目が覚めたらテラで目の前に濁心スカジがいた   作:ぺとら

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一方その頃


第八話

 

 

ロドス・アイランドは眠らない。

 

これはロドスが医療機関を兼ね備えているから、ということもあるし、抱える人員の多さと、そこから来る種族の多様性から夜間勤務者も少なくないということもあるし、トップのドクター、ケルシー、アーミヤの三人ともが過剰労働者であり、休まない眠らない帰らないの三拍子揃ってしまっているせいでもある。

 

結果、ロドスはたいていの場合はいつでもどこでも騒がしい。

 

あるいは、墓も残らない陰鬱な運命が待ち受ける鉱石病患者にとっては、その方が良いのかもしれない。一人で黙っていては悲しいことばかり考えてしまう。それならば、皆でやかましく騒ぎ、その喧騒をもって寂寥を吹き飛ばすことが必要なのだろう。

 

それを逃避と蔑む人は、ロドスにもいるにはいるが、それはそれとしても全てを否定されるべきではないのだ。

 

 

 

しかし今日は、いつにも増して、ないしはいつもと毛色の違う騒がしさが見られた。

それは、広大のロドス号の一角、郵便物の仕分けを行う部署での話である。

 

事務仕事の都合上、普段のその部署には内勤オペレーターしか在籍していない。

当然の事ながら前線に出て作戦行動を取ることはなく、そして個人への配送物は所属部署へと運ばれるため、ここに作戦部のオペレーターが訪れることなどまったくもってありえないことなのだ。

 

 

だからこそこの日、後方支援部はロドス・アイランド号がひっくり返るかと思うほどの天変地異の恐慌に包まれることとなる。

 

 

「ちょ、ダメですってスカジさん! 止まってください!」

「いいから通しなさい。怪我しても知らないわよ」

「ちょ、力つよ……応援! 応援呼んできて!!」

 

異様な光景だった。

 

普段は忙しいなりに穏やかに仕事を済ませるオペレーター達が、今は複数人でたった一人の女に群がっている。男も女も一緒くたになって必死に押し留めようと力むが、なんとも奇怪なことにたった一人の女を止められないのだ。

 

長い銀髪の女は、迫り来る多数の大人を引きずりながら、尚も強引に歩みを進める。

 

「ダメなんですって! ここは個人情報も機密事項も集まる場所なんだから、許可が無いと入れないんです!!」

「知らないわよ、そんなこと。死にたくなかったらどいてなさい」

「あぁもうこの人ホントに話通じない! 誰かケルシー先生呼んできて! それかドクター!」

「ドクターは今30連勤からの休憩中らしいですよ!?」

「緊急事態よ!!」

 

喧喧囂囂の大騒ぎだが、その渦中にいるのがスカジと呼ばれた一人のオペレーターであると分かれば、多くの人物は「あぁ、あの……」と半ばため息混じりの納得を返すだろう。

 

なんせスカジとは大剣片手に戦場を走り回り、敵を吹き飛ばし壁を砕き、挙句の果てには山をぶち抜いたとも言われている、見た目にそぐわない凶悪な膂力と危険性を秘めたヤバ女だからだ。

 

 

ロドスに入職した当初は致命的なまでにコミュニケーション能力に欠け、報告書は適当、同僚を後始末要員のように扱い、それはもう敬遠されていたスカジだが、ドクターをはじめロドス職員の弛まぬ努力によりここ最近はある程度の改善が見られていたハズなのである。

 

にも関わらず、本日のスカジは大暴走。

普段は立ち寄ることさえない後方支援部に押しかけ、挙句の果てに権限もなく押し入ろうとしていた。

 

 

「せめて理由を! 理由を教えてください! それ次第では対応しますから!」

「ダメよ。そんな悠長なことはしていられないわ」

「言ってみないと分からないでしょぉぉぉぉ!!!!」

 

スカジはまるで止まらない。

 

しかしむしろ、戦闘畑でも無いのに真っ向からスカジに立ち向かい、あまつさえ侵攻を遅らせることが出来ている事務オペレーターこそが褒め称えられるべきであるのだ。

 

前線を知らない彼ら彼女らにとって、スカジの武勇伝もとい噂話はかなり誇張されて伝えられている。それが「完了」とだけ書かれたスカジの無愛想極まりない報告書の印象と妙な相乗効果を起こし、実はかなり恐れられているのだ。

 

非公式で行われた「第13回ロドス食堂でばったり相席したくない人ランキング」では堂々の3位である。ちなみに「尊敬してるけどそれはそれとしてちょっと怖い」という理由でケルシーが8位にランクインした。それを聞いた本人は割とガチめに落ち込み、少しだけ耳が伏せられた。

 

「いいから道を開けなさい。私も乱暴なことはしたくないの」

「うそっ片手に力負けするの!? あーーちょっとダメダメ入っちゃダメですぅ!」

 

かくして儚い籠城は押し破られ、勤務中の事務オペレーターは遠い目をして来る未来を静観することにした。

 

ちなみにスカジの名誉のために述べておくと、彼女は事務オペレーターに怪我を負わせないため可能な限り力を抑えている。本気を出せば二秒で突破できる壁だが、スカジとて根は優しいのだ。

 

 

手紙やら郵送物やら何やらが集荷された部屋に踏み込んだスカジは、何やら鼻を鳴らしながら部屋を荒らそうとして──

 

 

「何をしている、スカジ」

「ケルシー先生!」

「私もいるよ」

「ドクターも!!」

 

一応は直属の上司にあたる人物が現れて、ひとまずは進軍を遅らせた。

 

「もう一度聞こう。このような場所で何をしている」

「あなたたちには……」

「関係ない、とは言わせないよ」

 

ドクターの一言を受けて、スカジが口を噤む。

 

戦場では決して止まらず、どんな攻撃も真正面から受け止め、そして確実に、しかも無傷で敵を殲滅するというスカジの噂話を知る人は、そんなスカジがたった一言でひるんだことに驚きを隠せない。

 

「君がそこまで慌てているということは、例の問題に関連することだろう。そしてそれに関してはグレイディーアとの協議は済ませ、協力してことにあたるという契約を結んでいる。つまり君が私たちに事情を説明することは君の義務であるし、問題を解決することは私やドクターにとっての義務でもある。現在グレイディーアとスペクターがロドスを離れている以上は君が焦る気持ちにも理解を示すが、しかしこうも強引な行動は褒められたものではないな」

「君が恐れているものは理解しているつもりだ。それでもなお、私たちはスカジの力になりたい」

 

スカジは少しだけ俯き、逡巡した様子を見せる。

 

かつてのスカジにとって、誰かと親しくなることは禁忌だった。

なぜなら、親しくなった人はみんな死んでいってしまうから。

 

 

しかし、今は違う。

ロドスで得たつながりは広く頑健で、これならば信じていいかもと思わせるほどのものだ。

 

そして彼女には、確かに僚友が存在する。

サメ(ローレンティーナ)カジキ(グレイディーア)

 

行方知れずだが、隊長(ウルピアヌス)もまた、同様だろう。

 

「私たちのことを、まだ信じられないかな」

 

グレイディーアは未だに色々と抱え込んでいるようだが、ケルシーがアビサルハンターの益になるように行動してくれたことは、かの狂人号での出来事が証明している。

 

そして、迷いない瞳でスカジを見つめるドクターの芯の強さも、また。

 

 

「……そうね、ごめんなさい。少し焦っていたわ」

 

素直に謝罪を漏らしたスカジは、ついでケルシーを真正面からしかと見つめた。

 

「ここからとても強い『海』の匂いがするわ。すぐに回収して、対処しないと」

 

ドクターがわずかに驚いた様子を見せる中、ケルシーは変わらぬ冷静さで頷いた。

 

「特定はできるか」

「香りが強すぎるもの、見るより早いわ。……これね」

 

勝手に棚を開いたスカジは、そのまま一つの手紙を摘まみ出す。

ドクターの目に普通の封筒にしか見えないが、指先で摘まんで嫌そうな顔をするスカジを見れば、深刻さがなんとなく理解できる。

 

「該当の郵送物をデータから消去。また、本日の出来事には緘口令を敷く。追って指示を待つように」

「しょ、承知しました!」

 

ケルシーがそう言うと、途端に事務オペレーターが動き出す。

よどみない動作で行われる事務処理は、オペレーターからケルシーへの信頼、そしてなによりロドスのオペレーターの能力の高さを如実に示していた。

 

「甲板に出るぞ、ドクター。ここは人が多い」

 

スカジを連れて、ケルシーが部屋を出る。

 

封筒の差出人は――ロドス・アイランドのラテラーノ支部からとなっていた。

 

 

 

 

ケルシーの采配によって封鎖されたロドス甲板の一角で、物々しい空気が生まれていた。

 

愛用の大剣を片手に臨戦態勢のスカジ、事態を静観するケルシー、突っ立つドクターとそれを守るMon3tr。

 

「スペクターやグレイディーアの帰還は待たないのかい?」

「それでは遅すぎるわ」

 

ドクターの疑問に、スカジが答える。

スカジはしきりにドクターの様子を気にしており、どうも危険なこの場にはドクターにいて欲しくないようだ。

 

「あなたたちに分かりやすく言えば、この封筒は非活性化状態の源石爆弾よ。それも遠隔起動装置付きのね」

「そりゃあ不味い」

 

爆発物処理班(アビサルハンター)は全員揃っていないが、いつ起動するか分からない以上は早急な対応が待たれる。

 

任務で離れた彼女らを待つ余地は無いと断言するスカジの言葉に、なるほど確かにとひとつの同意。それを理解してもなおこの場を離れようとしないのは、戦闘指揮者の矜恃か、スカジやケルシーへの信頼か。

 

「もしもの時は頼むよ」

「(頼もしげな唸り声)」

 

あるいは、その両方か。

 

 

「状態はどうなっている?」

「凄まじい潮の香りね。下手に海辺に持っていけばそれだけで怪物の誘引剤になりうるわ」

「危険性は?」

「開けるまで分からないわ」

 

ケルシーにひとつ目配せ。それに頷きを返されてから、スカジは慎重に封を開く。

取り出されたのは──何枚にも何枚にも渡る、そしてビッシリと文字が書かれた、便箋の数々。

 

慎重にそれを観察する。

果たして予期していた爆発は、微塵も起こりそうな気配がない。

 

乾いた空気が甲板を撫で、手紙を揺らして流れて行った。

 

「ただの紙……いや、でも、この匂いは……」

「何か分かりそうかい?」

「ドクター、不用意に動くな」

「……あっ!」

 

突如吹いた強風が、スカジの手から数枚の手紙を巻き上げていった。

やがてそれは遠巻きに眺めるドクターの足元に飛び込み、そして止まる。

 

「どれどれ」

「(低い鳴き声)」

 

Mon3tr、そしてケルシーやスカジの警告も聞かず、ドクターは紙を見た。

そこにはなかなか達筆な文字が刻まれている。まずは長々とした時候の挨拶から始まり、ロドスの安否と近況を伺う文、そして近頃の情勢を思わせながら妙に長い前文が書き込まれている。

 

まるで亡国(ガリア)の貴族が書いた外交文書だ、と思った。

 

あまりにかしこまった文章は文字数を膨大にし、そのせいで最初の挨拶だけで便箋を大量に使い潰している。

 

「……この紙は、違うわ。海の匂い……でも、イベリアのもの。…………まさか、文字?」

 

しかしまぁ、海の怪物がこうもかしこまった手紙を書き、わざわざロドスに送り付けてくるのだろうか? アビサルハンターやスカジから聞きかじった話とは随分と異なる印象に、思わず首を傾げざるを得ない。

 

「何か分かったのか」

「……この手紙、文字が全てシーボーンの血よ」

 

()()()()としきりに紙の匂いを嗅いだスカジは、そう結論づけた。

 

Mon3trが低い唸り声を漏らし、ケルシーが僅かに目を細める。

あれは恐らく脳内で情報を整理し、有り得る可能性を精査して事実を確かめようとしている顔だと考察した。

 

「それで、その手紙の危険性はどうだ?」

「これ自体には何も無いわ。しいて言えば海に近いと良くないぐらいだけど、幸いなことにここは乾いているから」

「そうか。……ドクター」

 

読め、ということだろう。

 

スカジへと近付き、手に持つ紙を覗き込む。

墨のようなもので綴られた文字はとてもスカジの言うシーボーンのなんちゃらによるものだとは思えないし、匂いもしない。

 

未だ続いている前文の挨拶の後に、ようやく本文が待ち受けていた。

 

 

──この度は、イベリア南部に広がるかの『海』に関してご相談させて頂きたく、不躾ながらこのような形でご連絡差し上げた次第です。

 

──貴社にはアビサルハンターのスカジ様が在籍されていることと思います。

──一度、彼女にお会いしたく

 

──多忙のところ恐れ入りますが、ケルシー子爵、ドクター様の両名にも御覧して頂きたく存じます。

 

──しばらくラテラーノにおりますので、可能でしたら御返事頂けると

――心当たりの無い場合は、失礼ながらご放念ください。

 

 

こんな調子で、徹底的に核心には触れずに、とにかく「会って話したい」というメッセージが綴られている。

 

直接的な言及を避けているのは、先程ケルシーがそうしたように他の職員が目にすることを危惧したからか。確かに支部に預けて本艦まで送られる以上は検閲の目は避けられないし、ましてやスカジが発見しなければいつケルシーやドクターの目に触れたかすら分からない。

 

そして『海』の脅威に関する情報は、みだりに拡散していいものではない。

 

少なくとも、今はまだ。

 

「……いや、だからこその文字による暗号か」

 

『海』に関連するものならば、アビサルハンターが確実に気付く。

 

送り主は、わざわざその為に手紙に細工を施したというのだろうか?

 

「送り主は誰だ?」

 

長い挨拶の割には、書き手の情報がどこにも書かれていない。

まるで自身の存在を隠蔽しようとしているような……というよりは、あくまで傍観者のような書き方。

 

当事者ではない?

まさか、そんなことがあるのだろうか。

 

 

ペラペラと紙を捲り、そして最後の一枚に到達する。

 

やはり無駄に長い締めの言葉と挨拶が続き、そして最後に、一言。

 

──以上、どうぞよろしくお願い致します。

 

ヒュッ、スカジの喉が鳴る音が聞こえた。

横から手紙を覗き込むケルシーは眉間に皺を寄せ、Mon3trが警戒の唸り声をあげる。

 

──Ishar-mla

 

地上の言葉で()()を表す語句が存在しないのか、そこだけ読めない言語で刻まれていた。

しかしソレは、不思議なことに脳に染み込むように理解出来る。わざわざ認知に複雑なプロセスは介さないのだと、そう言いたげに。

 

「これは……どういうことだ」

「わ、分からないわ。だってコレは、私の中にいるって、あの時……」

 

イシャームラ。あるいは、イシュメール……イシュマエル?

 

かつて、シーボーンはスカジをそう呼んだと聞く。

そのまま考えるなら、Ishar-mlaとはスカジ、あるいはスカジを構成する一部分のナニかを指すものなのだろう。

 

「ふむ……」

 

兎にも角にも、手紙の送り主を特定し、話を聞く必要がある。

それが手紙の内容のように平和的な手法にせよ、多少の「話し合い」を経るものにせよ。

 

今ここに、スカジとドクター、そしてケルシーの意思は一致していた。

 

 

「私は、ラテラーノに向かうわ」

「ドクターと私はしばらくロドスを離れられない。可能な限りの支援は約束しよう」

「他の人はいらないわ。サメとカジキが帰ってきたら、すぐに来るように伝えてちょうだい」

 

ケルシーが再び全ての手紙に一通り目を通す。

それから、全てをひとつに束ね、そして空高く放り投げた。

 

「Mon3tr」

「(雄々しい叫び声)」

 

熱線が空を焼き、全ての便箋をその文字ごと焼き消した。

これでロドス艦内にあった危険物は消え去った。何も問題は無い。

 

「スカジ」

「なにかしら」

「気をつけて」

 

現場に向かえないのが口惜しい。

そう思いながらスカジに言葉を送ると、背を翻した彼女は片手を上げて応えた。

 

「当然よ。私を誰だと思っているの」

 

数多の怪物を斬り殺した大剣は、夕陽を照り返して煌めいている。

 

 

 

 

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