目が覚めたらテラで目の前に濁心スカジがいた   作:ぺとら

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よく考えたら一日一回更新だと悠長すぎるので一日二回更新にします


第三話

 

 

 

武器(包丁)を手に入れ、飢えや渇きから解放された俺は無敵になった。

訂正。無敵ではないけれど、かなり強気になった。

 

どんどん浜を進み、人を探す。

 

アレから何度か恐魚に出くわしたものの、なぜかどいつもこいつも俺を襲ってくることはなく、むしろ友好的に頭を下げて食われに来る。

怖いよ、俺の中で海の怪物が家畜と同程度の評価になってしまいそうだよ。そしてなぜかどいつもこいつもやたら美味いのだ。

 

四足歩行の魚モドキは青魚、喋って歩くゴカイみたいな奴はジューシーなヒレ肉、ワニと触手と貝と鳥を融合させたような恐魚はなぜか鶏肉みたいな味がした。火で焼くか、海水で塩味をつけただけなのに。

 

このままでは俺は怪物グルメにハマってしまう。

そんな危機感を覚えつつも、結局他に食うものが海藻ぐらいしかないのだ。

 

 

そういえば、危惧していた怪物化はいまだ起きていない。

火を通していたのが良かったのか、それとも俺が気付いていないだけか……

 

今はただ、飯がうまい。

見ろよこの肉、どっからどう見ても牛肉みたいだろ。

 

めし うま

 

「これが実は海鮮なんですよねぇ」

 

エーギル印の包丁は今日も絶好調。

殻も筋も骨も関係ねぇ、全てを断ち切ってくれる。切れないものはあんまりない。

 

間違えて手を切ってしまった時も血が止まらなくて焦ったものだ。

スカジが歌ってくれたおかげですぐに治ったから良かったものの、普通なら縫わないといけないところだった。

 

……スカジといえば、この女は最近なにやら様子がおかしいのだ。

 

「私たちは進化し続けるの。やがて海を越え、空気にすら適応するわ。でも、あなたは私たちじゃない。なのにあなたは私たちと同化しようとしている。ねぇ、どうして?」

「知らないよ。俺は飯を食ってる、君たちは食べられる。それが食物連鎖ってやつさ」

「食物連鎖?」

「生態ピラミッドさ。強いやつが弱いやつを食べる、もっと強いやつが強いやつを食べる」

「でも、私たちは弱くはないわ」

「そうかもな」

 

また別の時にも。

 

「私たちを捕食する時に言う『いただきます』って何かしら」

「糧になる命に感謝を示すおまじないだよ。君たちは同族喰いの時に感謝をしないのか」

「感謝……? 私たちは進化し続ける群体よ。自分自身を糧にして進化を導くのに、どうしてそんなものが必要なのかしら」

「そうだな。だが君たちは陸の生物も取り込んで進化するだろう。それは他種族のおかげだよ」

「……そうね。そうかもしれないわ」

 

こんな感じ。

 

どうやらスカジにとって、同族を食う俺の存在はよく分からないらしい。

そりゃあ確かに、俺はなぜか怪物化していないが、テラの人間だって恐魚を食べた者はいるだろうに。

 

俺も次第に面倒になりつつも、最上位個体であるスカジの機嫌を損ねたらあっさり殺されそうなのでひとつひとつの質問に甲斐甲斐しく答えている。

気分は無知で無垢な子供に道徳を教え込む小学校教師だ。

 

俺の倫理に則り、動物の社会性に基づき、尋常の生命体が構築する環境を教えている。

当然ながらスカジは「尋常の生命体」に該当しないんだろうが、生憎と俺は怪物の価値観を知らないんでな。

 

「君たちが仮に『至高の生命体』を目指していると仮定するが、それはこの星を呑み込んで終わりなのか? 恐らくこの世界は広いぞ」

「知っているわ。偽りの星蓋、源石の天幕の向こう側にある世界。進化の果てに、そこもきっと海になるの」

「しかしその海は有限で、あるいは宇宙は無限だ。君たちは真に頂点捕食者であり続けることが出来るのか」

「……分からないわ。私たちは、海以外の世界を知らないもの」

「ならば、海の外から『シャチ』がやってくるかもしれないな。植物、虫、獣、先民、神民、『海』、そしてシャチ。綺麗な生態ピラミッドじゃないか」

 

よく火を通したタイコの骨をおつまみ代わりにしゃぶりながら適当なことを言っていると、スカジは難しい顔をして黙り込んでしまった。

 

こうなると長いのだ。

電波発言をして呑気に歌っている分にはその手のオブジェクトとして認識すればいいのだが、存在感が尋常ではないだけに黙られると気になって仕方ない。

 

 

拾ったヒモで今まで食べてきた恐魚の骨でアクセサリーを作る作業も終わってしまった。

タイコ、サバト、アシガイ、ワニドリ、ウニラ、コブリ……その他大勢……君たちの犠牲と献身は忘れない。君たちの身体は俺と共にある。君たちの意思はこのネックレスと腕輪とドッグタグに宿っているよ。

 

Oh, fair maiden. (あぁ、美しき貴婦人よ!) Why is it that you weep?(なにゆえそなたは咽び泣くのか?)

 

そうだ、脳に瞳を宿したまえよ。

宇宙は空にある。地下には海がある。そして海とは宇宙である。

 

故に我らは啓蒙し、より貴き叡智を得るのだ。

 

あぁ、エーブリエタース……美しき星の娘、報われない宇宙のけだものよ……

 

「……あなたは、私たちの知らないことを知っているのね」

「なんでもは知らないさ」

 

知ってることだけ。

 

例えば、テラの星空が偽物で覆われていたこと。

月がもともとひとつであったこと。

ホルハイヤの出自が実は結構えげつないこと。

タチャンカダンスは結構前に無くなったこと。

スペクターの本名がローレンティーナであること。

ケルシーが割と感傷的なこと。

 

「あなたと一緒になっても、あなたのことが分からないわ。私たちの知らないことはまだたくさんあるのね」

「同化と進化の過程で取り零すものを、君たちは惜しいと思うのかな?」

 

スカジは疲れたように──彼女にそんな機能が存在するかは分からないが、目を閉じて壁にもたれかかった。

 

何か考えているのだろうか。

シーボーンは言葉を学習し、文明を理解するが、どのような思考回路をしているか気になった。

 

スカジは、まるでかつての名画のように壁にもたれかかり、そして壁をそっと撫でている。

黒い壁は僅かに蠢き、まるでスカジを労るかのように無言の嘶きで応え──

 

「──って、シーボーンじゃねぇか!」

 

ビックリした!! 壁が動いたかと思った!!

いつの間にいたんだよ!! これだから海の怪物って奴は!!

 

そこにいたのは、Mon3trとはまた違う、デケェ竜みたいな怪物。

鉱石のような体は新月の夜の海のように真っ暗で、やけに妖しい光沢を発している。

 

目は無いように見えるが、裂けたかのようにデカい口から漏れる淡い燐光がめちゃくちゃ危機感を煽る。

 

「……コイツ、濁心スカジのシーボーンか」

 

敵として戦ったときのような大きさではない。

むしろ召喚ユニットとして出張回復所をやっていた頃のような、デカいぬいぐるみサイズではある。

 

だけど怖ぇよ!

 

もうちょっと愛嬌を持とうぜ。

 

試しに顎──口の下だからたぶん顎だろう──を撫でてみようとして、触れなかった。

シーボーンはひとつ身震いをしただけで、そして俺は空を切った手を呆然と見つめる。

 

「え、こわ」

 

ホラーかな。切実にやめて欲しい。

 

スカジは目を閉じたまま、ひと呼吸ごとに僅かに肩を揺らしている。まるで眠っているようだ。

そしてシーボーンはもはや身動ぎもせず、ただ壁のようにそこにいた。

 

「……寝ているのか?」

 

スカジは眠っているように見えるけど、ドクター曰く、人間のフリをしているだけ……なのかもしれない。俺が眠る姿を見て、人間を学習したのだろうか。俺はスカジを警戒してまともに眠ってはいないのだが、こいつの行動規範が理解できなくてつらい。

 

そもそもこのシーボーンがかの「ファーストボーン」なのであれば、濁心スカジの正体は本物スカジそっくりの女形態よりも、このバカデカい化け物の方が正しいはずだ。……このスカジが本来の姿になったら、俺なんか一口でペロッと食べられちゃうんだろうなぁ。怖いなぁ。

 

 

でもどうしてか、手に持つ名刀包丁丸で眠るスカジの首をカッ捌こうとは思えなかった。

 

恐魚を大量に食いまくったから、もうどうにでもなれーって気分になっちゃってるのかもしれない。黄泉竈食(ヨモツヘグイ)だったら俺はもう黄泉の国に土地買っちゃいましたってレベルだからな。

 

 

今はただ、歌おう。

 

眠るスカジをあやすように、浮かばれない孤独を癒すように。

歌は全ての生き物を繋ぐ共通言語だと言うのだから、言葉は通じてもまともに意思疎通なんて果たせない海の怪物相手に、この気持ちを伝えられるのかもしれない。

 

 

── amābam(星に憧れた奴がいた)

 

 

……これはどうも良くない気がするから、やめておこう。

 

クリステンは今どこで何をしているのだろうか。

地上が海からの侵攻を受けて滅んでも、阻隔層のあたりを漂っているんだろうか。それともまだライン生命のトップ? そうだったら世界はまだ滅んでいないことになるから、そっちの方が嬉しいな。俺は今までのテラの空を知らないから、頭の上にあるものが偽物かどうか分からないのだ。

 

やがて宇宙からなにかがやってくるというのなら、『海』に全てを任せるのもひとつの手なのだろうか。

 

いいや、違う。

ケルシー先生はきっとすべての協力を望んでいる。

 

面倒だ。やっぱり滅んだ方がいいんじゃないかな、この世界。

 

 

思うがままに、ひとつの叫びが口を衝く。

 

 

「"全てを燃やし尽くしてやれ"!」

 

 

俺のとびっきりのシャウトに驚いたのか、シーボーンが鎌首をもたげて俺を睨みつけて低くうなり、シーボーンにもたれかかっていたスカジはずり落ちてキョトンとした顔で俺を見つめていた。

 

 

ごめんって。

 

 

 




Operation Pyrite
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