呂敷の未回収です。
Q.これおかしくない?
A.ご都合主義です。もしくは広げた風呂敷の未回収です。
反省点
風呂敷を広げて書きたいとこだけ摘んでいったら冗長になったこと
キャラ物の二次創作なのに語り手の独白が多すぎて肝心のキャラが薄かったこと
濁心スカジのキャラ付けでゲーム内楽曲を用いようとしたらハーメルンの規約的に引っ掛かりそうで大幅にオミットせざるを得なかったこと
試しに全十八話をひとつの文章にして書いてみたらやけに動作が重くなって書き辛かった上に投稿作業が非常にめんどくさかったこと
思ってたより高評価を頂いたせいで一晩にして評価がひっくり返り黄色バーになる悪夢に悩まされたこと
その他たくさん
年内に全部投下出来て良かったです。
匿名は解除するので以降何かあれば感想かメッセでどうぞ。