トウカイテイオーは、地道な鍛練を続けていた。
蒸し暑い気温の続く中でも、ひたすらに。
一年間眠ったままだったというカツラギエースが目覚めたということと、術式を奪われていた娘達の幾らかが復帰したという二つのニュースが学園を騒がせていたが、彼女は余り頓着せず、ただひたすらに鍛練を積んでいた。
だが、強くなればなるほどに、痛感してしまう。
キングヘイローやスペシャルウィーク、そしてシンボリルドルフと自身の距離に。
天与呪縛によるフィジカルギフテッドもない彼女は、ウマ娘としての膂力しか頼るべきはないが、その膂力はこのトレセン学園生であれば、皆が持っているものだ。
故に。
「追い付けない...」
つい、ポツリと漏らしてしまう。
呪具の性能を良いモノにすれば、更に戦闘は、強くなるだろう。
だがそれは、自力ではない。
トウカイテイオーは、ひたすらに、無力感と戦う日々を送っていた。
「!」
だが、勿論、全くの無意味ではない。
ある日の鍛練で、キングヘイローは自身の髪を掠めたトウカイテイオーの木刀を見、微笑んだ。
「危うく当てられるところだったわね」
ニヤリと彼女は笑い、トウカイテイオーを褒める。
「着実に強くなっているわ。この調子なら二級も直ぐそこね」
トウカイテイオーは既に三級術士として認められていた。
ここまでの努力が身を結んだのだろう。
そして、二級も。
(けど、その先は?)
どうしても頭に過るそれを振り払いながら、トウカイテイオーは嬉しさを表面化させるように、ニッコリと笑うのだった。
(きっと、大丈夫。強くなれる。剣の腕を磨いていけば、きっと、会長にも..)
言い聞かせる。
キングヘイローに一撃を入れることもいずれ出来そうなのだ。
きっと、出来る。
いつかキングヘイローに勝つことも出来る筈。
シンボリルドルフにも追い付ける。
剣技を極めることが、唯一の方法で、地道にやれば、絶対に。
(捨てた筈だろ。カイチョーみたいなキレイな、力強い戦い方は出来ないんだ。
振り払った筈だろ!心にあった、諦めは!)
何度も、何度も自分に言い聞かせ続けていた。
そして、そんな夏のある日。
「お久しぶりです。テイオーさん」
トウカイテイオーは、メジロマックイーンとの合同任務として、とある山の麓にある公園へと来ていた。
「久しぶりだねマックイーン。準一級になったんだってね。おめでとう」
「ええ。ありがとうございます。おかげさまで。貴方も二級昇級、近いそうですね」
「どうだろうね。推薦とかじゃないから分かんないけど」
今のトウカイテイオーにとっては少し話辛い相手だった。
今のぐちゃぐちゃな、言い聞かせ続けている心を見透かされてしまうのでは、と。
「━━。今回は、単独では危険かもしれない、とのことだったので貴方を補助として指名させて頂きました」
「そうだったんだ」
「ええ。テイオーさんならば、信頼出来ますから」
(何だか本当に見透かされてる気がするなあ)
トウカイテイオーは、呪霊を見るためのメガネをかけながら、「ありがと」と少しぎこちなく笑って見せた。
「さて、資料は読んで頂いたかと思いますが、一応」
補助監督がコホンと説明へと入る。
「この公園は、昔神社があったのですが、そこで神隠しがあったという都市伝説がありました。その神隠しにあった子供が遊び相手を求めて、公園、それもブランコに現れるという怪談が流布し、その呪いが発生してしまいました」
補助監督の説明に頷きながら、メジロマックイーンが口を開く。
「ブランコ...風で揺れている姿を、ナニカが漕いでいる、と解釈したのでしょうか」
「ええ。恐らく。そして、分類としては仮想怨霊となります。等級は低く見積もって二級。恐らく、準一級程度かと。ですので、メジロマックイーン準一級術師とトウカイテイオー三級術師の二人であれば、問題はないと推測されます。ただ、もしもの時には直ぐに撤退を」
「分かった」
「承知しましたわ」
二人は頷き、公園へと足を踏み入れた。
「闇より出でて、闇より黒く。その穢れを禊、祓え」
帳が降ろされる。
「では、見て回りましょうか」
「そうだね」
二人の見解は一致する。
公園は大した大きさではなく、砂場やブランコ、山を模した遊具等があり、林とも呼べないような低木が幾らか生えている場所がある程度の少し広めの公園だ。
何処に隠れていたのか、帳が降り、周囲が闇夜となった途端、呪霊が湧いたように現れた。
「あそあそぼ」
「かくれんぼ」
子供の運動靴を模したような低級呪霊。
そして、その奥、ブランコに、黒いモヤのかかった少女のような姿をしたナニカが出現していた。
「せいっ!」
トウカイテイオーが早速、刃伐刀で靴の呪霊を切り裂き、道を開ける。
「行こう!マックイーン!」
「ええ。玉犬!」
玉犬を繰り出し、ブランコに陣取る黒モヤの少女呪霊へと向かわせた。
「お姉ちゃん達、遊んでくれるの?」
はっきりとした、言葉。
「犬さんもかわいいね」
爪をふりかぶった玉犬の手を握り、少女呪霊は笑い声のようなものをあげる。
「ね。遊んでくれるよね?」
((答えちゃダメ)ですわね)
二人がそう判断し、その場で一旦止まり、何も答えずにいると。
「だるまさんが転んだしたいの?良いよ」
「え」
「まさか...!」
返答がトリガーではなかった。
問いかけがあった以上、セオリーとしては返答の有無がトリガーとなることは多い。
しかしこの呪いのトリガーは、ブランコという遊具の周囲にある柵を外縁とし、そこに踏みいったモノを術式に引き込むというものであった。
「遊びましょ」
パッと見での風景は、今までいた公園と変わらない。しかし、明らかに色合いのおかしな遊具と、突如として空が夕闇に染まったことで、呪霊の領域へと引き込まれたことを二人は瞬時に理解した。
「な?!」
「領域?!」
窓の報告、補助監督の下見、それらは正しかった。
正し"かった"のだ。
だが、この呪霊は、正に、今日、呪物を喰っていた。
こんな公園に呪物などあるはずもない。
だが、喰ったのだ。
窓の監視の目を付いて、この少女呪霊に、呪物を与えた者が、いたのだ。
そして呪物を喰った呪いは。
神社で神隠しによって行方不明になったという架空の子女は。
呪力が大幅に増加したのだ。
術式も、進化した。
この呪霊は元々は、遊戯に引き込んだ相手と遊び、相手が負けるとその者にとって、最も大切なモノを一つ、罰ゲームとして奪う。
勿論、元々は、遊戯に同意した相手でなければ術式対象外だった。
だが、呪物を喰ったことでブランコの柵の内、つまり、呪霊が住みかとする領域へと足を踏み入れると、同意なしで、術式が発動するようになったのだ。
「私が鬼ね」
少女呪霊は後ろを向き、それを唱え始める。
「だーるまさんが...こーろーんだ」
領域に入れられる直前は後1mというところまで近付いていた二人だったが、今やその距離は20m程度に延びていた。
「...!」
ピタリと動きを止める。
負けるわけにはいかないことなど誰にでも理解出来る。
故に二人はともかくもゲームに乗らざるを得なかった。
「だーるーまさんがーころんーだ」
15m。
どうにか少し近付いたが、どうやら呪霊は単調にやるつもりはないらしく、タイミングをずらしてきた。
「だーーるまさ...」
「マックイーン。式神は使えないの?」
「リスクが大きすぎます。もしも、式神があの呪霊にとってのルール違反に該当した場合、即、敗北になってしま...」
「んがころんだ!」
会話もろくに出来ない。
「だーーるーまさんがーころんーーだ」
7m。
二人は慎重に近付いていく。
「だーるまさんがーころーんだ」
3m。
「お姉ちゃん達、強いね」
「だーるまさんがーこーろんだ」
後は、手を伸ばすだけだ。
「ダルマサンガコロンダ!」
子供ならば、そうするだろう早口での詠唱。
だが。
「タッチ!」
反射神経ならば、トウカイテイオーに大きなアドバンテージがある。
「負けちゃった。じゃあ、次は何をしようか?」
「え...」
勝てば、領域が崩れるかと思っていた二人は、顔を青くさせた。
「私が疲れるまで遊べるんだ」
昨日までならば、勝てば解放された。
だが、呪霊の進化によって負けが、殆ど確定的となってしまっていた。
「くっ!鵺!」
メジロマックイーンとトウカイテイオーは目を合わせ、賭けに出た。
このまま勝ち続けられる保障等、何処にもないからだ。
「はあっ!」
鵺が呪霊に体当たりし、痺れた隙をついて、トウカイテイオーが刀を抜き、斬り付ける。
「痛い。ダメだよ。遊ばなきゃ、暴力は、いけないよ」
「蝦蟇!」
メジロマックイーンが瞬時に蝦蟇で呪霊を拘束し、新たな動きを出来なくする。
「ふっ!」
トウカイテイオーの刀が呪いを切り裂こうとしたその時。
「あそぼぼぼぼぼぼぼ」
公園の情景そのままであった領域が、変質する。
闇に染まり、霧がかった空間へと変質したのだ。
「これは...」
神隠し。
この呪霊の本質。
流布した怪談には、続きがある。
神隠しにあった少女は、この公園に時折現れ、遊び相手を見つけ、遊ぶ。
そして、気に入った子供を、一緒に遊び続けられるよう、あちらの世界へ、共に連れていってしまうという。
つまり、領域は二種類の切り替えが可能なのだ。
今、彼女は遊ぼうとしないトウカイテイオー達を、"ちゃんと遊ばせるために"自らのテリトリーへと誘った、という訳だ。
「でりゃああ!」
だが、二人は一切怯まない。
トウカイテイオーは、隙を狙って飛びかかり、その刀を呪霊に振り下ろしていた。
「鵺!」
メジロマックイーンも、再び鵺で攻撃をしかける。
だが。
「かなしいな」
呪霊はトウカイテイオーに斬られながらも、彼女の手に触れる。
「タッチ」
声と共に、トウカイテイオーは檻のような場所に閉じ込められている状態となった。
「なっ?!」
「泥棒さん、逮捕」
「まさか━━警察と泥棒..?」
仕組みを察したメジロマックイーンがならば、とトウカイテイオーの手を俊敏な動きで檻から伸びるトウカイテイオーの手を即座にタッチし、解放する。
「何処までかは分かりませんが、かなりの"遊び"を術式効果として使えるようですわね」
「うん、だね。助かったよマックイーン。ありがと」
「残念、逃げられちゃった」
呪霊のわざとらしくも悲しそうな言葉を無視ししつつ、二人は再び動き出した。
「万象!」
万象の出す大量の水に、呪霊は、足を取られたようで、高く跳躍し飛びかかってくるトウカイテイオーの斬撃を避けることが出来ず、諸に浴びた。
「痛い」
言葉を交わさずとも見事な連携を瞬時に。
だが、この作戦は悪手であった。
「うっ?!」
メジロマックイーンは、肩を撃ち抜かれる。
圧縮された水、によって。
「しまった..水鉄砲..!」
「マックイーン!」
「タッチ」
「また...」
再び檻に閉じ込めやれるかと思いきや、今度はトウカイテイオー自身には何も起きなかった。
「...?..!」
だが、少女呪霊の姿が消えている。
「今度は何だ?」
「...かくれんぼ、ではないでしょうか。呪霊の気配を、微かにですが、感じます」
肩を応急で止血しながら、メジロマックイーンが言う。
「てことは、この領域の何処かに姿を隠している奴を見つければ良いわけだ」
「恐らく...気配の方は、私が探ります」
「おっけー。ありがとう、マックイーン」
メジロマックイーンの指示を受けながら、トウカイテイオーはゆっくりと領域内を歩いていく。
「その辺りに、いるはずですわ」
そう示された場所は、当然、領域全体が黒い霧の中のようであるので、隠れられるようなモノはない。
「となると..」
思い切り手をやたらに振り回すトウカイテイオー。
姿を透明化させているのだろう、と考えたのだ。
果たしてそれは正しく、タッチされた瞬間、呪霊は再び姿を現した。
「いた!!」
刀を振るう。
「...残念。時間切れみたい」
腕を斬られながらも、呪霊が何でもないことのようにそう言った瞬間だった。
突如として"腕"が空に現れ、トウカイテイオーの右腕を掴み、強い力で引っ張り出した。
「何?!離せ!...くそっ..!」
「もっと遊びたかったけど、約束なの」
「テイオーさん?!」
メジロマックイーンが駆け出したが、既に遅い。
トウカイテイオーはそのまま、腕に引かれるようにして、領域から姿を消した。
「後は、貴方だけだね。でも大丈夫。私と一緒に遊ぼうね」
「テイオーさんを、何処にやりましたの!?」
激昂したメジロマックイーンは、そのまま呪霊に直接攻撃を仕掛ける。
(テイオーさんの気配が感じられない。恐らく領域外へ連れ去られた。であるなら、今すぐにでもこいつを祓って、テイオーさんを追わねば)
「お姉ちゃんは、泥棒ね」
当然、自身が近付くということは、呪霊の遊びに巻き込まれる可能性が高い。
だが、メジロマックイーンに触れようと手を伸ばそうとした呪霊は、後ろから何かに引っ張られ、仰け反る。
「蝦蟇」
蝦蟇に背後からその舌で呪霊の腕を塞がせていた。
「はっ!!」
そして、彼女は、自身の影に格納していた呪具で、斬り付けるのだった。
領域外へと連れ出されたトウカイテイオーは、先程の、尚も帳によって闇夜の、公園に戻っていた。
「誰だ!」
トウカイテイオーが顔を上げると、マスクで口元を隠し、黒っぽい装束に身を包んだ、中年とも青年とも付かない男が、彼女を見下ろすようにして立っていた。
「やあ、乱暴してしまってすまないね。私はしがない呪術師さ。君たちから見れば呪詛師に当たる」
「呪詛師?!」
戦闘体勢を取るトウカイテイオーに、呪詛師は笑いで返した。
「まあまあ、待ってくれ。何も君に危害を加えようってんじゃあない。ちょっとお話したいだけなのさ」
「呪詛師と話すことなんて何もない!」
「おっと!」
トウカイテイオーの振るう刀を易々と避け、呪詛師はなおも笑みを崩さない。
「良い動きをする。益々惜しいね」
「?...大人しく捕まれ!」
「本当に少しで良いんだよ。折角、君がここに来ると聞いて、呪霊に呪物を渡してまで協力して貰ったんだからさ」
「何..?」
「縛りだよ。彼女に呪物を渡して、より多くの子と遊べるようにしてあげる代わりに、昨日から今日まで彼女の領域に匿って貰ってたんだ。そして、多少遊んだら君をこっちに渡すように、ともね」
「そこじゃない!何でボク達が来ることを知ってたんだ」
「まあ良いじゃあないか。そんな些末な事」
呪詛師は楽しそうに笑い続けている。
「良くないよ!何者なんだお前は」
「言ったろう?ただの呪詛師さ。そんなことを話に来たんじゃないんだ。トウカイテイオーくん」
刀を構えながらも、トウカイテイオーは、つい、答えてしまう。
「じゃあ、何の用だっていうんだよ」
呪詛師は、ニンマリとした笑みを浮かべ、口を、開いた。
「君、強くなりたいんだってね?」