トレセン奇譚   作:ライト鯖

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自由自縛

 

術式反転。

負のエネルギーである呪力を掛け合わせて正のエネルギーを生み出す。

それを術式に流し込むことで術式の効果を逆転、つまり、モノを引き寄せる力ならば反発する力へと、させるものである。

呪力消費が倍増する代わりに効果や威力も大幅に増加する。

 

ミスターシービーの術式、"玉水法術"は水を操り、拡張により増幅、させる術式だ。

果たして、これの反転とはどうなるのだろうか。

単純に考えれば水の減少である。

しかし、ミスターシービーの術式では呪力で覆われたモノ、つまり、おおよそ他の生物、の水分には干渉出来ない、意味のないモノとなってしまう。

操るの反対ならば?。

恐らく更に何の意味もないだろう。

 

だが、呪霊を一撃で祓うには術式反転しかなかった。

順天、通常の術式では、祓いきることが出来ない確信があったのだ。

更に、術式反転は正のエネルギーである。

つまり、負のエネルギー、呪力の塊である呪霊にとっては清めの塩であり、ただでさえ威力の増大する術式反転を耐えることは難しいだろう。

 

だが、彼女の術式は、反転しても役立たない。

彼女自身、そう決めつけていた。

 

感覚自体は少し前に掴んでいた。

しかし、元々、ミスターシービーの呪術のモチベーションの殆どは、カツラギエースの存在だけであり、余り強い興味を持っていなかったことが大きく、彼女らしくもなく、そこで解釈を止めてしまっていたのだ。

 

だが、目前にはカツラギエースを倒した呪霊がいた。

エースを倒した呪いを祓う為に(ライバルに勝つ為に)

そして、何より。

 

『後..頼む..』

 

託されたモノが、彼女を変えた。

 

自身の術式を"水を操る"ではなく、"呪力を籠めて水を操る"術式であると、彼女は解釈を拡張した。

つまり、どういうことか。

水を操るの反転ではなく、"呪力を籠めて"という本来術式の前提である筈のプロセスを反転させたのだ。

本来は、あり得ない。

しかし、自由を常とする彼女故に、可能となった離れ業。

 

そうして、彼女の放った水流は、正のエネルギーによって操られ、呪霊を、貫いたのである。

 

口を貫かれた呪霊は、僅かに身悶えした後、小さく爆発するようにして、霧散するのだった。

 

「あーあ。祓われちまったか」

 

その様子を観察する人影が、気配を殺しながら少し離れた茂みにあった。

 

「...便利だったんだがなあ」

「まあしかたねえ。あいつのは..いや、そろそろ応援が来てもおかしくないころか」

「逃げるとするか」

 

人影は、そのままゆっくりと気取られぬようにしながら、去っていった。

 

「ねえ、キミ達」

 

ミスターシービーはカツラギエースの横たわる近くで縮こまっている男達に声をかけた。

 

「キミ達、ケガは?歩けなかったりする?」

 

正直、大したケガもないなら、放って帰りたいと、彼女は思っていた。

とはいっても、声もかけずに去るほど薄情ではないし、何より、託された言葉が彼女をそこに留まらせていた。

 

「だ、大丈夫です..」

「そ、アタシはエースを運ばなきゃだから、二人は着いてきて」

 

そう言って彼女はカツラギエースを抱えて直ぐに歩き出した。

 

そんな彼女に、置いていかれないようにしつつ、男達は意を決したようにして口を開いた。

 

「あの..ご、ごめんなさい..!」

「俺達が、バカなことしたばっかりに..その娘は..」

「やっぱりあの石壊したのキミ達だったんだね」

「はい..俺達のせいで..」

 

彼らを襲っていた呪霊は別口ではあったが、今のミスターシービーに、そんなことはない、と言ってやれる余裕はなかった。

もしも、封印から逃れた呪霊との戦闘での余計な呪力消費がなければ、人質のように利用されてしまう彼らがいなければ、カツラギエースは狐の呪霊に勝てていただろうからだ。

 

「これからは気をつけてね」

 

それが、今の彼女に言える精一杯だった。

 

 

一週間後。

トレセン学園に戻り、カツラギエースは治療を受けたが、意識を取り戻しはしなかった。

この一週間、ミスターシービーは毎日、カツラギエースの眠る保健室へと足を運んでいた。

 

「...アタシね、一級、本気で目指そうと思うんだ」

 

静かに眠るカツラギエースの傍らで、毎日、消灯時間まで、見守っていた。

 

ドタドタと少し急いでいるような足音に気が付き、ミスターシービーは顔を僅かに上げる。

そこには、らしくもなく少し髪を乱れさせたシンボリルドルフが立っていた。

 

「今、長期任務から帰ってきてね..エースが意識不明というのは..」

「本当だよ。一週間目を覚ましていないんだ」 

「驚天動地...エースが..負けるとは..」

 

シンボリルドルフは言葉に詰まり、沈黙する。

そこに。

 

「やあやあ。会長、戻って来ていたのかい?」

 

制服の上に白衣を羽織った栗毛のウルフカットをしたウマ娘、アグネスタキオンがやって来た。

彼女は数少ない他人に、反転術式で治癒を施せるウマ娘であるため、保健室の担当の一人となっている。

 

「シービー君、今日も来てたのかい。ここ一週間、夜はずっといるね?君も疲れているだろう。ちゃんと休みたまえ」

 

普段は常に飄々とした態度で顔に笑みを張り付けていることの多い彼女であったが、真剣な面持ちで、ミスターシービーにそう注言した。

 

「ねえタキオン。エースは、目覚めるの?」

 

アグネスタキオンの注言には返答することなく、ミスターシービーはそう、直球に尋ねた。

 

「...分からない、というのが正直なところだ」

 

それを聞いたシンボリルドルフも、目を伏せる。

 

「現状考えられる手は尽くした。時間経過で自然と目覚める可能性もゼロではないが..」

「目を、覚まさせる方法はないのか?」

 

シンボリルドルフに尋ねられたアグネスタキオンは、少し考える素振りをした後、口を開いた。

 

「可能性の話になるが、いいかな?」

「構わない」

「では、前提としてまず、私の研究から..いや、今は詳細は不要だね。私の話を信じるかは任せるよ」

「君の分析や研究力は信頼している」

 

ミスターシービーも頷くのを見て、アグネスタキオンは、では、と咳払いを一つしてから話し始めるのだった。

 

「まず、現状からだ。この一週間色々調べた結果、今のエース君からは、術式が消えている」

「...術式が..?」

 

シンボリルドルフが驚愕する横で、ミスターシービーの脳には先日の呪霊のことが過っていた。

 

(まさか、あの時..いや、あの呪霊の仕業じゃないか..)

 

しかし、直ぐに違うことに気が付いた。

何せ同じ呪霊と戦闘をしたミスターシービー自身が無事だからだ。

 

「消えている、というより簒奪されている、の方が正確かもね。恐らく、シービー君が戦った連中とは別にもう一体、ナニカがいたんだろう」

「何も感知は出来なかったけど..」

「上手く隠れていたんだろう。まあ、勿論報告にあった狐呪霊の仕業とも考えられはする。しかし、術式が違いすぎるんだよ。

術式が使用不能になっている、ならば理解は出来るが、身体から術式を消せるとは思えない。

それなら、別のナニカが潜んでいて、隙を付いて奪った、と考える方が自然じゃないかな」

 

言われてミスターシービーは納得していた。

確かに何も感知は出来ていなかったが、戦闘状態で息を潜めている相手にまでは気付けなかっただろう。

それに。

 

「アタシが合流する前のことなら、その時点では逃げてたかもしれないものね」

「そういうこと。さて、ここからが本題だ」

 

アグネスタキオンは二人に交互に視線を合わせながら、本題へと入っていく。

 

「術式は脳と密接に結び付いている、それが、無理矢理奪われた。これは脳に相当な負荷がかかった筈だ。

勿論、それだけならある程度時間が経てば目は覚ましただろう。

問題は、戦っていた呪霊の術式も、脳に負荷のかかるものだったことだ。

つまり、呪霊の攻撃と術式が無理矢理奪われたことによる二重の負荷が彼女の脳にかかったわけだ」

「それが、目を覚まさない要因ということか?」

「いや、一番の問題はそこじゃない。本来は、限界が来るとコンピュータの様に脳も強制的にシャットアウトするものなのさ。

だけど、彼女は落ち行く意識を無理矢理叩き起こして戦い続けたんだろう。

大人しく気を失っていれば、恐らくとうに目は覚めている。

しかし、彼女はそうしなかった」

 

「いや、出来なかったんだろうね」

 

静かに眠るカツラギエースに視線を向け、アグネスタキオンは、少し目を細めながら、言い直した。

 

静かに話を聞いていたミスターシービーは、皮膚に爪が食い込む程に強く、自身の拳を握り締めていることに、気が付いていなかった。

 

「つまり、オーバーヒートし、強制シャットアウトするはずだったコンピュータを無理矢理使い続けたと思えば良い。

回路が焼き切れてしまったんだろうね。

人体には自然治癒があるから時間経過で治る可能性はゼロじゃあない。しかし、私が既に反転で治療自体は行っているんだ。可能性はかなり低いだろう」

「治す方法はない、ってこと?」

「現状はね。ただ、術式を戻すことが出来れば、あるいは、といったところだ」

「術式が戻れば目を覚ますの?」

「さっきも言ったが、あくまでも可能性だよ。呪霊の術式は意識と術式の使用に干渉するもので、エース君は術式を奪われてもいる。

その二重負担によるものだから、本来術式を司っていた部位が元に戻れば正常な働きを取り戻す可能性はある」

 

というより、とアグネスタキオンは付け加える。

 

「それ以外には、考えられる可能性はもうない。勿論、研究は続けるがね。

以上が、私の仮説、基い推測さ」

 

そう言って彼女は話を締め括るのだった。

 

「...術式を戻す方法に心当たりはある?」

「ないね。犯人なら知っているかもしれないが」

「そう、ありがとう..」

「礼には及ばないさ..と、シービー君」

 

ゆっくりと立ち上がったミスターシービーをアグネスタキオンが引き留めた。

 

「いずれ、今回のこと、より詳細に説明しよう。気分が乗れば(・・・・・・)、来てくれたまえ」

「...いつかね..」

 

アグネスタキオンの言葉に、僅かに笑みを返し、そのままミスターシービーはどこか虚ろな様子で一つの言葉を、脳に反響させながら、保健室を去るのだった。

 

 

そして、時は戻り現在。

一年が経過した今も、カツラギエースは目覚めていない。

 

「...あの日から、ずっとだ。シービー。今の君が自由だとは思えないよ」

 

シンボリルドルフの呟きを背に受けながら、ミスターシービーは学園を後にしていた。

 

この一年、ミスターシービーは一級術師となり、他の術師の倍近く呪いを祓ってきていた。

皆、それを偶然乗り気になっているからだと解釈している。

彼女自身、問われればそう答えていた。

 

(アタシは、やりたいから、やっているだけ。自由なままだ)

 

言い聞かせるようにしながら、ゆっくりと歩を進めていく。

 

「そうだ、折角だし今日は休もうかな」

 

わざとらしく声に出して、誰に聞かれてるでもないのに宣言した。

瞬間。

脳裏に過る、あの時の笑みが。

 

「...っ」

 

それを振り払うようにして、彼女は、川原にいこうか、山にでも登ろうか、街に繰り出そうか、久しぶりに走ろうか、等と取り留めもなく、わざとらしく鼻歌を歌ったりしながら考えていく。

 

「きええあ」

 

そこに、神経を逆撫でするような声が聞こえてくる。

ミスターシービーが声の方向に視線を向けると、蝿頭の群れが路地裏にたむろしている様子が目に入った。

 

「蝿頭だし、放置してても良いか。休むって決めたとこだしね」

 

そう独り言ちながら、通りすぎようとするミスターシービー。

しかし。

路地がその視界から消える直前、彼女は突然踵を返すのだった。

そして、数秒後、路地から呪いの声は消えた。

 

(これは、アタシの意志だ)

 

あの日から、耳にこだまし続ける。

 

(アタシは何にも縛られない)

 

分かっている。

あれは、あの場にいる人を守ってくれと、あの呪いを祓ってくれと、そういう言葉であったことは。

 

(アタシは..アタシのやりたいように..)

 

『後..頼む..』

 

託された想い(呪い)

きっと、彼女にそのつもりはなかっただろう。

ミスターシービーも、それは分かっている。

そして、彼女は今までそうだったように、例え同級生でも競争相手でも、深入りはせず、執着もしなかった。

今度もそうであるはず、だった。

だが。

離れないのだ。

ずっと、自身に食らい付き続けてきた、ずっと、背中を追いかけ続けてきた、カツラギエース(親友でライバル)の存在が。

 

「...休む気分じゃなくなっちゃったな」

 

はたと足を止め、彼女はスマホを取り出した。

呪いの出現情報が纏められたアプリを開き、近場の情報を確認する。

 

「直ぐ近くか..」

 

そして、情報のあるビルに向かって、方向転換をするのだった。

 

彼女は、今まで何にも縛られずに生きてきた。

術師になってからも、誰かから強制されることなど殆どなかった。

余程でない限り、任務参加を強制されたことなどもなかったのだ。

 

"ミスターシービーは、他の術師の倍近く、呪いを祓っている"

 

術師になってからも、自由だった。

呪いを祓うことが義務であったならば、強制されていたならば、何も変わることはなかっただろう。

しかし、彼女は、縛り付けられてしまったのだ。

皮肉にも、自身が自由であるが故に。

自由に執着していたが為に。

親友に託された、言葉によって。

 

「...早く起きてよ...エース..」

 

朝焼けに照らされた通りで一人孤独に歩む彼女は、小さく小さく、そう、溢すのだった。

 

 





一回書き上げたデータ間違って消しちゃった結果全部書き直してました。
次回は出来れば、今週中にあげたいと思っていますが来週になるかもしれません。
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