発見だ!
大発見だ!
素晴らしいものを見つけてしまったぞ!
俺の過酷なサバイバル生活が遂に報われる日が来たんだ!!
ついに俺の恐魚ネックレスが2つめに突入してしまい、「いっそのこと海の怪物の仲間入りした方が……」なんて思っていた日々とはようやくおさらばだ!!
「スカジ、ほら行くぞ!」
「――つまり、あなたにとっては私たち血族も、陸の人たちも、かつての僚友も、みんな等しく同じ円環の内にある同族であるということなのね。私たちの誰かが死んだとき、血族はそれすらも糧にするわ。それでも一部のエネルギーは海に撹拌して、これが血族以外の存在を育む糧になるの。魚が育てばそれを捕食する動物が現れるわ。そしてそれはやがて陸の人間の糧になって、また私たちと同化する。これが生命の循環……テラがひとつの星である限り、巡り続ける輪廻の形……あなたの考え方は難しくてよくわからないわ。でも、少しだけ……」
「ほら何言ってるんだ行くぞ!」
腕を掴もうとして──空振り。
もう一度掴もうとして、やっぱり掴めない。
いや待て、どうして俺がスカジを連れて行こうとしている?
勝手についてきているのはこの女の方じゃないか。
「待ってろ文明!」
「ガイア理論……テラという惑星をひとつの生体と見なす理論。器官としての
走っていたら俺の横をふよふよとついてきた。
やっぱりこうなるんだな、そんな気はしてました。
それはそれとブツブツ呟くのやめてくれないかなぁ!
カヲルくんかテメェは!
――初めに目に入ったのは、明らかに人の手が加わった道。
ゴロゴロと岩が転がる荒れ地で、不自然なまでに均された道が一本だけあるものだから、期待を隠せない。
その道をたどると、やがて材質が湿った土から石に変わった。これはつまり、
やがて、建物を認めた俺は、満面の笑みを隠せなかった。
「町だ!」
明確な人の痕跡!
俺以外の人間の証拠!
やったぜやったぜと、思わず気持ちの悪い笑い声を隠せない俺は、そのまま町に飛び込んだ。
門も看板もない入口は境界線も分からないほどで、そこが町というより村と言った方が正しいんだろうな、と思う。
そこは酷く閑散としていた。
湿っぽい空気が蔓延し、光の宿る建物はひとつもない。
暗い色をした雑草がそこら中に生えていて、建物を侵食している。
粗悪な作りのガラスは割れてしまっているものがほとんどで、むしろヒビ割れの入ってない建物を探すのが難しい。
そもそも建物自体もひどく年季が入っていて、見るからにボロい作りだ。
カビのような饐えた匂いは、どこかで何かが腐っているのだろうか? 居心地の悪い路地裏のような薄暗さが、空間全体を覆っているようだ。
あまり人に好まれる場所ではないかな。
「うーん」
明かりの灯る大きなおうちはどこにもなく、空気が流れる冷たい風の音だけがいやに響く。
そしてもう一度言う。
そこは、酷く閑散としていた。
この村には、人の気配が微塵も存在しない。建物はボロボロ。空気は最悪。
明らかに廃村ですね分かります
「……やっぱり人類滅びてるんじゃないのか?」
乾いた笑いに答える人はいない。
スカジはいたが、なにやら難しい顔をするばかり。
ボロボロの村を巡って得た知見。
良かったことがふたつ、良くなかったことがひとつ。
良かったことひとつめは、なぜかテラの文字が読めたこと。
いくつかの家に不法侵入した結果、放置されていた日記帳らしきものを発見した。レインボー小隊の面々の言語がいまいち通用していなかった事実を思い出しつつもダメもとで開いてみたら、なぜかすんなりと読めたのだ。ラッキー。
そして分かったのは、ここが俺の想像通りにイベリアの片隅であるということ。
ここで良くなかったことが分かった。
やはり外見通りにこの村は廃村だ。
日記の記述によれば、「未曾有の大災害」なるものに遭遇して村が壊滅的なダメージを受け、さらに村の半数を占めていたエーギルが裁判所に連れていかれて帰ってこなかったらしい。これによって村の機能が立ち行かなくなり、仕方なく離散する羽目になったのだとか。
おそらく、この「未曾有の大災害」とやらは大いなる静謐だかなんだかのことだろう。深海教会との繋がりを疑われたエーギルが裁判所に引っ張られたという内容も、記憶と合致している。
多くの荷物が残され、かなり荒れている村の有様は、まともな退去すら許さないほどに大いなる静謐がもたらした混乱の大きさを想像させる。なんだかぞっとしないなぁ。
そして最後にもうひとつの良かったこと。
忘れていったのかあえて置いていったのかは不明だが、家主のへそくりらしき龍門幣を発見したのだ。皆大好き例の青いお金である。
テラの世界は国ごとに独自の貨幣制度があるようだが、それはそれとしてある程度栄えた都市なら龍門幣も使えるような描写がある。さしものテラも管理通貨制度を採用している国が多いはずだ。たぶん。
なかなかの額が隠されていたので、これでしばらくは最低限の暮らしができるかもしれない。
「金を使う国がまだ残ってたらいいんだが……」
「貨幣……あなたたち信用の証。こんなものに頼らないと互いを信じられないのね」
「そして金は需要と供給のバランスを生み、利益を出そうと競争する。それが生み出したのはより先鋭的な思想だ。つまりは進化だよ」
「進化……」
最近はスカジの扱いにも慣れてきた。
適当に俺の知る価値観や社会システムについて言及するとそれについて延々と考え込んでくれるのだ。彼女が俺を殺さないのは、原因は不明だが俺が与える情報になにかしらの価値を見出しているからなのかもしれない。
つまり俺の話のタネが切れたら終わりってことだな。
ハハハッ、勘弁してくれよ。
◆
やはりベッドは最高だ。
ボロボロで埃まみれ、木製のフレームはギシギシと軋むし長年放置されたマットレスは固くて仕方がなかったけど、それでも眠るための環境は海藻で作った簡易お布団とは比べ物にならないクオリティの安眠を提供してくれた。
思ったより爆睡してしまって、目が覚めたら俺の顔をスカジが覗き込んできていて死ぬかと思った。スカジ曰く、「死んだのかと思った」らしい。そして「死んでいたらもったいないから血族に加えてあげようと思った」とも。こっわ!
そういうときは逃げるように海に行く。
海沿いのイベリアだけあって、俺が見つけた村もすぐに海に行ける。
そこには海の怪物との交戦を感じさせる半壊した防波堤みたいなのがあって、釣りをすると魚や魚以外のアレやコレがよく釣れることが分かった。
どうも大いなる静謐以前は漁や釣りも行われていたらしい。
埃のつもる倉庫に放置されていた年季の入った釣竿は、しかし俺のテクニックにかかれば立派な
「フィッシュ! フィッシュフィッシュ! フィーーーッシュ!」
「ツラレチャ……ッタァ!」
魚。恐魚。魚恐魚恐魚。恐魚恐魚恐魚。
恐魚が多いな!
食べる分だけ頂いて、残りは海に放り込む。
最近は慣れと諦めが合わさって生食を始めた。さらに村で使えそうだった調理器具も利用すれば、そこそこ立派な料理を作ることができる。
食材はだいたいダメになっていたのが口惜しいが、気分は立派な料理人だ。
腹を満たしたら本でも読みたいところだが、あいにくとこの廃村にはそんなご立派なものは残っていなかった。きっと持ち出されたのだろう。
そういうときはスカジの歌を聞くに限る。
慣れというのは恐ろしいもので、最近ではスカジの歌を子守歌にして爆睡するようになってしまった。未だに俺に付きまとうスカジに対して、もうどうにでもなれーって気持ちを抱いているのは否定できない。
昨日はスカジに真空崩壊の仮説を説いてみた。
このテラの世界の宇宙においてこれが成り立っているのかは知らないし、いわんや海の『神』がこれでくたばるのかなんて知ったこっちゃないが、言うだけなら安いものである。
当然ながら俺は専門家じゃない。
何やら一晩中考え込んだスカジは俺にアレコレと質問してくるが、答えられなくなったときはいつもこう返している。
「ケルシーに聞くといい。彼女は俺より博識だ」
ケルシー……生きているんだろうか。ドクターの記述ではアーミヤともども殺されたようだが、俺はあの人ならなんだかんだで生きているだろうと信じている。
あと、スカジはケルシーやアーミヤ、それにロドスの名前を聞いても首を傾げるだけだった。これもまた、俺が人類の生存を信じる理由である。
そうなると眼前の濁心スカジは何者なんだって話になるが……まぁいいや。
スカジから誰何されたので、君たちより遥かに長い時を生きる人間だと教えておいた。
当然ながら俺はケルシーとは面識がない。
というかこの世界で面識のある人間がいない。
寂しいことこの上ない事実だが、笑い話のようでもある。
不思議なもので、あれだけ人を探して歩き回っていたのに、村というこの上ない人類の痕跡を発見してしまったことによって俺の欲望が消化されてしまったようだ。
釣りをする。飯を食う。歌を聴く。半ば一方的に蘊蓄を垂れ、スカジが黙ってしまった時には俺が歌うこともある。そして寝る。
村を出て生きた人間の存在を探そう、陸の生存を確かめようという考えもあったが、もし仮に全て滅びていたらと思うと足が重くて仕方がない。面倒なことを考えているより、ここで慎ましく生きるのも悪くはない。
スカジの歌を聞いているとそう思う。思うようになった。
思った結果。
「長居しすぎだな」
数週間経ちました。
「?」
フィッシュ!
裂帛の叫びに合わせて、鯉のような魚が釣れた。海なのに。
これは恐魚じゃなくてただの
海水を貯めたバケツに飛び込んだ魚を眺めるスカジが不思議そうな顔をしているから、きっと間違いない。
いやいや、そうではない。
俺はこんなにのんびりと釣りをしている場合ではないのだ。
すっかり忘れていたが、定年退職後の金持ちご隠居老人みたいな暮らしはいただけない。動かなくては。
おやつ代わりの恐魚の骨ネックレスもしゃぶり尽くしてしまったからちょうどいいのだ。
夏休み最終日の学生のような気持ちで、俺は決心した。
ちなみにここでいう宿題は当然ながら人類の探索を示す。
「私たちにはまだ知るべきことがたくさん残っているわ。暗闇は深海の褥のようなものだけど、未知が齎す漆黒には抗わないといけないもの」
行動しよう。
俺は立ち上がる。釣竿を海に放り捨てた。
拠点に置いてある食料を一つに纏めよう。龍門幣と替えのパンツをもって、テラの大地に踏み出そう。
「もう少し、辛抱してくれるかしら。あと少しで私は私たちの血を取り戻せるわ」
一番近い国は……ラテラーノだろうか?
地図が見つからなかったので何も分からないが、とにかく歩き出すのだ。
「やがて海は世界を犯すわ。乾いた陸地も、無機質な空も、いつか海になるの。だから、一緒に行きましょう?」
……相変わらず何を言っているか分からない。
いや、もうそんなの関係ない。
俺は進むことにした。この意思は誰にも曲げられないだろう。
スカジに俺の決意を突き付けてやる。
なんだったら名刀包丁丸を抜くことだってやぶさかではない。
勢い良く振り向く。
「――よう」
一人の大男がいた。
黒いマントを身に纏った、妙に胡散臭い怪しい男。
何やらマントの下から触手が蠢いているような気もするが、それよりも特徴的なのはその顔だ。
一筋のスリットが入った、そしてそれ以外は頭のすべてをすっぽりと覆い隠すバケツのようなヘルム。
それは、盟友でも敵でもなく、真ん中に立ちはだかる変なやつ。
でも割とドクターとは友人みたいな関係を築いていたような気もする。
そいつの名は、キャノット。あるいは、Mr.グッドイナフとも自称していたか。
「釣れるかい?」
気付かぬ間に俺の後ろに立ったそいつは、バケツを覗きながら話しかけてきた。