トレセン奇譚   作:ライト鯖

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夜明け

 

一週間後。

 

ミスターシービーは、一年前からずっと、一週間に一度はカツラギエースの様子を見に来ている。

静かにベッドに横たわる彼女の傍らで、時々、その日にあったことを語りかけたりしながら、数時間は過ごすことが多かった。

 

この日は、そんな彼女に、シンボリルドルフからの連絡が入った。

 

数分後、呼び出されたミスターシービーは生徒会室へとやって来ていた。

 

「珍しいね。アタシを呼び出すなんて」

「キミにも関わるかもしれないことだからね」

 

神妙な面持ちでシンボリルドルフは一枚の書類をミスターシービーに手渡した。

 

「これは?」

「最近、ウチの所属術師を中心に術式が消失し、一時的に意識不明となる事例が相次いでいる。それを纏めた報告書だ」

「...なるほどね」

 

軽い調子で言いながらも、ミスターシービーは書類を強く握り締めていた。

 

「それで、その娘達は?」

「命に別状はない。ただ、術式だけが、きれいさっぱり失くなっているそうだ」

「そう...」

「意気沮喪。本人や親しい者達の精神も落ち込んでいてね。学園は今、かなり大変な状況だ」

 

窓の外に目をやりながら、シンボリルドルフはそう溜め息を落とす。

 

「.....ねえ。犯人は分かってるの?」

「いや、特定は出来ていない。ただ...」

 

僅かに迷った様子を彼女は見せた。

 

「ただ?」

「...被害報告の分析からある程度の行動パターンは見えている。潜伏先と思しき場所も数ヶ所に絞り込めてもいる」

「そう」

「だが、まだ相手の等級も不明確だ。下手に動くわけにはいかない」

 

だから、独断専行はしないでくれ。と言外に言い含めていることにミスターシービーは気付いていた。

 

「...放っといたらまた被害が出るかもよ?」

「事理明白。その通りだ。だからこそ、キミにも捜索を手伝って欲しいんだ。可能な限りスピーディーに事を進めねばならない」

「大体は分かってるんでしょ?しらみ潰しに行けばいいじゃん」

 

逸る気持ちを隠せないミスターシービーは、そう書類に書かれた出没地のマップを頭にインプットしながら不満を漏らした。

 

「危険だ。相手の術式が分からないんだぞ。どんな条件で奪われるかも不明なんだ」

 

シンボリルドルフがそう諭すように言うが、ミスターシービーも引き下がらない。

 

「そんな直ぐに奪えるようなものじゃないと思うよ。だって、アタシが無事だったんだもの」

「まだあの時の犯人と同一かは分からない!」

 

シンボリルドルフは自身の声量に驚いたようだった。

 

「...すまない。少し声を荒げてしまった..」

「いや、アタシこそ、ちょっと冷静じゃなかったね。ゴメン」

 

ミスターシービーも冷静さを取り戻す。

 

「切歯扼腕。私だって、今すぐにでも突撃してやりたいさ。だが、逃げられでもすれば水の泡だ」

「...分かった協力するよ。何処に行けば良いの?」

「感恩戴徳。助かるよ。では、まず━━」

 

ミスターシービーは、自身の逸る気持ちを抑えながら、シンボリルドルフからの説明を受けるのだった。

 

(エースなら、そうするよね)

 

そんなことを僅かに脳裏に過らせながら。

 

 

翌日。

 

ミスターシービーは、指定された調査地域の一つで、森林豊かな山に来ていた。

 

「なんだかデジャヴだね」

 

そう独り言ちながら、山道を進んでいく。 

 

「...ビンゴ、かな?」

 

入山してから僅か数分で、ミスターシービーは気配を察知した。

 

「わざとらしいね」

 

もし、あとの時と同一の犯人であったならば、気配等幾らでも隠せる筈だ。

それをこうもあからさまにひけらかしているということは。

 

「アタシをターゲットにでもしたのかな?ハハッ、面白いじゃん」

 

一切目の笑っていない笑みを浮かべながら、彼女は指を二本立て、呪力を籠めた。

 

「闇より出でて、闇より黒く、その穢れを禊ぎ、祓え」

 

事前に決めていた通り、山の麓で待機する補助監督に異常を伝え、同時に相手を閉じ込める為の帳を降ろし、彼女は周囲を警戒した。

 

「気配を消したか」

 

ほんの数秒前まで感じていた禍々しい気配は消え、木々のざわめく音だけが残っていた。

 

「...キミかな?術式を奪っているっていうのは」

 

虚空に語りかけるミスターシービー。

反応は、返ってこない。

 

「まだ気が付かれてないと思ってるの?」

 

ミスターシービーがそう言い終えるが早いか、彼女の背後に、人影が現れていた。

 

「またトレセン生が釣れたか..良い調子だ」

 

背後からその人影が余裕そうな調子で言う。

 

振り向いたミスターシービーは、相手の姿を確認した。

 

「人間だったんだ?」

 

気配の主は、呪詛師であった。

お世辞にも整っているとは言えない髪、それに見合わない成金趣味の服装、ベルトに貼り付けられた幾つもの呪符、というミスマッチでありつつも、いかにもな風貌の男が、ニヤニヤと下品な笑みを浮かべていた。

 

「俺を追ってきた、ってとこか?。舐められたものだな。単独突入とは!」

 

バッとミスターシービーに飛び掛かる男。

ヒラリと彼女はそれを軽やかに躱す。

 

「ねえ、何で術式集めてるの?」

「聞かれたからと教える訳がないだろう」

「じゃあさ」

 

拳を振りかぶりながら、ミスターシービーは続ける。

 

「何で今になって、大量に術式を奪い出した?」

「...あ?」

 

言われた男は、ミスターシービーの拳を避けながら、少し考える素振りを見せた後、思い出した、というように手をついた。

 

「お前あの時の狐憑きを祓った奴か!」

(やっぱり、こいつが..!)

 

ミスターシービーが眉を潜めたことなど気にも止めず、呪詛師は言葉を続ける。

 

「あいつがいなくなったせいで潜伏せねばならんくなった。あいつが意識を奪い、その隙に術式を奪い取る。このコンボが出来なくなったせいだ。おかげさまでチマチマチマチマ呪霊や雑魚から術式を奪って、同時に自力も鍛えて準備せねばならんくなった」

「あの呪霊と、協力してたわけね」

「お前のせいで計画が大幅に狂った。

全く、丁度よい時に来てくれた。充分に揃った術式達を、試させて貰おう。そして、俺の時間を奪ったお前への恨み、晴らすとしよう!」

 

身勝手な理論をペラペラと並べ立てる呪詛師。

ミスターシービーは、ただ、静かに構えていた。

 

「ああ、そうだ」

 

ニヤリと呪詛師は嗤う。

 

「確か、お前、あの炎の娘と親しそうだったな?」

「何を?...!」

 

呪詛師は、懐から火の付いたマッチを放り投げ、唱えた。

 

「練焔操火」

 

マッチの火が高速でミスターシービーに向け、巨大な炎が吹き上がる。

 

「こいつは便利な術式だよ!マッチやライターがあれば高火力を叩き出せる!こいつには随分助けられたさ!!」

「護身用に残しておいて良かったぜ!

何人ものウマ娘や、他の呪術師から術式を奪うのに、随分役立ってくれたのさ!」

 

クックッと可笑しそうにしながら、男は声を張り上げた。

 

「お前のお友達の炎で!焼きつくしてやろう!」

「練焔操火 雨炎火石!」

 

ミスターシービーに向け、幾つもの火球が飛礫のごとく押し寄せる。

だが。

 

「あ...?」

(消えた..?!)

 

呪詛師の視界から、ミスターシービーの姿が失われる。

 

「もういい。その口、開かないでくれる?」

 

背後。

呪詛師が反応する暇もなく、ミスターシービーの、至近距離からの水流でコーティングされた拳が、顔面を襲った。

 

「?!?!?!」

 

吹き飛ばされ、地面に転がる呪詛師。

 

(見えなかっ...)

「がっ....!」

 

立ち上がる隙も与えられず、腹をボールの如く蹴られ、今度は上空に吹き飛んだ。

 

「舐めるなよ..」

 

懐に残るマッチの殆どを投下し、ミスターシービーに向ける。

 

「煉獄!」

「濁」

 

大量の火が爆炎となったが、ミスターシービーが、波状に水を広げるようにして放った濁によって、全て消されてしまう。

 

「なっ...くそっ!」

 

ベルトに貼り付けた呪符の一枚に呪力を籠めて滞空出来る術式を発動、落下を止めた呪詛師だったが、木々を伝い上空へと飛んだミスターシービーに上を取られる形となる。

 

「エースは、もっと強かったよ」

 

冷めた表情、しかし、鬼のような気迫を感じさせる形相で、ミスターシービーは呪詛師に踵落としを喰らわせた。

 

「かっ...!」

(バカな...!俺は、確かに念には念を入れて今日まで潜伏して力を蓄えてきた。だが、しかし..!俺は、あの時、狐憑きを、力で従えていたんだぞ!!)

 

そう、カツラギエースを倒した呪霊は、この呪詛師に有利な形で契約を結んでいたのだ。

呪詛師に屈服させられたために。

 

(一年、確かに奴も成長するだろう。だが、俺は、あの時の奴らより格上だった..!)

 

立ち上がることも許されず、ミスターシービーに追撃される。

 

(なのになぜ!手も足も出ない..!俺はまだ、殆ど術式を使えてない!!

漸く出せた術式だってあの贋作野郎とは違って、こっちは本物だ..だというのに、一瞬でかきけされるだと..?!)

「がっ..!」

 

更なる追撃の為に、ウマ娘の脚力の全力でもって踏み込み、弾丸のようにして呪詛師へと飛び掛かる最中、彼女は、ポツリと無意識に、口を動かしていた。

 

「早く起きないと、置いてっちゃうよ。エース」

 

呪詛師は、勘違いをしていた。

確かに、一年前の時点では、彼の方が強かった。

しかし、彼が思っている程の差はなかった。

何せ、二人とも連戦をしていたのだから。

ミスターシービーに至っては三連戦。

カツラギエースも、初見の術式に対応しつつ、民間人を守護していた。

彼は、連戦していた事実等知らなかったし、民間人を守っていたという点を軽視してもいたのだ。

 

更に、ミスターシービーは託された呪いによって、極限まで研ぎ澄まされていた。 

 

そして、もう一つ。

彼は、動揺を誘おうと使ったのだろう。

だが、余りに浅慮であった。

気付いていなかったのだ、彼女の目の前で練焔操火を見せた時から、ずっと、ミスターシービーが放っていた、燃えるような、"怒り"に。

 

「はあああ!!」

 

彼女は、水流でコーティングした拳を、スピードそのままにぶつけ、思い切り振り抜いた。

 

「あがっ..!」

 

その後も呪詛師は、あちこちに攻撃を受ける度に弾き飛ばされ、殆ど空中を舞っている状態にされていた。

 

「舐めるなよ!!」

 

呪符の一枚に呪力を籠め、煙のようなものを吹き出させ、辺りの視界を悪くすることで、どうにか僅かに隙を作った呪詛師は、手頃な岩を盾にするようにし、身を隠した。

 

(隙を付いて攻撃するしかねえ..)

 

僅かに残ったマッチを自身の足下近くにばら撒き、万が一の防御体勢を整え、岩影の向こうを、額に呪符をあて発動させた壁一枚なら貫通して透視が出来る術式でもって確認する。

 

(よしよし。煙の中で俺を探してるな)

 

少し余裕を取り戻したようで、勝ち誇った笑みを浮かべながら、彼は煙の中にあるミスターシービーの影を狙った。

 

爆木(はぜのき)!」

 

呪符を当てて呪力を籠めた木片を投げ付け、爆発させる。

 

「はっは」

 

見事に、影の位置で爆破したことで、彼は喜びと、安堵の息を盛らした。

 

「ここにいたんだ」

「?!」

 

だが、背後の木の枝に、吹き飛ばした筈のミスターシービーが立っていた。

 

「何故..いや...」

「雨炎火石!」

 

呪詛師は、準備しておいたマッチに術式を流し、炎でもって隙を作ろうとした。

 

「術式反転・閼伽」

 

しかし一瞬にして炎の全てが消し飛ばされ、そのまま呪詛士の足に飛ばされた水流が直撃する。

 

「ぐおっ」

 

足を撃ち抜かれたことで、彼はその場に崩れ落ちるのだった。

 

(...呪力が、上手く練れない..?!)

 

更に、呪力操作にも支障を来した。

 

"それ"(エースの術式)は使わせないよ」

 

ミスターシービーの術式反転・閼伽は正のエネルギーで水を操る技だ。

つまり、正のエネルギーを直にその身に撃ち込まれたことになり、負のエネルギーである呪力操作を阻害してしまうのだ。

 

「ま、待って..」

 

勢い良く土下座の体勢を取り、呪詛師は震えながら命乞いを始めた。

 

「わ、悪かった!もう手を引くから!い、命だけは..!」

「...殺しはしないよ」

 

その言葉に、呪詛師は顔を上げる。

しかし、それは恐怖を増幅させるだけだった。

 

「術式、戻す方法はあるんだよね?」

 

無い、等と答えれば直ぐにでも首が飛ばされるんじゃないかと感じる程の威圧感を放ち、そう問い詰められることとなったからだ。

 

「あ、あります!あります!!!」

「ホント?嘘じゃないよね?」

「はい!はい!」

「じゃあ、"縛り"を結ぼうか。アタシに大人しく従うこと。いいね?」

「わ、分かりました..」

 

呪詛師は、渋々といった様子であったが、逆らうことも出来ない為、"縛り"に同意する。

 

「じゃあ、行こうか。多分そろそろ来るだろうし」

 

そうミスターシービーが言ってから一分と経たない内に、別の地点を捜索していたシンボリルドルフがやって来た。

 

「シービー!ケガはないか?!」

「大丈夫。それより、捕まえたよ」

「は?..!。もう倒したのか」

 

ミスターシービーの傍らで大人しく正座する呪詛師を認めたシンボリルドルフは驚いたようだった。

 

「思っていた程じゃなかったみたい」

「そうか。ありがとう。助かったよシービー」

「どういたしまして。それでさ、こいつ、術式を戻せるらしいよ」

 

ミスターシービーの報告に更に驚いた顔となるシンボリルドルフ。

 

「本当か?!」

「嘘じゃないと思うよ。アタシに従うように"縛り"も結んだし、学園に連れてこう」

「手早いな。私の出番が全くない。だが、これで一安心だな」 

 

シンボリルドルフとミスターシービーはそのまま、呪詛師を学園へと連行するのであった。

 

数時間後。

トレセン学園。

 

「止血は終わったし、もう良いよ」

 

呪詛師の足の治療を行ったアグネスタキオンが二人を呼び、呪詛師を拘束している部屋へと招き入れる。

 

「さて、それじゃ聞かせて貰える?術式を戻す方法を」

 

ミスターシービーが、未だ燃える静かな怒りを声色に乗せながら問うた。

 

「シービー。気持ちは分かるが、まずは目的からだ」

 

シンボリルドルフが宥め、呪詛師に詰め寄る。

 

「何のために、術式を集めていた?シービーの報告によれば、呪霊と協力してまで集めようとしていたらしいじゃないか」

「...言えない」

「アタシとの"縛り"、忘れたわけじゃないよね?」

 

ミスターシービーに言われた呪詛師は、声を張り上げた。

 

「待て!命令しないでくれ!頼む!本当に言えないんだ!!」

 

並々ならぬ様子に眉を潜めたシンボリルドルフだったが、直ぐに一つの可能性に行き着いた。

 

「"縛り"で話せないのか?」

「ああ。それ以外のことなら何でも話すから、勘弁してくれ。しゃべったら死んじまう」

 

(嘘かどうかは分からない。しかし、もし本当なら術式のことは聞けなくなる、か)

「..なら、術式のことを話して貰おうか」

 

こくこくと頷き、呪詛師は口を震わせながら開いた。

 

「俺の術式は、意識を失っている奴から術式を奪って呪符に保存する。

そして、それを誰かに与えることが出来るんだ。呪符に呪力を籠めて好きなときに使うことも可能だ」

「エースの術式は、呪符無しで発動してたよね?」

「大半は呪符に保存するが、利便性の高い奴はそのまま持ってるんだ。与える対象には自分も含まれているから。

ただ、脳の容量の問題で、直に持てるのは限りがある。

だから利便性の高い奴だけを持ってるんだ」

「...それで?戻す方法は?」

 

最も、重要なことを尋ねた。

 

「呪符を..呪符を相手に貼り付けて、呪文を唱えるんだ」

「そう。で?キミが直接持ってる術式はもう一度呪符に出来るの?」

「お、俺自身が持ってる術式ならそれは出来る」

 

その返答に、今度はシンボリルドルフが色をなした。

 

「今まで奪ってきた術式は、君が全て持っているのか?」

 

その迫力に、ガタガタと震えながらも、嘘を付くわけにも行かない彼は、小さく白状した。

 

「殆どは..もう..渡した後だ..」

 

ゴッと呪詛師の拘束されている椅子の背後の壁に穴が空く。

シンボリルドルフの拳が、呪詛師の頬を切っていた。 

 

「誰に、渡した」

「い、言えない..!」

「.....」

「..言えないんだ!!」

「ルドルフ」

 

ミスターシービーに呼び掛けられ、ハッとその表情と佇まいを戻した。

 

「すまない。君を諫めていたのに、これではどの口が言っていたのだかな」

「仕方ないよ。とにかくまずは、戻せる分を戻すしかないんじゃない?」

「その通りだ。君、練焔操火を呪符に籠めるんだ」

 

頷いたシンボリルドルフは落ち着いた様子でそう命じる。

 

「分かった..呪符をくれないか?俺の所持品にあったろ?」

 

なおも震える呪詛師が弱々しく頼んだ。

 

呪符を用意された呪詛師が、呪文を唱えると、黒い文字だけで紋様の入っていなかった呪符に、紋様が浮かび、文字も燃えるような赤へと変色する。

 

「これを使えば良いんだな?」

「ああ。そうだ」

「そうか。他に直接持っている術式は?」

「あと一つある..」

「ではそれも」

 

そうして、呪符二枚をその手に持ったシンボリルドルフが部屋で待機していたアグネスタキオンに声をかけた。

 

「タキオン、すまないが準備をしておいてくれないか?」

「了解した」

 

言いながら、さっさとアグネスタキオンは部屋を後にする。

 

「さて、呪文も教えてもらおうか?」

「は、はい..」

 

呪詛師は、もうすっかり大人しくなっていた。

 

そうして、必要なことを聞き出し、監視の者に呪詛師の管理を引き継いだ後、二人は保健室へと向かうのだった。

 

「さて、バイタルのチェックは終わってるよ」

「ありがとう」

「さて..」

 

ミスターシービーは緊張した様子で、手に持った呪符に、目をやった。

 

「...行くよ」

 

ゆっくりと、深呼吸しながら、彼女はカツラギエースの額に呪符を貼った。

 

そして、呪力を籠めながら伝えられた呪文を詠唱する。

 

最後の言葉が音となった瞬間、呪符が輝き、小さく燃えるようにして消え去った。

 

「これで、戻った、んだよね..」

 

シンボリルドルフとカツラギエースは祈るようにして、カツラギエースを見つめていた。

 

「...エース。お願い。起きて..」

 

 

 

「...ん..」

 

吐息。

 

「..んん..」

 

声。

 

二人は、目を合わせていた。

 

「エース!!!」

 

その声に反応してか、閉じられていた彼女の目が、ゆっくりと開かれた。

 

「ん?シービー..と、ルドルフ..?..と、タキオン..?あれ..ここは..」

 

まだボンヤリとした様子のカツラギエースだったが、数秒の沈黙の後、ガバリと飛び起きた。

 

「そうだ!アタシ、呪霊に..!」

「ここ、保健室か?!シービー、あいつは倒したか?二人は無事か?!」

「大丈夫..」

 

ミスターシービーは声を詰まらせながら、そう答えるのが精一杯だった。

 

「...にしてもなんか久しぶりな感じだなあ。アタシ、どの位寝てたんだ?」

「一年だ」

 

シンボリルドルフが、心からの安堵をこぼしながら、そう答える。

 

「一年?!アタシそんなに寝てたのか?!」

「ああ。本当に、良かった」

 

未だ困惑した様子のカツラギエースの首に、勢い良く腕が巻き付けられる。

 

「ぐえっ!」

 

ミスターシービーが、カツラギエースに抱きついたのだ。

 

「良かった..」

「心配かけたみてえだな」

 

一年前と変わらない朗らかな様子で少しからかうようにしてそう言ったカツラギエース。

 

「..ずっと...待ってた..本当に..」

「シービー..?」

 

だが、彼女の軽口でも返してくれるかという予想は全く外れ、ミスターシービーは、ただ静かに抱擁の力を強めるだけであった。

 

「さて、私は他の娘達の術式も戻しに行かねばならない。これで失礼するよ」

 

目を細め、緩めた表情を浮かべながら、シンボリルドルフはそのままカツラギエースに手を振りながら立ち去る。

 

「お、おう?良く分からんが。ありがとな!」

 

「では、私は診断用の道具でも取りに行こうかな」

 

アグネスタキオンもわざとらしく大きめの声を出しながら、隣の部屋へと消えた。

 

「...シービー。さすがに苦しい」

 

少し困り顔となりながら、カツラギエースはミスターシービーの背を叩く。

僅かに力は緩んだが、尚も抱擁は続いていた。

 

「何かあったのか?」

「..アタシね。一級術師になったんだ」

「マジか。すげえじゃねえか!さすがシービーだな。なら、アタシもおちおち寝てられねえな」

 

その言葉に、ミスターシービーは、嬉しさとも安堵ともつかない表情を滲ませた。

 

「お?」

 

ミスターシービーがゆっくりとカツラギエースから腕をほどいた。

 

そして、しっかりと、真っ直ぐにカツラギエースに視線を合わせる。

 

「今度はどうした?」

 

心配そうなカツラギエースを他所に、彼女は一旦目を閉じ、呼吸を整え、再び瞼を上げた。

 

「お帰り。エース」

 

いつもの、自由に駆ける"ミスターシービー"の笑顔を浮かべながら、ゆっくりと、そう言った。

 

「ああ。ただいま。シービー」

 

カツラギエースも、変わらぬ笑顔で、応えて見せるのだった。

 

 





カツラギエースとミスターシービー編はこれで一応終了です。
二人のその後はまた別のとこで書くつもりです。

一応一つのストーリーとしての構想はあるのですが、リアル事情から完結させられるかは分かりません。
ですが、書きたいとは思っていますので、気長にお待ち頂ければ幸いです。
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