トレセン奇譚   作:ライト鯖

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トレセン学園内交流大会 最終戦 ミスターシービーvsシンボリルドルフ

 

『さあ、ついに交流大会個人の部、最終戦がやってまいりました。ここまで勝ち進んできましたミスターシービー選手、そして、前年度王者であるシンボリルドルフ選手の対決です』

 

実況のアグネスデジタルは、顔を上気させながら相変わらず興奮気味に実況をする。

 

『解説のカツラギエースだ。よろしくな!』

 

楽しそうなカツラギエースの声がそこに続く。

これまで解説席に座ってきたシンボリルドルフが出場するたて、各ブロック決勝以上に進出した者に依頼を例年行っているのだが、タマモクロスは決勝に出た事情から辞退。

シリウスシンボリも乗り気ではなかったため、諸手を挙げて志願したカツラギエースが解説席に座っている。

 

『よろしくお願いします。エースさん』

『おう!よろしくな。デジタル!』

 

和気あいあいとした実況席とは裏腹に、舞台上には張り詰めた空気が漂っていた。

 

「さて、漸くだね。ルドルフ」

「お手柔らかに頼むよ」

「それは出来ない相談だ。アタシは、キミの全力を見たいからね」

「勿論だ。手を抜くつもりは一切ないよ」

 

シンボリルドルフの言いように、ミスターシービーは苦笑する。

 

「アタシが見たいのは、"シンボリルドルフ"の本気だよ?」

「率先垂範。生徒会長として、皆の模範となる戦いをせねばならない」

「ま、言葉でどうにかなるとは思ってないよ。その仮面、剥ぎ取らせて貰うから」

 

シンボリルドルフは困ったように眉を下げる。

 

「シービー。まさか、君までそれを望むとはね」

「アタシはいつでもそうだよ。…でも今回は、紛う事なき王者になる必要があるから、かな」

「全く。エースが羨ましいよ」

 

後は、沈黙であった。

二人は、集中し、互いに向き合う。

そして。

 

『準備は整いました。それでは、トレセン学園生徒交流大会 個人の部 王者決定戦…開始です!』

 

ミスターシービーは先制の砲水を打ち出す。

シンボリルドルフはバッと勢い良く飛び、それを回避。

一瞬の後、術式を纏わせ、高速でミスターシービーの側面に移動をした。

 

「!!」

 

"雷皇神威(らいこうしんい)"

雷の性質を持つシンボリルドルフの呪力は、本来それ単体で充分な効果を持つ。

自身の身体能力を上げ、高速移動をするのにも、術式を発動させる必要はない。

だが、彼女は敢えて術式を使用する。

呪力の性質は皆にあるものではないが、術式を利用した移動や呪力による身体強化は、生得術式を有する者なら、参考とすることが出来る故に。

 

ミスターシービーは、シンボリルドルフの動きに合わせ、水の盾を形成した。

 

バチバチッと雷が壁のように聳える水に迸り、打ち消される。

 

招雷(しょうらい)

 

シンボリルドルフは間断なく技を繰り出した。

彼女から発せられた電気を帯びた呪力が空気中を伝い行く中で纏まり、雷となる。

雷鳴よりも早くミスターシービーにそれは到達するが、呪力の起こりを察知していたシービーは、すんでのところで躱し切った。

 

「やはり避けられるか…!」

「術式反転"閼伽(あか)"」

 

ミスターシービーも反撃をする。

術式反転による正の呪力をぶつけることで、シンボリルドルフの足止めを狙ったものだ。

 

「はっ!」

 

再びバチバチッと音を鳴らし、加速。

閼伽の回避に専念し、シンボリルドルフは空を高速で駆けた。

 

「正面からぶつかりたくはないって言ってるようなものじゃない?」

"閼伽"

再び放たれた術式反転。

しかし今度は、小さな水しぶきを散弾銃のようにして撃ち出された。

シンボリルドルフは全てを避けきることは出来ず、腕に掠ってしまい、呪力の制御をくるわされてしまう。

 

「…っ!」

 

速度の緩んだシンボリルドルフの動きは、ミスターシービーにとって捉えることの容易なモノだ。

華麗なバク宙を決め、後背へと飛翔、勢いそのまま回転をつけ、シンボリルドルフに蹴りを入れる。

モロに受けたシンボリルドルフは、そのまま落下。

舞台に衝突した。

 

「くっ…!」

「まだまだ!」

"水蛟(みずち)"

 

追撃するミスターシービー。

作り出されたその水流は、蛇の如くうねり、シンボリルドルフの周囲を取り囲む。

 

「滝壺!」

 

蛇の頭が上空へと昇り、勢い良く、自らが取り囲んでいた領域の中心へ向かっていった。

ドパン!と勢い良く飛沫を上げ、蛇は散り、それに対する防御を取っていたシンボリルドルフの姿が現れた。

 

「砲水」

 

一切攻撃の手を緩めないミスターシービーに、シンボリルドルフは押され気味であった。

加速する隙がなく、躱し切れないのだ。

 

「…っ。招雷」

 

ミスターシービーの攻撃の合間に生まれる僅かの隙に、反撃を繰り出す。

 

「ほっ」

 

ミスターシービーは、悠然とそれを躱し、呪力で身体強化をしつつ、シンボリルドルフと距離を詰めた。  

両者の拳や脚が入り乱れ、衝突する。

シンボリルドルフの拳とミスターシービーの拳がぶつかったかと思えば、ミスターシービーの放った蹴りを、シンボリルドルフが受け止める。

シンボリルドルフの攻撃も今度はミスターシービーが同じように処理し、互角の攻防が繰り広げられた。

だが、途中でミスターシービーはつまらなさそうな顔となり、シンボリルドルフと距離を取った。

 

「キミの呪力なら呪力の性質も使えばもっと速く出来るでしょ。いい加減、仮面を外さないとアタシに負けちゃうよ?」

「負けるつもりはないさ。生徒会長として、皆の模範となる戦い方、これが私の全力だ」

 

シンボリルドルフの言い様に、ミスターシービーは残念そうな顔をする。

 

「じゃ、良いや」

 

彼女は、そう言うや否や、素早く掌印を結び、唱えた。

 

「領域展開」

"天翔法雨(てんしょうほうう)"

「"本気"で来ないなら、このまま勝たせて貰うよ」

 

カツラギエースとミスターシービーの戦闘で領域の詳細を見ていたシンボリルドルフは彼女の領域の必中効果を思い出し、頬に汗を浮かばせたものの、即座に刀を構えるような動作を取る。

 

"簡易領域"

独学で、というよりもシン・陰使用者から見て盗んだ技で、防御体勢を構築したのだ。

 

「…簡易領域で、ねえ。領域は使わないんだ?」

「領域展開は、使える者が限られすぎているからね」

 

ふーん。とつまらさそうに言いながら、ミスターシービーは術式を放つ。

 

「つまりルドルフ、キミの言う模範的戦い方は、誰でも真似出来る戦い方で強くある、ってこと?」

「ああ。全員ではないが、殆どの娘が辿り着ける、その可能性がある最強、そうある必要がある」

 

ハハッと高速度で距離を詰めてきたシンボリルドルフを術式であしらいながら、ミスターシービーは苦笑した。

 

「相変わらずだね。ルドルフ」

「…?」

「傲慢だ。…閼伽」

 

術式反転。

簡易領域によって必中ではないため、直接攻撃を受けることはなかったが、正の呪力の影響で簡易領域そのものにほころびが生じてしまう。

 

「あとどれくらい持つかな?簡易領域」

「傲慢、か。手厳しいな」

「自分でも分かってるんでしょ?」

 

シンボリルドルフは答えず、しかし、一瞬、口を緩ませた。

 

「そうかもしれないね。…しかしそれでも、この世界。誰か手本となる存在がいなければならない」

 

簡易領域の範囲を瞬間的に広げ、フルオート迎撃でミスターシービーに拳を繰り出した。

 

「!っと…!」

 

虚を突かれ、拳を受けたミスターシービーは、「へえ?」と笑みを零す。

 

 

「崩れたな。いや、崩れつつある、か?」

 

観客席で試合を眺めるシリウスシンボリは、ボソリと、少し楽しそうに呟いていた。

 

簡易領域の範囲を事後的に拡大。

これは誰にでも出来る類いの技術ではない。

それを使った、ってことはつまり…。

 

ミスターシービーはフフッと喜びを漏らした。

 

「良いね。漸くその気になってくれたかな?」

 

挑発されたシンボリルドルフだが、彼女は曖昧に微笑みつつ、退いた。

彼女は、フラストレーションを感じていた。

その点、ミスターシービーの狙い通りと言えるだろう。

だが、それでも彼女は崩すつもりは毛頭ない。

強さ、が必要なこの世界に置いて、標となる、誰もが辿り付き得る"最強"。

それが必要だと信じている故に。

それが、ある種の傲慢さがあるモノだとしても。

しかし、彼女の内に秘められた獣は、今にもミスターシービーに襲いかからんとしている。

彼女の強さに、自身の窮地に、表へと引き上げられつつあったのだ。

 

「君達は、私を煽るのが好きだな」

「シリウスやラモーヌ程じゃあないけどね。…それにアタシは"シンボリルドルフ"に勝たなきゃ意味がない」

 

放たれた巨大な水の砲弾によって、つまり莫大なミスターシービーの呪力に押され、簡易領域は再び大きく削られる。

剥がされる寸前、といった大きさにまで領域も縮んでしまった。

 

「くっ!だが…!」

"雷明(らいめい)"

 

術式を1点に集中し、閃光のようにして放ち、目眩ましとする。

生まれた隙に、ミスターシービーの懐に潜り込んだシンボリルドルフは、その場で雷を槍のように貫かせた。

 

「くうっ…!」

「油断大敵。シービー、"私"(生徒会長)は、強いぞ」

「ははっ。良いね」

 

痺れる身体で、しかし、なおも笑顔を消さないミスターシービーは、閼伽を再び放ち、シンボリルドルフを牽制する。

 

『互角、に見えますね』

 

実況を務めるアグネスデジタルは、そう解説に座るカツラギエースに話を振った。

 

『そうだな。…でも、ルドルフはこのままだとジリ貧だ。簡易領域も殆ど剥がれてるし、そうなれば必中術式の防御にリソースが割かれることになる』

『確かに、そうですね。ルドルフ選手は一体どう乗り切るのでしょうか』

『あのままじゃあ難しいかもなあ』

『と、申しますと?』

『シービーが本気だ』

 

幾らかの攻防を挟んでから、ミスターシービーは、銃弾のような水滴を次々と放ち、シンボリルドルフを狙い続けていた。

 

「…!」

「はっ!」

 

シンボリルドルフは、既に簡易領域が剥がされており、必中の術式を呪力と術式による防御で受け流していた。

しかし、これではジリ貧。

シンボリルドルフは、僅かな焦りと、葛藤を覚えていた。

 

このまま負けるわけにはいかない。だが…。

 

それは隙を生み、ミスターシービーに大技を放つ機会を与えてしまう。

 

「閼伽」

 

術式反転を、今度はしっかりとその身に受けることとなり、シンボリルドルフは術式も解け、その場に落下した。

 

「うっ…」

「さすがに直撃は効くでしょ?」

「ああ…フフッ…フフフッ…」

 

シンボリルドルフはクックッと突然、笑いを零した。

 

「…?」

 

ミスターシービーですらも怪訝さを感じ、表情を伺う程に、唐突であった。

 

「……シービー。君の気持ちはよく分かった。それに、このままでは君に勝てないことも」

 

だから、と顔を上げたシンボリルドルフの表情に、ミスターシービーは一瞬、背中の震える思いがした。

 

笑顔。

だが、その笑顔は。

攻撃的な――。

 

「千思万考。考えてみれば模範となる私が、全てを出し尽くさず負ける、というのも良くはない。悪い手本だ。そうだろう?シービー」

 

本能を裏付ける理論を並べ立てるシンボリルドルフ。

ミスターシービーは、畏怖と同時に、激しい高揚を感じてもいる。

 

「勝たなくてはな。皇帝、シンボリルドルフは負けてはならない」

 

目つきの変わった彼女は獰猛な獅子のように、その目をギラつかせ、ミスターシービーをこそ、睨んでいた。

 

「漸くその気になってくれたみたいだね。ルドルフ」

「私が勝つよ。ミスターシービー」

「…それは楽しみだ」

 

ミスターシービーは、再び閼伽を放つ。

だが、バリッと迸る電撃がミスターシービーの頬を掠めると同時、彼女の眼前からシンボリルドルフの姿は消えていた。

代わりに、背後から声が聞こえる。

 

「領域展開」

 

"玉皇廟雷音(ぎょくこうびょうらいおん)"

 

バチバチバチッと当たりに電撃が放たれ、同時に、青空に包まれたミスターシービーの領域がシンボリルドルフを中心に瞬く間に雷雲に包まれていく。

 

「なっ…!押し負ける?!」

 

前方へ飛び、シンボリルドルフから距離を取っていたミスターシービーだったが、一気に彼女の直上近くまで雷雲は迫ってきた。

そして、シンボリルドルフ、術者本人を取り囲むように、宮殿なような構造物が形成されていき、玉座、恐らく拝謁のためのもの、が鎮座する殿が現れ、その絢爛豪華な、威圧感もある玉座に、彼女は座った。

 

「…っ!」

 

ギリギリのところで領域の完全な消失を免れたミスターシービーだったが、雷雲の中に一筋、光がどうにか差し込む隙間を得ているのみだった。

 

「呪力は回復しても、やはり3回も領域を展開しては、弱るようだね」

 

シンボリルドルフは、悠然と玉座から立ち上がり、そう言った。

 

「…かもね。でも、必中は受けないよ」

「そうだな。だが…」

 

指揮を執るように腕を振るうと同時に、ミスターシービーの周囲に幾本もの、矢が放たれたかのごとく雷が降り注ぎ始める。

 

豪雷(ごうらい)…避けられるかな?」

瑞水瀑布(ずいすいばくふ)!」

 

滝のような水流を形成し、それを道とし脱出を試みるミスターシービー。

だが、水は電気を通す。

先程までの、ミスターシービーが領域を主導し、彼女の呪力に満ちた空間であったならば、呪力の濃さで中和出来ていたが、殆どシンボリルドルフの領域となった今では、この当たり前の物理現象に、影響を受けてしまう。

 

「しまっ…!!」

 

思わず頭から抜け落ちていた術式の相性。

感電し、動きが鈍らされる。

 

雷槍(らいそう)

 

轟く雷鳴。

回避し、ミスターシービーは体勢を立て直そうとする。

しかし、なおも彼女を狙う雷は、空から、そして、シンボリルドルフから放たれ続ける。

 

「…!っ」

「まだまだ行くよ」

「…ハハッ。凄いや。前見た時よりも強くなってるとはね。ルドルフ」

 

僅かに余裕を取り戻したミスターシービーは、そう楽しそうに笑った。

 

「楽しそうだな」

「そりゃ楽しいさ!何年ぶりに見たろうね!"皇帝"シンボリルドルフを!」

「煽ったのは君だよ」

「大成功だ。…君を倒して、アタシはエースを待つ」

 

ミスターシービーは、領域を諦める決断を下す。

必中の餌食となるが、何方にせよこのままでは何れ対処能力の限界を迎えることは明らかであったからだ。

代わりに、呪力を最大限まで濃く、纏い、領域を迸る、呪力による電流から身を守る。

落下の情、に近い技術だ。

 

「…ほう?いつの間にそんな芸当を?」

「ちょっと前だよ。…こっちは、先刻」

 

言いながら、ミスターシービーは呼吸を整え、指をシンボリルドルフへと向けた。

 

エースと戦った時に見た、エースの術式の極致。

極の番。

あれで漸く分かったんだ。

アタシの術式の、その極致も。

そうだ、難しく考える必要はなかった。

要は術式を、最大限の火力にする。

そういうことなはずだ。

なら、アタシだってーー

 

「玉水法術 極の番 龍」

 

水蛟により形成される蛇とは比べ物にならない巨大な、そして、より激しく水流の流れる、龍を模した激流が生み出され、シンボリルドルフへと向けられた。

 

「これは…!」

 

大量の水が弾ける音と、雷の迸る音が同時に何度も響き渡る。

爆発的な水流が弾け、雷のもたらした熱による湯気、煙。

それらが視界を遮っていたが、この攻防の結果を、戦っている両者は既に知っていた。

 

ミスターシービーは、感知される呪力を頼りに余力を振り絞り、シンボリルドルフに掴みかかろうとする。

だが、必中術式をその背に受け、足止めをされる。

そこに、シンボリルドルフは一挙、雷槍を撃ち込んだのだ。

 

視界が開け、観客席にその映像が届けられた時には、荒い息をするシンボリルドルフと、ふらつきながら、どうにか立っている様子のミスターシービーが、相向かい合う形となっていた。

 

「…一瞬でも遅れていれば、やられていたよ」

「やっぱり、強いね。ルドルフ、キミは」

 

どうにかダメージを負いながらも極の番をかなりの程度相殺したシンボリルドルフ。

領域も、今正に崩れ落ちていっていた。

極の番相殺に激しく消耗させられたのだ。

しかして、必中術式を幾度も受けざるを得なかったミスターシービー。

両者を比べた時、既に、勝敗は明らかに見えた。

 

「満足したかい?」

「まだまだ、足りないな」

 

残された呪力で発動させた術式、それをもって腕をコーティングしたミスターシービーは、地面を蹴り、なおも戦闘を続けようとした。

シンボリルドルフも、構え、警戒する。

しかし。

ふらり、とバランスを崩したミスターシービー。

どうにか踏みとどまったが、彼女は、それで限界を悟り、悔しげに呟いた。

 

「勝ちたかったな」

 

そして、フーッと深く息を吐きながらまっすぐと立ち、言うのだった。

 

「負けたよ。ルドルフ」

「!…良い試合だった。ありがとう」

「こっちも、ありがとう」

 

『今、ミスターシービー選手、降伏致しました!勝者は、シンボリルドルフ選手!

…よって、今学園交流大会、その頂点に立ったのは、シンボリルドルフ選手です!

2年連続での頂点!王座の防衛です!』

 

実況と共に観客席からは拍手が湧いた。

だがそれは興奮というよりも、感嘆と、尊敬が多く含まれているように感じられた。

 

『凄い戦いでしたね、エースさん』

『そうだな。2人ともすげえよ。…シービー!惜しかったな!』

 

呼びかけられ、ミスターシービーはカツラギエースの方へ顔を向け、苦笑した。

 

「ごめん!負けちゃった!」

『来年もまた、どっちが決勝行くか、勝負だな』

「…フフッ。そうだね。楽しみだ」

 

惜しみない拍手の中、大会は幕を閉じていくのだった。

 

 

これで終わりだったら良かったんだが。

そんなことを考えながら、観客として来ていた日下部篤也は、トレセン学園理事長室の扉を叩いていた。

 

「どうぞ」

 

若い女性の声と共に扉が開かれる。

 

「お待ちしていました」

 

緑の服に身を包んだ、早川たづなに案内され、日下部は理事長の前に歩み出でた。

 

「どうも、はじめまして。一級術師の日下部篤也と申します」

「仄聞!君の噂は聞いている!術式無しで一級にまでなった術師とな。

私はここの理事長、秋川やよいだ!よろしく頼む。…そして」

「早川たづなです。理事長の秘書を勤めております」

 

挨拶を済ませると、秋川理事長は早速本題へと移る。

 

「報告!何やら高専から機密連絡があると聞いたが?」

 

問われ、日下部は神妙な表情となった。

 

「ええ。実は話にくいことなんですがね…」

 

日下部の話を聞くに連れ、二人の表情も険しいものとなっていく。

そして。

 

「…なんと…内通者が」

「しかも、高専生の…」

「ええ。お恥ずかしい限りで。現在捜索中でふが、呪霊と通じていたらしいんです」

「驚愕。まさか、そんなことが起きるとはな」

「ですが、それを我々に報告するということは」

 

たづなはそう言葉を濁し、理事長も小さく頷くのみだった。

 

「お気持ちはわかりますが、こうなっては一度調べざるを得ない。少なくとも上はそう考えているようで」

「考えたくはないな…生徒に…」

「ええ。ですが…」

 

日下部は若干申し訳なさそうに続ける。

 

「追い打ちをかけるようですが、この場に生徒会長を呼んでいただけなかったのにも理由がありましてね」

「…疑念。彼女は疑いようがないと思うが」

「…私は彼女のことをよく知らんので分かりませんが、上は少々疑っているようです。

"全てのウマ娘の幸福"この彼女の目標は、ウマ娘の殆どに呪力があり、ヒトの殆どにはない。

であるからこそ、夏油傑のようなことを考えてもおかしくないのでは、と」

「…っ!それは、ない。筈だ」

 

日下部は頷き、しかし首を振った。

 

「我々もそう信じていました。少なくとも、あいつを受け持つ教師は、最後まで信じようとしていた」

「……」

 

沈黙。

やがて、理事長は決心したように口を開いた。

 

「承知。トレセン学園でも教職、生徒に関わらず調査を行おう」

「申し訳ない」

「不要。謝罪は無用だ。特級呪霊が何やら企んでいる今、内通者がいた、という現実。

仕方のないことだと理解している。

わざわざ今日はありがとう。日下部一級術師」

「ご丁寧にどうも」

 

正式な書類を手渡し、別れの挨拶を終えると、日下部はそのまま学園を去るのだった。

 

交流大会個人戦、その日は、不穏をトレセン学園に落とし、終わるのであった。

 

 

某山中。

 

「さて、決行の日が決まったぞ」

「漸くですな」

「トレセン学園の壊滅」

「そして、その深部に眠る呪物や呪具の奪取」

「我々は同じ目的を向いている」

 

幾人もの呪詛師や呪霊がざわざわと会話を交わしている。

暫くの後、それを纏める、一際巨大な呪霊が、彼らを静めた。

 

「元の予定より一週間程早まってしまったが、宿儺の指も届いた。準備は万全だ。我等の決戦は直ぐにでも始められる。

故に、最後の調整を挟んだ後、2日後に執り行う。

トレセン学園滅亡の祭典。"魍魎跋扈"を!」

 

体躯の大きなその呪霊は、高らかに、宣言するのであった。

 

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