トレセン奇譚   作:ライト鯖

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エゴであろうと

 

 

(このまま放置してしまえば、いずれ一般人に危害を加えてしまうだろう..なら..私がすべきは...トレセンの生徒会長として、すべきは..)

 

どんどんと、瞳から光が消えていくトウカイテイオーと戦いながら、シンボリルドルフは、決意を固めんとしていた。

 

神威・轟(しんい・ごう)

 

シンボリルドルフは、自身の周囲を雷で包み、トウカイテイオーを近付けなくした。

 

(これで一旦距離を置く)

 

トウカイテイオーの拳をいなし続けているだけの現状を変えるため、トウカイテイオーの術式使用量を僅かでも減らすため、とにもかくにも、彼女は距離を取った。

 

瞬間。

ガサッと枝に立つトウカイテイオーを見上げる様な位置に、キングヘイローが飛び出してきた。

 

「テイオーさん!貴方の相手はこのキングよ!私一人倒しきれないようじゃあ、一流にはなれないわよ!」

 

挑発。

それがどの程度、今の彼女に有効かは未知数だが、気を引くために、彼女は、なりふり構っていなかった。

 

「止めるんだキングヘイロー!今の君では!」

 

少し離れた位置のシンボリルドルフが叫ぶ。

 

「テイオー!私が相手だ!そっちは!」

 

既に遅く、トウカイテイオーはキングヘイローへ、無機質にターゲットを変更していた。

 

「さあ!来なさい!」

 

シン・陰流 簡易領域。

キングヘイローが刀を構えると同時に、風を切る音。

そして、それに反応するようにして、キングヘイローの抜刀が発動。

トウカイテイオーは、キングヘイローの刀、刀身を掴んで、止めていた。

 

「っ...!今よ!」

 

キングヘイローが叫ぶと同時に、アドマイヤベガが飛び出し、手に持つモノを、トウカイテイオーへ向けた。

 

英仙(ペルセウス)

 

ゴルゴンの首が、トウカイテイオーの身体を、拘束状態に置く。

 

「トップロードさん!」

 

アドマイヤベガの一瞬後に飛び出たナリタトップロードは、トウカイテイオーにしっかりと目を合わせながら、狙いを定め、最大限の呪力を籠めて、叫んだ。

 

「"眠れ"!!」

 

ナリタトップロードの呪言は、差程強くはなく、単独の対象にしっかり狙いを向けねば、大した効果を発揮しない。つまり、不特定多数には効きにくい。

というより、目線と呪力の狙いを合わせる、等の縛りで強化していると言った方が正しい。

故に、先程メジロマックイーンとトウカイテイオーを同時に止めた際は、一瞬しか止めることが出来なかったのだ。

なので、普通に会話する分には問題ない程度ではあるのだが、本人の気質で、万が一、うっかり呪ってしまわないようにかなり神経を張っている。

そして、彼女は、興奮すると語彙力が壊滅的になる傾向があるのだが、呪言対策で言葉を選びすぎてしまい、普段の状態でも語彙力がかなり悲惨なことになってしまっている。

 

その程度の呪言であるため、確実に狙いを定めるべく、アドマイヤベガに拘束してもらう必要があった。

だが、アドマイヤベガのペルセウスによるゴルゴンも対象者と一秒間、目を合わせないと効果を発揮しないため、キングヘイローが隙を作ったのだ。

 

キングヘイローの刀身を掴むトウカイテイオーの拳から力が抜け、そのまま刀を離し、だらりと腕が垂れ下がる。

そして、ゆらゆらと揺れた後、地面に、倒れ伏すのだった。

 

「ゲホッゲホッゲホッ!」

 

ナリタトップロードが激しく咳き込み、膝を付く。

 

「トップロードさん!」

 

アドマイヤベガがナリタトップロードに駆け寄り、肩を貸す。

 

「すみません。でも、私よりテイオーさんを...」 

「そうね」

 

アドマイヤベガが振り向いた時には、キングヘイローが倒れたトウカイテイオーを持ち上げ、抱えていた。

 

「ちょ、キングさん。無理は..」

「大丈夫よ。私は、大丈夫」

 

気丈に笑うキングヘイロー。

そこに。

 

「キングヘイロー..」

 

シンボリルドルフが戻ってきた。

 

「テイオーを眠らせて、何か当てがあるのか?」

「...さあ?でも、学園に戻れば、タキオンさんだっている。可能性はゼロじゃないはずです。可能性が潰えていないのならば、私は絶対に諦めない」

 

キングヘイローの瞳に、シンボリルドルフは黙り込んだ。

 

「━━━━。....そうだな。その通りだ。すまない。私では、止められなかった」

 

数秒の沈黙の後、彼女は噛み締めるようにして、そう言った。

 

「私が代わろう。いや、私に運ばせてくれ」

 

フラフラとするキングヘイローに、シンボリルドルフが腕を差し伸べ、頼む。

 

「...じゃあ、お願いするわ」

 

シンボリルドルフの腕に、トウカイテイオーは受け渡される。

その彼女は、何事もなかったかのように、スウスウと寝息を立て、眠っている。

 

「ところで、呪詛師は?」

 

アドマイヤベガがシンボリルドルフに尋ねる。

 

「逃げられた後だったよ。あれで、どうやって動いたのかは分からないが..」

 

彼女は、ナリタトップロードがトウカイテイオーを眠らせたことを確認した瞬間、呪詛師を叩き付けた場所を確認しに行っていたが、そこには既に、彼の姿はなかったのだ。

 

「...そう」

「ゲホッ..どりあえず...学園に戻りまじょう...呪言、効果が..あれでずから..」

 

枯れた喉でナリタトップロードが呪言の効果がいつまで持つか不明瞭ということをどうにか伝えようとする。

 

「そうね。急ぎましょう」

 

そして、アドマイヤベガは、その意図を的確に汲むのだった。

 

 

「悪い。助かったよ」

 

戦闘のあった場所から更に離れた隣の山。

二つの影が、呪力を抑え、隠れ潜んでいた。

 

「ったく。だから言ったろ?人形はおれので充分だって」

「お前のは二人が限度だろうが。保険は多い方が良いってことで、指示されたんだよ」

 

先程シンボリルドルフにダウンさせられていた呪詛師がぼやくように言う。

 

「それで負けてちゃ世話ねえな。どう報告すんだ?」

 

別な人影は、やれやれ、というように肩を竦めた。

 

「...収穫はあった。シンボリルドルフのウィークポイント」

「そのウィークポイント、今後も使えるとは限らんだろうが」

「それは...そうだが..」

「まあ、だが、"魍魎跋扈(もうりょうばっこ)"に向けての情報収集としては成功じゃないか?特にシンボリルドルフの術式、あれを直に見たってのはデカイ」

「そうだろう?だから..」

「分かったよ。奴にはおれからも上手く報告してやる」

「助かるよ」

 

二人がそんな会話をしていると、ドプンと水に泥の塊が落ちたような音と共に、異形の、嫌悪感を煽る見目をした、四つ目の呪霊が彼らの前に現れた。

 

「おおむかえにあががりましたた」

「ありがとう。じゃあ、戻ろうか。おれの反転だけでは治しきれないしな」

「ああ..」

 

そうして、三つの影は、その場から、再びの泥の音と同時に、消えるのだった。

 

 

補助監督が手配していた車に、彼女らは揺られていた。

 

「テイオー...」

 

シンボリルドルフは、トウカイテイオーの寝顔を、まんじりともせず、ただ、見つめていた。

 

「ううっ...」

 

先程までは安らかだった寝顔が時間の経つにつれ、険しいモノへとなっていく。

呪言が効いた瞬間は、一番深く、その命によって眠りに落ちていたが、時間と共に、本来トウカイテイオーの身体が感じていた呪物に侵食されていく痛みや不快感が、表出してきていたのだ。

 

「一度眠らぜるだげで..ケホッ..喉ががなりやられてしまっだので、もう一度目覚めない限りば、使わない方が...」

 

ナリタトップロードの言葉に、シンボリルドルフが頷く。

 

「分かっている。すまないね。トップロード」

 

彼女達はただ、苦しむトウカイテイオーを見ていることしか出来なかった。

 

二時間後。

トレセン学園

 

結局、幸いにもトウカイテイオーが目覚めることはなく、どうにか学園に運び入れることが出来ていた。

 

「で、私のところに連れてきた、と?」

 

保健室に連れ込まれたトウカイテイオーの身体を診察しながら、アグネスタキオンは言う。

 

「ごめんなさい。貴方しか頼れる人が思い付かなくて」

 

キングヘイローが頭を下げる。

 

「純粋な呪いのことならカフェの方が詳しいよ」

 

まあ、どちらにせよ、とアグネスタキオンは保健室を見渡しながら告げる。

 

「ここの設備じゃどうしようもない。私の研究室兼カフェの物置に移動する必要があるね」

 

アグネスタキオンの言を受け、ボロボロのキングヘイローは保健医が預かる形で、シンボリルドルフは付き添い、ナリタトップロード、アドマイヤベガがトウカイテイオーが万一起きてしまった時の再拘束要員として彼女の後に付いていくのであった。

 

旧理科準備室 現アグネスタキオンとマンハッタンカフェの兼用スペース

 

「"お友達"にも聞いてみましたが、呪物に侵食されているので間違いないようです」

 

長いストレートの黒髪に金色の瞳が特徴的なウマ娘、マンハッタンカフェは、そう残念そうに首を振る。

 

「そうか。なら、奴が私に語った説明の方が真実ということか」

 

シンボリルドルフがそう口にする。

 

「恐らく、私達が聞いたのは、言葉足らず、いえ、あえて語らなかった部分が多かったのでしょうね」

 

キングヘイローはそう頷いた。

 

「ふむ。それはともかく、呪物を埋め込まれているだけではないのだね?カフェ」

 

アグネスタキオンは何やら部屋を捜索しながらマンハッタンカフェに確認する。

 

「ええ。根を下ろすようにして、侵食されているみたいです」

「ふうん。なら、やはり件の呪詛師が語った通り、寄生呪根なのだろうね」

 

ガチャガチャと幾つもの機械を手にトウカイテイオーを座らせた椅子に設置しながら、アグネスタキオンは分析を進める。

 

「...タキオン」

「なんだい会長。今は未申請の道具類については目を瞑ってくれたまえよ」

「..テイオーは、治せるのだろうか...」

 

ピタリと、一瞬動きを止め、アグネスタキオンはシンボリルドルフの方へ振り向いた。

 

「カフェの"お友達"を信じるならば、殆ど手遅れだよ。正攻法では太刀打ち出来ない」

「....!」

「カフェの"お友達"は色々と万能でねえ。もしかしたら、と思ったのだが。..彼女も匙を投げたのだろう?」

「ええ。既に全身が侵されつつある、と」

 

二人の言葉に、シンボリルドルフは唇を噛む。

 

「では、打つ手はない、ということか?」

「...正攻法では、と言ったろう。あるにはある。いや、なくはない、と言うべきかな?」

 

アグネスタキオンはなおも機械の取り付けをしている。

 

「どういう...」

「五分五分...7:3位の分の悪い賭けなら出来るという話さ。失敗すれば、テイオーくんの命の保障は出来ない」

「.....っ」

 

シンボリルドルフの表情が苦悶に歪む。

 

「どういう方法なんですか?」

 

多少咽の回復してきていたナリタトップロードが尋ねる。

 

「私の術式反転で、侵された部分を壊し、同時に反転術式で治療する」

「そんなこと...」

「出来ないだろうね、普通は。呪力も足りないし、脳ミソがショートしてしまうだろう」

 

だが、と言いながら、アグネスタキオンは幾つもの機械から伸びる配線の繋がったメガネのようなモノをかける。

 

「これならば、あるいは、というところさ」

「それは?」

「六眼...の再現さ」

「再現..?」

 

シンボリルドルフらは訝しむ。

 

「呪力効率と、諸々見通すあの眼を再現出来れば、呪術の幅が広がると思ってね、シャカールくんやトランくんらと協力して開発していたんだ」

 

とはいっても、と複数の機械群に目を向けながらアグネスタキオンは苦笑する。

 

「実用性には乏しいがね。しかも、これは偶然完成したものなんだ。全く上手く行かなくてね。どうしたものかと色々弄っていたら、事故で生まれたのさ」

「ということは..」

「ああ、予備もない、世界でたった一つの呪具だ。シャカールくんも再現性の無さにキレていたよ。私としても、分解解析をしたいところだったが、それで元に戻せる保障すらなくてね。とりあえず後回しにしていたんだが...」

「それは...ちゃんと、機能はしているのか?」

「ああ。それは試したよ。呪力効率は桁違いに良くなる。故に、賭けさ。いつ壊れるかも分からない曖昧なこれに賭けるくらいしか方法がないんだ」

「.....」

 

さあ、とアグネスタキオンはシンボリルドルフに顔を近付けた。

 

「どうする?会長。テイオーくんの命だけを考えるなら、呪物化させてしまった方が確実だ。呪物化プロセスは不明瞭な部分も多いが、ここまで呪物に侵されているなら、簡単だろう」

「だが、その場合、テイオーは、トウカイテイオーは消えてしまうだろう..」

「そうだね。そして、賭けを行ったとしても、テイオーくんに術式は残らないかもしれない。だから、君が何を重視するか、だよ。シンボリルドルフ"生徒会長"」

 

生徒会長、の言葉に彼女は耳をピクリと反応させた。

 

「私は...」

 

『絶対にカイチョーよりも強くなって見せるから!』

『カイチョー!見ててくれた?!』

『ボクは、それでも...』

 

『シンボリルドルフさんみたいな、強くて、カッコ良いウマ娘になります!』

 

「......!!」

 

シンボリルドルフは、ギュッと目を瞑り、大きく息を吸った。

 

「タキオン。どうか、お願いする。テイオーを...テイオーを、治して欲しい」

「それは、生徒会長としてのお願いかい?それとも..」

「シンボリルドルフとしてのお願いだ。私のワガママ、エゴだよ。だが...」

(私は、テイオーを危ない目に合わせたくなくて、遠ざけようとした。彼女の夢を、見ないふりして。分かっていて、遠ざけた。今考えれば、彼女の為なんかじゃなく、私の身勝手だ。ならば...)

「私のエゴが招いた事態でもある。だから、私のエゴを、貫くよ。テイオーとは、まだ話足りないことが、沢山あるんだ」

 

それを聞き、クックッとアグネスタキオンは笑う。

 

「エゴか。良い言葉だ。では、承ったよ"シンボリルドルフ"くん。微力を尽くそう」

 

そうして、機械仕掛けの六眼モドキであるメガネ呪具を装着した彼女は、トウカイテイオーに向き直った。

 

「カフェ、悪いが部屋に誰も入ってこないよう見張っててくれないか?集中を途切れさせかねない」

「...分かりました..」

 

マンハッタンカフェがしょうがないですね。とでも言うようにユラリと立ち上がり、部屋の外へと出る。

 

「準備は整った。始めるよ」

 

アグネスタキオンは、フーッと大きく息を吸い、トウカイテイオーの身体に、腕あてのような機械を装着した手を、ゆっくりと当てた。

 

六眼鏡(りくがんきょう)、起動」

 

幾つかの機械が唸る音がする。

 

「...術式反転・散華(さんげ)

 

アグネスタキオンの視界は、トウカイテイオーの身体の何処が呪物に侵されているのか、を隅々まで、六眼モドキを通して写していた。

そこに合わせ、術式反転をかけ、破壊する。

そして。

 

「━━━━!」

 

反転術式で破壊しか箇所をほぼ同時に、修復していく。

 

(ある程度まで除去したら、脳を治す。万が一間に合わなくても、脳の本体さえ除去しきれば、後は外科手術でもどうにか出来る)

 

アグネスタキオンは思考を回しながら、身体の重要部位、臓器や神経に張った根を優先的に破壊していく。

 

(機能自体はしている。本格的に使ったのは初だったが、ありがたい。これが六眼の世界か。しかし、悠長に観察する暇はない)

 

僅かな手元の狂いが、致命傷になりかねない。

反転術式で治癒出来る範囲を越えた損傷になってしまえば、勿論終わり。

当然、僅かでも治癒が遅れれば、神経系等は大きなダメージを受けるだろう。

破壊されたことすら身体が気付かない程の速度で、同時に行う必要がある。

 

(よし。心臓、肺、脊髄、その他重要部位はあらかた完了した。後は脳ミソ。ここの失敗は、万に一つも許されない)

 

緊張を高めながら、アグネスタキオンは、その術式をトウカイテイオーの脳に向けた。

だが、直前で、六眼モドキに繋がる機械がアラートを発し始める。

ピピピピという警告音。

 

「ディスプレイになんと表示されているか見てくれ」

「ああ...!..errorと、だけ」

「っ...!不味いな」

(原因は不明。対処は不可能。ならば..)

「後少しだけ、保ってくれ」

 

アグネスタキオンは、そのままトウカイテイオーの脳の治療を、開始した。

 

(間に合え。だが、慌てるな。確実に、だが、最速で。━━━━っ。呪力が尽きそうだ。こっちも後少しだけ..)

 

警告音はどんどんと大きくなるが、アグネスタキオンは完全に無視し、トウカイテイオーの脳に居座る、呪物の本体を、破壊した。

そして━━━。

 

ボン。と、アグネスタキオンが装着していた六眼鏡の端子が繋がっていた眼鏡のつるの辺りが爆発した。

 

同時に、警告音を発していた機械も、煙を上げ、音を止める。

 

「タキオンさん?!」

「大丈夫ですか?!」

 

邪魔にならないよう部屋の隅で待機していたナリタトップロードとアドマイヤベガが駆け寄る。

 

「大丈夫か..?」

 

不安そうなシンボリルドルフも、爆発で体勢を崩していたアグネスタキオンの前に膝を付いた。

 

「ああ。私はね」

脳に相当な負荷がかかっていたのだろう。

鼻血も流しながら、アグネスタキオンは立ち上がった。

 

「!━━━では、テイオーは..」

「━━間に合ったとは思う。呪物を破壊し、反転をかけた。それは間違いない」

「では..!」

「だが、治癒が完了したかを、見届けることが出来なかった」

 

無念そうにアグネスタキオンが言う。

 

「じゃあ、目覚めるかは..」

「ああ、分からない」

 

シンボリルドルフは、ギュッと拳を握り締めた。

 

部屋に戻ってきたマンハッタンカフェも交え、そこから三十分程、彼女達は待った。

アグネスタキオンによれば、目覚めるなら数時間以内に目が覚めるだろう。

とのことだったからだ。

 

「脳の大部分を作り直したようなものだからね。呪言の効果もなかったことになっているだろう」

 

爆散した六眼鏡の後片付けをしながら、アグネスタキオンはそう説明する。

 

「そうか...」

 

シンボリルドルフはソファに寝かされたトウカイテイオーの手を、静かに握っている。

 

「━━━」

 

ピクリ、とトウカイテイオーの耳が動いたように、シンボリルドルフは感じた。

 

「テイオー..?」

 

「ん...」

 

僅かな、吐息のような声。

 

「テイオー..」

「んん...」

 

ゆっくりと、彼女の瞼が、細く、だが、確かに開けられる。

 

「テイオー!」

「カイ...チョー..?」

 

ボンヤリとした顔のトウカイテイオーが、小さく呟く。

 

「ああ。そうだ。私が分かるんだな。テイオー」

「うん...」

「タキオンさん!テイオーさんが!」

 

ナリタトップロードの声。

 

「ここ..は..」

 

徐々に意識もはっきりしてきたようで、トウカイテイオーは目を見開いた。

 

「カイチョー..!」

 

飛び起きようとする彼女を、シンボリルドルフが抑える。

 

「まだ、起きない方が良い」

「でも..ボク、カイチョーに..言わないといけないことが..」

「そのままで良いよ」

「...ごめんなさい...ボク、カイチョーに酷いことを..」

「..さっきまでのこと、覚えているのか?」

「うん...はっきりとは覚えてないんだけど..

カイチョー達に..酷いことを..」

「━━。いいんだ。テイオー。それに、謝るのは私の方だ」

 

トウカイテイオーの頭を優しく撫でた後、シンボリルドルフは居ずまいを正した。

 

「すまなかった。テイオー。君のことを、ちゃんと、見れていなかった」

 

深々と頭を垂れる。

 

「...でも、ボクは結局..こんなことに..なって...」

「それでも、だ。君に夢を見せたのは私なのに、逃げてしまっていた。だから、すまない..」

「カイチョー..」

「そして、無事で良かった..」

 

溢れるものを抑えるように、シンボリルドルフは噛み締めるように言った。

 

「...お話中、すまないね」

 

アグネスタキオンが色々と器具を持ってやってきた。

 

「とりあえず検査をするよ」

「あ、ああ。そうだな。すまない。頼むよ」

 

そうして、検査を進めていると、旧理科準備室の扉がパァンと勢いよく開け放たれた。

 

「「テイオーさん!」」

 

飛び込んで来たのは、キングヘイローと、メジロマックイーンだった。

 

「キング...マックイーン...」

 

トウカイテイオーの姿を見て、二人は力が抜けたようにして、息をはいた。

 

「良かった。本当に..」

「マックイーン...ごめんね」

 

トウカイテイオーの突然の謝罪に、マックイーンは驚く。

 

「どうしたんですの?出し抜けに」

「マックイーンに、ボクは...攻撃を..」

「!...お気になさらず。あの程度の電撃でどうこうなる私ではありませんから」

 

優しく微笑むメジロマックイーンにトウカイテイオーはこみ上げるモノを感じていた。

 

「━━━。キングも...ごめんなさ..」

 

キングヘイローにも頭を下げようとするトウカイテイオー。

しかし、彼女の謝罪は、キングヘイローの手によって遮られた。

そして、彼女はある物を差し出した。

 

「これ..は..?」

「前に約束したでしょう?私から一本取れたら、ご馳走するって」

 

彼女の手には、はちみーが握られていた。

 

「あ━━」

「タキオンさん。もう飲んでも大丈夫なのかしら?」

 

キングヘイローが一応、とアグネスタキオンに確認する。

 

「ん?ああ。問題ないよ。検査ももう終わるし」

「そ。なら、受け取ってくれる?中々効いたわ。貴方の一撃」

 

キングヘイローに手渡されたカップを手にした彼女は、ついに、決壊する。

目から、溢れるモノを抑えることは、出来なくなっていた。

 

「ありがとう...キング..マックイーン、タキオン。トップロード達も...本当に..」

 

涙声で礼を口にし、彼女は、皆を見渡した。

 

「私達は、頼まれたからやっただけよ」

「フフッ。そうですね」

 

アドマイヤベガとナリタトップロードは、そう、優しく笑う。

 

「礼なら、今度実験に協力してくれればそれで良いさ」

 

アグネスタキオンは、検査器具を片付けながらそう言った。

 

「どういたしまして」

「貴方が無事で、本当に良かったですわ」

 

キングヘイローとメジロマックイーンも、応える。

 

「カイチョー...」

 

そして、トウカイテイオーは、シンボリルドルフへと向き直った。

 

「その...改めて、ごめんなさい...でも、ボクはやっぱり、諦めたくないんだ...だから..」

「テイオー」

 

シンボリルドルフが途中で遮る。

 

「私も、覚悟を決めるよ」

 

だから、と彼女は続ける。

 

「今度こそ、私は、君が強くて、カッコ良いウマ娘になるのを、楽しみに待っているよ。トウカイテイオー」

「カイチョー..」

「そして...その..君さえ良ければ..なんだが..私も時々、君と稽古を、と思っているんだが」

 

その言葉に、トウカイテイオーは目を輝かせる。

 

「ホント!?」

「ああ」

「あら。私を差し置いて?」

 

キングヘイローが悪戯っぽく言う。

 

「たまに!たまにだからあ~!」

 

トウカイテイオーの慌てる様子に、周囲にいた者達が笑い声を挙げた。

 

「冗談よ、冗談。良かったわね。テイオーさん」

「━━うん。ありがとう」

 

こうして、トウカイテイオー拉致事件は、彼女が無事に目を覚ましたことで幕を閉じたのだった。

 

だが、彼女達は、この事件も大きな計画のサブプランとして、実行されていたことなどは、知るよしもなかった。

 

 

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