トレセン奇譚   作:ライト鯖

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王道-2

襲い来る触手を睨みながら、キングヘイローは刀に呪力を籠めた。

 

       シン・陰流 簡易領域

 

キングヘイローの周囲に結界が瞬時に広がる。

そして、結界の先に触手が触れた瞬間。

 

         「抜刀!」

 

目にも止まらぬ速度で斬撃が繰り出され、呪霊の触手は弾かれる。

 

シン・陰流。

平安時代、蘆屋貞綱によって呪詛士や呪霊から門弟を守るために考案された術式。

生得術式とは違い、後天的に習得可能である。

ただし、門外不出の縛りによって門弟以外への伝承は禁じられている。

キングヘイローは、術式を持っていない自分が戦える方法を模索する中、シン・陰から声がかかったのだ。

抜刀は、刀を鞘から抜く動きに合わせて、刀身に呪力を流すように纏わせることで高速度での斬撃を可能とする術である。

そして、簡易領域。

本来は領域展開に対して、領域を持たない者が対抗する為の術であるが、抜刀と組み合わせることで結界に触れた瞬間を感知し、それをトリガーに抜刀を繰り出すというフルオートカウンターとしても使えるのである。

彼女は、それを利用し、高速度の触手にカウンターを喰らわせたのだった。

 

触手を斬られた呪霊は、不快そうに身体を揺らし、その丸い体躯の中央でギョロリと巨大な眼を開いた。

そして、キングヘイローを睨み付ける。

うねうねとしていた触手と身体、両方がピタリと突然に動きを止めたなと思うと、今度は幾本もの触手を重ねて太くさせたそれを、キングヘイローへと向かわせた。

 

「簡易領域・抜刀!」

 

彼女が振り抜くと同時にガキン!と岩を斬りつけたような音が響き、触手の軌道が逸れる。

 

「...!」

 

反動でビリビリと震える腕を動かし、再び体勢を整え直す。

 

(..どうにか隙を作って本体を斬らなくちゃ)

「!」

 

瞬時に横向きに回転して飛び退いたキングヘイローのいた場所に、背後から回り込んでいた触手が凄まじい勢いで刺さる。

 

そして、間髪いれずに、別な触手達が次々と彼女を襲う。

体勢を立て直しきれず、転がるようにして躱すしかなくなったキングヘイロー。

ついに、一本の触手が、彼女の腕に刺さってしまう。

 

「ぐっ....?!」

(呪力が吸われて..!?)

 

刺された場所からどんどんと呪力の抜けていくのを感じた彼女は、背筋を寒くさせた。

 

(皆、これでやられたのね..!)

「はああ!」

 

刺されこそしたが、先程倒されていた準二級の彼女のようには、拘束されていなかったので、触手を切り裂き、振りほどくことに成功する。

 

「はっ...!」

(一瞬でかなり吸われた...まさか。ここに呪霊が殆どいなかったのは...!)

 

そう、彼女の前に立ちはだかる呪霊は、他の呪霊を喰って、強くなった。

本来、呪霊は共食いをしない。

しかし、本体の強さこそ三級程度だったが、呪力を吸収する術式を持って産まれたこの呪霊は違ったのだ。

ビルにいる呪霊を吸収し、その力を強めてきた。

そして、彼女の仲間達も、呪力を吸われて戦闘不能にさせられたのだ。

 

(つまり、彼女達が戦ってたときよりも強く..)

 

背に冷たいものが流れるのを感じつつ、キングヘイローは刀を構える。

 

「はあっ!!」

 

嫌な金属音と共に、彼女の刀が刃零れし、細かな破片が、目の前を飛んだ。

 

(固い...恐らく、呪霊は準一級以上。私に祓えるの...いえ!祓う。私は、一流のウマ娘なんだから。皆に、追い付くためにも!)

 

自身を叱咤するキングヘイロー。

そこに再び複数の触手が襲う。

 

「簡易領域・抜刀!」

 

触手を斬り伏せ、生まれた隙を付き、距離を詰めていく。

しかし呪霊は次々触手を繰り出し、少しずつしか進めない。

それでも、徐々に距離を近付けていった。

 

「はああ!」

 

切り落とした触手も次々再生され、反らした触手は背後から襲い来る。

簡易領域がなければ、とうに先輩達と同じ道を辿っていただろうことは、彼女自身が一番よく分かっていた。

だが、このままでは埒が明かない。

 

故に、何度目か分からないラッシュを捌ききった彼女は、勝負に出ることとした。 

 

((ウマ娘)の脚力なら、ここからでも充分届く..!)

 

足を踏み込み、呪霊の懐へと飛びこんだ。

そして、勢いそのままに、刀に手をかける。

 

「抜刀!」

 

ガキンッという金属音。

 

「え...」

 

呪霊を斬り付けた筈の、振り抜かれた刀身は、小刀程になっていた。

 

(折れ...しかも、斬れてない..)

 

正確に言えば、全く斬れていないわけではない。

彼女の繰り出した斬撃の軌跡、その半分程の位置で呪霊に付いた傷が、止まっていたのだ。

呪霊の固さに、中途で刀が、押し負けてしまったのである。

 

「くうおえいいおう!」

 

明らかに、怒気を含んだ鳴き声を挙げる呪霊。

全く効かなかったわけではなかったことが災いし、呪霊の逆鱗に触れてしまったのだ。

 

(不味い..)

 

後背へと逃れようとするキングヘイローだったが、呪霊はそれを許さない。

幾つも重ねられた触手が、飛び退くキングヘイローを襲った。

 

どうにか躱そうと身を翻したが、避けきれず、左肩に触手が激突してしまう。

 

「あっ...!」

 

鋭い痛みと共に吹き飛ばされ、ゴッという鈍い音が響く。 

キングヘイローは、倒れこそしていなかったが、壁に背を付き、よろめいていた。

 

(触手、呪力を吸え..る..のは..一部だけみ..たいね.......なんだか、頭が...)

 

強く頭を打ち付けたのか、彼女の思考は定まらない。

しかし、彼女は、足取りがおぼつかないながらも立ち上がる。

 

「勝たなきゃ...皆に..」

 

彼女の目は、向かってくる触手をしっからと捉えていたが、身体が彼女の命に従うことが出来なかった。

 

そして、轟音と共に壁が崩壊しキングヘイローも崩れ落ちるのだった。

 

「...」

(やっぱり、私は、皆みたいには..)

 

崩れた壁を背もたれに、座るようにして、倒れ込んだ彼女からは、完全に力が抜けていた。

 

(皆なら、こんな奴、きっと直ぐに祓えてしまうのに..私は、私には..)

『...レースとは、ワケが違うのよ。意地を張って、命を落としたりなんてしたら、バカらしいじゃない』 

『術式もないのにそれ以上強くなれるワケがないでしょう!』

(悔しいけれど、正しかったのかもね..)

 

霞む視界が、振り落とされる触手をやけにゆっくりと、写していた。

 

『キングちゃーん!ご飯行きましょう!』

『併走お願いしてもいいですか?』

『キングさん!カッコいいですわー!』

『輝かしく、誰もが憧れるウマ娘!』

『皐月賞の勝者は、セイウンスカイーー!』

『これ以上、無様な姿を晒す前に帰ってくることをお勧めするわ』

『高松宮記念を制したのは!』

『キングちゃん、大好きー!』

『さあ!このエルと熱い勝負をしまショウ!』

 

取り留めもない記憶が、溢れていく。

 

『止めよう』

 

その中で、彼女の心を捉えたのは━━。

 

京都レース場、その控え室。

 

『母親を振り向かせることは止めよう』

 

菊花賞に敗北した彼女に、かけられた言葉。

 

『キングヘイローらしい一流になろう』

 

"一流"のパートナーから言われた言葉。

 

『誰かの背中を追うのではなく、誰かに認められるためでもなく、誰にも影響されない』

 

      "キングヘイローだけの道を"

 

ズドンという轟音と共に振り下ろされた触手によって、辺りに粉塵が舞う。

その舞い上がる塵芥の中から、小さな影が飛び出した。

 

「ぐげぇえあ!」

 

一瞬の後、呪霊が悲鳴をあげる。 

巨躯の中央で大きく開かれた眼球に、折れた刀が突き刺さっていた。

 

「やっ..と..ダメージらし..いダメージが..入ったわね..」

 

(本当に..私はへっぽこね)

(忘れて..しまっていたわ。大切な..ことを。また、同じことで..悩ん..でた。そうだ。私は━━)

 

『確かに、君には術式もない、呪力のセンスも平均程度。だが』

 

シン・陰流師範の言葉。

 

『君の、何度折れても立ち上がるその強さは、立派な武器だ』

 

(私は!) 

 

ふらつきながらも、彼女は残る力を足に込め、粉塵の外へと、踏み出した。

 

『例え母親を納得させられる結果を出せなかったとしても。人々から呆れられようとも。どんなに悔しくても、何度心が折れそうなことがあっても、何回でも立ち上がって、頑張り続けて。君は━━』

 

トレーナーの言葉を過らせなら。

 

例え、幾度勝利が手から零れ落ちようと、どん底だろうと、泥にまみれようとも。

 

(皆に置いていかれる?追い付く?皆と同じように?)

(違うでしょう!)

 

「私は、私だけの道を行く!」 

 

(術式を持っている皆みたいに、抜刀で早々に片を付けようとしなくとも、攻撃が効かないわけじゃない。

少しずつダメージを与えていけば良かった。

そう。皆みたいになれなくても良い..私なりの、戦い方を!)

 

目をやられた衝撃で呪霊は大きな隙を作り、その懐へとキングヘイローを通してしまっていた。 

 

(そうよ..だって私は━━)

 

何度折れても、前に進む。

失われない"王者の誇り(Pride of king )"。

 

彼女は、呪霊の間近に立ち、拳を、構えた。

少しずつでも呪霊を削っていくために。

 

(このチャンスを逃してはダメ。刀はない。ならば━━)

 

彼女には、拳と、足が残っている。

一瞬にして全神経を研ぎ澄まし、呪力を一気に、拳へと籠めていく。

 

(━━━)

 

体勢を立て直した呪霊が横から触手を向かわせていたが、今の彼女の眼には、目の前の呪霊のみが、写っていた。

 

確実に勝つために、雨垂れで岩を穿たんと、抗う彼女の、その精神、集中力は、女神の微笑みを受けるに足りた。

 

黒い閃光が、迸る。

 

          "黒閃(こくせん)"

 

叩き付けられた拳から黒い火花が飛び散った。

 

「私は、一流のウマ娘、キングヘイローよ!」

 

キングヘイローは、拳を振り抜きながら、そう、高らかに叫ぶのだった。

 

「ぐうおうええおお!!!」

 

想定外の大ダメージに呪霊は、目を白黒させながら、四方八方に触手を振り回し始める。

 

「..皆に当たったらどうするのよ!」

 

一本、また一本と、次々に触手がキングヘイローの蹴りによって破壊されていく。

黒閃を経た彼女は、先程までとは、比べ物にならない程の呪力出力を手にしていたのだ。

 

(私が私じゃないみたい。今なら、何だって出来そうな...)

「はあっっ!!」

 

向かってきた触手を拳で弾き、そのまま呪霊の本体、その脳天へと踵落としを喰らわせた。

 

「ぎょえいおうう」

 

着地。

そして、残る呪力の全てを籠め、最後の一撃を、放つ。 

 

パァンと風船が弾け飛ぶような音を鳴らし、呪霊の体躯が、弾け飛ぶのだった。

 

同時に、ビルに充満していた呪いの気配も消失し、全ての呪霊の祓われたことが明らかとなる。

 

「ハァ...ハァ..ハァ...」

 

呪霊に打ち勝ち、安堵した彼女は、先程受けたダメージのせいか、身体がぐらつくのを感じていた。

そして、足から力が抜け、そのまま倒れるかに思われた。

 

「大丈夫デスか?」

 

だが、声と共に、彼女の身体は誰かの腕によって、受け止められていた。

 

「エルさん..?どうして..」

「やっほ~キング。大丈夫~?」

「スカイさんまで..」

 

ぼんやりとする頭で、二人の顔を見比べる。

 

「救援要請を受けて飛んできまシタ!でも、出番は無さそうデスね」

「近くにいたんだ~私達」

 

ゆっくり視線を動かすと、先程、応援を呼ぶようにと逃がしたおさげのウマ娘が心配そうな表情で見守っている様子が見て取れた。

 

「...ありがとう。エルさん。でも、大丈夫よ」

 

言いながらキングヘイローは立ち上がる。

 

「ちょ。無理はしない方が..」

 

よろめく身体にムチ打ち、可能な限り普通に歩いて、おさげの娘の前に立った。

 

「ご、ごめんなさい。低級呪霊に捕まっちゃって、もっと早くに行けてたら...」

「そう。一人で戦ったのね。凄いじゃない」

「でも..」

「大丈夫よ。貴方のおかけで、皆を早く運べる。..エルさん、スカイさん、お願い出来るかしら?」

「Sí!お任せくだサイ!」

「はいはーい」

 

二人は、部屋に倒れるキングと共に来た娘達を抱える。

 

「私も..」

 

キングが残った一人へと向かうと、おさげの娘が慌てて先んじて抱えた。

 

「私の方が、元気ですから!」

「そう..ありがとう。任せるわ」

 

そうして、全員が無事ビルの外へと脱出することが出来たのだった。

 

「じゃあ後はお願いしマス!」

「はい。お二人ともありがとうございました」

 

補助監督に気絶している娘達を預け、おさげのウマ娘も共に同乗させる。

 

「キングさんは..」

「エルさん達と、最後にもう一回確認してから戻るわ」

「そうですか..あの...ありがとうございました!」

「さっきも言ったけれど私はお礼を言われることはしていないわ。貴方が頑張っただけ。自分の成したことを誇りなさい。このキングが認めているのだから、ね」

「....はい!」

 

おさげの娘が頭を下げるとほとんど同時に、車は走り出し、あっという間にその姿を見えなくさせるのだった。

 

「はう..」

 

車体が見えなくなった瞬間、キングヘイローの身体からフラリと力が抜けた。

 

「おっと。お疲れ様、キング」

「やっぱり無理してたんデスね」

「一流..のウマ娘..なんだもの..情けないところ..見せられ..ないじゃない...」

 

キングヘイローを支えながら呆れたように笑う二人に言いながら、彼女は徐々に意識が薄れて行くのを感じていた。

 

 

 

「ん...」

 

薄く光が差し込む。

目を徐々に開けていき、暗闇から光へと彼女の意識は帰ってきた。

 

眩しい光で目が慣れるまでは真っ白な空間にしか見えていなかったが、徐々にはっきりと周囲の輪郭を認識し始めていった。

 

「...皆..?」

 

どうやら自分はベッドに寝ているらしいと知ると同時に、その周りに、同期の面々が立っていることにも気が付いた。

 

「良かったーー!!キングちゃん!大丈夫?!」

 

スペシャルウィークがキングヘイローの目が覚めたことに一番早く気が付き、そう大きな声を挙げた。

 

「おっ。起きたみたいだね~」

 

セイウンスカイの緩い声。

 

「良かったデエス!!あの後半日寝っぱなしだったんデスよ?」

 

エルコンドルパサーの元気な声。

 

「おはようございます。キングちゃん」

 

グラスワンダーの柔和な微笑み。

 

「良かったああ!キングぢゃ..ゲホッゴホッ」

 

ツルマルツヨシの咳。

 

「ツルちゃんの方がヤバそうだね」

「だ、大丈夫?!」

「大丈夫..!ケホッ」

 

「賑やかね...」

 

苦笑しながらキングヘイローは身体を起こした。

 

「キングのお見舞いに来てくれたのかしら?」

「いえお見舞いというか、なんというか..」

「まあ、そんなところデエス!」

 

スペシャルウィークが妙な反応をし、エルコンドルパサーが誤魔化すように被せる。

 

「あれ?でも皆私が四時間前に来たときからいたよね?」

 

ツルマルツヨシが言う。

 

「ちょちょちょ!シーッ、デスよ!ツルちゃん!」

「え?あ、ごめん!」

「ふふふっ。正直に言われては如何です?二人共私達が来る前からずーっといたじゃありませんか」

「セイちゃんはサボれるからいただけでーす」

「ズルいデスよセイちゃん?!」

 

彼女達のやり取りを見て、キングヘイローは感じていることがあった。

 

あれは、天皇賞秋の後だった。

セイウンスカイとスペシャルウィークに語ったこと。

一時期は何故同じ世代なのかと憎んだけれど、皆がいたから負けたくないと思えたと、競ってくれて、ライバルでいてくれてありがとうと語った。

 

(そう、私達はライバルで。そして━━)

 

「もう、皆私のことが大好き過ぎるわよ?..ま、一流のキングだもの。仕方の無いことだけれど」

「うん!私はキングちゃんのこと大好きだよ!」

「スペちゃんは相変わらず照れがないですね~」

「わ、私もだよ!」

「アッハハ!エルも大好きデスよ~!」

「え~?私も仲間に入ってる感じ~?」

「素直じゃないデスね~」

「ですね!」

 

(そして、大切な友達)

 

簡単なことだった。

 

昨日までの彼女ならば、自分が弱いからここまで心配させてしまっているのだと、ネガティブに捉えてしまっていただろう。

しかし、今のキングヘイローには分かっていた。

本当にただ純粋に、心の底から心配してくれていたのだと。

 

ライバルで、友達だから。

 

(一人で焦って空回って..)

「ホント、バカみたいね」

 

笑い会う友人達を見つめながらポツリと溢す。

 

「あ。キングまで!バカは酷くなーい?」

 

ウマ娘の耳は良い。

聞こえてしまっていたようで、皆から弄られていたセイウンスカイがそうわざとらしく怒りながら抗議した。

 

「ちょ。違うわよ。今のはスカイさんに言ったんじゃなくて!」

「お?じゃあキングはセイちゃんの味方ってこと~?」

「いえ、そういうわけじゃないけれど」

「ええ~~!」

 

「あはははっ!」

 

スペシャルウィークが吹き出したのを皮切りに皆が笑い出し、キングヘイローもつられて笑い出す。

 

深まる秋に染まったトレセン学園に暫くの間、明るい調べが、響くのだった。

 

 

 





キングヘイロー編はこれにて終了です。次回はちょっと色々考え直さなきゃいけない部分が多くなってきたのでかなり更新が空くかもしれません。
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