トレセン奇譚   作:ライト鯖

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閼伽

少し時間を遡り、ミスターシービーとカツラギエースが分断された直後のこと。

 

ミスターシービーは、突如現れた川を飛び越え、恐らくカツラギエースの側からは感じられなかったであろう気配の方へと駆けていた。

 

(妙な感じだ。まるで生得領域に引き込まれたみたいに、何処からでも気配を感じる)

 

辺りに目を配りながら、呪力探知に集中し、最も気配の濃い場所へと向かっていく。 

 

そろそろ気配の主の場所へとたどり着こうという瞬間、突然霧が立ち込め、ミスターシービーは視界を奪われることとなった。

 

(来る..)

 

バッと上を見上げるミスターシービー。

果たしてそこには、熊、と思わしきフォルムの、しかして目鼻は異形、4つの眼球をギョロギョロとさせた呪霊、が彼女の頭上から襲いかかって来ていた。

 

「おっと」

 

素早く身を躱すミスターシービー。

呪霊はそのまま地面を殴り付ける格好となったが、その地面は、大きくひび割れていた。

 

熊のようなそれは、先程の狐もどきの呪霊と同じく、二足歩行も出来るようだ。

立ち上がり、ミスターシービーを見据えながら、霧に姿を隠す。

 

「瑞水瀑布」

 

霧に紛れる呪霊の影へ、術式を飛ばしたが、ユラユラと影が霧と共に霧散するのみで、手応えはない。

 

「...消えた?いや、違うな..」

 

そう呟く彼女の背後から黒っぽい手が勢い良く飛び出した。

宙返りするかのように飛び上がり、そのまま再び術式を放つ。

 

しかし、また、霧の中で影を霧散させるだけであった。

 

「..面倒だね」

 

呪霊の術式だけでなく、この状況全てに対して、彼女は僅かに眉を歪ませながら呟いた。

 

二人を分断して襲ってきたということは、各個撃破の術があるということだろう。

 

(それに、わざわざ分断するってことは両方共に初見相手に一番効力を発揮する術式の可能性が高い)

 

霧の中から再び影が飛び出し、其方に意識を向ける。

しかし。

 

(?!)

 

背後に突如として気配が現れた。

すんでのところで防御には成功したものの、突然の奇襲にミスターシービーは体勢を崩されてしまう。

 

(増えた..?!。いや..)

 

術式を両手からそれぞれに放ち、水流を二つの影に襲わせる。

背後に現れた方は、小さくうめき声をあげながら再び霧に消え、正面から飛び出してきた影は、そのまま霧散した。

 

(やっぱり、分身。というより、幻影?)

 

再び霧に消えた呪霊の気配を探りつつ、ミスターシービーは、敵の術式を考察していく。

 

(現状、あの呪いのものと思わしき術は、1.岩壁を出現させること。2.川や岩場を出現させること。3.霧の発生。4.分身のようなものの作成。そして1.の場合は実際に壁として機能していた..)

 

霧の中から呪力が飛ばされ、それを軽やかに躱していく。

 

(物質の具現化?...いや、それなら岩でもなんでもアタシに飛ばせば良いはず。それをせずに呪力だけを飛ばしてくるってことは、あの出現させるモノに攻撃性はないはず)

 

「となると...」

 

そうこぼしながら、彼女は地面に手をついた。

 

「玉水法術・水蛟(みずち)

 

地面の水分を利用することで、うねる蛇の様な水流を生み出して、自身の周囲を囲む霧へとその大蛇を拡大。

激しく上下にうねる水流が霧をどんどんと吹き飛ばしていく。

最後に、全ての水を弾けさせ、一気に呪力を拡散。

薄く広く拡散していた呪霊の呪力は打ち消され、霧が完全に霧散するのだった。

 

(今ので確信出来た。本物の霧なら水を拡散させたくらいで消えないはず。アタシが吹き飛ばしたのは"霧"じゃない。"呪力"だ。この呪霊の呪力が辺りに充満し、ここを霧の中かのように、アタシに見せていたのか)

 

突如として霧が消え、混乱している様相で姿を現した熊型の呪霊へ飛びかかり、足を天から振り落とす。

 

(こいつの術式は、幻覚..!)

 

畳み掛けるようにして拳でラッシュをかけていく。

 

(恐らく、最初の岩壁は幻影と結界のようなものを重ねていたのかな。特定の幻影と結界を結びつけることで疑似領域のようにしていたのかもしれない)

 

「がああああ!!」

 

ラッシュから逃れようと呪力を放出する呪霊。

ミスターシービーは、素早く呪霊から距離を取り、術式を発動させる。

 

「砲水」

 

巨大な水塊を飛ばし、呪霊を牽制する。

そのまま、自身へと呪霊の意識を集中させ、背後に術式の操作範囲ギリギリから背後へと回していた水を、矢の様にして一気に放った。

 

「ぐおおううう!!」

 

苦し気に声をあげる呪霊。

完全に意識外からの攻撃で、全く防御が出来ていなかったのだろう。

 

(◼️)

 

そう呪霊が口にした瞬間、再び辺りは一瞬にして霧に包まれた。

 

「またか..姿を隠したかったのかな?」

 

もう一度吹き飛ばそうと考えたミスターシービーであったが、さすがに呪霊もそこまで甘くはない。

 

「幻」

 

連続して術式が発動される。

ミスターシービーは、瞬き一つの間に5m四方位の空間で岩壁に取り囲まれていた。

 

「アタシを閉じ込めたつもり?」

 

余裕の表情で笑う。

 

(早く行きたいけれど、まあエースなら大丈夫でしょ)

 

初見での対応は難しい術式が相手であり、分断が有効だと判断して襲ってきているのだ、急ぐに越したことはない。

しかし、目の前の相手が思っていた程ではなかったこともあり、楽観していたのだ。

カツラギエースが、友人が、ライバルが、負ける筈はないだろう、と。

 

 

「確かにこの岩壁はさっき破壊出来なかったけど..」

 

彼女は言いながら、勢い良く後背に回転するようにして蹴りを繰り出した。

 

「攻撃に来ると思ったよ。その為の穴が何処かにあるんでしょ?」

 

逃げようとする呪霊の体躯を掴み、共に結果外へ、あっさりと脱出してみせる。

 

「でもさすがに、ゆっくりするわけには行かないんだ」

 

拳に呪力を籠めながら、彼女は続ける。

 

「真似っこしてあげようか?」

 

足下に思い切り、呪力を可能な限り籠めた拳をぶつけた。

轟音と共に土煙が吹き上がり土塊が辺りに飛び散っていく。

 

敵を見失い、急激な状況の変化に戸惑う様子を見せながらも、土煙の中、ユラリと、一瞬だけ写った人影の動きを捉えた呪霊は、其方に大量の呪力を放った。

 

当然、その人影は、ミスターシービーではない。

手応えなくすり抜けた呪力の勢いによって土塊が僅かに晴れる。

姿を現した人の形、ミスターシービーのシルエットに似せて形成されていた、水塊がパシャリと崩れ落ちた。

 

「言ったでしょ。真似っこしてあげようか?って」

 

攻撃したモノが偽物であったと気が付いた呪霊であったが、もう遅い。

既に、彼の身体は背後から貫かれていた。 

刺のように形成した水を拳に纏わせたミスターシービーによって。

 

呪霊は、そのまま何か呻く暇もなく、消え去るのだった。

 

「さて。エースはどの辺にいるかな?」

「...」

 

まだ、禍々しい気配は消えていないことに彼女は気付いた。

瞬間。

僅かに覚えた、胸騒ぎ。

 

「まだ、倒しきれていないのかな」

 

しかしそれは即座に打ち消される。

 

とはいっても直ぐに追い付くと言ったのだ。

当然、駆けていく。

 

そうして、気配に近付くにつれ、彼女は無意識の内にどんどんと速力を上げていっていた。

 

(大丈夫。大丈夫だよね?エース)

 

カツラギエースが強いことなど、彼女が一番良く分かっている。

だが、それでも拭えぬ胸騒ぎが、近付くに連れ、禍々しい気配の強まりと共に、膨らんでいたのだ。

 

やがて、気配の場所がもう間もなくという場まで来た時、彼女の不安は確信めいたものへと変わっていた。

 

(エースの呪力が全然感じられない)

 

全速力で坂を駆け上がった彼女は、ついにその先に友人の姿を認める。

 

視線の先にいる彼女は立っていた。

異形と相対しながら。

 

僅かな安堵感、そして未だに消えない不安がない交ぜとなった声色で、ミスターシービーは彼女の名を呼んだ。

 

「エース!!」

 

ゆっくりと、カツラギエースの首が動き、焦点が不安定な目を、ミスターシービーに向けた。

 

「シービー..」

 

ミスターシービーの姿を認めた瞬間、カツラギエースの身体は、フっと脱力したようになり、数秒前までしっかりと立っていたとは思えない、今にも倒れそうな様子でユラユラと揺れだした。

 

「こいつ..呪言....術式..使え..」

 

それでも倒れまいと踏ん張りながら彼女はミスターシービーに、情報を伝えようと口を動かしていた。

しかし、直ぐに限界が訪れてしまう。

 

「..シービー...悪い..後...頼む」

 

僅かに笑みを浮かべながら、ミスターシービーに目を合わせ、そのままゆっくりと仰向けに倒れ伏すのだった。

 

「エース..?」

 

ドサリと崩れ落ちたカツラギエース。

ミスターシービーは、それを現実感のない目で、見つめる。

 

カツラギエースの目前にいた呪霊が、彼女を踏み潰そうとした瞬間になって漸く、殆ど反射的に、動き出した。

 

呪霊の足を弾き、カツラギエースに視線を向ける。

 

「...っ!」

 

目を閉じ、横たわる彼女の姿に、ミスターシービーは、動揺を隠せなかった。

 

「もっともっと強くなって、次はあんたに勝ってみせる」

「アタシが勝って、名乗らせて貰うぜ。日本のエース、カツラギエース、ここにありってな」

「呪術師になっても、変わらねえな。あんたは強い。だけど、だからこそ、アタシは負けないぜ。シービー」

 

彼女は、カツラギエースが、ずっと、天才と周囲に囃され、壁を作られ続けてきた自分に、挑み続けてきた、壁なんてないんだと、証明してみせた、親友が、倒れる姿など、想像もしていなかった。

しかし、これは現実で、目の前で、それを成した、醜い異形が嗤っている。

 

「.....」

 

未だに受け止めきれない現実に、ミスターシービーは身体を固めてしまっていた。

余裕ぶった呪霊の拳が、彼女を襲おうとしている。

 

「...!」

 

呪霊は、楽々と拳を振り抜いた、つもりであった。

だが、彼女の呪力で水流をコーティングした腕に、止められていた。

 

「ごめん。エース。..任せて、こんな奴直ぐに祓うから」

 

彼女は気付いたのだ。

倒れ伏す、カツラギエースがその顔に安堵の色を浮かべていることに。

 

「昏」

 

ミスターシービーが色を取り戻したことを悟った呪霊は、即座に呪言で動きを封じにかかる。

だが、その次の瞬間には、拳が呪霊の目前に迫っていた。

紫色の血液を飛ばしながら呪霊が吹き飛ぶ。

 

「術式、ホントに使えなくなってるね。でも、それならこうすれば良いだけだ」

 

言いながら、呪霊が体勢を立て直すよりも早く畳み掛け、足を振り落とす。

 

彼女は、カツラギエースの言葉から得た情報から既に耳と脳を呪力で防御していた。

故に昏を受けても、意識を止めることはなかった。

そして、術式が使えないことを前提に、動き出していたのだ。

 

(術式が使えない位でエースがやられる筈がない。多分、あの人達を上手く使われたんだな)

 

カツラギエースの背後に、今は放心したように彼女を見つめる男達にチラリと視線を向け、分析する。

 

「はあっ!」

 

再び放った拳の直撃を受けながらも、呪霊はミスターシービーからどうにか逃れ、距離を取った。

 

「すばしこいね」

 

(こん)

 

呪霊の放った呪言によって、彼女は動きを止められてしまう。

 

(まさか..。防御はしていた。それを貫通した..?!)

 

魂。

昏よりも威力は下回るが、効力の減衰と、呪力消費の大きさを縛りに、必中の効果を得ている呪言。

これを受けた者は、呪霊との力量差に応じて最低でも0.3秒、動きを止められる。

0.3秒、それは僅かな時間。瞬き一つに過ぎ去る刹那。

しかし、実力者同士の戦いにおいては、余りにも、貴重な一瞬。

 

「うっ...!」

 

ギリギリで動き出した手で防御したものの、勢いを殺しきれず、彼女は顔に呪力を受けてしまう。

 

「昏」

 

再び術式が停止させられる。

そして、呪霊は男達へと向かっていった。

カツラギエースを追い詰めたのと同じ方策であった。

 

「そうくるだろうと思ったよ!」

 

男達との間に割り込み防御するのではなく、彼女はそのまま、直接呪霊に回転蹴りをおみまいさせる。

勢いに体勢を崩され、呪霊の拳が空を切った。

 

呪霊は、それで察したようだ。

同じ手は通用しない、と。

 

「ふっ!」

 

地面を跳ねるように疾走し、ミスターシービーは呪霊を翻弄していく。

 

「うがああ!」

 

苛立たしげな呪霊の放つ呪力が、彼女に当たることはない。

 

(さっきの呪言は連発出来ないっぽいね)

 

そう、魂は呪力消費が大きく、既にカツラギエースに消耗させられている呪霊は、もう後数回使うことが限度といったところであった。

 

(でも、こっちも長引かせるわけにはいかない)

 

ミスターシービーにとっては、三連戦であり、此方も呪力消費が激しく、長時間の戦闘は厳しい状況だった。

 

肉弾戦では決め手にも欠ける。

両者、余裕のない状態での膠着に陥り始めていた。

 

「昏」

 

何度目かの術式の停止を喰らった時、彼女はふと気が付いた。

 

(もしかして、時間経過で解ける..?)

 

解除条件は分かっていなかったミスターシービーであったが、定期的に同じ呪言を飛ばしてきていることから、そう推測したのだ。

 

また暫く、互いに譲らない肉弾戦が続き、再び呪霊が、口を開いた。

 

「昏」

 

ミスターシービーが、ニヤリと、笑みを浮かべる。

彼女の分析は当たっていた。

この呪言は、強い衝撃を受けるか、二分の経過によって、効果は解除されるのだ。

そして、自ら強い衝撃を与え術式が解除されることを避けているのか、強制的に動きを止められる、魂を呪霊は使わない。

チマチマとミスターシービーを削ろうとしていた。

 

(好都合。次に術式が解けた瞬間、決める)

 

再びの膠着。

そして、その時が訪れようとしていた。

 

(後10秒...でも、普通の術式じゃ、一撃で祓えない。条件に気付かれたことを知れば、あいつはさっきの動きを止める呪言を使ってくるだろう。若しくは、逃げ出すかもしれない)

 

逃がすことだけは、避けたかった。

個人的な怨嗟でも、義務感からでもなく。

ただ━━。

「後..頼む...」

親友(ライバル)に託されたが故に。

 

(術式では一撃で祓えない。ならば、どうする..)

 

「「術式反転?」」

「ああ。君達ならそのステージにもたどり着けると思ってね」

「ルドルフは出来るのか?」

「いや、恥ずかしながら私もまだ出来てはいないんだ。家に伝わる説明書があるようなものなのにね」

「ふーん。でも術式反転って術式効果を真逆にするみたいなものなんでしょ?」

「ああ、そうらしい」

「ならアタシ達のだとどうなるんだろうな?」

「水を操る、の反対ねえ...ちょっと思い付かないな」

「アタシは、炎を消す、とかか?出来ても使い途は限定されそうだな」

「役立つ役立たないというより、習得出来れば、術師として、それ以前よりもハイレベルのステージに立つことが出来る。是非君たちも目指してみてくれ」

「..強くなれるってんなら、やるしかねえよな」

「気分が乗ったらね」

 

あれは、いつの会話だったか。

自身の術式の反転等、仮にあったとしても、水の操作の反対なんて何の意味もない。

そう、思い込んでいた。

 

(違う。きっと、もっと..)

 

呪言の効果が、消えようとしていた。

 

残る呪力を総動員、凝縮していき、掌印を結ぶ。

 

(もっと、自由に..解釈を広げる!)

 

         術  式  反  転

      

          閼    伽(あか)

 

呪言をかけようと空けられた呪霊の口を、彼女の手から放たれた高密度の圧縮された水流がレーザーの様になって、貫いた。

 





また思ってたより早く出来ました。
次は来週に投稿します。
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