魍魎跋扈‐序
「まさか、逃げられるとはな」
「構わん。どうせ明日、いやもう今日なんだ」
「術師というのは、補助監督とやらに至るまで油断ならんものだな」
呪霊と呪詛師達は、森の中でガヤガヤとざわついていた。
「人質にとって大人しくさせていたつもりだったが、抜け出されてしまうとは思いもよりませんでした…」
「良い。気にするな。もう奴等が何を聞こうと手遅れだ。少々予定が変わるだけのことよ」
ボスらしきその呪霊は、余裕そうに笑ってみせるのだった。
トレセン学園
学内交流大会個人戦が終わり、1日挟んでから団体戦が行われる筈であったが、前日から当日、今日の午前中に至るまで激しい雨天であったため、延期となった。
そんな日の夕方。
アドマイヤベガは、ナリタトップロードと共に雨上がりで泥濘む中庭、そこに敷設されている石畳の道を歩いていた。
「オペラオーちゃん、大丈夫ですかね」
「あの人がそう簡単にやられたりしないわ。きっと大丈夫よ」
言いつつ、アドマイヤベガも僅かな不安を拭えないでいた。
つい昨日、深夜にテイエムオペラオーと共に任務に出ていたメイショウドトウが満身創痍といった様相で学園へ戻ってきたのである。
戻った途端、緊張の糸が切れてしまったのだろう。
何があったかを話す前に、倒れ、意識を失ってしまったのだ。
これにより、テイエムオペラオーと同行していた補助監督も同時点で行方不明扱いとなった。
定期連絡自体は来ていた為、それまでは問題視されていなかったが、即時、捜索と向かった筈の任務への応援が組まれ、派遣されたところである。
「…そうですよね。オペラオーちゃんですもんね。きっと…」
夕闇に染まっていく空の下、学園全体が、まるで暗雲立ち込めるように、暗闇へと落ちていく。
ふと、アドマイヤベガは少し離れた場所に立つ、人影を視界に捉えた。
「…?……!?」
見間違いかと、咄嗟に隣にいるナリタトップロードの方を見ると、彼女も同じことを思ったようで、吃驚した様子でアドマイヤベガと顔を見合わせる格好となっていた。
「オペラオーちゃん!!」
「オペラオー?!」
思わず駆け出したナリタトップロード。
アドマイヤベガも早足で後に続く。
「やあ。二人とも。久しいね」
振り向いたテイエムオペラオーは静かな笑顔で、二人に挨拶をした。
「……」
「いつの間に戻ってきてたんですか?!心配してたんですよ?!」
「すまないね。…でも、任務は問題なく終えたよ」
「一緒にいたっていう補助監督さんは?ドトウは大変な状態になって帰ってきたけど」
「ああ。彼女も無事だったのか。それは良かった。補助監督さんは今、理事長に報告へ行っているよ」
アドマイヤベガは、テイエムオペラオーの様子に、違和感を覚えていた。
何、この感覚。
この、違和感は。
「彼女はボクが逃がしたんだが、無事で良かったよ」
「本当に良かったです!…でも、オペラオーちゃんも元気ないんじゃないですか?疲れてるのならお休みになった方が…」
ナリタトップロードも違和を感じたようで、テイエムオペラオーの体調を気遣う。
だが、アドマイヤベガは別の可能性に、思い至っていた。
「そうね。休んだ方が良いわ。…オペラも出来ない状態なんて初めて見たもの」
「そうかい?ボクだって疲れている時の一度や二度…」
言葉を遮り、アドマイヤベガはテイエムオペラオーの肩を掴んだ。
「…本当に新鮮だわ。大人しいあの娘の姿を見るなんてね」
「アヤベさん?何を言って…」
「…そうだよ。変なことを言うね」
冷たい視線を、"テイエムオペラオー"に向けるアドマイヤベガ。
「貴方、何者?」
「…ハハッ。どうしたんだい?キミらしくもない。ボクの顔を忘れてしまったのかい?」
アドマイヤベガは、テイエムオペラオーの肩を離し、訝しむナリタトップロードの前に立った。
「貴方は、オペラのついでに人生やってるようなウマ娘。どんな時でも、その仮面を私達に外すことはなかった。
…それは私達を信頼していないという意味じゃない。
ただそれがテイエムオペラオーの生き方」
でも、とアドマイヤベガは目の前の者を睨みつける。
「貴方は高笑いも、芝居がかった話し方もしない。……それに、貴方はさっきから、私達の名前を一度も呼んでいないわよね。不自然な程に。
ドトウのこともそう。言われるまで、貴方は何も言わなかった」
テイエムオペラオーは、貼り付けたような微笑のままであるが、しかし、不穏な気配を、漂わせていた。
「答えなさい。…貴方は、誰?」
ナリタトップロードも、テイエムオペラオーの様子に、警戒を見せている。
「……ククッ。フフッフフフフフ」
テイエムオペラオーの笑い方とは思えない、噛み殺したような笑いが、彼女の口から漏れ出る。
「計算外だ。…まさか、いきなり友人に出くわしてしまうとはね。しかも、随分と仲の良い」
他人事のように言うテイエムオペラオーは、立ち居振る舞いは優雅さにも派手さにもかける、素人じみた芝居のごとき様相で、腕を広げた。
「半分は正解だよ!アドマイヤベガ!」
「半分…?」
愉快そうにテイエムオペラオーは笑う。
「この身体は、正真正銘、テイエムオペラオーの身体さ!」
ただ、と怪しく光るテイエムオペラオーの目。
そして、次に聞こえてきた声は、彼女のモノではなかった。
「俺が操ってるってだけさ」
背後からの声に慌てて振り返る二人。
そこには、怪しげな風貌の男が立っていた。
「何者…!」
「オペラオーちゃんに何をしたんですか!」
「俺の操り人形になってもらっただけさ。随分苦労したがね。…ハハハッ良い顔をする!」
アドマイヤベガと、ナリタトップロードは、困惑を湛えながらも、しかし、怒りを感じさせる、激しい形相で男を睨んでいた。
「操っている…?ふざけた真似を…!第一、どうやってここまで侵入したの!?」
「そこまで話してやる義理はないね」
「そう。なら、聞き出すまで!」
"
"
術式を発動させるアドマイヤベガ。
だが、背後から呪力を受け、バランスを崩して倒れてしまった。
「アヤベさん!」
「言ったろう?テイエムオペラオーは私が操っている、と。背中ががら空きだよ」
「…っ!"動くな"!」
ナリタトップロードは、向かってくるテイエムオペラオーを呪言で止めた。
しかし、今度は呪詛師の方から攻撃を受け、彼女も地面に転がされてしまう。
「君の呪言は指向性を持たせないと効果がないことは報告から聞いてるよ。勿論、君達の名前もね。知らなかったわけじゃあないさ。
だが、テイエムオペラオーが君達を何と呼んでいたかは知らんのでね。
呼ばないようにしていた、ってわけさ。
そこから気付かれるとは思いもよらなかったが。
やはり、絆というのは美しいものだねえ」
皮肉っぽい笑顔で呪詛師はそう語る。
「…くっ!オペラオー!正気に戻りなさい!」
「オペラオーちゃん!!」
クツクツと嘲笑う呪詛師。
「いやあ。良いねえ。友人の呼びかけ。
でも、残念。そんなやわなモノじゃあないさ。
俺の術式によるものだからね」
立ち上がり、戦闘態勢を取るナリタトップロードとアドマイヤベガ。
呪詛師は残念。と肩を竦めた。
「予定より少しだけ早いが、始めるとしよう…さあ、テイエムオペラオー、キミの呪力で始めるんだ」
呪詛師の言葉と共に、テイエムオペラオーは揃えた二本の指を立て、唱える。
「闇より出でて、闇より黒く。その穢を、禊ぎ、祓え」
「!?…待って!」
その言葉と同時、トレセン学園の上空に、漆黒の湖が出現。
それが帳となって、学園の敷地を囲っていく。
学園生徒会室
「!…帳?!。何故!」
「確認します!」
「…いや。エアグルーヴは生徒らの保護を!ブライアンは寮の方へ向かってくれ!そちらの状況の把握と報告、場合によっては保護!」
シンボリルドルフは帳が降りていく様子に気付いた瞬間、そう生徒会の二人に指示を出した。
「他の者はエアグルーヴのサポート!一瞬だが、凄まじい呪力を感じた。…恐らく特級」
「なっ!…分かりました。直ちに!」
エアグルーヴは即座に部屋を飛び出していき、ナリタブライアンは生徒会室の窓を開け、飛び出し、最短距離で寮へと向かい始める。
シンボリルドルフも、その窓からついでとばかりに飛び降り、強い呪力を感じた方向を目指し、駆け始めるのだった。
三女神像のある広場。
そこには、テイエムオペラオーと共に送り込んだ彼女らに随伴していた補助監督をマーキングとして利用し、空間転移の術式でやって来た呪霊や呪詛師がたむろしていた。
「よし。予定通り全員バラけろ。
呪物と呪具の捜索チーム以外は、この学園の破壊と、生徒の全滅が目的だ!
遠慮なく暴れろ!!」
「よっしゃあああ!」
ナニかをキメているかというほどにハイテンションな呪詛師筆頭に声が上がり、それぞれが赴くままにバラけていく。
指示を出した首魁の呪霊のみが、その場に留まった。
「どうせそろそろ…」
余裕そうに構える呪霊に、高速で飛来した炎の塊がぶつかる。
「…ん?シンボリルドルフではないな?」
「何だ?ルドルフを狙ってるのか?そいつは悪かったな。侵入者さんよお!」
声。
勝負服を身に纏った、カツラギエースが姿を現す。
そして続いて。
「瑞水瀑布!」
水流、そしてその中を突き進んできたミスターシービーが、呪霊の3メートルはある巨体に衝突した。
「さて、突然何の用事かな?キミ達は」
…?何だろ。この感触。
呪霊を殴った筈のミスターシービー。
しかし、手応えを殆ど感じていなかった。
真っ白いその巨体に、吸い込まれているような感覚だけで、ダメージを与えられたどころか、当たった感じがしなかったのだ。
「……シンボリルドルフを無力化したいところだが、見たところ貴様らも厄介そうだな。先にお前らを……ん?」
ターゲットを変えようとした呪霊。
丁度そのタイミングで、雷もその場を迸った。
「シービー!エース!早いな」
「変な気配を感じたから、飛んできちゃった」
「アタシも、シービーに言われて気付いたんでな。すっ飛んできたよ」
「そうか。助かる」
呪霊はおやおや、と困ったように口を開いた。
「3人同時…か。少々、骨が折れそうだな?」
「それは丁度良かった。シービー。エース。悪いが暫く任せても?君達がここを抑えてくれるなら、その間に生徒達の無事を確認したい」
「任せろ!」
「良いよ。ちょーっと気になるしねこの呪霊のこと」
「助かる」
飛び去ろうとするシンボリルドルフ。
だが、目の前に別な呪霊が現れ、進路を阻まれてしまった。
神威で貫けない?!
硬い、それが取り柄と言える、そんな呪霊が、彼女の行く手を阻んでいたのだ。
「待て待て焦るな。シンボリルドルフ生徒会長?…確かに3対1は避けたいところだが、だからといって貴様に自由になられるのも困るんだよ」
だから、と白く巨大な呪霊が合図すると同時、他の呪霊が次々と姿を現し始めた。
「なっ!一体何処に?!」
シンボリルドルフは、一級呪霊や準一級、二級呪霊其々十数体に囲まれる格好となってしまう。
「さすがの貴様も、こいつらを同時に相手し、瞬殺など出来はしまい。特級には至っていないが凄まじい呪力の者もいる!逃がしはしないぞ。シンボリルドルフ」
「アタシ達のことは一人で相手するつもり?」
ミスターシービーは構えつつ呪霊を煽るように笑う。
「ああ。俺一人で充分だ」
「そうかよ」
「なら、始めようか」
水流と炎が、呪霊を襲う。
同時刻。
学園のあちこちで呪力反応や、悲鳴。
爆発音等、ありとあらゆる音が響き始める。
トレセン学園は、混乱状態へと陥ってしまったのだった。